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[ 589] 三菱未来館@earthもしも月がなかったら | EXPO 2005 AICHI,JAPAN
[引用サイト]  http://www.expo2005.or.jp/jp/C0/C3/C3.7/C3.7.5/index.html

三菱未来館は、身近でありながらまだ未知の部分を多く残した「月」に着目。「もしも月がなかったら、地球はどうなっていただろう?」という素朴な疑問を入口に「いまこの地球に生きている不思議、その奇跡へのまなざし」というテーマで出展します。パビリオンは、映像シアターで米国メイン大学天文学・物理学部教授ニール・F・カミンズ氏の著書「もしも月がなかったら」をベースに映像物語が展開されます。月のない地球はわずか8時間で自転し、強風が吹く殺伐とした環境となり、まさに危機的状況を迎えるといいます。三菱未来館では、そうした月のない恐ろしい世界を再現した上で現在の素晴らしい地球環境を描き出すことで、月と地球の奇跡的なバランスの上で成り立つ地球環境の維持の大切さを実感してもらおうと考えています。
三菱未来館では、世界初の未体験映像空間IFXシアターで「もしも月がなかったら」の地球の姿と現在の美しい地球の姿を体験し、地球環境の維持の大切さを実感して頂ければと思います。メインショー:もしも月がなかったら「もしも月がなかったら、地球はどうなっていただろう?」そんな素朴な疑問を入口にパビリオンでは、米国の天体物理学者ニール・F・カミンズ教授の著書「もしも月がなかったら」をベースに映像物語が展開されます。
ドラマティックな3部構成のストーリーに連動して、劇場の映像が変貌するダイナミックな展開で進行します。まず、月の生成の瞬間を再現したジャイアントインパクトのシーンから現代の地球に至るまでのプロセスを一気に体感した後、月のない地球(ソロン)の広漠殺伐とした世界を巡ります。その後いよいよクライマックスとなり月があることによってできた奇跡的な美しい地球の様々な映像を映し出し、ショーは終わります。
メインシアターのIFXシアターは、巨大映像とミラー(鏡)、音響などのスペシャルイフェクツを複合させることによって未体験映像空間へ変貌します。
著者紹介米国 メイン大学 天文学・物理学部ニール・F・カミンズ教授の著書「もしも月がなかったら」をベースに映像物語が展開されます。
米国 メイン大学 天文学・物理学部教授 1993年米国ハーバーコリンズ社より著書「もしも月がなかったら」出版。 英国天文学会特別研究員、米国天文学会正会員、国際天文学連合正会員
人間と共に生活することを目標に開発された家庭用ロボット。高度な知能と人間的なバランスを兼ね備えています。
「いまこの地球に生きている不思議、その奇跡へのまなざし」という出展テーマのもと、奇跡的なバランスで成り立つ月と地球の関係を具現化したパビリオンのデザインは、巻貝のような形状で、一枚の壁を巻いてぐるぐると天に向かって無限に登っていくイメージとし、壁の「向こう」と「こちら」の関係が分断されることなく、空間が連続していきます。月と地球の関係からパビリオンで体験する「無限の想像力」をユニークでインパクトのあるデザインで表現しています。緑におおわれた環境に優しいパビリオンReduce、Reuse、Recycleの3Rの考え方に基づき、会期後の解体までを視野に入れ、環境に優しい素材、工法を採用しました。基礎には地盤への影響が残りやすい杭は使用せず、構造材も単管などを中心に解体が容易で再利用可能な素材を使用しています。また、3Rを象徴する素材で構成されたぐるぐる巻きの壁面や、屋上・壁面の緑化を行い断熱効果を高めるなど、環境に優しいパビリオンとなっています。
パビリオン外壁は、岩やペットボトル、瀬戸物、竹炭、植物など、Reduce、Reuse、Recycleの3Rを象徴する素材で構成し、再利用を前提に組立・解体の容易な単管等の仮設材を構造体として使用します。また屋上と壁面の緑化により断熱効果を高め、霧の出入り口を設け水滴の気化潜熱による冷却を行うなど、自然の力を利用して冷房エネルギーの削減を図ります。
3Rの考え方に基づき、環境に優しい素材、工法を採用しました。また着工から会期後の解体までを視野に入れ、工事全体のエネルギー使用量を減らす工夫をしました。基礎には地盤への影響が残りやすい杭は使用せず、構造材も単管などを中心に組立・解体が容易で再利用可能な素材を使用します。また、ウェイティングスペースに土に還る床舗装材を用いる等、建物本体に使用する材料はすべて3Rの主旨に沿ったもので構成し、各部をユニット化し組立方法も単純で簡易なものとしています。こうした工夫の積み重ねで工事期間中、会期中を通じたエネルギー使用量を減らし、トータルの環境負荷の低減を目指したパビリオンとなっています。
パビリオン内部は、ウェイティングゾーンからプレショーゾーン、メインメッセージゾーン(IFXシアター)、エピローグゾーンに分かれ、それぞれのゾーンは出展テーマに沿って連携して地球環境維持へのメッセージを展開します。
パビリオン建築では、再利用できる単管等の建築仮設資材を使用したり、壁面や屋上を緑化することにより冷房エネルギー削減を図っています。パビリオン壁面には、環境に配慮したReduce、Reuse、Recycleの3Rの考え方に基づき、岩やペットボトル、植物などを素材として使用しています。また外部入口部分の床に土と木屑を固めた素材で舗装を行い、IFXシアターの椅子も3Rの考え方に基づいた仕様になっています。また、地球温暖化に配慮して万博のパビリオンでは世界初の試みになるCO2等の温室効果ガス排出権を取得しました。パビリオンのエピローグゾーンでは、三菱グループ各社が取り組む地球環境保全のパネルを展示しております。地球温暖化に対する取り組み
三菱未来館では地球温暖化に配慮して、パビリオン建設と万博開催期間中のエネルギー消費などにより排出される温室効果ガス量を推計し、その量を十分オフセットできる「温室効果ガス削減量」を購入。これは、パビリオンの「カーボン・フリー」へ向けた取り組みであり、同時に希少生物の棲む貴重な森林の保護にも貢献することになります。

 

[ 590] キャベツは昔、丸くなかった……? | エキサイトニュース
[引用サイト]  http://www.excite.co.jp/News/bit/00091205078683.html

やわらかく甘い春キャベツが出回る季節。ところで、先日、ある児童書の欄外に、こんな感じの気になる一文を見つけた。「キャベツは昔、丸くなかったらしい」一切説明がなく、「らしい」という不確定さだけど、これはどういうこと? キャベツは昔、葉が伸びた状態だったのだろうか。農林水産省に問い合わせると、「単に品種が違うということでは? キャベツといっても、おそらくいろいろ品種がありますから、丸いものもあれば、丸くないものもあるのでは?」とのこと。さらに、独立行政法人農畜産業振興機構に聞いてみると、「春玉と寒玉の違いとかでしょうか?」として、以下のような説明をしてくれた。「ヨーロッパでは紀元前から栽培されていたケールから、ブロッコリーやカリフラワーなど、さまざまな野菜が生まれ、その中のひとつにキャベツがあったのです」じゃ、「キャベツの祖先」が丸くなかっただけで、やっぱりキャベツは最初から丸かったのでしょうか……。落胆していると、後に、担当者から改めて、「やっぱり野生種は丸くなかったようですよ」という電話があった。そして、様々な資料を送ってくれたのだが、その一部『農学大事典』(養賢社)に、こんな説明を見つけた。「デンマーク・イギリス・北フランス・オランダなどの西欧海岸、地中海岸および小島の岩上に自生する多年生ないし2年生植物で、結球性なく、葉は通常平滑でロウ質におおわれるがまれに短密毛を被る」「日本への渡来は、大和本草(1709)にみえる所から江戸時代と思われるが、当時はハボタンといい不結球の緑葉カンランであって、その後観賞植物として植木屋の品質改良により現在世界に類のないハボタンを産んだが、これはカンランとは関係ない」江戸時代でもまだ登場していないのか、「丸いキャベツ」。では、どこらへんから?同じ項目に、続いてこんな記述があった。「現在のカンランは明治以降に欧米から導入されたものである」明治6年(1873)の資料には8品種が、明治19年にはすでに24品種が記載され、明治末から大正、昭和の初期にかけて次々と日本独自のキャベツ品種が育成され、「西洋野菜→日本の野菜」になっていったとあるが、やはり丸いかどうかの記述は見つからない……。続いて、『野菜園芸大事典』(養賢社)を見ると、こんな一文が!「結球性のキャベツが導入されたのは安政年間であるが、これは外人居留地(横浜や函館)で栽培され、明治に至った」やっとでた、「丸いキャベツ」!!さらに、JAよこすか葉山に聞いてみると、「キャベツの野生種は結球性ではなかったんですが、大事な芽を守るために、様々な品種改良のなかから、できていったのだと思います。葉が丸まる理由は、植物ホルモンの影響だといわれているんですよ」とのこと。ちなみに、先の『野菜園芸大事典』によると、世界的には丸いキャベツ(結球性)についてはじめて記載したのは、1世紀。おそらくはローマにおいて成立したものと考えられているのだというから、「昔、丸くなかった」といっても、「昔」も昔、あまりに遠い昔の話のようでした……。(田幸和歌子)
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[ 591] らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者
[引用サイト]  http://rakudaj.seesaa.net/article/3130212.html

「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。 電車の座席はほぼ埋まり、車内には立っている人がちらほらいる程度。私の向かい側座席の前には男性1人、女性2人のハイキング帰りらしい高齢者が立っていた。私に背中を向けているから時たま見える横顔で判断するしかないが、60代半ばぐらいか。彼らの目の前の座席には若者2人と50代ぐらいの女性1人が座っている。若者は2人とも茶髪、1人はサングラスをしていた。 この人たちに気づいたのは、この高齢者組の男性が「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい」などと、かなり大きな声で話しているのが耳に入ってきたからだ。どうも自分の前にいる若者に席を譲らせて女性2人を座らせたかったらしい。 ここまで嫌味っぽく言われると、まったく関係ない第三者の私だってちょっと気分が悪い。すっかり眠気が覚めてしまった。反対側にいる私が席を譲れば、もう1人ぐらい誰か立ってくれるだろうと思って腰を浮かせかかった瞬間、サングラスの若者が口を開いた。 「あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたんだろ? こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる? 俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ」 細部の表現は覚えていないながら、こんな感じ。チャラチャラしているように見える若者の意外な発言に正直言ってビックリ仰天した。「お年寄りに席を譲りましょう」とか「お年寄りを大切にしましょう」などというキレイごとを聞いて育ってきた世代の私にしても、彼の言っていることは正論に聞こえた。あたしって壊れてきているのかな? 浮かせかかった腰を再び降ろしちゃったよ。3人の高齢者は凍りついたように黙りこくり、次の駅で降りていった。ほかの車両に乗り換えたのかもしれない。 なんつ〜か、世代間の断絶というか格差を思い知らされたな。そういえばいま一番元気でお金を持っているのってシルバー世代なんだよね。戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきた彼らが「よく働いたんだからゆっくり楽しもう」「若い人から尊敬されて当たり前」と思っているのも理解できる。 一方、若者世代ときたら、自分の納めた年金保険料は自分のための積み立てじゃなく、いま現在支給されている年金の原資。自分が受け取る年金なんてこの少子化社会で支えられるはずないって分かっている。消費税だって時期はともかく2ケタになるのは必至。これまでのような高度成長も望めない。将来に悲観的になるのもムリはない。そんな世代のハザマにコウモリみたいな私の世代がいるってワケか。 政治家は「ニート対策」とか口先では言うけれど、この若者を納得させられるような説明ができるのだろうか? なるほど若者の勤労意欲が低下するのも無理ないな〜と思った次第。自分が子供だったころとは社会がずいぶん変わってきていることを実感した。【追記】 4月24日にこのエントリーを書いてから1週間あまり。本当にたくさんのアクセス、コメント、トラックバックをいただいた。コメントは600件を超え(二重投稿の削除に失敗するのが怖くてまだそのままにしてある)、「ひとりごと」のつもりだったのが「600人ごと」になった。 ゴールデンウィーク前半を使ってコメントをあらためて読み返してみた。ひとつはっきりしているのは、若者が年金の話を持ち出さなかったら、私はこの話を書かなかったということ。ハイキング帰りの老人が嫌味を言い、それに若者が「ハイキングできるなら立てるだろ」と言い返しただけなら、たぶん『ワカゾーが逆切れしている』ぐらいにしか思わなかっただろうし、そんな話はほかでも聞いたことがあるように思う。それほど印象に残らなかったはずだ。 確かに電車の座席と年金は何の関係もない。若者は突拍子もないことを言ったのだが、だからこそ記憶に残った。年金問題が話題になったのは、江角マキコの話から未納三兄弟へとつながっていく昨年のこと。『この若者が2、3年前にいまと同じ立場にいたら、果たして年金の話なんて持ち出したんだろうか?』とか、『自分が彼ぐらいの年だったころは、給料から天引きされる年金保険料のことなんて一切関心がなく、年金のことなんて一瞬だって考えたこともなかった。時代は変わったなぁ』とか、「年金」が出てきたのをきっかけにいろいろと考えさせられた。 つまり、本来なら『ワカゾーの逆切れ』と思って反感を持ってもいいはずなのに、自分がそのワカゾーの言うことに耳を傾けて『ふ〜ん、そういわれてみれば…』などと思っていたわけで、その自分にびっくりしちゃったっていう単純な話を書いたつもりだった。 道徳観や倫理観など小難しい話を持ち出すつもりは毛頭なく、やろうとしてもそれだけの才覚はない(試みてもボロが出て恥をかくだけだ)。誰は何をすべきだと断じるつもりもなく、「どちらが正しいと思いますか?」とか「さぁ、みんなで裁きましょう!」呼びかけたわけでもない。どんどん増えていくコメントを読みながら、正直いってきつねにつままれたような気分だった。というわけで、600あまりのコメントを読んで感じたのは「元記事を書いた私が一番ズレてる」ってこと。私らしいといえばそれまでなんだけど。 ところで、外見では分からない社会的弱者のかたから寄せられたコメントが私の予想以上に多かった。最初のほうに書き込まれたこともあり、心臓を患っているというみさんの体験談が特に印象に残っている。私はどこかで彼女と同じ乗り物に居合わせ、彼女に冷たい視線を送っていたかもしれない。これからはそんなことをしないと断言できる自信もない。それでも彼女のような人がいるってことは、ずっと頭の片隅で覚えているだろう。(5月2日午後11時20分全文差し替え=この追記の内容は5月2日のエントリーと同一内容です)【関連エントリー】雑誌取材を断った(5月8日)譲る年齢、譲られる年齢(5月30日)
はじめまして。らくださんのお話聞いて「う〜〜ん」と考えさせられてしまいました。お年寄りを大切にすることと、お年より自身が周りに甘えきってしまうことは違うのになあと私も思っていましたから。電車の中で、バスの中で、街中で、時々カチンとくるお年寄りを見かけて、自分の気持ちがすさんでくることがあります。人生の先を歩んでいる人はそれなりの覚悟は示してほしいな・・・と。じゃないと、若い人はそんなお年寄りより、もっとずるくなってしまいそうですから・・・
初めてコメントします。堂々と言い切った若者に、拍手を送りたい気分。「年よりは大事にされるべき、いたわられるべき!」と思う高齢者は多いのではないでしょうか。何かはき違えてるんじゃないかなーと思うことが多々あったので「そうそう、そのとおり」と、感じてしまいました。もちろん、大変な時代を通り越されてきた世代であるとは思います。でも、元気な自分はまだまだ社会のお役に立てるとふんばっている高齢者もたくさんおられるはず。「自分は高齢者だ」という意識を、プラス方向へ持っていく方が増えたら社会は高齢者にとっても若者にとっても明るくなると思いますね。
「年よりは大事にされるべき、いたわられるべき!」だと思うけどなぁ。シルバーシートだけが「優先座席」という認識がすでに間違ってるような気がする。若者はそこまで言うほど座りたいのか?年金とかを持ち出してくるところに、小ささを感じずには得られない気がしました。
私もお年寄りは大事にするべきだと思いますが、どかないからといって文句を言ったりするのは筋違いだと思う。
確かに勘違いしている老人は多いですよね。譲られて当たり前ってなかんじで。この若者にはエールを送りたいですね〜
シルバーシートだけが「優先座席」という認識がすでに間違ってるような気がする。若者はそこまで言うほど座りたいのか?そういう認識ならどっちもどっちだなぁ、という気もするけれども。
シルバーシートだけが「優先座席」という認識がすでに間違ってるような気がする。若者はそこまで言うほど座りたいのか?そういう認識ならどっちもどっちだなぁ、という気もするけれども。
この話ではぶつくさ文句言ってたのは自分が座りたいからじゃなくて、連れを座らせたかったからでしょ?だったらやっぱ譲ってあげてほしかった。おじいさんのしたことは好意からきたものだし。
僕は若者の行為に反対です。老人を見たら何か言われる前に立つのが当然です。それを、若い頭で自分を正当化する理由を必死に考えてるあたり、見苦しいにもほどがあります。電車で座ることって、そこまでして守るべきことか?
私は若者を指示します。 嫌味言うくらい元気だったら立てるでしょ?というか、私がその場にいたら「確実に」その人達には席を譲りません。というか、私が席譲ろうとしても大抵「大丈夫」と言われてしまうのだが・・・なんでだろ?
若者を応援するつもりはないけど老人も席をゆずってほしいのならいやみっぽく言うのじゃなくもっと素直に言うべきだと思うな。
んー。好意から席を譲ったら、「わしを年寄り扱いする気か」などと怒鳴り散らされたっていう話もたまにききますし。。。でも、譲った時に「ありがとう」の一言をもらうと、すごく気分が良くなりますよ。
若者、年寄りと世代間でひとくくりにすること自体が間違ってる。その人がそういう考えを持っていただけのこと。人種とか世代とかの枠組みで語って、誤解をあたえることはよして欲しい。「今の若い奴ときたら」はずううううううううtっと昔から言われ続けてきた言葉だよ。程度問題を右か左かという問題に置き換えるのは反対
はじめまして。らくださんのお話を聞いて、私も先日、同じような体験をしたので話させてください!それは土曜日の午前中、比較的空いてる電車の中での光景でした。私の隣の席には10代に見えるサーファーっぽい格好の若い男の子1人。その私たちの向いにはこれからハイキング?のような格好のご老人。ご老人のわりには行動的な感じの…突然そのご老人が、おもむろにケータイを取り出して、電話をかけ出し始めました。「あぁ、○○さん?今、□□だから到着は30分後くらいかな?え?あぁ、そうそう!それでね、、」と相手の声まで聞こえる大音量ケータイで、大声で5分くらいは話していました。その後、次の停車駅に着く数十秒前に電話を切りました。私としては「まぁ空いているし…こんなこともありなんだな。。」とのどかな光景の一つとして見過ごしていましたが、隣に座っていた若い子がスッと立ち上がって開くドアの前に近づき、そのご老人に向かって、電車内壁に貼ってある通話禁止の注意書きをバンッと叩いて「おい、じいさん!電車内では通話禁止だよ!!ここに書いてあるの読めないのかよ?!」と注意しだしたのです。ご老人は驚きそしてすぐに焦って、「え?!あぁ、、急ぎだったもんで…」と答えておりましたが、彼は「常識だぞ!」と、とどめの捨て台詞を残して電車を降りていきました。自分の孫くらいの世代の子に、まともな叱りを受けて、気まずかったに違いない老人に同情の念はありませんでした。。それよりか、老人だからルール適応外でいた私が少し、恥ずかしい気持ちにもなりました。感情論抜きに世代間を超えた正論ってすばらしい。
お初です。まずは若者に拍手、真実を全て語ってくれました。確かに今のシルバーは都合の良い時だけ立場を利用してますよね。今のシルバーはお金入ってくるけど、我々の時にはきっと無いですもんね。。。
みなさま、たくさんのコメントを寄せていただき、どうもありがとうございます。賛否両論、どれもなるほどという思いで読ませていただきました。 私としては若者の発言にそれなりに納得している自分にちょっとビックリしました。 あの場にいたひとは多分そろってイヤな思いをしたと思いますが、彼らの会話はいろいろと考えるきっかけを作ってくれたので、その点では感謝しています。>kob@。さん、>好意から席を譲ったら、>「わしを年寄り扱いする気か」>などと怒鳴り散らされたっていう話もたまにききますし。。。 私は何年か前にそれを体験したことがあります…。とても気まずかった。
相互に気遣うのでなく、一方的な・思い上がったのは嫌ですね。ヤクザだからどけってのっと構造的には同じですもん、年寄りだからってのは。車椅子の人は優しくされるのに、見た目に分かりにくい聴覚障害者は、健常者と同じに見られつらい思いをすることがあると聞きます。老人だから、優しくされるのでなく、弱者だから優しくされるんで。夜勤でつかれているのに若者のクセに座っているとか悪口言われるとムカつきますよ。弱者を気取った、弱者のエゴイズムは嫌いですね。素直に言えばよかったんで。
どっちが悪いと言ってもしょうがないよね気分的には、どちらを支持するってのも、人なんだからあると思うけど結局、笑顔に笑顔がやっぱり気持ちよく解決できる理想だとは思う、しかめ面にしかめ面じゃにらめっこだよ。とりあえず、嫌味の件はそれで良くない嫌味なんて誰が聞いても気分が悪いだけなんだから。でも、反論した若者も>俺があんたみたいなジジイになったらなんて未来の仮定で悲観するのってどうよ?「今のまま」進んだらって前提だろ?だったら、今動いているそのシステムにどうして今の世代が熱心になれないのか?自分の未来を本気で考えているなら、納税の義務を果たしているなら、抗議するのは当然の権利だろう?それでも熱くなれない、馬鹿にするというのなら、そういうシステムに身を任せたって事で何も文句は言えないだろうさ
うわーなんか読み直せば読み直すほどに味がでるというかなんというか・・・目からうろこだ・・確かにこういう発想もありだよなぁ・・
俺はやっぱ年寄りは宝だと思う。だけど60代だったら普通に席は譲らないな。ハイキング行く気力があるのなら立てばいいさ。正論だ。それと政治の事だが、無関心なのは罪だけど無関心の原因は政策のせい。ここは水掛け論なのであれこれ言ったってしょうがないよ。俺は政治に興味もあるし選挙もちゃんと行くけど、政治に興味が無くなっていくのはそれこそ国会に問題があるんだと俺は思う。うそつきばっかだよ。
>自分の未来を本気で考えているなら、納税の義務を果たしているなら、抗議するのは当然の権利だろう?>それでも熱くなれない、馬鹿にするというのなら、そういうシステムに身を任せたって事で何も文句は言えないだろうさそうだろうね。だからこそ言える若者って結構すごい。
>こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。おじいさん方も昔は働いていました。少なくともこの若者よりもこの翁の方が何倍も長い間生きて来ているし、働いてもきてます。>だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる?日本の経済的繁栄の礎を築いたのはシルバー世代です。この若者もその恩寵を受けているでしょうが。ただ当たり前に物や豊かさがあるのでは無いんですよ。今の世代から次の世代へと、こういう歴史の連続性の上に、国家にしろ、社会にしろ、全てが成り立っているのです。この若者は、年金が貰えないやら、政治が悪いやら言って、自分の我がままを社会に転嫁して自己正当化しているのです。それなら政治に関心を持ってください。選挙に行きましょう。>俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。年金が貰えないのは政治のせいです。確かに現在、日本は国家破綻ほぼ確定の路線を歩み続けています。この若者は確実に年金も貰えないでしょう。その点はドンマイ。しかしながら、御爺さんの視点に立って、こう考えてみてはどうでしょう?「お前等が毎日甘い菓子を美味そうに食っているが、わし等が子供の頃には甘い物なんて全然食えなかった。」と。>とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ>あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない?遊んできたんだろ?若者の精神面での問題です。社会という物は、「お年寄りは大切に」等の常識・道徳で、人間の弱点や卑しい点を補いながら運行しています。人間独りでは生きられませんし、社会無しでも生きられませんので、やはり社会と言う大きいものに護られている一個の人として、今の若者には社会のルールは最低限でも守って欲しいものです。と言っても、俺も若者ですがね。長文スマソ
老人の嫌味な発言が若者の反論を誘発してしまったわけですね。素直に「席を譲って欲しい」とお願いすれば、違う結果になっていたかもしれませんね。そういえば、このブログに来たのは初めてですね。気が向けば、また拝見させて頂きます。それでは、失礼します。
>>ハググさんそうそう自分もそう思います。もしその老男性組みが直接若者に話していなかったんだとしたら、ホント気分悪いです。もし席を譲ってほしぃと思うならそんなとおまわしに嫌味いわないで、ちゃんと若者本人に向かって直接席を譲ってほしいという趣旨を伝えるべきです。そんなの誰だって譲りたくなくなるに決まってます。若者はまぁ良くぞそこまで思いついたと感心してしまいました。まぁしかしお年よりは大切にはするべきだと思います。電車揺れますからねwそれにしても今日の電車の脱線事故はこわいですね、電車に乗るのがこわくなります。
私も若者に賛成派ですね。でも老人がいやみな発言をしなければほんと、どうなっていたかわからないと思います。素直に席を譲ってもらえませんか?と言えばいいものを。まだ弱弱しいふりをしてくれた方が、ムカつきながらも席を譲る気分になりますね。
親切は押し付けではなく自発的に生まれる気持ちから行うもの。義務でもないし、優先席でもなければ譲らないことがモラルに反することでもない。オッサンらが言葉を発したことは余計だったようだ。 しかし、我々若者が”物質面で”豊かに暮らせているのは、自分の親以上の世代のお陰だと思っている。豊かになった途端、その世代の考え方も微妙に狂ってきていると、時々感じるけど。
いろんな意見ありますね。自分も若者に納得してしまいましたね。 「自分達は弱者だから当然」という意識は、持ってる本人以外は不快です。イヤミ作戦で今までは成功していたのだろうか? 若者も、言い過ぎという気はしなくも無いです。でも、彼らが政治に興味があるかどうかわからないのに、国民年金の話を出すことで、まるごと政治が・・・とか、政治に興味が無いせいだ、とか言うのはおかしいと思います。 あと、若者の身なりへの偏見がイヤミを言わせた部分があると思います。 らくださんが見たとおりなら、お年寄りの方の勝手な偏見+ふてぶてしさ=イヤミ作戦 ? 自分も通勤はカジュアルな格好なので、学生に間違われますが、通勤片道2時間でありつく座席は天国ですよ。特に帰りは。 立つのが辛そうだ、と思える人じゃないとこちらが立つ気にならない、というのが自然な気持ちです。
若者の意見に賛同いたします。ハローケイスケのネタで、「全力で駆け込み乗車するお年寄りには席を譲りたくない」というのがありましたが、まさにそんな感じです。それにしてもこの話に出てくる若者、なかなか冴えてますね〜。
僕も若者側に賛成します。「席を譲ってもらって当たり前」という勘違いをしているこの年寄りどもに席を譲ってやる義務などかけらもありません。ただ、若者側のセリフも正直ピントがずれてると思いますね。山登りとか年金とかこの際どうでもいいことです。僕が若者の立場だったら一言、「人にものを頼むときには態度ってもんがあるやろ、ボケ!」
個人的な意見だけれども、嫌味を言った老人もこの若者も心の貧しい人だと思う。こういう状況下で席を譲ろうと思ったらくださん?が一番心のやさしいってか広いんだと思う。てか山登りする元気のある人に席を譲る必要がないってのはある意味正しいと思う。山登りやってる老人ってそこらの若者より体力あったりします(マジで)。俺は老人にやさしい社会っていうか弱者(この言葉でよいか分からないが)にやさしい社会がいいと思う。
他のブログから飛んできました。私はどんな理由でアレお年よりは大切にというかいたわってあげなければならないと思います。お年寄りって本当に体力ないんですよ。若者が思っている以上に。立ってるのつらいんですよ。わかってあげてください。もちろん嫌味は良くないけど 若者の主張する年金がどーのこーのは ご老人には直接関係ないことです 文句を言うなら政治に。
若者に賛同ですね本当に辛そうなお年よりになら、いくらでも席を譲ります。体力が無いと言いますが、このお年寄りは山登りをし、遠まわしにグチを言う余裕すらある。
本当に座りたいのなら、男性はまずシルバーシートをあたるべきでした。なぜなら、それが社会のルールだからです。私たちは、なぜ高齢者に席を譲るべきなのでしょう?それは、高齢者とは、多くの場合「社会弱者」であるからです。よって、「経済大国日本を築いた功労者だから」というのは誤りです。全く関係のない次元の問題です。よって、ハイキング帰りと見受けられる高齢者3名に対し、若者が席を譲る必要が無い(=心身ともに健康であり、社会弱者とは考えられない)と判断したことは、合理的な判断であると考えられます。席を譲るかどうかというのは、あくまで善意の問題です。社会のルールではないのですから、本来周りから強制されるようなものではありません。ですが、男性はシルバーシートのシステムという基本的な社会のルールを理解せずに、人の善意を一方的に当て込んだうえ、電車という公衆の面前で大声で嫌味を口にしました。これは明らかに公序良俗に反する間違った行為です。非は、嫌味を口にした男性にあります。
オレも兄ちゃんたちの意見に一部賛成。あのハイキング姿の老人たちは、きっと健康維持の一環としてハイキングをしていると思うのに、ほぼ100%のハイキング老人は人を押しのけてまでも席に座ろうとしますよね。皆さん経験ありません?あれはタチわるいですよ。結局言い方ひとつなんですけどね。大人からして、あんな言い方しかできないんですもん、兄ちゃんたちだって強い言い方になりますよね〜。その老人たちはうまく年を取れなかった人たちなんです。
初めまして私は大学生とまだ『若者』ですが、老人には席は譲る方ですでも、ある意味だからこそ、この若者を支持しますこの間、立っている人がまばらにいるような、少し混んだ電車に乗っていた時のこと60過ぎくらいの男性が入ってきて、開口一番、「おい! 若いモンは老人には席を譲らんか! ほら、さっさとどけ!」と、女子高生に怒鳴りつけていました確かに60〜という年代は、戦後の廃れきった日本を、世界でも有数の先進国にまで育ててくれた、立て役者です十分尊敬するに値しますし、それと共に感謝すべきだと思いますですが、だからといって、よくされるのが当然だ、という思想はどうでしょう同様に、降りる客より先に平気で乗ってくる老人、シルバーシートだからといって2人分くらい占拠している老人、電車通学なのでそういうのを見かけることが多々ありますこの若者のように、年金云々と結びつけるのは、いささか的はずれな感じもしますが、この老人のように、思い通りにならないからと言って嫌みを言うのもどうかと思います冒頭の通り、私は老人には席は譲る方ですしかし、席は譲られて当然だと思っている老人ばかりだと、ウォークマンでも聴いて無視したくなりますね色々と、深く考えさせられる文でした長文スマソ
戯れに、若者の反論を否定してみる。「土曜まで働かないかん」のは、その仕事に就いているせいであって、老人が年金を受けることとなんらが関係ない。「あんたたちの年金を作ってやっている」発言について。老人は年金を積み立てたからもらう。これは当然の権利。それを老人に認めないなら、自分の年金を受け取る権利を放棄する行為に等しい。年金は自分のために払っている。老人へのいたわりじゃないんだから論理は成立せず。そもそも、いたわるなら席は譲る。嫌味言われる前に。仕事前で疲れてもおらんわけやし。「土曜も働いて」土曜、働くのがいやなら、週休二日の仕事をすればいい。仕事がないってのは反論として不十分。茶髪グラサンで週休二日の社員になる活動か…。見つけられないのは老人のせいではない。「シルバーシートにいけ」シルバーシートは優先席であって、優先席以外が、先に座ったものが譲らない権利を主張できる場であることを保障するものではない。結局、問題なのは若者は年寄りに席を譲るべきか否かだけ。文句を言われないように茶髪グラサンで周りを威嚇し(本人にその気がなくても恐いぞ)、それでも嫌味を言われたから開き直った。答えは明白。やくざはどっちだ。ところで、完全な論理遊びですが「山は歩けて、電車は立てないのはおかしい」か。山歩きはたのしい。電車でたつのは疲れる。誰でもそうだろ。「おかしくない?」「おかしくない!」だれでも、そう思うなら、一般的に正しいんじゃない?年金が自分のために払うものだということをお忘れではありません?「高齢者を支える助け合いの制度です」なんて口車に乗せられていません?年金に文句があるなら年寄りに八つ当たりする前に、選挙にいこう。もしくはデモを起こせ!付き合うぞ!妙な「正論」を真に受けるまえにいっそ中国のように!ここでは老人の(あったかもしれない)社会を支えてきた功績は考えない。焼け野原から立ち直った日本を支えた功績をいったら、この場合、老人は一種の免罪符をもち、論理以前に若者の負けになっちゃうから。長文すいません。
>お年寄りって本当に体力ないんですよ。>若者が思っている以上に。立ってるのつ>らいんですよ。わかってあげてください。まぁ世間一般ではそうかも知れないけどこの場合は当てはまらないでしょ立つのがつらい老人が遊べるほどの体力があるわけない
相手(自分・老人)を尊重しろっていいながら、自分が相手(若者)を尊重できてないだもん。そりゃ、矛盾してますよ。そういう傲慢さが若者のきつめの発言になったんだろうなと。
若者に賛成、大賛成。連れを座らせたいならそう言えばいいのにイヤミをクチに出すあたりがおかしい。そもそも「近頃の若いモンは」なんていうおっさんおばさんなんかの方が電車で大声で喋ってたり携帯使ってたり歩道で横に広がってたりすることが多くて非常に腹立たしかったりしますし。まぁ政治まで言い出すとキリないけど所詮下の世代は上の世代みて育つわけだから「コミュニケーション」を行わず「一方的なイヤミ」を展開したのでは次世代の手本にはなれないですね。むしろこの状況でこんだけ反論した若者の頭の回転に拍手。気が弱かったらヘコヘコ謝ってどいてるところですよ。
昔、お年寄りが少なかったときは長生きしていろいろな経験を積んでいる人生の先輩として尊敬された。今のようにお年寄りの総数が多くなれば、不良のお年寄りもいるわけで、昔のようにはいかないだろう。
30直前のギリギリ若者だけど、1つだけ言いたい。俺はヘタなジイさんよりひ弱だぞ!20分も立ってりゃ腰が痛む。スポーツして体鍛えりゃいいんだろうけど、そんな暇はねぇ!仕事がクソ忙しいんだ。だいたい、ジイさん達がオレ位の時は、家族とメシが食える時間に家に帰れたんだろ?本当に弱い人間が分かるスカウターを作って、オレに席を譲ってくれ・・・。
どちらもめちゃくちゃですね。高齢者側は完全に的外れですし、若者側も「座れる席へいけばいい」以外は意味がない。
はじめて読みました。まぁどっちもどっちかなって正直おもいます。たとえば逆の優先があって、映画のタイタニックとかでも救命ボートに最後まで乗れないのはお年寄り。若者は将来があるからとかいわれますよね。一般に。だから優先っていうものが社会的に存在するのは理にかなってると思います。前にもありましたが、席くらいならお互い相手を敬えばこんな衝突なくなるとおもいますよ。年金がもらえないとかはちょっと見苦しいかな。心が貧しいなっておもいます。それにお年よりも座りたくても譲ってもらえるまでまてるプライドもってほしいですね。結局お互いこんなことで必死になるのはみっともないと思います・・・というのが席の話でおもったこと。若者に賛同できるところがありますが、それはあくまでお年寄りに対してではなく、「社会保険庁であったり国に対してへの文句」という点で賛同なんだろうなっておもいます。どうでしょう?おれは普段席譲ります。そんな自分が好きだからです。ってかそんな自分をみんな好きなりましょう。
老人も老人だが若者も糞すぎますなたぶんこの人はよぼよぼの老人でさえ席を譲らないだろう。嫌味を言われたとは言え老人に対してあそこまで言うとは心がすさんでますよだいたい合理的とかの問題ではなく道徳の問題ですよ同じ若者として恥ずかしすぎ
グラサンあんちゃんのとった行動も、これまでの常識に一石を投じる言動ではあったと思います。老人を敬えとは言いますが、老いては若きに従えとも言います。「席を譲って当たり前」と考える老人も、甘えが過ぎていますね。
>たぶんこの人はよぼよぼの老人でさえ>席を譲らないだろう。推測で相手を非難するのはやめましょう。決め付けでこのような物言いをするのは、それこそ道徳的な問題があるのでは?
>さじスマンスマン俺の経験から来る推測だからなたいてい言われて文句たれるやつは最初からやる気がないしかし君もよく揚げ足取るね
はじめまして。ちょっと論点がずれますが、土曜が仕事な人、別に珍しくもなんともないですが…。土日が休みだと偉いのですか?サービス業等の大半は土日出勤、平日休みですけれど。(茶髪で勤まるとなると限られるのは否めませんが)席を譲るか譲らないか、その点で考えると単純に嫌味言われたら譲ろうと思っても譲りたくなくなります。座ってる若者にしてももしかしたら体調が悪い等さまざまな理由で座っている可能性だってあるのですしね。
下の話を思い出した。優先席の前に立っていた老人が、持っていた杖で、優先席に静かに座っていた妊婦のお腹を突然強く突いた。周りの人に捕らえられ、駅員に連行されながらも、「若い女風情が…」とブツブツ呟いていたという。近頃の若者は…が彼らの世代の口癖だが、近頃の老人も自分勝手な人が多い。
お年寄りを大切にするって言うのは、あくまで善意であって強制するってのは、ちょっと違うんじゃないかな。だから、どちらがどうとか言えない。双方、反省すべき点はあると思うよ。
この話しで、先日読んだ本で、私は3年間老人だった。という本のことを思い出しました。20代の若い工業デザイナーの女性が老人の調査の為、80代に変装して、3年間、老人のフリをして過ごした過酷な内容でした。今よりもっと治安の悪い頃のアメリカでの話しなので、老人が社会から適応しなくなって孤独と恐怖に生きる現実を知るのは、その年になってから分かることではあるのでしょうが、日本における老人も少なからず先進国の持つ問題と似てきています。日本もこれから、老人だけがお金を持っている図式になるので、それにちなんだ、犯罪も増えるのはアメリカ同様かも知れません。しかし日本人が持つ倫理感や道徳で老人とのお互いの歩み寄りをすれば、社会でお互いに適合できると思います。席の譲る譲らないも日本人は他人に親切事をされると遠慮が働きます。それをしたほうも感謝の気持ちを少なからず、欲しいと思ってたりもします。フランスではこういう行為はお互いに遠慮をしなくて自然に行なわれるので、したほうもされるほうも、心の持ちようが楽なんだと思います。それはギブ・アンド・ギブの精神なのかも知れません。されたほうは、ありがとう。それだけで充分なのですが、日本の場合は譲ってもらったあとになぜか気まずい空気があったりします。若い人は老いていく人の気持ちを知り、老いていく人は、まだまだ学び社会に溶け込めるぐらいの気持ちと心を、そして、同じ空間を共有する場所では、互いの存在を認めあい、協力する。日本人である以上、文化も常識も個人レベルで押し上げて、日本が良い国になって行くことを願ってやみません。
どっちもどっち。「席を譲ってください」と目を見て言えないイヤミな老人にも腹は立つし「年寄りに席を譲らないこと」を必死で正当化している若者にも馬鹿じゃないの?と思う。
「列車の移動もハイキングの一環だろうに」と思った。なんにせよ目的のために行動を起こした段階で、その目的を成就するための手段なんだよな。山に行ってからハイキングが始まるのではなくって、ハイキングに行こうとして家で支度をした段階ですでにハイキング。ただ、これは俺の考えなんで押し付ける気がさらさらありません。
>しかし君もよく揚げ足取るね素直に意見を受け止めればいいもののなんで反論されたら「言われっぱなしはく悔しい」みたいな発言するのかなぁあなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよ
そう言われて反論する君も同じだよ推測や経験則で言っている意見はたくさんある。自分が気に入らない意見のみだけ揚げ足とってるんだろお前はあなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよはいそれも決め付けです
そう言われて反論する君も同じだよ推測や経験則で言っている意見はたくさんある。自分が気に入らない意見のみだけ揚げ足とってるんだろお前はあなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよはいそれも決め付けです
ありゃなぜか2重投稿にwまぁ揚げ足取ってるのは正しいんだからなんで反論されたら「言われっぱなしはく悔しい」みたいな発言するのかなぁこう思うならまずは君が何もいわないこったね
老人は長く生きているから尊敬されるのではないし、衰えているから労わられているのでもない。蓄積された知識と経験こそが尊重されているということを、まず老人自身が忘れてはいけない。…なんてことはともかく、弱さを武器として持ち出した時点で、弱者として保護される権利を自ら放棄したのと同義。戦えないから弱者たりえるんですよ?まぁこの若者の意見が正論かってーと、それはまた別の問題ですが。
お年寄りが満員の電車やバスに乗ってきたら無言で立つ。そうすると「わしを年寄り扱いする気か!!」なんて怒られることはない。「ありがとう」と感謝されることもないが、お年寄りが空いた席に座り、心の中で感謝されているかもしれない。電車やバスで立つことなんてどってことない。みんなそれぞれの信念がある。良いとも悪いとも言えない。みんなガンガレ。
私は、正直場合によって寝た振りしたり、譲ったりです。4対6くらいかな。1つだけいえるのは、他人を非難するのは簡単だけど、相手の立場で物事を考えるのは本当に難しいということです。今回の話は、老人と若者だけの問題ではなく。そのやり取りを見聞きしていた人全員の問題のように感じました。
立ち向かう 人の心は 鏡なり 言の葉落ちて 幹は揺らがぬ共感はするが同意は出来ないんだろうな〜ただ、大いに考えさせらる事象だったと思う。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって話は辞めたいが、もし私がその場に居たら上の句を古流に則って読むでしょう。良いか悪いかは人が決めること。その結果どうするかが大切かと。反省の省とは「少ない目」書くらしいが、既に過ぎ去った出来事を活かすならともかく、拘るのはどうかとは思う。ここの話に限らずね。固定概念は人に壁を作る
うーん若者が正論だな。まずハイキングに行くのなら帰り疲れることは想定済み。そして帰りに座りたいのなら混雑を避けるべき、老人なら時間的に余裕のあるのだから土日を避けたり、急行・鈍行のある電車ならたいてい鈍行は空いているので鈍行に乗る。指定席の有料特急に乗るなど・・権利とは最低限努力をしてから主張すべき。僕は行楽に行ったと分かる老人なら急行に乗ってる時各駅停車がガラガラなら優先席だろうと譲りませんね。
まぁ譲ってもらうほうもそれなりの言葉をかけりゃいいんじゃね?嫌味じゃなくてさ、足が痛いのでかわってもらえませんか?とかこの人達辛そうなので席を譲ってもらえませんか?って言うだけで言葉の受け取り方もちがうよ。譲ってくれそうになければ優先座席で言えばいいわけだしさ。俺の友人に勤労学生がいて学校と週6でバイト入り続けて、学制服で夜の電車に座ってたとき同じようなこと言われたっていってたよ。優先座席ってなんのためにあるんだろうって思うよ
>イリスさん 言いたいことはよく分かる。ごもっとも。でも、校長先生の話みたいで説教臭すぎる(笑)句を読まれても、ポカーンですよ、多分。
若者派って、ちょっとちょっと心狭すぎ。ジジーに嫌味言われたくらいで怒るなっていうの。なんで、自分の尺度で相手を分析するかな? 相手の尺度で分析してあげれない時点で、駄目でしょ。根性が無い若者が増えていると言うけれど、カッとする辺りが精神年齢低すぎだね。なんか、相手を見て喧嘩をする弱い人たちのような気がします。「ハイハイ、ジーさん悪かったね」って譲ってあげるくらいの心のゆとりが必要だよ。税金を無駄に使っている政府が許せないなら、なんで他の国へ移らないのか? もっといい国はたくさんあるよ。それでも、がんばって税金払って住む場所を決めているなら、仲良くする方法を考えないとだめなんじゃないかな? 強者が弱者にゆずらなければ、仲良くできないんだからね。若者に文句を言われていたのが、自分の凄くお世話になったジーさんだったらどう思うんだろう。やっぱり、年金もらって遊んできたジーさんだから知らない若者に怒られても仕方ないと思うのかな? もし、これで考えが変わるんだったら、自分の考えの基本がどれだけ不安定なものかという事がわかるんじゃないかな?
慢性の心臓病を持っています見た目には全くわかりません医者には移動は極力車を使用、電車やバスの場合は座れる時間を選んで二駅以上立たないように言われています以前同じような感じの電車の中で同じような目に遭いましたお年寄りたちは互いに目の前で20分以上嫌味を言い続けていました私に向かって言うわけでもなく、ずっと彼ら同士でしゃべっているのでじっと我慢しました、段々泣けてきました感情の大きな起伏も心臓への負担になるのでなるべく避けていますが、我慢できなくなって途中の駅で降りました半泣きになりながら逃げるようにドアへ向かう背後から「今の若い女は強情だ」「○○さん(率先して文句を言い出した人)偉いわー」「若いのは思い知らさないかん」などの声が聞こえました他にもバスに乗っていたらいきなり「のいて」といわれて「私心臓病を持っているので・・・」というと「私なんて年寄りの上に間接も悪いねんで!」「心臓病の1個くらいで」「今の子は甘えてるから病気とかなるんや、立って体力付け!!」と怒られたこともあります(そのときは幸い遠い席のサラリーマンの人が席を立ちその人を連れていって下さいましたが・・・)祖母と出かけると必ず私は座らされて、あいていなければ祖母は立っているのでよく知らない人に怒られます、怒られる理由もわかるし普通ならやっちゃいけないことだとわかっているので我慢できますが「同じ年寄りとしてあんな元気なのに我侭言うのを見ると悲しくなる、○○ちゃんごめんね」と、後で必ず祖母に謝られるのが辛いです外から見えない病気や事情を持った人はたくさんいると思います若者や連れの人だって病気や怪我だったのかもしれないのに、ぶつぶつ聞こえよがしに文句を言うのはあまりに悲しいやり方だと思いますまずちゃんと話しかけて会話をして欲しい・・・
>そう言われて反論する君も同じだよ>推測や経験則で言っている意見は>たくさんある。自分が気に入らない意見>のみだけ揚げ足とってるんだろお前は>あなたのほうが若者よりもよっぽど道徳のない人間にみえますよ>はいそれも決め付けですよっぽど悔しいらしい。
このプログ初めて書き込むのももちろん初めてですが、共感できます!もちろん若者に。携帯を電車の中で堂々としているのは僕が見た中では若者より中高年が多いです、たまたまなのかもしれませんが・・・あと、政治の話が何回か出てきましたが、選挙に行かない、興味がない若者に発言、意見するな、とか、それに似たコメントをTVでもされたりしますが、その流れを作ってるのはやっぱり力のある中高年ですしね・・・若者の意識や、物事を自分自身の力で考えたりする力が無いのも悪いと思いますが、政治を近所の付き合いで「○○党にいれてね」で票を獲得したり、会社で組織票を稼いだりするのもやっぱ大人だと思いますし、そんな大人たちより選挙にいける年齢になったばかりの人でちゃんと行ってる人こそ本当に自分の考えで投票してると思います(特に無党派の人)。そうゆう所を問題として大きく取り上げずに、選挙に行かない若者を叩くのは違うと思います・・・そこまで考えた上で選挙に行かないってゆう若者は少ないでしょうが・・・いい政治家もいるんでしょうが、政治家も悪いし、その悪い政治家をちゃんと選べてない国民も悪いと思います。とゆうか政治家に立候補してる人でいい人なんているのかと疑いたくなります・・・ほかの党をどうなじるか、しか考えてないような・・・関係ない文になってすいません・・・
そもそも本当に譲ってほしいのなら相手を選ぶべき。何故あえて譲ってくれなさそうな若者に声をかけるのかなー電車内はこの茶髪の若者だけじゃないでしょ。それにハイキングに行ってる老人に席を譲るべきかってのは個々の判断によるところが大きいから、一方的に譲らなかった若者が悪いとは言えないけどね。>>自分の凄くお世話になったジーさんだったらどう思うんだろう。老人だから何でもありっていうのじゃなくて、節度をもって接してくれればこっちも気分よく席を譲るよ。世話になった人であろうが間違ったことに対して何も言われないまま、もしも他の場所でも嫌味を言うようになるのなら、世話になった人だからこそ治してもらいたいね。
はじめまして。身近な出来事ですがとても考えさせられました。私事で申し訳ないですが、毎日満員電車に揺られて1時間ちょっとかかって出勤しています。もし自分がすでに出勤だけで疲れてる時に、そんな風にトゲのある言い方をご老人にされたらと考えると、う〜ん若者の考えに共感を覚えてしまいますね。言いたい事はすっごくわかる!普段心の奥でくすぶっている不満や将来への不安感なんかが、攻撃的な言い方をされた為思わず暴発しちゃったんでしょうね。休出したり残業しても給料付かない不公平感なんかもあるかもしれません(自分の事ですが。。。)でも、そんでもですね、ご老人に席を譲るべきです。にっこり微笑んで「どうぞ^^」これで問題解決です。最近そんな風に考えるようになってきました。もうオヤジなんかな(笑)
俺は若者の方が正しいと思う。昔は老人は少なかった。体力も若者の方があった。長生きしているってだけで価値があった。今は違う。老人は山ほどいて金も沢山持ってて暇を持て余している。老人が金溜め込んで使わないから経済が停滞する。老人の溜め込んだ知恵も今となってはインターネットのほうがはるかに情報量が多い。年功序列なんて幻想はとっくの昔に崩壊している。それに対して若者は仕事ばかり、リストラのあおりで残業も増えるし、デスクワークで体を鍛える暇も無い。積み立てた年金を貰える当ても無い。技術の進歩が激しいから、手に職付けても次から次へと新しい事を覚えなきゃいけない。人口ピラミッドが逆転へ向かう以上、若者優遇政策へ切り替えていくべきじゃないのか?子供こそ宝だろ。むしろ贅沢している老人から税金とって、若者に分け与えよ。そもそも道徳ってなんだ?既得権益を当然のように思っている老人こそ道徳を忘れてはいないか?自分にそれだけの価値があると思っているのか?若者が将来を悲観するようなつまらない生き方をしていないか?老人のエゴを見て育った若者が、老人を尊敬できなくて当然だろう。もっと若者を尊敬しなさいよ。
相手(自分・老人)を尊重しろっていいながら、自分が相手(若者)を尊重できてないだもん。矛盾してますよ。誰だって、不条理と感じれば反発する。それだけ。老人と若者って見るから面倒くさいけど、人対人と考えれば。老人だから、弱者だからって相手を尊重しないのはおかしいし、一方的な断定で非難されるなんて。不愉快ですよ、そりゃ。相手が「み」さんみたいに強者に見える、聴覚障害者や、病気の人だっている。一般人だって夜勤明けの人とかだっているかもしれない。そういう人は「若者」だから、強者?弱者だって開き直ってるのはホントに弱者?通俗な弱者論な設定は、それこそ相手に対する想像力の欠如だと思うけどなぁ。そもそも相手にプレッシャーかけて、自分の欲求を実現するなんて姑息ですけどね。道徳論の皮をかぶった、エゴイズムはキライです。
俺は譲らないなこの場合は。嫌味言われてまで譲るほどまだ人間できてないしさ。つかここで「お年寄りは敬うべき」とか書いてるやつの何人が本当に敬ってるんだか…老人は若者って集団を一括りに卑下するし若者は老人を世の中のお荷物だと考えるそんなのが今の現実だろ?
自分は去年、高校生のときシルバーシートで寝たフリではなく本当に寝てたら(毎朝5時に起きて片道2時間近くかけて通学するため学校に行くだけでも疲れる)、元気なおばちゃんがやってきてストレートに「どいて」と言って無理やり起こされ、立たされた。そしてそのおばちゃんは隣に座ってる知人と楽しそうにお喋り。シルバーシートは確かに高齢者に譲り、また老人は大事にすべきだと思うが席を譲るのはこちらの善意であって、老人が席を譲るように催促あるものではない。それ以来、普通の席であっても老人には席を譲るようになったけど。はっきり言うとこうした経験をしたことがないのにハイキングに行った老人を擁護してる人が偽善者に見える。
若者の意見に思わず納得。彼の発言はかっこいいけど大人気ないとも思いました。スカっとするようで何だか後味悪いなあ。余談ですが、私の彼氏は足に障害があるのですが、一緒にバスや電車に乗った時に、席を譲ってくれるのはたいていお年寄りの方々です…
50代60代で席を欲しがってたら70代80代に笑われますよやさしやを強制するのは間違ってるでしょそれが若者でも老人でも
他の人も書いてありましたけど、家を出てから家に到着するまでがハイキングだと思うわけです。もし帰りの電車で座る事が出来無そうだったら一本遅らせる等色々と方法はあるはずでよ。それを疲れて座りたいからなどといった理由で・・・疲れるのが嫌ならば行かなければいい疲れてもハイキングに行くのが楽しいなら行けばいいそんな事は若者だとか老人だとか関係無い事だと思いますけどね
はじめまして。若者の意見に賛成してしまいます。今の老人がもらっている年金は彼らが働いた分ではなく、今(+もう少し以前)の人たちが働いてためた分だっていうじゃないですか?で、そのお金を使って、遊んでるのに何様?!って思ってしまいます。さらに、うちの地域の老人は地下鉄&バスはタダ乗り出来るんですよ!ソレは、住民税とかから出してるらしい。よほどストレスがないときじゃないと、『いまどきの若者にしては…』って言われるような行動は出来ないですね…。
右曲がりな正論に見える発言をするよりもっとハッキリと「嫌味なんていう人には譲りたくないですよ」と言えば良かったのに。
そもそも年寄りになって嫌味とか言うような人間は若いときだってろくでもない人間だったんじゃないかと思う。席を譲るか譲らないかなんて個人の価値観の違いなんだから何だっていいだろ、ってのが正直な意見。今日の社会の発展を担ってきたとは言うものの、全員が全員担ったわけでもないだろうに。
相手を思いやっているのはどちらでしょうか。自分が辛いとき、相手の辛さはわからないのでしょうか。どちらも座りたいということを考えていて思いやりが足りないように思えます。ここは若者の膝の上に老人を座らせるべきでしょう!
私は席が空いていても絶対に座らないようにしてるから席を譲るとかは関係ないな〜。だってめんどくさいでしょ。若いってだけで席譲らないといけないのは。だったら最初から立っとけばいいやってね。
自分の家にもハイキングにいく老人がいるので少しばかり考えさせられた。コメントの中に『老人達は思ったよりも体力が無い』とあるが、ハイキングに行ってるようなご老人達は逆に『体力ありまくり』である。下手をすれば土曜に出勤している若者よりもずっと体力があるんではなかろうか。自分ならこういった、重そうなリュック背負って平然としているような、どう考えても元気な老人たちには譲らないだろう。ただ一つ考えられるのは、ハイキングだけに怪我をしているかもしれないということ。でも、その場合でも老人たちが「怪我しとるんで席かわってやってもらえんやろか」と一言いえば済む。嫌味を言って相手を嫌な気分にさせて言うことを聞かせるのが貴方がたの生き方だったのか。もう少しプライドを持て老人達よ。老人たちは自分よりも立場が上の[叱ってくれる存在]がもういないので、若者に叱ってもらって『有り難い』と思うべきかもしれない。
お年寄りも若者もどっちもどっちだなぁという気がします。お年寄りの嫌味にも、若者の反論にも私はカチンとくるところがあります。お年寄りはやはり面と向かって「席を譲って下さい」と言うべきだろうと思いますし、若者も嫌味を言われたからとしても「譲らない」という宣言は、嫌味を言い返しているに過ぎません。一般論として、年金云々は問題外。不払いで支えてあげていない若者も多いんですから、若者が代表して言えることじゃないのでは。それとハイキングで疲れるのと仕事で疲れるのはどっちが偉いんですかね。どっちも他人にとっては知ったこっちゃない話だと思いませんか?勤労は国民の義務ですし、お年寄りはその義務を終えた人たちです。仕事で疲れるのは当たり前だろうにと思いますが間違ってるのでしょうか。遊んで悪いことは何もありません。その上でお互いに相手を思いやることが必要なのではと思います。どんなに嫌みを言うむかつく人であろうがなんだろうが、お年寄りが社会的弱者であることには変わりありません。お年寄りも嫌味を言っても何の解決にもならないことぐらい分かっていて欲しいですね。思いやりはぐっとこらえることも必要なのでは。
まぁお互い強固な態度ゆえの結果ですよね、仮に腰の曲がったご老人が何も言わずに立ってたら自分は何か言われる前に譲ろうって思いますもん。反面荷物を平然と脇に置いて一人で2人分の座席使ってる老人(別に老人に限りませんが)とか見ると常識ねぇなーと思いますし。単純ですけど要は「謙虚な譲り合い」?の気持ちじゃないでしょうか。以前自分がバスで席を譲ったご老人は先に降りる時に自分に「ささ、ここ座って」と勧めてくださいました。こういう小粋な事されると、正直、嬉しかったですもん。いたわる側が「当然」と思っても、いたわれる側が「当然」と思うのはその時点で慢心だと思います。
まぁ、私個人の意見ですが。年配の方を敬い、席を譲ったりするのは世の中の規範となり、敬うべき・見習うべき事が多いから敬うわけで反面教師ばかりだとうんざりすると言うか。それを見て育った人たちは同じ年になったら同じ事をする可能性が高いと聞くので...私は敬うべき点が多い方にはすすんで協力します(手をさしのべるのではないです)が、どうでも良い方には、何か行動を起こそうという気が全く湧きません。敬老ってよく言われますが、私の場合は敬うべき年配の方を(年の離れ方に関わらず)敬うってとっています。初対面で何も分からない場合は、よほど心象が悪くない限り、敬う方向で。和を重んじる方は敬うべきですよね。嫌みのような言い方をされる方が多いですが、お願いしたり、場合によっては注意したらいいのにと思うのですが。人としてどうかと思うのです。年齢以前に。ある一定の年齢になれば大切にされるというルールなんて社会には本当はないんだと思います。大切にされるように振る舞うのではなく、その振る舞いが敬われるモノであれば、年にかかわらず多くの方から大切にされるんです。そうではないでしょうか?儒教とかの影響もあるかもしれませんけどね...('A`)そこらへんはよくわかりません。
正面きって言われれば多少なりとも反省はしますが、嫌味で言われたら誰だって反論するわなぁ。頑固な爺さんなら「今の日本をつくってきたのはワシらだ!」と言い返しそうだけど、若者を毛嫌いしてるだけの爺さんなんだろうな。
年寄りか若者かという視点の議論が多いけど、結局「人として」ってことでしょ?嫌なことしてきたやつに席を譲るなんて、普通せんだろ。
年寄りか若者かという視点の議論が多いけど、結局「人として」ってことでしょ?嫌なことしてきたやつに席を譲るなんて、普通せんだろ。
おもしろい話ですね。どっちの言い分が正しいかは置いといて。正直どっちもどっちだと私は思いますが。個人的には、若者には「席どうぞ!でも、あんまり嫌味で若者を虐めないでくださいね。」ってニッコリ笑顔で席を譲って欲しかったな(^.^)
何かと理由つけて席を譲らなくて良いという主張はどうかと思います。件の若者は自己の正当化に必死だなとしか思えなかったし。ハイキング帰りで健康なんだから譲らなくて良いとかいってる人いるけど、最後には外出歩ける老人だから譲らなくて良いに発展しそうで怖い。年寄りを大切にって言うのは無条件にあるべきもの、そういう次元の話じゃないと考えます。私だったら目の前で老人が居たら黙って譲るし、仮に嫌味を言われたとしても譲るでしょうねぇ。
若者の発言は、ただの八つ当たり。社会の制度の不備や自分の不満を、それをどうにもできない1人の人間に押し付けているだけの卑怯者。正論?とんでもない。ただの暴論。八つ当たり。 土曜日出勤なのは自分がその仕事を選んだだけのことだろ?嫌なら転職すればいい。自由に仕事を選べる今の社会を努力して築きあげてくれたんだのは先人達だぞ。「職業選択の自由のある社会にしてくれて、ありがとうございます」とでも言って、とっとと転職しろ。それに、遊んでいるから何だっての?人がいつ遊ぼうが働こうが、それこそ他人に言われる筋合いのものじゃない。やっかむ気持ちはわからないでもないが、自分が仕事を終えて遊んでいるときに、「おれが働いているんだから遊んでんじゃねぇ」なんて言われて、みんな納得するの?意味わかんない。 年金の話なんか、全くの的外れ。自分の払った年金を取り戻したいのなら、制度を変えるべく政治に関わればいい。国に言うべき文句を1人のお年寄りにぶつけるなんて、まさにガキの八つ当たり。選挙行けよ。投票して、お前の年金守ってくれるやつを議員にしろよ。そんなやつがいないのなら、お前が立候補しろよ。なんでもかんでも人任せ、おいしいとこだけよこせってか?虫のいい話だな。 色々ニュースで騒がれているが、それでも日本の治安はトップ級。水道水も飲めるし、道路は整備され、毎日山奥でも刺身が食べられ、電気やガスが止まることもほとんどない。これも全て先人が努力して築き上げた賜物。偉そうにご高説をぶつ若者よ、お前らが生まれたときからあるこの整備された基本インフラは、先人が少ない給料から税金を払って築き上げたものなんだぞ?大空襲後の焼け野原を巨大ビル群にしたのは、神様だとでも思っているのか? 俺は働いている、だと?俺は年金もらえない、だと?今までお前ら若者の何十倍も「勤労の義務」「納税の義務」を果たしてきたご老人に対して、自分の権利ばかり主張するなんて、みっともないぞ。おもちゃを買ってもらえなくて駄々こねている子供と何も変わらない。 ま、この話から得られる教訓は、いつどこで、こんな風な知ったかぶったエセ正論をぶちかまして自分の権利だけを主張するイカレチンピラどもに議論吹っかけられても、きちんと反論できるようにしておくってことだね。
これを見てすべての老人がダメとか言ってる連中が一番救いようがないな。どうしようもない勘違い老人がいることは否定しないが。まあ、老若問わず、この問題だらけの社会への責任が自分にないとは思わないことさ。年金についても少子化についても、何ら有効な政策を提示してこなかった政府に問題があるのであって、さらにその政府が国民の民意を、例え表面的であっても、反映しているということを忘れてはいけない。ぶつくさ文句をたれる前に、やれることはやっておこうぜ。選挙へ行ってちゃんとした政治家に投票するとかな。
これを見てすべての老人がダメとか言ってる連中が一番救いようがないな。どうしようもない勘違い老人がいることは否定しないが。まあ、老若問わず、この問題だらけの社会への責任が自分にないとは思わないことさ。年金についても少子化についても、何ら有効な政策を提示してこなかった政府に問題があるのであって、さらにその政府が国民の民意を、例え表面的であっても、反映しているということを忘れてはいけない。ぶつくさ文句をたれる前に、やれることはやっておこうぜ。選挙へ行ってちゃんとした政治家に投票するとかな。
良い若いモンが満員電車で座ってるのがまずカッコワリィ。ジジイに何言われようが、仕事で疲れてようが黙って立てばいいと思う。けが人や妊婦や体調が急変した人はどんどん座ればいい。偽善なんて全然OK!若いヤツが座ってるのが恥ずかしい状況ってのが良いな〜敬うとか思いやりとかじゃなくて、今の若者の常識として出来ればカッコイイ。
嫌味を言う時点で老人は人として終わってるな。悪いけど席この人たちに譲ってくれんね、と言えば誰だって席を譲る。無能のまま老人になった典型的なタイプです。
「社会的弱者」に席を譲るのは当然だと思いますが、「老人」=「社会的弱者」では無いでしょ?安直にそう結び付けてしまうのは老人に対しても失礼だと思うのですよ。そして、その図式に乗じて変な権利意識を持ってしまう老人は惨めに見える。今回のケースでは…『若者の言動に賛成』はしませんが、『老人の言動に反対』って所ですかね。
まさにその通りで、嫌味を言う人間への嫌悪感ですよね。そこには世代も何も関係ない。通常時ならお年寄りが前に立ったら、自分はどうぞとも言わず無言で席から離れる事にしてます。これなら「年寄り扱いしやがって」も恐縮される事もなく円滑。自分自身ちょっと腰が悪くて座りたくてしょうがないんですけども(汗)。このあいだ、電車内で携帯ポチポチやってる若者が数人いるとこで、大きな声で「マナーがなってない」とか独り言を続ける婆様。「うるさいですよ、マナーを守りましょうよ」と携帯関係無い中学生ぐらいの子に言われて小声に変えてブツブツ言う婆様。とにかく、人との接し方に難がある事については、年寄りか若者かって分け方以前の話ですね。
ちょっと嬉しかったりして≪笑自己正当化は賛同します。ぶっちゃけ、どっちもどっちというのが私の中での終着駅。今の世代は親の世代に作られ、その親の世代はここに出てくる老人の世代に作られてきました。(厳密には違うけど)人に教育を語る人は、先ず己が身をもって示すのが先と思う。言葉で噛み砕くのはその後かと。結局は人生の縮図って感じだよね(^^;けど、だからといって今の自分の環境のせいにするのはどうかと思うな。結局は刺激に対して反応する訳だけど、この反応という言動は結局は自己責任だからさ。問題は、結局は全ての選択は自分がしてるってことに気付こうと言いたい。刺激と反応との間のブラックボックスという思考習慣を少し振り返ってみてもらいたいな。自分もまだ出来ている部類にはないらないが、普段の習慣がとっさの時に出てくるのは分かりきっている事なのだから、この話自体の対象はそういうもんだと思う。ただ、だからこそ考えさせられる。レベルの大小ではなく、この出来事自体、何かを考えさせられる気がする。物の見方、考え方って、千差万別だけど、あからさまに人に気分を害する言い方をするのはいただけないかな。老人も若者も自業自得だよね、因果応報というか。自分の行いが自分に返ってくる良い例かと。自覚できるか否かは別にしてですけどね(^^;ちなみにここでの語りは、前世や来世といった生まれ変わりがあるとして言っています。立ち向かう 人の心は 鏡なり 言の葉落ちて 幹は揺らがぬ結局は相手の心は自分の鏡でも在るから、だからこそ相手に気遣おうとは思うけど、言葉は言の葉っぱ、時は流れて行き言葉が情景を築いていくと思うのだけど、結局は幹が、根っこがどうなっているかという問題で、性根の問題なのでしょう。そしてふと自分を振り返る。やはり学ばされたと思う今日この頃。長文失礼
この話の場合、電車の席を譲る譲らないという以前に問題があると思う。嫌味を言ったお年寄りは、この若者の事情を完全に無視し、若い=健康=立ってて当然と決め付け「失礼」な事を言った。茶髪にサングラスという身なりからも、ブレーキが効かなかったのかもしれない。その「失礼」に対して、若者が言い返した。そういうことだと思う。若者が年金を受け取れないのは、お年寄りの政治家のせいかもしれないけど、このお年寄りのせいではないし。土曜日も働かなければならないのも、お年寄りのせいではない。お年寄りはその若者が働いた以上に辛く、長い仕事をしていたかもしれない。どうしても座りたいのであれば、シルバーシートのある車輌に乗るか、もっと空いている電車を選ぶか。お年寄りにもできたことだと思う。仕事などで時間が決まっている若者の方が、その辺の融通を効き難い。シルバーシートではない席で疲れて乗っているのに、見るからに元気なお年寄りに席を譲る義務があるか、それはマナーか、と問われると。私は、そうではないと思う。ということで、若者の言った発言やお年寄りの嫌味、取れた行動を考慮しても、少し若者に分があると思う。
毎日通勤に4時間かかって少しでも楽する為に座ろうとして、20分待ったりしてるサラリーマンが休日出勤で土曜日出てるとは考えられないのかな座ってる人は待ったりして座ってんだよ譲ってもらうのは割り込みと同義自分から要求するのは絶対におかしい
時系列的に老人がいやみを言い始めたところから書き始まっていることに?と感じた老人がいやみを言い始めることになった何かしらがあったのかもしれないなとも思うのだ老人が老人であることをかさにきていやみを言っているという始まりがこの老人への印象を悪くしている一因でもあるたとえば、この若者が足を投げ出して携帯電話でメールでもやっているって始まりから老人がいやみを言い始めたとなったら?(そんな状況ではなかったのかもしれないが)もちろんそんな意図はないと思うが、印象操作ってこんな些細なことでもできると感じた私は基本座らないので譲る譲らないは言及できないのでなんとも
う〜ん。考えさせられますね。まず若者の発言ですが、正論とか言っている人もいるみたいだけど、決して正論ではない。土曜日出勤ってのはただの雇用形態の話だから何の関係もないし、年金はそれこそ国に文句をいうべきこと。優先席の話だって、特定の席では老人等に譲るが他の席は関係なしってのはそもそもおかしい。ことの本質は「立っているのが大変な人には席を譲る」ことであってそれが優先席と名づけられている席である必要はない。本来は全ての席が「優先席」であるべきもの。優先席に行けだなんて融通の利かない役人みたいな回答。もしかして件の若者は公務員?遊んでいる人は疲れているなんて認めない立っていろなんてのも理解不能。「デスクワークの人は座りっぱなしで疲れているはずがないから座るな」というのと同じぐらい理不尽極まりない屁理屈。大切なのは「立っているのがつらい」という事実だけのはず。山歩きしてきた人は元気なはずだから立っていろなんて言う若い人、若者は元気なはずだから立っていろっていわれたら反論できないよ?仮に百万歩譲って正論だったとしても(あくまで仮定の話)、正論だけでは人の心も体も動かない。お年寄りが逃げたのは若者の理論に納得したわけじゃなくて、「注意にキレて暴力を振るう今時の若者」だと判断して身の危険を感じたから、だろう。やはりそこにはきちんとしたマナー、礼儀作法、言葉遣いというものがなければならない。日本は「理屈が正しい」から何をやっても許される社会ではないし、そんな世の中にはしたくない。少しは若者側を弁護するなら、お年寄りの言い方には問題があっただろう。誰だっていやみを言われれば腹も立つ。前述のきちんとしたマナー等々が求められるのはお年寄り側も同じこと。たられば、の話になってしまうが、もしお年寄りが若者に席を譲って欲しいときちんと頼んだらどんな展開になっていただろうか?やはり「俺は仕事だ。お前らは遊びだ。俺は年金もらえないんだ。」と主張したのだろうか。それとも、快くあるいはしぶしぶながらも譲り、お年寄り達は「ごめんなさいねぇ、ありがとうねぇ、1日頑張っちゃったらすっかりくたびれちゃって。もう若くは無いのね無理はできないわねぇ。迷惑かけちゃったわねぇ。」などと話してもっと和やかな雰囲気になったのだろうか。願わくは後者であって欲しいのだが。
私もつらそうな人とか、老人には出来たら席を譲リますが、しんどい時は無理な事も多いなぁ。そもそも年金とか歳とか関係なく、電車というお金を払うサービスを利用している限り席に座る権利はみんな一緒だと思うのです。そういう意味でちょっと論点ずれますが、バスなどで地方によっては老人がタダでバスに乗れたりしますよね?もし、それ使ってこの事例のような事があったらお金払って仕事に行く若者にとっては理不尽に感じるのですよね。というか私なら譲りません。人には色んな考え方やその人なりの事情があるわけで、結局老人のコミュニケーションの取り方が悪かったと言わざるを得ない。結局歳は関係なく、老人側が面と向かって若者と話も出来ないヘタレだからこういう事になる。ちゃんと話してたら例え若者に断られても他の人が譲ってくれてたと思うし。
喧嘩両成敗。50歩100歩。強いて言うならばどちらも正論。どちらかに味方しろといわれてもどちらにも味方はできない。ご老人にも、若い方にも何らかのいらだつ理由があったのだろうし、どちらの発言にも剣があるのは確実。もちろん問題を誘発させてしまったのは最初ご老人の“嫌味”だろうが。(生意気言ってすみません、私もまだまだクソガキです。)
あーやだやだ!こーゆーこと言う男、だいっっっ嫌い!!自分の奥さんやこどもにも「俺は仕事で疲れてるんだ!俺に座らせろ、お前らは立ってろ。誰に食わせてもらってると思ってんだ!!」って言うんだろーな。サイテー
そもそもハイキング行けるくらいだから元気だから立てるだろうっていうのが間違い。地面を自分のペースで歩けるハイキングと違って、電車内では瞬時に大きな筋力を必要とする。みんな想像力無さ杉。
「席を譲るのはマナーであって当然のこと」と論じて若者を否定する方が居ますが、私は「譲られる側のマナー」も存在するかと思います。若者が席を譲ろうとしても遠慮したり意地でも座らない人って居ますよね? 結局譲れず(?)にそのまま座って気まずい思いをした人って結構居ると思うんですよ。そういう経験をするといざ譲ろうって時に勇気が出なくなったりすることってあるかと思います。そういう時は自分自身が相手から見て弱者であると認識して素直に譲ってもらうことが、譲った人の次の親切へと繋がっていくと思います。つまり相手への思いやりは譲る側の一方通行ではなくて、譲られるほうにも必要で双方向で成り立っているものだと思います。結論からすると老人も若者も相手への思いやりは無く、老人が売ったケンカを若者が買っただけじゃないかなぁと思います。もちろん私はケンカ売ってきた相手に親切に出来るほど悟っては無いです(^^;
私としては若者寄りかな。身体的な負担が大きい人が優先的に座れる権利があるわけで、全ての老人がこれに該当するわけではない。見た目でそれを判断することが難しいから便宜的に「お年寄り」で一括りにされてるだけ。特に今回なんかハイキングに行ってるんでしょ?元気いっぱいじゃない。趣味を満喫して疲れたから席を譲れ。はおかしいでしょ。こっち(座ってた若者)は毎日仕事疲れてでハイキングに行く体力も無いかもしれないじゃない。体の不自由な人に席を譲る気持ちは絶対必要だし大事なこと。だけど譲られる側も「譲られて当たり前」ではないと考えるべき。
私としては若者寄りかな。身体的な負担が大きい人が優先的に座れる権利があるわけで、全ての老人がこれに該当するわけではない。見た目でそれを判断することが難しいから便宜的に「お年寄り」で一括りにされてるだけ。特に今回なんかハイキングに行ってるんでしょ?元気いっぱいじゃない。趣味を満喫して疲れたから席を譲れ。はおかしいでしょ。こっち(座ってた若者)は毎日仕事疲れてでハイキングに行く体力も無いかもしれないじゃない。体の不自由な人に席を譲る気持ちは絶対必要だし大事なこと。だけど譲られる側も「譲られて当たり前」ではないと考えるべき。
普通に席を譲るよう言えば、反論言われて黙り込むことも無かったろうに。というか、完全に座席が埋まってるわけでもないなら、空いてるとこ見つけて散らばって座れば良いんだ。通勤電車のように混雑する電車になれてない人って、他人との協調性なくてポツリと一つだけ空いてる席には座らなかったり、すいてるときに手荷物を座席に置いたり、詰めて座るってことを知らない人が多い。自分が地方にいた時、散々そういう人見てきた。
僕なら何も言わず、席を譲りません。 譲って当然、譲られて当たり前、という考え方にも賛同しません。 年金を払っているとか、今の社会を築いてきたとか、世代云々というのは議論の対象ではないかと。 優先座席が設けられているのならそれを利用するのが良いのだろうし、譲ろうと思う人がいればその人が譲れば良い。 譲って欲しいのならば、素直にそう言えば良いのではないだろうか。
席を譲られて当然と思い、嫌味を言った老人にも非があるとは思います。しかし、若者の言動には腹立たしい思いがします。若者が、車内で座って悪態をつけるこの日本を支えて、若者がそこまで成長してこれた世の中を作り上げてきたのはその目の前にいる老人たちであったことを全く見ず、今、自分たちが、老人たちを養ってるなんて思いあがりも甚だしい。きっと、この若者が子供を持った時、子供に向かって、『おまえは、俺が働いて育ててやってるのだから、俺の言うことをきけ! 俺に絶対服従だぞ!』と言うのでしょうね。 そのような父親をもつ子供が可愛そうです。
「老人に席を譲るのはマナーである」として若者を否定する意見が見られますが、私は「席を譲られる側のマナー」も存在すると思います。よく席若い人がを譲ろうとすると異常に遠慮したり、機嫌を悪くするする人が居ますが、結局譲れずにそのまま座らされちゃったりすると非常に気まずいものです。こういう経験をして席を譲るという行為を躊躇してしまっている人って結構居ると思うんですよ。私も何度かそういう経験をして以来、席を譲る時は相手を慎重に選びます(^^;席を譲られた時は、自分自身が相手から見て弱者であると理解して素直に譲ってもらえば、譲ってくれた若い人の次の親切への繋がると思います。これは譲られる側の思いやりであり、マナーであると私は思っています。話を戻すと、老人も若者も相手への思いやりが無く単に老人が若者にケンカを売って、それを若者が買っただけだと思います。私ならケンカ売ってきた相手に席を譲るほど人間出来ていませんけどね(^^;
↑あなたの言い分はそのまま嫌味な老人に当て嵌まるのではないか?今の老人たちが豊かな社会を作り上げたと言うが、若者の教育をないがしろにしたツケも同時に回ってきているとは考えないのか?私はどちらもイーブン、似たもの同士と考える。
今の日本の状況は年配の方の投票の結果文句言われても仕方ない文句言った若者の教育をしてきたのも、年配の人たち老人擁護派はなんで休日出勤の発想がないか非常に不思議
はっきり言って、若者というか今の若い人の意識がおかしいと思う。まず、年上の人間に対してタメ口を聞いている時点でなぜこんな礼儀も常識も無いような人間が社会に出ることができているのかが疑問に感じる。また、元気だとか元気ではない等で席を譲る譲らないというのも間違っている。年上の人間というのは自分よりも多くの人生を経験しており敬われるのは当たり前。むしろ譲ったからといっていいことをしたとかそんな意識がおかしい。年上の人間には席を譲るのは当たり前だと思う。
今の日本を作ったのが、老人とか若者が年金を支えるとか一般論しても意味ないのにな。あくまでこの若者と老人の話。この若者は年金払ってないかもしれないし、この老人も親から受け継いだ土地だけで悠々自適に暮らしていたのかもしれん。いろんなことが想像できる。今回の場合非礼な老人がいただけの話。
老人、若者の背景は解らないし、知りえない。席を譲って当然と思っていた。は想像、嫌味として言ったも同じ。老人がマナーの低下について話していたというが事実。若者は楽したいから言い訳した。は想像。シルバーシートに行けよ云々と言ったのは事実。
年金は別問題だよ。国に文句言え。働いて帰るところならまだしも、これから働きに行くなら、理由はなんであれ疲れている人に席を譲るべきだと思う。自分が仕事で疲れているときに、席を譲ってもらったら嬉しいからね。席を譲るのに年齢は関係ないと思う。疲れている人、体の不自由な人、体調の悪い人が座るべき思うが。
人に対して嫌味をいった時点でだめだと思いますね。既出ですが、「嫌味を言う人には譲りたくありません」で終わればいいんですよ。個人的には若者の発言にスカっとしましたが、嫌味を言い返した時点でどっちもどっちですかね。先に言った分老人が悪いと感じてますが。私は地方なのであまり首都圏にいくことはないのですが、行ってもあまり席を譲る人をみかけないです。元から若者が座らないんですかね?私は体力がないので、というか電車じたいに慣れてないため満員電車がやたら疲れるので、駅について席があいて少し待って誰も座らなければ座っているのですが、立っているべきなのでしょうか??
若者の言っていることは正論だが、図々しく譲って欲しそうにしている年寄りに笑って席を譲れるくらいの余裕を持って生きたいもんだ。
「嫌みを言うような老人に笑って席を譲れる余裕を持ちたい」なんて意見もありますが、それは社会にとっては良いことなんでしょうか。老人だろうが若者だろうが、相手の問題を放置するのも社会の為にはならないんじゃないかと。「大らかな心」「ゆとりある精神」もいいんですけど、結局自己満足に終わるのはもっと良くないんじゃないかなーとか言ってみたり。
体育会系でそもそも席に座らない俺としては譲るべきだと思うけどいやみを言った老人は確かにムカツクな山歩きが出来るから元気、だから譲らないのは間違いじゃないか?若者は仕事が出来るくらい元気なんだし、
体育会系でそもそも席に座らない俺としては譲るべきだと思うけどいやみを言った老人は確かにムカツクな山歩きが出来るから元気、だから譲らないのは間違いじゃないか?若者は仕事が出来るくらい元気なんだし、
論点はずれてるのかもしれないけど老人も若者も相互に支えられているってことを理解すべきだと思う。若者が言ったように今、老人がもらっている年金は若者が支えているものだし、老人側にしても定年まで働いてきてハイキングなり趣味に生きるなりするのは当然の権利だと思う。まがりなりにもこの国を支えてきた人たちなんだから。だけれども老人にしても若者にしても他人を敬うってことができなくなっていると思う。でなければどちらにしてもこんな心ないことはいえないと思う。私ごとで恐縮なんだけれども最近席を譲ってもありがとうの一言がないひとがおおいのよ。たまたまかもしれないんだけれども。お礼を言ってもらうためにやっていることじゃないが感謝の一言でもあればどちらも気持ちよく一日過ごせると思うんだけど。以上、若輩者の意見でした。
論外考えるようなことでもなんでもない問答無用で悪いのは若者最近のDQNは屁理屈までこねる様になったのか救いようがないな文句を言った若者を賞賛してる人が多いようだけど賞賛されるべきは若者の態度に苦言を呈した老人言い方が気に食わないかどうかは個人の問題席を譲らなければならないなどという事は決してないが、譲ろうという気持ちを持つことは人として当たり前のこと人として最低限の心も持たずにくだらない屁理屈で相手を攻撃することに評価する点なんて欠片ほどにもないここには俺より頭のいい人がたくさんいるんだろうから こんな子供だましの屁理屈にだまされないで欲しい駄文、長文で失礼
>どっちもどっちって言ってるヤツ、>自分ならどうすんだよ。譲った上で嫌味を言い返す、かな譲らないと「譲りたくないから文句言ってる」様に思われそうなんで
若者には反対ですな。論理的という前に倫理的な問題ですよ。こんなのが育ってるをきくと日本が破綻して、IMFに助けてもらっても現在の年寄りほどの活躍はできないでしょう。若い人は年寄りに席を譲るのは当然のことと考えるべきなのではないでしょうか。若者の方が爺より体力がある可能性は否定できない、人によってそれぞれ違う、という意見がありますが、千差万別をいちいち気にしていたら何もできませんよ。大体の年よりは若者より体は弱いし体力は無いのは秋毫も狂いがないわけで。そして、年寄りが若者に対して威張るのは人間としてどうしようもないことでしょう。いまは若い人であっても、年をとるにつれて必ず「今の若い者は」という台詞はでてくるようになります。それを見越した上での「年よりは大切に」という言葉が存在するのだと思うのです。つまり、色々思うところがあっても黙ってこの決まりごとに従うべきなんですよ。それが社会というものであり礼儀という規範でしょう。
非常にひっかかる内容だったので、レスつけさせて頂きます。> はっきり言って、若者というか今の若い人の意識がおかしいと思う。あなたは自分の考えと相容れぬ全てを「おかしい」と表現していませんか。> まず、年上の人間に対してタメ口を聞いている時点でなぜこんな礼儀も常識も> 無いような人間が社会に出ることができているのかが疑問に感じる。その年上の人間が、「礼儀も常識もないような人間」を育て上げ、社会に輩出しているのですよ。若者は勝手に育って勝手に社会に殴りこんできているわけではありません。> また、元気だとか元気ではない等で席を譲る譲らないというのも間違っている。これには私も賛同しますが、「元気か元気でないか」を判断材料にして行動する人が大勢いることも事実です。> 年上の人間というのは自分よりも多くの人生を経験しており敬われるのは当たり前。「当たり前」ではありません。この考え方は儒教という一種の宗教的思想に基づくものです。あなたは、自分よりも明らかに年上だとわかれば、ホームレスでも敬えますか。ホームレス、人生経験豊富ですよ。> むしろ譲ったからといっていいことをしたとかそんな意識がおかしい。これもまた押し付けた考えですね。「いいことをした」と考えるのは個人毎に違うでしょう。> 年上の人間には席を譲るのは当たり前だと思う。当たり前当たり前と言いますが、それはあなたにとっての当たり前。当たり前という言葉の意味をきちんと調べて下さい。http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%C5%F6%A4%BF%A4%EA%C1%B0&kind=jn&mode=0&type=stick電車だけに限らず、マナーの悪い若者は非常に多いと思います。しかし、同じくらい中高年もマナーが悪いと感じます。電車内で携帯に向かって大声を張り上げているのは大概中高年です。整列乗車に割り込むのも、人が降りる前に我先に乗り込んでくるのも、大概中高年です。そのような下衆な連中を、ただ年上であるというだけで敬うことは私はできません。今回の老人と若者の件は、若者を見下していた老人が、嫌味を言えば座れるだろうと浅はかな考えで喧嘩を売った結果、その無能さを露呈してしっぺ返しを被ったという話ですね。この老人はいい勉強になったのではないでしょうか。もう年寄りだから無条件に偉いという儒教思想の時代ではないのです。
どう考えても若者が正しいだろ。「時間をずらす」「グリーン車を使う」「電車ではなく別の交通機関を使う」選択肢はあるのに全て放棄してきたわけだからな。それと、「今の時代を作ってきたのは・・・」なんてのは無意味。高額納税者に席を譲れって言ってるのと同じ。今回の議論の論点は『嫌味を言っていた老人は、席を譲らなければいけない社会の弱者なのか』って事だと思いますよ。
ま、この件の若者がいずれ年老いた時、周りの若者が年寄りをいたわるような社会にはなってないかもしれんが、それもまた自分のケツは自分で拭けばいいんだしな。なんとなく、嫌味な老人は自己中心的で、若い時に果たして年寄りを敬っていたか疑問だし、この若者が年老いた時に嫌味な老人と似たような感じになりそうな気もする。結局誰しも自分がかわいいしね。モラルに関しては不言実行ってのが一番いいんじゃないか。
と言うか譲るか譲らないかは個人の判断ですし、先ほどから譲るのが当たり前とか譲らない若者はおかしいとか、妙に若者を馬鹿にしている発言が目立ちますがそう言うのやめません?って言うか若者を馬鹿にしている発言には詭弁のガイドラインに当てはまるものが多いのですが気のせいですか?特にIMFがどうたら言ってる人。老人だろうがなかろうが人間的に尊敬できない人はないがしろにされるでしょう。若者が若者がと言いますがモラルの低下の原因には大人が関わっていますしなにより社会は変わりました。昔のように老人ならば無条件に敬われる時代は終わったのです。好意の強制はよくないですし、様々な手段があるにも関わらず嫌味言ってる時点で人としてダメでしょ。若者もNOと言えるのは大切ですし、ここで譲ったら老人が同じことを繰り返す可能性があるのでキツク言って正解と思う。長くなりましたが私が言いたいことは貰うだけでなく譲ることをしようってこと。
連れを座らせたいならそう言えばいい。「こちらの女性2人を座らせてあげたいのですがよろしければ譲っていただけないでしょうか?」と言えばいい。わざわざ愚痴愚痴抜かす人間には俺は誰にも譲りたくない。それは子供も妊婦も老人も障害者も病人も関係ない。若者の口調、態度を責める人がちらほら見えるけど、若者より高齢者の方が経験豊かで敬われるべきだから高齢者は若者に嫌味を言ってもいいのかと言えばNOだろう。誰に対しても嫌味とかを言うものではないはず。その辺を勘違いしてる人間には絶対譲らない。我ながら少々小さい人間だとは思うけど、これが本音。もちろん黙って耐えている人、しんどいから座らせて欲しいという人には率先して譲ろうと思う。
譲るのが条件反射になっている自分がいる・・・ただ若者にはどんなに疲れていても、空元気であって欲しいかな。
通りすがりですが、気になる内容だったので一言。若者だって自分の言ってることが100%正しいと思っていたわけではないと思います。でも老人の嫌味な物言いにカチンときてあのようなことを言ってしまったんじゃないでしょうか。確かにこの場合、若者の論は全く筋違いですが、正論だと分かってるけど感情的に納得行かないこと(=年金など)が普段からあって、その対象である老人に嫌味を言われたものだから、つい文句をつけてしまったのかな、と思います。老人だから無条件に譲れ、という意見には疑問を感じます。そういう意見の人たちは将来自分が老人になった時やはり無条件で「老人だから席を譲れよ」と言うんでしょうか? それは何だか悲しい気がします。
人間と人間の話。対価を払って電車に乗ると言うサーヴィスを利用しているのだから、席に座る権利は平等である。譲ってほしいのなら、譲ってもらいたい理由を明確に話して譲ってもらうべきだ。あと、見ていて年寄り擁護派は「年よりには無条件で優しくするべきだ」等といった意味不明な論法しかしていない。若者擁護派の意見の方が理屈が通っている。年寄りが無条件に優しくされていたのは、それだけの理由が昔のお年寄りにはあったからであり、今のお年寄りにはそれは無い。弱者に優しくするのは何時の時代でも普遍的に必要な事であるが、年をとった人間に優しくするのは何時の時代でも普遍的に必要な事ではないでしょ?現状では『年寄り=強者』の図式も容易に成り立つのだから。
●大変そうな人が居たら席をゆずるかどうか●席を譲らずにいた若者の態度●イヤミを言った老人の態度●現在の年金問題●勤労意欲全部いっしょくたにせずに別々に考えないと不毛だよ?若者がカチンと来たことに多少理解は示すとしても、この若者の発言は的はずれもいいところ。正当性なんてかけらもない、ただの言い訳&八つ当たり。土曜日に働くことはそれほど偉いことか?一週間に何日働いてる?本当にその若者の年代が老人になったとき年金は足りないか?老人ならだれでも年金で遊んで悠々自適に暮らしているか?老人になってからの年金がどうなるか知らないが、今、その老人が若者だったときよりよほど楽に暮らして楽に金を手に入れ無駄に使っていないか?勤労意欲は年金の有無のみで決まるのか?老人の態度に悪いところがなかったというつもりは全くないが、物事の表面だけを見て(表面すらまともに見ていない気がするが)自分の不満を便乗して吐き出しているだけの意見は読んでいて気持ちが悪い。
席を譲る譲らないの次元から年金制度などの社会事情までに発端するこの話、私は若者が現在の制度にくだを巻き、それを老人になすりつけてるだけにしか思えません。若い人間が年金の心配をするのなら、今から貯金をして貯めておけ!そして年金をあてにせず、いかに自分の収入を増やすかを考えろ。世代の優遇感を持ち出すな。そんな事を言い出したら、その昔そのまた昔など、年金制度そのものもないのだから。今は楽な時代ではないが、その時代に生まれたのだから、それを受け入れ、その中で精一杯、生き、楽しむ、貧乏でもその生活を向上させるべく努力をするしかない。もしその老人の世代を持ち出すならば、戦後の日本など、一億総ビンボーだったわけで、そこからここまで這い上がったのには、国民一人一人の個人の努力の賜物でしかありません。今を生きる人は将来の為、今を変えて行くしかないではないか。席を譲る話しからは、ずれるが、あまりにも老人は優遇されてるだとか、若者は損だとかの書き込みに少しびっくりさせられます。その話しは今の政治家に求めるべき内容です。たしかに老人とて全員、敬われる人間ではありません。最近では殺人をしたり、人に迷惑をかける老人も少なからず、います。そんな人は相手にしないことです。嫌みを言う老人には閉口していまいますが、そんな老人には席を譲るのではなく、人として可愛そうなので、立ち去りましょう。そこにいても延々、嫌みをいうだけです。常識を知っている老人ならそんな嫌みは言いません。私を含めて、若い人でも年金の話しまで持ち出して相手に突っかかるのは正論とは思えません。嫌なら、その場から、離れればよいことです。そういう価値観を持つ老人を相手にするだけ疲れます。話しのわかる相手であれば、堂々と話せばよいことです。年金の話しなどを老人にせず、一人間として正論で話すべきではないでしょうか?
この若者に拍手です。あらかじめ準備され用意された演説席での言論ではありません。とっさに出た言葉なんです。ここまで考えているというだけで、この若者個人に限っては十分なのでは。そして、若いとか高齢とか関係なく、人は個人がそれぞれなのだと思います。年をとっても謙虚な方もいらっしゃるし、若いけれど考え違いをしていると見受けられる方もいます。逆ももちろんです。良きにしろ悪しきにしろ、自分の言動を素直に振り返ることができる人でいたいです。
こういう若者の考え方も一理あるってことが頭に出てくる時点で腐ってるんだと思う。自分が年取ったときにそんな態度取られたら、どう思います?そういった心の貧しさがひずみになっていることをこの記事はよく表していると思う。
>自分が年取ったときにそんな態度取られたら、どう思います?自分が年取った時にはそもそもこの老人のようにこんな嫌味は言わないと思うので、若者からもこんな態度は取られないと思います。
私はあまり若者の言動はよくなかったと思う。文章で読んだだけで胸が痛んだのに、こんなことを面と向かって言われたらすごく傷つくと思う。私の場合はですが。もちろん老人も悪いと思いますが。女性2人を座らせたかったらもっと素直に言ったら良かったと思います。
私の場合、席を譲ったことも何度かありますが、決まって気まずくかんじてしまいます。確かに自分の前にお年寄りの方が来れば、譲ろう、という気持ちになります。しかし、なかなか出来ません。恥ずかしい気がして、踏ん切りがつかないのです。だから、寝たふりをする人の気持ちもよくわかります。かといって、やっぱり寝たふりをするのはなんだか一番悪いような気さえします。「年寄り扱いする気か!」の話も何度か聞いたことがあり、譲るべきか譲らないべきかと、座りながら考え込んでしまいます。そしてそれはお年寄りの方から見れば「寝たふりさえもしないで、ふてぶてしい」とうつるのかもしれません。もしも私がこの若者のように嫌味を言われたら、それはもう気まずく、そしてむかつくでしょうね。かといってこの若者ほどの勇気はないので、次の駅で降りて、別の車両に移ります。私はこの老人をひどいとは思いますが、手放しで若者に賛同することも出来ません。ただ、ご老人の方には、席を譲る側にもいろいろと悩むことがある、ということを理解していただきたいものです。
>人として当たり前のこと当たり前のことってなんでしょうか?貴方の中では当たり前なのでしょうね世の中貴方の様に綺麗なモノばかりではないんです若者が悪いのは何が悪いんでしょうか心ですか?老人の心は悪くなかったんでしょうかこの世に人間はさぞ少ないんでしょう私も人間じゃないかもしれません
私たちは老人達が若者だった頃のがんばりのおかげで”今の日本”に暮らしていられる。それを忘れて若者に100%賛同することは私にはできない。しかし、反対に老人に賛同することもできない。相手を”若者”と見下し横柄な態度を取ることは若者vs年寄り、という以前に人間性の問題である。もし老人が丁寧に若者に頼んだらどうだったであろうか。言葉遣いと、相手を思いやる心、これらがうまく機能することこそ、衝突の無い社会に必要である。
なんか若者の言論だけ叩く人が多くて萎え。なんで最初に嫌味言ってた老人が叩かれないのだろうか?今の若者はゆがんでるとか言って老人に非はないとか言う人は個人的にはどうかしてると思うんだが。無論他者に席を譲るという考えは持つ方がいいと思うけど、譲る譲らないのは個人の自由。若者が老人を見て元気そうだし自分も仕事でだるいから譲るに値しないと思ったから譲らなかった。また老人も嫌味を言うだけで譲って欲しいということを相手が譲ってもいいと思えるように主張しなかった。ただそれだけだろう?老人の態度が180度反対だったら結果も多分違ったかもしれない。どんな人間であろうと何かを他人にしてもらうときには謙虚にならなくては同意は得られないということを忘れてる人が多くて嫌になる。おそらく老人マンセーしてる人は何か助けてもらってもありがとうも言えないかわいそうな人なんじゃないかと思う。
借金会計バンバンの社会を残して見た目だけ豊かな社会を置いて行かれてもねそれで今の豊かな社会は老人たちが作った?わらわせんな、と。転職すればいいだろとか狂ったとしか思えない意見はどう育ったら出てくるんでしょうか。若者の何十倍働いてきた老人、とかの言い回しもね。
まぁ、なんというか。老人を敬えとか言う前に敬われる態度を取るべき。嫌味たらたら並べる老人を敬えと言われても無理。第一第三者に聞こえるくらいの声で嫌味並べるのはマナーとしてどうかと。若者も若者で過剰反応しすぎ。まぁ結局、私の目にはどっちもどっちとしか見えないわけで。
相手がお年寄りに席を譲らないマナー違反(そこまではいかないか)をおかしたからといって自分が大声でいやみを言うというマナー違反を犯せば、非難されるのは当たり前。「すみませんが席を譲ってくれませんか?この二人が山登りの帰りで調子悪くなってしまったようで・・・」といえば、たとえそれが嘘でも若者も譲らざるを得ず、全て丸く収まるもの。
借金会計パンパンの社会は老人が作ったのではなく、ここ10〜20年の間にできた不良債権です。あなたはきっと将来、若者に言うでしょう。私たちの時代はバブルの後始末に大変でした。ですが、その時代になると若者は、その大変さを知らないので、言うでしょう。わらわせんな、と。
借金会計パンパンの社会は老人が作ったのではなく、ここ10〜20年の間にできた不良債権です。あなたはきっと将来、若者に言うでしょう。私たちの時代はバブルの後始末に大変でした。ですが、その時代になると若者は、その大変さを知らないので、言うでしょう。わらわせんな、と。
今の豊かな日本を作ってきたのは老人なのだから、相応の感謝をすべきという意見が方がいらっしゃいますが、私はそうは思いません。確かに、「物質面」で豊かにしたのは老人世代の功績なのかもしれません。ならば「精神的」に貧しい(老人に席を譲れない等)日本にしたのもまた老人世代の責任なのではないでしょうか?とはいえ、今回の件は世代に関係なく一個の人間としてどうなのか?という問題のようなきがしますね、わたしとしては。
若者の意見に賛成だ目の前でこんな嫌味を言われて誰が席を譲りたくなるんだろうか席を譲るのは、あくまで善意の行為老人に許された権利じゃない一言、「申し訳ありませんが、席を譲って頂けないでしょうか?」と言えばすむ事だ少なくとも自分が老人になった時は、席は譲られて当たり前なんていう考えは持たない事にしようあくまで譲ってもらうという謙虚な心が必要だ
まぁ、どっちもどっちのような気がする。嫌味言われたら譲りたくなくなるしなぁ…。んでも、仕事に行くから座っててもいいとか、年金作ってやってるとかは思い上がりだろうな。つか、譲る相手選ぶなよと。
若者のセリフには賛成出来ませんが・・気持ちは分ります。誰だって、嫌みを言われれば言い返したくもなりますよね。お年寄りの方がもう少し考えて発言してれば、言い返した若者じゃなくても誰かが譲るでしょ。。。。
確かに年金払ってんのは俺らだと思うんだけど、相手は老人。体力が違うんだから・・・老人には席を譲るべきだと思います!だけど今回は向こう側の態度も悪かったと思います。若者が怒るのも当然だと思います。だけどもう少し軟らかい言い方ができれば・・・
別に嫌味を言われたからって席ゆずらない必要もないと思うけどね。自分のしたいようにすればいいと思う。老人に席をゆずるにしても若者が席をゆずらなかったら他の気づいた人がゆずればいいんじゃないんだろうか。あと「お年寄りを大切にしましょう」っていうのは人から言われてやることじゃないと思うけどね。自分でそれに気づいてやっと分かる事だと思う。ただ人から言われたようにする人達こそロボットだと思うんだけど,,,
老人:座りたければ空いている時間帯の電車か、他の車両を探せば良い。既に座っている人に対して「すいませんが譲って頂けませんか」とお願いするならまだしも、大衆の面前で嫌味を言い、若者(及び、同じく座っている周囲の人)を晒し者にしようとした時点でアウト。若者:相手が誰であろうと、嫌味や批判に対して反論・批判をするのは自分の尊厳や価値等を守る為の当然の行為。そのこと自体は他者から批判されるようなことではない。だが、その内容の土曜出勤・年金・老人の体力、また、レスにあるような政治関連・老人の功労・その他は一切関係無い。ナンセンス。まぁ、よほど嫌味に言われて頭にきたのだろう。そうなると相手を徹底的にディベートしても致し方無い。それは討論の基本だ。従って、今回の事でどちらに非があり、どちらに理があるかと言われれば、若者の勝ちではある。老人は一般的に虚弱かも知れないが、中年・若者だって高熱・頭痛・吐き気など体調不良もある。腰や膝が悪いのかも知れない。まだお腹がそれほど目立たない妊婦さんだっている。要は、世代も性別も関係なく、双方が常に、「相手にも何か理由があるのかも知れない」と、思いやりの心を持っていれば、このようなことは起こらない。以上。
j atさんの意見に賛成!双方の意見を混ぜると混乱するだけです。人として、老人と若者が共にする空間では、双方に思いやりがあれば、今回のようなことは起こりません。
はーなるほど。難しく考えるときりが無いっすね。というかシンプルに座りたかったら優先席へいけ(もしくはお願いしろ)席を譲りたければ譲れだと思うんだが。この場合席を譲って欲しいがために初めに嫌味たらたら言った老人がどう考えてもダメだろ。みんな頼まれて嫌ってほど鬼でもないだろうし、嫌味言われてまで譲ろうってほど仏でもないわけだし。年金とか若者とか老人とかそういうのは別にあんまり関係ないかと。
老人が敬われるのは、年を食ったからじゃないの。年を食うだけなら赤ん坊でも出来るし。老人が敬われるのは、若い人には無い経験や知識があるから。少なくとも、嫌味を言った老人とそれに嫌味で返した若者は同レベル。自分より何倍も経験を積んでるはずなのに、その程度のことしか出来ないならそりゃ敬う気も無くすよ。
この膨大なコメントのうちらくださんに目線の向いたものはいくつあるだろうか。文中の人物に対する物言いなどはトラックバックして自分のブログで吐けばいいこと。さらには他人のブログのコメント欄で議論するなど論外。荒らしと大差ない。
この膨大なコメントのうちらくださんに目線の向いたものはいくつあるだろうか。文中の人物に対する物言いなどはトラックバックして自分のブログで吐けばいいこと。さらには他人のブログのコメント欄で議論するなど論外。荒らしと大差ない。
ここにコメントしてる人は皆さん若いですねぇ。譲るのも譲らないのもグラサン兄さんの自由です。ただ、譲るにしても文句を言うにしても、一方的に自分の意見を吐き出すのではなく、相手がどう反応するか考えれば良かったと思います。嫌味を言われて不快に思った時、相手を不快にさせることに何の意味があるのでしょうか?自分のうっぷんを晴らすため? それでは何の進展もありません。「嫌味を言われて不快に思った。席を譲って欲しいときは直接言って欲しい。今日はこれから仕事があるため残念ながら譲りたくない。」こう伝えればいいだけの事なのに。
どちらも勇気あるよね。今の治安の悪い日本でおいらは知らない人に対していやみや文句をいえないダメ人間さ。
年寄りが最も快適に暮らせる国。それが日本です。バスも地下鉄も全部タダだしね。(無料パスとかで)それにシルバーシートは「優先席」であって「独占席」ではない。山登りする元気がある年寄りよりも、年齢関係なく足が悪い人や体調が悪い人、妊婦などを優先的に座るべきだ。
どちらも、それぞれの信念に従った結果、老人が負けたって感じだな。なんか、極端な話だから、どっちがいいとか悪いとかじゃないと思う。ここにコメントを書く人ってたいてい、若者ですよね。ぜひとも、ご老人方の意見を聞いてみたいものです。
一番言えることは、本当に疲れている人間は誰かということだと思う。昔はお年寄りが一番体力がなくて、長時間たち続けることが大変だったかもしれないが、今は昔とは違う。若者を非難している人は、その辺りのことを分かっていない気がする。今の新卒なんて、月100時間のサービス残業で手取りが15万なんていうのもザラで、常時下手すると老人よりも体力がなかったりする。その上、将来に対する希望も全くない。この辺で老人よりも若者のほうが体力・気力が充実しているという固定観念は払ったほうが良いんじゃない?
席を譲ったり譲られたりと言うのは人の善意。マナーではなく善意だと思います。立つのが困難な方に譲るのは自分でももちろんかまわないと思います。でもそれは譲る側の善意であり、義務ではないはずです。この場合、素直に「譲ってください」と言われれば私も譲ったでしょう。年寄り・若者関係なくです。どんな年齢であろうと、相手を尊重できない人間は相手からも尊重などされないとおもいますが。若者が言ったセリフの内容はともかく、嫌味で座っている人をどかそうとするような人に対しは注意して当然だと思います。
むぅ・・・いい悪い別にして、僕なら譲りませんね。譲ってもらって当然、なんて考えてるヤツには何もしませんよ。大体、お年より頑張ったから今の日本があるというなら、お年寄りが年金で暮らせるのは働いてる世代のおかげなんだし。お年寄りは敬うべき、といいますが「敬われるに足る人間であるかどうか?」とも思いますけどね。
どちらの意見にも納得ですが、若者の発言に突っ込み。>俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。結婚して、子供をたくさん作ればその分受け取れる年金も多くなり、優雅に山登りできますが何か。といいつつ、彼女いない歴24年な俺…orz
>mobiさん本来、ブログのコメント機能とは本文に対する自分の意見など、正に所謂「コメント」の為にある。それが徐々に議論・討論に拡大しても、それは機能を正常に使った結果と言える。各々、真面目に本文に対する意見を述べており、所謂「荒らし」と同列に扱うのは論外。
ただの口喧嘩みたいなものでしょ。道徳だなんだと言えば嫌味を言って譲って貰おうってのが間違ってる。それが通用する可能性があるのは若者がシルバーシートに座っている場合だけだと思う。盲目的に「なんだろうが、年寄りに席を譲らないやつはクズだからそいつが悪い」ってのはどうかと思う。(関係ないけど)それじゃ中国とかと一緒だし。年とかは関係なく、弱い人に席を譲るべきだとは思うけど(それは年寄りの場合が多いが)、それも「できるやつはいいやつ」ぐらいで良いと思う。まあ、なんだろうがそういうのは関係なくて、自分に有利な点を強調して嫌味を言った人に対して、「そこまで言うのなら」と言い返した、ただの口喧嘩みたいなもの。双方とも自分よりにしすぎ。僕が気になったのは、理由関係なしに年寄りに席を譲るべきという人がこんなにいるということ(現実ではほとんど見たことない)。ある意味衝撃的…
なんというか、面白い議論だなぁ。いろんな視点から見られて面白い。個人的な意見をコメントすると、若者には論点のズレも結構あったりするけど、それを差し引いても共感できるかなぁ。「譲られる側」にもちゃんと守って欲しいマナーはあるわけで、文句や横柄な態度を取る年寄りは、人として尊敬対象でもなければ、こちらが譲るべき対象でもないと思う。なんて言っている私は、疲れてるときは意地でも譲らない若者です。
私は逆のことを言われたことがあります。とても気持ちのよい空気でした。仕事帰りに地下鉄に乗っていて座っていたところ、年の頃50〜60歳くらいの初老の女性が乗ってきて、私の斜め前に立っていました。私が席を譲ろうとしたところ、その初老の女性は笑顔でこう言ってくれました。(はっきりとした言い回しまでは覚えていませんが・・・)「私は遊びに出かけた帰り道です。でも、あなたは一生懸命社会のために働いて疲れて帰ってきているんです。私なんかが席を譲っていただくなんておこがましい。どうぞ、お仕事でお疲れのあなたが座っていてください。」非常にやさしげにこう言ってくださったのですが、正直ビックリしました。今までこんなことを言う人を見かけたことがなかったので。こちらもとてもうれしい気分になり、「私はあとふた駅で降りるので」と言い、座ってもらいました。どなたかが書かれていましたが、笑顔には笑顔ですよね。
色々と考えさせられるエピソードですね。皆さんのコメントもどれも面白く読ませて頂きました。自分は年配者がいたらシルバーシート以外でもひっそりと席を立ち(譲った感じにならないよう、「次、降りるんすよ」みたいな空気で)ドア付近に移動するというやり方をとっています。譲るのが気まずいという方はこれオススメです。しかしこれをやって元気そうな人に椅子取りゲームのようにスッと座られたことも幾度となく・・・以前、こんなことがありました。当時携帯ゲーム(通信ではなくダウンロードしたアプリ)にはまっていた自分は優先席付近ではない席の前に立って夢中でゲームをしていました。すると、そんなに混んでいない(1車両で7、8人立ってる程度)のにいつの間にかぴったりと横にいる老人が。ぼそぼそと聞き取りにくい声で、どうやら「携帯ゲーム遠慮しなさい」と自分に向かって言っているようなのです。自分は携帯OFFにするべき優先席付近でもないし、通話しているわけでもないし、勿論マナー―モードなので音はでていないので、マナー違反しているつもりは微塵もなく、結果・・・聞こえない振りをし、無視しました(笑)なんかそこで携帯パタンと閉じたら「負け」を認めることになり、悔しかったのでしょうね。まあガキなんですけど。すると老人はあろうことか「お前みたいな奴はだから結婚もできないんだ・・・」等と全く関係のない誹謗中傷をしてきたのです。カーっときましたが、同時に「ああこいつは人間としてヤバイ奴だ」とピーンと来たので関わり合いにならない方がいいと考え無視続行。すると今度は「自分はペースメーカー使ってて、お前がさっきから携帯いじる度に動悸がして苦しいんだ!!」とかキレ始めたのです。驚きました。「何なら触ってみるか!触れ!」とまで言い出したので(遠慮しましたが)、本当のようです。仕方がないのでキレ気味に携帯の電源を切り、ドスのきいた声で「申し訳ありませんでした。携帯電源切ったのでもう大丈夫ですよ。」と頭を下げつつ言うと、もう大丈夫なのに老人は自分から遠ざかっていきます。なんかその態度にカチンときたので「いやいや、もう大丈夫ですって(怒笑)!!」と後ろ姿に言ってやりました。辺りを見渡すと自分以外にも携帯いじってる人達は周りにたくさんいたんですがね。自分は通信ゲームをしていたわけではないのでメールなどしていた人がいたとしたらそちらの方が強い電波出してるんですけどね。まあ、自分はその車両の中では一番若輩者で若者風情な格好をしていたので(他はスーツ姿)標的にされたのではないかと思います。この一件で学んだのは「社会的弱者であっても人間としてヤバイ奴はいる」ということです。わざわざ自分のぴったり隣に移動してくる辺り、生粋の「クレーマー」なんだろうなと。頼むから空いてる車内では素直に優先席に行ってくれよ。とにかく、動悸がして苦しいのに情報を後出しにしてくる神経がほとほと理解できませんね。最初から素直に言ってくれたら(変な爺さんだな、まあしょうがないか)と思ってすんなり最初に電源切ったのに。まあ若者年寄り関係なく、こういう公共の場で人に何か言う時の「態度」は非常に重要だと思いますよ。あと、まず情報を与えること。見知らぬ人の場合、体の不調や持病などは外見だけでわからない場合が多くありますから。長文すみませんでした。
ご老人がうかつでしたね。グラサンかけてる若者なんて、どう考えてもまともな神経しているヤツじゃない。丁寧に言ったところで席を譲らなかったことは目に見える。殴り殺されなかっただけでもマシ。こんなDQNに関わること自体が間違い。若者とか年寄りとかいう世代論じゃなく、「バカには関わるな」、これだけですよ。
すごい反響ですね!いいテーマですね…私はどっちもどっちと思いますが、真ん中辺りのレスでついてる心臓病の方の話を読んで思いました。席は早い者勝ちでいいのでは?と。社会的に弱者になる方はそれなりの状況を作ってますよね。(少し早く出て座れるように家を出たり、混んでる時間を避けて帰ったり。)どうしてもその座れない電車に乗らなければならなかったんでしょうか?>お年寄りは本当に座らせて帰りたい、行きたいなら少し時間をずらすか隣駅まで行くなど、計画したらどうなんでしょうか?と考えました。私も生理の時立っていられない辛さがあるので会社へ遅れてでも座って行きます。もちろん減給されてます。(たまには早く出ますが^^;)明らかに乗っている最中に具合が悪くなった方などには皆席譲ってると思いますし。早い者勝ちが主だと皆さんの頭の中にあれば具合悪くて席譲って欲しいと思ったら「すみませんが…」という言い方になると思います。完全にお年寄りの勘違いだと思います。
座席については間違いなく老人>若者 が正解。ですが、譲らないからといって”悪”でもなく”罪”でもない。そんな中、老人が発した言葉と表現は低俗すぎ。トータルで見て、若者を支持します。
はじめてきました。今回のこの件は、両者に問題ありと言うところか。それにしても、老人の態度は問題ありだと思う。後少し、老人がガマンしていれば、この状況なら、らくださんが席を譲った可能性すらある。そうすれば、誰もいやな思いをせずに済んだのではないか。もちろん、若者の発言もいただけないのは、皆さんがおっしゃる通りだと思う。ただ、怒りは理解できますね。いつも電車では立つことにしているので、このようなケースにあうことは無いのですが、もし、同様のことがあったとしたら、私は席は譲ると思いますが、一言言うでしょうね。「じいさん、あんたのもの言いは気にくわないが、席は譲ってやる。座れ」とね。
はじめてきました。今回のこの件は、両者に問題ありと言うところか。それにしても、老人の態度は問題ありだと思う。後少し、老人がガマンしていれば、この状況なら、らくださんが席を譲った可能性すらある。そうすれば、誰もいやな思いをせずに済んだのではないか。もちろん、若者の発言もいただけないのは、皆さんがおっしゃる通りだと思う。ただ、怒りは理解できますね。いつも電車では立つことにしているので、このようなケースにあうことは無いのですが、もし、同様のことがあったとしたら、私は席は譲ると思いますが、一言言うでしょうね。「じいさん、あんたのもの言いは気にくわないが、席は譲ってやる。座れ」とね。
>>子供をたくさん作ればその分受け取れる年金も多くなり、優雅に山登りできますが何か。たくさん子供を作ると、その子供達を高校と大学に進学させる時に大変だと思いますが、、、すこし↑でみかけたコメントですが>>文中の人物に対する物言いなどはトラックバックして自分のブログで吐けばいいこと。さらには他人のブログのコメント欄で議論するなど論外。荒らしと大差ない。文中の人物に対する物言いもこのブログを見て思ったコメントなわけですし、偶然見たこの記事のトラックバックのためだけにブログを始める必要性はないと思います。あと、価値観の違いから議論になることは話題的に仕方ないことかと思います。このコメント欄をらくださんが不快に感じたなら何かしら対処されるので、今は問題ないかと思いますが、、、むしろこのような場はいろんな人の考えが聞けるので貴重だと思いますよ。
人各々の良心、器の広さの問題だと思いますけど。そこに年金問題を持ち出してくるのはそもそもお門違いであるし、卑怯。年金問題のこと言われたら何も言えなくなるってことは、お年寄りたちは実際若い世代に引け目を感じているってことですよ。それをここぞとばかりに引き合いに出すのは卑怯です。年をとったらそれだけ何をやるにも身体的にハンディが出るのは当たり前ですから若者がお年寄りを自分たちと同じ立場、目線でモノを言うのはおかしいです。またお年寄りの言動も目に余るものがあり、座りたい若者のことも考えていないのでこの人も器量が小さい。どっちも人を思いやる気持ちに欠けている気はします。例えどんなに疲れていても無条件に席を譲っている人もいますし、そういうこのコメント欄を見る限りではそんな人間は意外に希少ですばらしく良心のある人だというだけです。ただ私がおかしいと思うのは年金問題とは筋が違う話だってことで。そういう不満は無駄遣いしている政治家に全てぶつけるべきだと思います。不満がある人に限って選挙に行かないから現状が何も変わらないのでは?私自身は若者です。
> >がんもさん自分へのレスということでよろしいでしょうか?(^^;確かに携帯の心臓ペースメーカーへの影響は疑問視されていますよね。しかし、少なくとも自分の接した老人はバクバク言っていたように思います。はっきりとはわかりませんでしたが、薄いシャツの上からでも胸の上下が見うけられたからです。やはり心臓は精神的なストレスに大きく左右されるので、「電磁波が影響を与えるかもしれない・・」と一度思いこんでしまった方が心因性の発作を起こしてしまうというのも頷けますし、それは健常者が配慮しても良い部分ではないかとも思います。どうせ通話できないわけですし、満員電車でメールもやりにくいですしね。それによって被る損害がないのならば、科学的根拠がなくても(まあいいか)と思えます。なので自分は優先席付近と満員電車では電源切ってます。しかし、前述の老人は恐らく自分とのやり取りで興奮して動悸がしたのではないかと・・・だとしたら、非常に微妙な問題ですね(^^;
どちらも正しいとは言えませんが、この場合については譲らなくても構わないのではないでしょうか・・・まぁモラルの問題ですから、お互いに穏便にいきたい物ですね。年金の話になりますが、年金の制度が確立して、今の高齢者の方々の半数は年金の支払いをしていないにもかかわらず、年金をもらっています。まぁ年金の話は的外れかと思いますが、昔よりも外で遊べる場所が少なくなっている今、高齢者が若かったころよりも体力は確実に衰えています。ちなみに今の制度も変で、もらえる年齢(55以上だったかな)に達していてももらえていない人も大勢居ます。まぁ悲観的な文章になってしまいましたが、年金については参考までに・・・
自分は弱者だって言って威張ってるヤツが案外一番たちが悪いのかも弱者だからパクリもタカリもOKなんてね
いろんな意見があってとても考えさせられます。私はこの若者は道徳にダメで、この老人は頭が悪いと思ってます。若者にモラルがなかったのは言うまでもありません。年寄りに席を譲ろうってのはとてもよく言われていますし、ひとつの常識にまでされています。しかし、いかにも道徳のなさそうな若者に対し道徳を求めるこの年寄りもどうかと思います。この年寄りは、道徳のなさを指摘すれば席を譲ってくれると思ったのでしょうか?そうでなくてもこの若者に反省させることができると思ったのでしょうか?「最近の若者は・・・」なんて言葉もおかしいです。昔だって不良はいたはずで、そんな若者が席を譲るとは思えません。それを言ったところで相手を不快にさせるだけということは少し考えれば分かります。この年寄りには単に感情的になって道徳を武器にしていただけでしょう。やはり思慮が欠けていたと思います。嫌味を言われて反論した若者には共感できます。「山登り・・・」が正論かどうかはともかく、あえて嫌味を言う年寄りに席を譲りたくはないと言う気持ちは伝わります。上のコメントにあるように、「譲らないからといって”悪”でもなく”罪”でもない。そんな中、老人が発した言葉と表現は低俗すぎ。」これが自分の意見によく似ています。ただ、「罪」ではないが、「悪」ではあるかもしれません。でもそれをあえて感情的に非難する年寄りもどうかと思います
>若者に拍手を送りたいなんてコメントをする奴らの精神を疑う。 俺も若い世代だし、老人世代の苦労は計り知れないが、この顛末の老人も茶髪野郎も上記のコメントした奴らも、狭量だと思う。 確かに、嫌味を云われたら意地でも席を譲らない・・・気持ちは分かる。或いは、譲っておいて嫌味で返す。 謙虚に「この女性たちに席を〜」なら、快く譲る。 以前、スーツの中高年に席を譲ったら、お礼をいわれたことがある。 疑心暗鬼になりすぎないで・・・。 乱文失礼。
話を折るようで申し訳ないのですが、何か議論の質が変な方向に行ってませんか?確かにおもしろいテーマですが、そんなに深く考える話でもないような気はします。みんな若者がどう、老人がどう、正しい、悪いといった話ばかりですが、他人ではなく自分ならこうするという話だけで十分ではないですか?
とりあえず、若者・高齢者で区別するのはやめようと思いました。人間を見ると言うのに賛成です。また、論議の中で数々の「固定概念」が噴出していましたが、これも怖いなと感じました。技術の進歩などで、世代間のズレ?のような物が以前より広くなったと思います。マスコミなどでも世代間の格差・確執を最近何かと煽るような動きもあるような気がします。若者の価値観や文化をまず攻撃してくるのは老人側が多いですよね・・・(って言うのも固定概念か?)高齢者の方はそれに対して若者のフラストレーションが、想像以上に溜まっている事を心得ていた方がいいかも知れません。それで、このような無用なトラブルは避ける事ができるかもしれない。
私が年寄りで、立ってられないほど疲れていたら、地べたに座りますね。それで席を譲ってくれる人がいれば、礼を言って席に座る。譲ってくれる人がいなければ、そのまま地べたに座ってます。
とりあえず、若者・高齢者で区別するのはやめようと思いました。人間を見ると言うのに賛成です。また、論議の中で数々の「固定概念」が噴出していましたが、これも怖いなと感じました。技術の進歩などで、世代間のズレ?のような物が以前より広くなったと思います。マスコミなどでも世代間の格差・確執を最近何かと煽るような動きもあるような気がします。若者の価値観や文化をまず攻撃してくるのは老人側が多いですよね・・・(って言うのも固定概念か?)高齢者の方はそれに対して若者のフラストレーションが、想像以上に溜まっている事を心得ていた方がいいかも知れません。それで、このような無用なトラブルは避ける事ができるかもしれない。
はじめまして。よそのサイトでこの記事を知って来ました。僕は以前座って眠っている時にジジイにいきなり杖で頭を叩かれて「どかんかっ」と怒鳴られた事があります。不愉快を通り越して痛快だったのですぐに譲りました。
難しい話にしたい人がいるようだけど、これってジジイが連れのオバハン達にカコイイ所を見せようとして失敗しただけ。男なら誰しも経験があるんじゃないだろうか。つまり、男っていつまでたってもバカだって事。ジジイもバカなら若者もバカ。若者vs年寄り、シルバーシートの是非、電車での席の譲り合い、等等、どこにでもある話題にすり合わせていかにも社会問題である。みたいに思いがち。別にそんな大げさな話じゃないんだって。
コメントをざっと拝見しましたが若者を批難されている方がいるのに驚きです。確かに言い方がきつかったかもしれませんが、内容は至極もっとものように思います。年金も金銭的な格差を単純に説明しただけで的外れとは思えません。私が老人の立場だっらと想像しても、返す言葉がありません。
まぁ席が空いてるっていうの前提で電車に乗らなければすむんですけどね。立ってられないような年齢なら電車は使うべきではないのかも知れないね。必ずしも座れるとは限らないし・・・。
ちょっと話が脱線しますが・・・ハイキングに行ける老人だからといって、本当に体力があるとは限りませんよ。ウチの母なんて、若い頃から毎年1回は病気で数日は寝込んでいますし。でも、自然が好きだから元気な時にハイキングに行くワケです。だからといって、イヤミ言ってまで席を譲らせて良い筈がないですが・・・
お爺さんは席を譲ってくれなかった時点でシルバーシートに行けば良かったしグラサンは嫌味言われる前に席を譲れば良かった。どっちもアホだな
高齢者の態度も若者の態度もありがちな態度だと思う(行動するかどうかは別として、こう思っている高齢者は多いし、この若い者の気持ちも若年層は皆抱えているジレンマではないか)。 そもそも、シルバーシートというのが、おかしいと思う。 既に名称からして、その他の体の不自由な人、妊婦や乳幼児連れを対象とはしていない気がするし、確かに、シルバーシートという専用席があるのだから、高齢者にはまずそちらを当たって欲しい。 これから働きに行く若者をどかして、遊びに行く(まして登山)自分達こそが座る権利があると主張するのもどうなのか。 年金対策もそうだが、この国の大量の国債を発行して粉飾してしてきた経済の体質なども何の責任も取らず、棺おけに行こうとしている高齢者世代にもう少し自制して欲しいと思う。 少子高齢化を責められているが、本来なら子供に投資すべき社会資産が、年金世帯に回されているという事実ももっと言われて良いのではないか。 子供を生まない、作らないという事を声高に有識者は叫ぶが、そもそもこの国には既に社会福祉の消費者として、高齢者が居座っている事実をもっと問題視しても良いのではないか。 長生きは善か? 高齢者をイナゴ世代(彼らが通った後は草木もない)という表現があるが、確かにそうなりつつある。 「私憤が無いか」といわれればあります。 扁桃腺を腫らして気管支炎を併発して熱が、38.7分あった時に、咳き込む私にお年寄りは誰も、席を譲ってくれなかった。 「今日は○○さん来ないね〜、具合悪いんじゃない」という無神経な会話があった。 高齢者で満員の内科の待合室・・・高齢者の診療費負担がもっと低かった時代の話である。 彼ら(高齢者)に常識はあるのだろうか。 尊敬出来ない=譲りたい、学ぶものが有ると思わせる高齢者が少ないのではないか。 ただ、肉体だけ年を取りましたといった、人間性はお子様な高齢者が少なくないのも事実ではないか? 常識や愚かなのは若者だけか一考して欲しい。
↑そうかもしれませんが、人によって感想は異なるので、いいんではないでしょうか。初めまして。俺は政治もよく解らない奴なのでこの記事の状況のみで判断したいと思います。若者の反論は的外れかもしれませんが、老人の嫌味もまたずれていると思います。理由は、反論:現在政治は関係ない。また、疲れているかどうかは(最終的には)自分にしか解らない。嫌味:老人だから席を譲るかを決めるのは自分の論理ではなく若者の論理。嫌味を言う前に行動をするべきだと思う。です。この時点ではさして二人に差はありません(俺の中で、です)。本来なら入れるべきことではなかったと思うのです。ですが老人も嫌味を言い、若者も政治を込めた反論をしてしまいました。俺も嫌味を言われたら反発をしてしまうタイプなので、若者の行動が解らないでもありません。ですが、若者は反論をしてあろうことかそのまま居座ってしまいます。諭すなら別の方法もあったはずです。また、老人も嫌味を言った自分を恥じることが必要だと思います。俺は基本的に知らぬ人に嫌味を言えないタイプの人間です。言うだけの度胸(ちょっと表現が疑問ですが)が無いためもありますが、他者をまともに知らぬうちに相手の考えや行動を否定できないからです。この時点での若者の印象なら「関りあうのはよそう」と思って別の人を探すべきだと思います。俺は嫌味も的外れの反論も「人であるのだから言いたくなる時だってある」と同時に「言わずに互いで尊重したり、言った時にも謝らないといけない」と思います。だから、嫌味も「言わずに礼儀を持って接する」、反論も「嫌味を言った事柄に対して反発し、それでも席を立って譲る」が一番平和であったんではないかなと思います。それに、老人に席を譲れるって格好いいですよ(少なくとも自己の中で)。気分も良くなります。嫌味で誤魔化さずに行動できるのだってそうです。見返すと個人的感想ばかりになっているなあ……。以上、長文ですいませんでした。
個人を尊重しない失礼な発言に対し反論するのは正しい。このことと相手との年齢差は本来関係ない。あとは言い方の問題では。
不規則に揺れる電車内でバランスを保つのと、目視で足場を確かめながら歩くのでは、肉体的な負担は全く違います。前者の場合敏速な反射神経を要求されるため、下肢の筋力が十分であっても転倒の危険はきわめて高い。転んだりよろけたりする方が周りの乗客に迷惑かけるんだから、そう言う人たちは座ってくれる方が乗り合わせる側としてはありがたいんだけどね。
なんかもう、コメントじゃなくて議論になっちゃってますね。管理人さんに迷惑にならないように他に場を移してはどうでしょう?
若者の発言には支持できない部分もありますが、若者を支持します。どのような事情であっても、譲ってもらったら相手に感謝をするものです。「〜で当然」と受ける側が思っていては誰も与えたいと思わないです。人と人のやり取りなのですから相手を思って接するものではないでしょうか。
>>鈴木何か勘違いしてませんか?この若者は言ったとおりのことを思ったから譲らなかっただけで、体の悪そうな方にはどうするかわかりませんよね?まあ俺は譲ると思いますが。今回の場合、老人の言い方と状況判断が最低だったのが問題であり、その人間として最低の行為を「老人」ということで許容するかどうかが問題だと思うんですが。老人などに席を譲る行為に関しては、そりゃ譲ったほうがいいのは当たり前ですが、マナーのない老人を尊重するかどうかは、「当たり前」の範疇ではないと思います。
どっちもどっちだと思います。老人の嫌みに腹を立てた若者の心理は理解できますが、「年金云々…」は的はずれですし、年長者に対する態度としては不適切だと思います。彼には老人を思いやる『優しさ』を持ってもらいたいです。一方の老人は、相手への礼に欠けた、年甲斐のない方なのだと思います。若者に反論されたのは自業自得でしょう。「席を譲ってください」と礼を尽くしていれば、相手の人も「どうぞ」と席を譲ったでしょうにね。ちなみに私は自分が席に座っている時、近くにお年寄りがいたら、何も言わずに席を立つことにしています。空いた席に座るか座らないかはその人次第と言うことで。あまり『優しい』やり方ではありませんが、「老人扱いする気か!!」なんてトラブルもありませんし、譲ってもらう方も心理的負担がすくないのではないかと思っています。
車内で病人やけが人が出れば、搬出搬送作業のために駅停車時間を長くとることがあります。列車運行遅延は乗り合わせた乗客すべて場合によってはその路線の利用者すべてに迷惑をかけることになるのです。座席を譲ってもらえなかったが為に体調を崩し、列車の運行遅延を引き起こしたとしてその責任は誰にあるのでしょうか?“モラル”の裏にはそう言った現実的な事情が必ずあります。そうした本質を教えなかった教育の責任もありますが、そうした本質を見抜けない浅はかさは、我々個人個人の業罪ではないでしょうか
老人てのはなー耳が遠いんだよー耳が遠いってことはなー日常会話でさえも人目をはばからないでかい声でしゃべるんだよー見たことないかなーそれを「聞こえるように嫌味を言った」と捉えるのはどうなんでしょうねぇー健康問題に言及するならそこまで酌んでやってやー
僕は若者に賛成では無いけど、非はおじいさんにあると思う。 全ての席が優先座席ではないにのに、おじいさんの言った言葉は明らかに不適切。疲れて座りたいのであれば、優先座席に行くべき。これは挑発行為ともとれる。 「譲るか」「譲らない」かは先に座った人の自由であって譲ってもらう側が言うことではない、本当に譲って欲しかったら頼むべき。 明らかに挑発をしたおじいさんに対して、若者が正論を言おうと自分の感情論を言おうと、先に喧嘩を売ったおじいさんが悪い。よっておじいさんが悪いと思う。
悪意を投げれば悪意が跳ね返ってくる。善意を投げれば善意が返ってくる。世の中が悪くなったと人は言うけれど、悪意を投げつける人間が増えたからじゃないかと思う。たかが座席のことで人を罵るべきではない。六十年も生きてる大人ならなおさら人の手本となるべきだ。理解してくれと人に言えば理解してくれと返事が返ってくる。若者は元気だというかもしれないが、若者だって必死だ。他人のことなんて気がつかない。気がつかない時には知らせてくれればいいのだ。六十年生きてその程度の思いやりすら持てない男が、まだ若い男にやさしさなんてもとめちゃいけない。
真ん中あたりで御自身の心臓病のことでレスしてた「み」さんだったかな…あの人の体験談を読んでいると爺どもの身勝手な発言に怒りを通り越して悲しくなってきますね…といっても、電車の件では相手は事情を知らないので仕方ないと言っちゃ仕方ないのですが、バスでの方は…思わず殴り倒してやりたくなりましたよ。勿論そんな事すれば警察沙汰になるんでその場にいても実行しませんが。やっぱり直ぐに頭に来てしまう自分なんぞはまだまだ子供なんでしょうな。駄文スマソ。でもどうしてもレスしたかったんで勘弁。
初めて読ませて頂きました。どっちの行動が良い悪いではなくて、このような行動・言動が起きてしまう現代の社会がどうなのか、ということなのでしょうか…。私が同じ立場(若者:私は20代)だったら…正直に考えると譲らないと思います。相手が本当に辛そうだったら譲るかもしれないですが、今回の場合、譲ってもらおうとする気持ちが若者に伝わらなかった上に、若者も老人の勝手な言い分に腹を立てて反論したとするなら、自分の考えていることを相手に明確に伝えた若者の行動は正しいと思います。あ、結局良し悪しの話になってしまっていますか…?私が感じたのは、やはり人間同士、会話しようとする意識が薄れてしまっているのが現代の社会なのかなぁということでした。以上です。
私は高校生の頃に、高齢の女性から席を譲っていただいた事があります。確か学校の行事の準備が何か疲れきっていた状態で帰りの電車に乗り、立っていました。しかし、自分で力きちんと立つことができず、吊革を支点にして揺れていたのです。それを見兼ねた方が席を譲ってくださいました。情けない話ですが、あの時はとても助かりました。譲っていただいた側が言うことではありませんが、「座席を譲る」とはこのような事を言うのだと思います。
はじめましてNanjoeといいます。興味深く読ませていただきました。他のコメントの方々と同じく、言い方一つの問題だろうな〜っていうのと。こうやって記事になって、第三者の立場で見るのと。実際にその場に立って当事者になってみるとでもやっぱり見方が違うな。っていうのが個人的な感想です。老人に席を譲るのは当たり前土曜日に仕事に行ってる自分は偉いなどと、自分の中にある当たり前の事を世間の当たり前にしてるんでしょうが。自分自身の当たり前をもう一度考えなおすいい切っ掛けになりました。
>すみませんwさん一応、俺へのレスですよね?(こちらはJOKERです)俺は最初に言ったとおりに記事の状況だけを考えた結果に老人(と言うより、この場合は彼)だけを考えたものです。実際の状況が変われば勿論若者の行動は変わると思います。俺も譲るのではないかな、と思いますし譲らないにしても先に別の人が動こうとしたと思います。あと、俺自身は当たり前の行動を論じたつもりではありませんでした。最後の通り、完全に個人感想で終えてしまっているためです。誤解させてしまったらすみません。問題の捉え方は人それぞれなのでそれはどうなのかな、と思いました。この出来事だけで様々な論点があると思うし、自分が思わなかった論点もあったと思います。すくなくとも俺の論点は「この問題が解決するには如何すれば良かったのだろうか」で、「老人だからといって無礼を許せるか」ではなかったのです。(すみませんwさんのレスを見て、これも考えてみたいとは思いましたが)あと、俺もhajiさんとdeathさんを間違えていました。すみません。
なんか・・・なんとも言えないなぁ・・・。若者は、正しい。それはそうなんだけど、皆さんの反応で「若者よく言った」といったニュアンスの方が意外に多く驚いている。悲しい。しかし偉そうな事を言うほど、自分は出来た人間ではないけれど。爺さんは悪い。それはそうなんだけど、それを言ってしまっては・・・。というのが感想。自分が若者だったらどうなっていただろう?小市民だから、頭の中でイライラしつつ、無言で譲るんだろうなぁ・・・。それも良くない。どうしたら良いものやら・・・。
年配者に対してこんな言葉が浴びせられ続けているのは正直悲しくなりますね。年金の問題と、目の前の老人(?)に何の関係が?僕にはただ面倒があるとそれを理由に相手を黙らせる理屈を心得てる卑怯なだけの野郎だと思いますけど。仮にそう思っても、口にする必要なし。黙って変わればよろしい。というかその年配者も同伴者にちょっと良い格好したかっただけじゃないのか?組んでやれ。ばか。と思いますた。
まぁ、席を譲るというのは強要したり、催促するものではない。強要、催促した時点で老人はアレだなと思った。
例えばですが、この若者が外国人だったら、この老人はどうしたと思いますか?多分何も言わないと思います。なぜかといったら、老人が「馬鹿にしてよさそうな人」を選んでいるからです。ここに見られるのは恣意的な嗜虐心とストレスの発散だけです。まず最初に差別、侮蔑、そういう嫌な心理があります。これも多分ですが、若者側はそうした社会からの視線を自覚しているんでしょう。そして老人の態度からも、その心理を読み取れたんだと考えられます。ですから、ここで嫌味を言われることで罵倒にも近い返答を返してしまった。しかし彼がチャラ男に見えるとしても、それだけで虚仮にできるはずがありません。それは人種差別の根です。彼と老人がどういう人間なのか推し量ることはできませんが、電車内のやり取りだけで考えると、非は老人にあると考えています。若者の反論も反論しかえせる部分が多くありますが、老人は相手を居丈高に見下してますから擁護できないです。敬う相手くらいは選びたいです。この気持ちは年下にも年上にも変わりません。
例えばですが、この若者が外国人だったら、この老人はどうしたと思いますか?多分何も言わないと思います。なぜかといったら、老人が「馬鹿にしてよさそうな人」を選んでいるからです。ここに見られるのは恣意的な嗜虐心とストレスの発散だけです。まず最初に差別、侮蔑、そういう嫌な心理があります。これも多分ですが、若者側はそうした社会からの視線を自覚しているんでしょう。そして老人の態度からも、その心理を読み取れたんだと考えられます。ですから、ここで嫌味を言われることで罵倒にも近い返答を返してしまった。しかし彼がチャラ男に見えるとしても、それだけで虚仮にできるはずがありません。それは人種差別の根です。彼と老人がどういう人間なのか推し量ることはできませんが、電車内のやり取りだけで考えると、非は老人にあると考えています。若者の反論も反論しかえせる部分が多くありますが、老人は相手を居丈高に見下してますから擁護できないです。敬う相手くらいは選びたいです。この気持ちは年下にも年上にも変わりません。
みんな経済が分かってなくて泣けてくる。高度成長はいまの年寄りが若いときがんばったからじゃないし、今の不景気は若者ががんばってないからでもない。
みなさん思慮深いですね。コメントを読んでいて感心させられます。私は年寄りだから席を譲るという考えには反対です。年寄りだからどうのこうのじゃなくて、自分より弱わっている人に親切にしよう、という気持ちが大切なんじゃないでしょうか。だから相手を見て自分よりつらそうだったら(老人じゃなくても)席を譲ればいいし、自分のほうがつらかったら譲らなくてもいいと思います。
いい悪いじゃなくて、相手のレベルに合わせた反応が出るのは至極当然だと思う。老人がイヤミを無差別に振りまいたらしっぺ返しを食らった。それだけのこと。別に深く考える必要はない。
平櫛田中曰く、「六十、七十は鼻たれ小僧、男ざかりは、百から百から、わしもこれからこれから」件の高齢者は小さい子が親に向かって「座りたい」と言っているのと似たようなものかと思う。僕だったら、普通に「譲ってくれ」と言われたら、おそらく譲る。理由まで教えてくれたら、喜んで譲る。それで別れ際に一礼されたらどんなに清々しいかを考えたら、とるべき行動は自明だと思うけど。
この際言っておくが、年寄りでも若者でもどうでもいい!この世の中、弱肉強食!!譲る、譲らんとか、そんな社会は甘くない!自分で勝ち取れ!そういう俺は実は譲ってます・・・・・
以前長距離通勤していた時、乗り継いで2時間かかっていました。乗り継ぐ電車のうち、最長の乗車時間は1時間。その頃は、席を確保する為に10分近く早く駅に行って並んだり、始発駅から一本見送ってから乗ったりしていました。 こうまでして確保した席というのはとても大切なものでした。そのため、例え老人がいようと絶対席は譲りませんでした。その代わり、シルバーシートには絶対座りませんでした。立っている老人に事情があったとしても、座っている者にも事情があります。一概に若いから立てというのは乱暴な気がします。 シルバーシートはそうした事情を持つ者同士がうまく共存する為の知恵だと思います。女性専用車や携帯電話OFF車両があるのと同様のことです。 すべての席がシルバーシートなどと言っている私鉄もありますが、あまりにも世の中を単純視していると思います。 心理的には分からないでもないですが、老人ははっきりと「すみませんが、席を譲ってください」と依頼すべきでした。独り言のように嫌みを言ったのは子供じみていますね。このシチュエーションでは、きっちりと反論した若者の勝ち。 老人には席を譲るべしと言うのは、明日は我が身というのが根拠かと思いますが、こうした思いこみのバイアスを引き去って考えれば、状況に関わりなく若者の主張の方が説得力があります。 明日は我が身、は順送り、に通ずる考え方ですが、奇しくも若者が持ち出した年金はこうした考え方が成り立たない格好の例です。昔ながらの道徳観と社会の仕組みがかみ合わなくなってきたわけですね。
はじめまして、TBさせていただきました。この若者と老人たち、両者とも言っていることは正論なのでしょうが、両者とも他人を思いやる言動に欠けていると感じました。こんな世の中だから仕方がないのかも知れませんが、悲しいですね。自分もちょっと考えさせられる出来事があったので、TBさせていただいた次第です。
いやぁ〜、ぜ〜んぶ読ませていただいて疲れましたわい。お席、譲ってくだしゃい♪ココに書き込んで下さっている方々、みなさんそれぞれ筋の通った素晴らしいご意見♪ワタクシ、年寄りの立場からも一言。「爺ちゃんがワルイ!」連れの女性に前でかっこつけるのは、まだ若い証拠♪」お兄ちゃんもホントはそこまで言いたくなかったと思うよだけど、大衆の面前で恥かかされる発言されたらキレルよねぇ爺ちゃんの勘違い負けだね先日、婆と同年輩の女性が席を譲られたけど、なんとしても座ろうとしない。譲った若い女性が何度も何度も言うけど無愛想な表情で拒否。婆が座りたかったけど、お声がかからず空席をジッと見つめるむなしさ…
私は老人という立場を利用した当たり屋に合ったことがあります。まったく先方の不注意で体当たりをしてきたにもかかわらず大袈裟に痛がり、こちらも非はなくとも相手は老人なので気遣っていたところ、一言も謝罪の言葉もなく、やれ知人が転んで一ヵ月後に死んだだの、誠意を見せろなどと言ってきました。こちらも腹が立ってきたので警察で話をつけましょうと提案したら、今度は弟が何々署で警部をやっているとか、現場検証に時間がかかって会社にもいけなくなるぞ、などと言うのです。その後その老人のご夫人が「老人は病院代がタダになるから大したことない。うまく言いくるめておきます」と言ってくれたおかげで事なきを得ましたが、あれはどう考えても恐喝です。暴力ではなく、自分が弱者であることを利用した極めて悪質な恐喝です。自分自身が祖父にかわいがられ、老人を大切にする思いを持っていたからこそ余計に腹が立ちました。弱者・被害者であることを盾に国家が恐喝をしてくる場合もあります。こちらが間違ってなければはっきり言うべきだと思います。私はその若者に賛成、というより、弱者を利用する老人を心から憎みます。他の本当に善良な老人のためにも。
すごい量のコメントですね。私は自分の立場(20代です)もあって、若者派です。席を譲るということは大切だけど、譲られる方にもそれなりの態度というか気持ちが必要でしょう。年齢関わらず、みんな同じように切符買って乗っているのだから。普通に考えて、座る権利は皆平等のハズ。あと年金問題とこの話は関係ないと書いている人もいるけど、この老人は(おそらく)年金をもらっていて、この若者は年金を払っている(といいなぁ)のだから全く無関係とも言えないのでは。
電車に乗ると「お年寄りや体の不自由な方には席お譲りましょう。座席に荷物などを置かないようにしましょう」というような車内放送が繰り返し流れますよね。と言うことは、老人に座席を譲るのは『当然』であり、はなっから譲る気のない人間は『電車に乗るべきではない』とも言えます。
ー禺埖Δ領場老人の嫌味は、若者の反感を買った。普通に『席を譲ってもらえませんか?』って普通に言えば、論争にはならなかったと思う。譲るか譲らないかは別として。∀型預Δ領場。老人は敬われるべき立場であり、若者が席を譲るべきである。少なくとも今回は大荷物を持っていて、誰が見ても大変そうなのだから自ずと譲るべきだ。まず最初に。年金を引き合いに出した若者の意見は的外れでしょう。また、老人の世代が現代を…ってのも無関系だと思います。ここからが本題。今回は、老人が傲慢過ぎると思いますね。社会的な立場は分かりますが、それを楯に嫌味を言うのは間違っていると思います。明らかに年齢的立場を利用しています。長距離通勤をしている人なら分かると思いますが、座ると座れないでは疲れが全然ちがいます。そして、座席は早いもの勝ちであり、座れなかった人は『仕方ないね』と切り捨てるしかないものです。ただし、もし相手が本当に辛そうな様子ならば、優先席などは無関係で誰にでも席を譲るでしょう。ぱっと見で大変そうな老人等へも同様です。ただ、もしも大声で五月蝿く話をしそうな様子だったら、正直譲りたくありません。五月蝿い学生と同じだと思います。そして、そうゆう老人に限って元気だと思います。外見的に。それで譲ってくれって言われたら……。譲るかな。だって相手は年上だもん…。
譲らなければいけません、という決まりなら譲らない人がいけないのですが、あくまで人の良心を促す放送なので「乗るべきではない」は言いすぎだと思います。
今回の場合、社会的立場を利用した老人こそが、『社会的強者』(こんな言い方ないか。)だと思います。絶対に立場利用してますもん。それをぶった切ってくれた若者には「グッジョブ!」って言ってあげたいですね。でもまぁ、年金だのを引き合いに出すのは間違いだと思います。
どっちが正しいとかではなく、老人のプロ弱者的物言いに茶髮の兄ちゃんがケツまくっちゃったわけで、下手から席を譲ってくれないかと言えない老人の方が、どっちかと言うと負け。なお国会で小泉総理は少子化対策予算より高齢者への予算が重視されるのは、選挙で投票するからという旨の答弁をしている。若者よ選挙に行きましょう。
しかし、その席を確保するために何十分もはやく起きる人たちにも座る権利はあるはず。だって座るための義務を果たしてるから。老人達も座りたいのなら優先座席で声をかける義務は最低限はたすべきだと思います。こういったトラブルを回避するための優先座席なのに、それを利用しなかった老人の自業自得
どっちが正しいではなく、老人のプロ弱者的物言いに茶髮の兄ちゃんがケツまくっただけで、下手にお願いのできない老人がどっちかというと負け。なお国会で小泉首相も少子化予算より高齢者福祉が篤いのは選挙で投票するからという旨答弁しています。兄ちゃん選挙へ行こう。
40すぎのおっさんですが、最近の高齢者のマナーの悪さには閉口してしまうことが少なからずあります。もちろん若者にもいますが、私の感じる限り高齢者の方がより無礼であったりすると思います。何であんなふうになるのでしょうか?今回の件にしても、高齢者に分類されたとたん、座席に座る特権が発生したとでも思い込んでいるのですかね。まあ、この場合は高齢者とか若者ということではなく、コミュニケーションのとり方を知らない人が起こしたいざこざというきがします。
そんな事よりちょいと聞いてくれよ。スレと関係ないんだけどさ。 このあいだ、JR西日本の福知山線に乗ったんです。快速線。 そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。 で、よく見たらなんかハイキング帰りの60歳台の老人が立っていて、今時の若者は高齢者に席を譲らない、とか聞こえよがしに嫌味を言ってるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。 お前らな、ハイキングに行く体力があるのならに座席に座ろうとするんじゃねーよ、ボケが。 それだけ元気なら、働けってんだ、年金なんか返上して。 なんか周りの乗客も雰囲気悪くなるし。天気のいい日にリュック背負って山登りか。おめでてーな。 よーし俺若者に言って聞かせちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。 お前らな、他人に頼みごとをするならもっと低姿勢でやれと。年寄りらしく弱々しく振舞えと。 電車内ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。 座席の奪い合いで、刺すか刺されるか。いつ刃傷沙汰になってもおかしくない、 やるかやられるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。年寄りは、すっこんでろ。 で、茶髪リーマンが文句言って年寄りが下車したかと思ったら、電車が駅で上手く止まらなくって「定位置に戻します」とか言ってるんです。 そこでまたぶち切れですよ。 あのな、オーバーランなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。 自分は大企業に勤務する立派な車掌だ、と得意げな声色して何が、定位置に戻します、だ。 お前は本当に乗客に申し訳ないと思っているのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。 お前、ホントは電車通勤の客に車掌特有の鼻にかかった声を聞かせたいだけちゃうんかと。 国鉄時代から運転している俺から言わせりゃ、今、運転士の間の最新流行はやっぱり、速度違反、これだね。 目一杯スピードを上げてダイヤの遅れを取り戻す。これがプロの立ち回り。 1分30秒くらいの遅れは取り戻せる確率が高い。そん代わり脱線して大惨事もある。これ。 で、マンションに激突。これ最強。 しかしこれを狙うと一番先頭にいる運転士自身がミンチになるという危険も伴う、諸刃の剣。 素人にはお薦め出来ない。 まあお前は、電車に乗らないで自転車通勤でもしてなさいってこった。
そんな事よりちょいと聞いてくれよ。スレと関係ないんだけどさ。 このあいだ、JR西日本の福知山線に乗ったんです。快速線。 そしたらなんか人がめちゃくちゃいっぱいで座れないんです。 で、よく見たらなんかハイキング帰りの60歳台の老人が立っていて、今時の若者は高齢者に席を譲らない、とか聞こえよがしに嫌味を言ってるんです。 もうね、アホかと。馬鹿かと。 お前らな、ハイキングに行く体力があるのならに座席に座ろうとするんじゃねーよ、ボケが。 それだけ元気なら、働けってんだ、年金なんか返上して。 なんか周りの乗客も雰囲気悪くなるし。天気のいい日にリュック背負って山登りか。おめでてーな。 よーし俺若者に言って聞かせちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。 お前らな、他人に頼みごとをするならもっと低姿勢でやれと。年寄りらしく弱々しく振舞えと。 電車内ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。 座席の奪い合いで、刺すか刺されるか。いつ刃傷沙汰になってもおかしくない、 やるかやられるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。年寄りは、すっこんでろ。 で、茶髪リーマンが文句言って年寄りが下車したかと思ったら、電車が駅で上手く止まらなくって「定位置に戻します」とか言ってるんです。 そこでまたぶち切れですよ。 あのな、オーバーランなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。 自分は大企業に勤務する立派な車掌だ、と得意げな声色して何が、定位置に戻します、だ。 お前は本当に乗客に申し訳ないと思っているのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。 お前、ホントは電車通勤の客に車掌特有の鼻にかかった声を聞かせたいだけちゃうんかと。 国鉄時代から運転している俺から言わせりゃ、今、運転士の間の最新流行はやっぱり、速度違反、これだね。 目一杯スピードを上げてダイヤの遅れを取り戻す。これがプロの立ち回り。 1分30秒くらいの遅れは取り戻せる確率が高い。そん代わり脱線して大惨事もある。これ。 で、マンションに激突。これ最強。 しかしこれを狙うと一番先頭にいる運転士自身がミンチになるという危険も伴う、諸刃の剣。 素人にはお薦め出来ない。 まあお前は、電車に乗らないで自転車通勤でもしてなさいってこった。
マナーを「極力守るべきもの」と捉えるか「守らなくていいもの」と捉えるか次第ではあるんだけど前者で考えた場合。若者の言い分に一理あったとしても『席を譲らない』という行為そのものに正当性はないんだよね。後者で考えたなら、高齢者が若者を見下す行為にも、若者が老人を蔑む行為にも不当性はないよな。別に相手を敬う義務はないんだから
この文書だけ見てもどっちもどっちとしか言いようがない気が・・・お年寄りの方は席を譲って欲しくて言ったのではなくて皮肉が言いたかっただけなのではと天邪鬼な私は思ってみたり。らくださんが最初に認識した老人の嫌味の前に若者側にもそう言わせたくなるような言動があったのかもしれないですし、その場にいて全てを見聞きしたわけではないのでなんとも言えないかなと。一つ言えるのはどっちも大人気ないなと。。
若者の言い分は正論に聞こえるけど、自分の意見を一方的に正当化しているだけで見苦しいね。やっぱり、お互いを思いやるのって大切だとおもいますよ。みんな誰かに支えられて生きてますから。
おじいさんも「おばあさんたちが凄く疲れて大変なんです。申し訳無いけど席を譲ってもらえませんか?」とか言ったらまた違うんだけどね。譲られてアタリマエっつーのはどーかと思うよ。
若者の言葉は思っても、なかなか言えないと思う。老人の意見は確かに一論はあるものの、自分も若者の世代、どうしても年金などについては悲観的にならざるを得ない。結果、若者に心入れをしてしまう。結局は、共に正論、しかしここは老人に非があるということです。
この話の始まりが”嫌味”ですもんね。年寄り・若者とかでなく(弱者は年寄りだけではありません)人として物を頼むのに嫌味を言ってどうにかしようとするのは間違いですよね。若者も人なんだから嫌味を言われたらムカッとするのは当たり前だと思います。私だってこの若者の立場だったら同じように感じると思います。
道徳に似たような話があったな…バスでおばあさんに席を譲らなかったのはその女の人が足に障害を持った人だったっていうオチの。はじめ、周囲がぎゃんぎゃん騒ぎ立てたが、誰も譲らなかったという矛盾も含ませていたような…。小学生には色々衝撃的だった。
この老人座席を譲られて当然と考えてるようにされてるけどこの人も席譲られればありがとうくらい言うんじゃねーの。このくらいの嫌味言ったってだけで人格までやたらと決め付けて考えすぎの人いねーか。それに嫌味だってコミュニケーションの一道具なわけで、この場合老人がいやみ言ったおかげで若者も反発してそこかららくださんも色々考えて、ここでも議論こんなにもりあがっちゃってるわけだしw。対立を生み出してる分、こういう若物に対して「人は人だモンな、ウン、ウン。」なんて言いながら目が合わないようにしてる奴よりコミュニケーション能力あると言えるよw。あと若者の理屈だけど嫌味に対するお返しだとしたら少し狭量かなと思う。本気で言ってたとしたらすごく情けないと思う。
初めてこのブログに着ましたが、興味深い話題なのでコメントさせてもらいますね。散々論議されている上に、あくまで21の大学生の一意見になってしまいますが(笑)正直、どっちも勘違いしてる部分があると思います。社会的な背景は置いておいて、年齢とか性別以前に、二人は同じように運賃を払った「乗客」であり、基本的には平等な立場だと思います。高齢者だから特別扱い…という考えがもし当事者の老人にあるとすれば、それは勘違いだと思いますし、若者の年金や自分が土曜日に働いてるやらハイキング云々というのも、世代やら環境を並べているに過ぎず、筋違いでしょう。この場合老人は直接コミュニケーションをとるのではなく、遠まわしで嫌味な表現をしていますが、僕の視点からしてみれば自分より何年も生きている先輩として、みっともないなとは思いますね。亀の甲より年の功ではないですが、それだけ生きている人なら、もっと上手にことをすすめるだけの知恵もあるはずなのですから。僕自身は幸いまだ体もぴんぴんしているので、高齢者を見かけたらできるだけ席を譲るようにはしますし、高齢者にかぎらず、親子連れで座りたがる子どもに席を譲ることもたまにあります。「ありがとう、助かるわ。」と快く座ってくれる場合もあれば、「年寄り扱いしないで!」と機嫌を損ねる場合もあれば、「そんな気を遣わなくていいわよ、私も大丈夫ですから」と腰を低くして接してくれる人もいます。一度おばさんに、「そんなに年寄りにみえる!?」と起こられたことがありましたが、アドリブで、「レディーファーストですから」と言えば、座ってくれたこともありました。しかし、それは義務感ではなく、あくまで自分の意思であり、別に譲らなくても何も問われないでしょ?だって、客としてちゃんと運賃払ってるんだし、席が空いてたから自分がすわってるんだからね。乗客という平等な立場において、他の人に強要するのは筋違いという面では、今回の老人は勘違いしていますし、ましてや言葉を上手に使って、お互い気持ちよくという姿勢も表現力もなかったのだと思います。その後の若者の反論も、論点がずれているので話にならないので、どっちもどっちですが。日本人は外国語に弱いとか言われますが、それ以前に日本語、もっと言えばコミュニケーションそのものが下手な人が多いと思います。余談ですが、携帯電話のマナーにしろ、座席の譲る譲らない云々にしろ、年齢や世代のイメージだけで論議してもはっきり言って無駄。本当にふてぶてしい老人もいれば、ケータイでずうずうしく長電話する若者いるわけです。どっちも視野狭くて周りの人のことにまで気を配れない人。人の振り見てわが振りなおせじゃないですけど、論議するまえに自分自身が心がければいいのではないでしょうか?そうした人が1人2人と増えるだけでも、大分違うのではと思います。
そもそも若者が年金だの自分は働いてるだのを言った原因は、老人の嫌味の内容に対してでしょ?老人が的外れな世代の差を使った嫌味をいったから若者が同じく世代の差を使った嫌味を言い返したにすぎない。売られたケンカに反応するのが格好悪いと思う人、僕から言わせれば嫌味を言われてヘコヘコしてるほうが格好悪いと思うよ。
老人とか年金とか関係なしに座りたい人がどんな人でも「席をゆずってくれませんか?」とお願いするべきだと思う
たぶんこう言うと怒られますが、自分は老人に一応敬語を使いますが、老人を無条件に尊敬していません。日本を支えたのは確かに老人ですが、いい老人もいれば悪い老人もいます。立派な身なりをしても周囲の人間を扱き下ろして生きてきた人もいれば、家庭や職場の緩衝材として身を粉にして仕事をしてきた人もいます。尊敬できる個人は一人一人が選べばいいと思ってます。ですから尊敬に値しないような心の狭い老人に心の狭い対処をしても責められないと感じます。(確かに若者には心の広い対処を望みたいですが)とりあえず席を譲るのは義務ではなくマナー程度でいいのでは。自分ルールでは自分より大変な人なら譲る程度の気持ちなので、老人に限らず、赤子を抱いて大変そうなお母さんとか、悪酔いしてる酔っ払いとかにも譲ったりします。ところで↑atさんの「レディーファーストですから」はなんかカッコいいですね。自分は席を譲る時、気難しそうな相手だと降りるふりして譲る事もあるのですよ。小心者なので。なるべくさりげなく席を譲れるようになりたいもんです。
若者はモラルがないが、老人は無礼者だ。プラマイゼロ。そのうえで若者は席に座れている。どっちもどっちになったのではない。どっちもどっちにしたのだ。若者が。勝者に乾杯。
誰だって年をとるのは避けられない。この若者が老人になった時、同じような言葉を浴びせられたらどう思うのか興味がある。ともかく日本特有の謙虚で思いやりに満ちた精神がまた戻ってくる日がくるのを切に願うのみ。
モラルの問題は難しいですね。はじめ見たときより、ずいぶんコメントが長くなっていて驚きました。論理展開の前に、「一般的に道徳的に正しいと思われること」を「モラル」と定義しておきます。以前、電車に乗り込むとき、老人に席を譲ったため、体調不良で、途中、倒れたことがありました。その老人は倒れた私を見てみぬふりをし、助けてくれたのは仕事に向かうのであろうサラリーマン風の方でした。ありがたかった。老人は結構身勝手なものです。老いれば誰しも老成して人格的によきものになるというのは幻想です。視野や考え方が固定化し、どうしても自分が正しいと思いがちになる。引っ込みがつかなくなる。だから、「老いては子に従え」というのは、偏狭になりがちな老人が若い者に従うための言い訳ですね。若者が老人に対して使えば、老人を、有無を言わさず黙らせようという悪意が付きまとってしまう。老人が老人に対して、もしくは、自分自身にたして自嘲として使って初めてまともな言葉となる。戻りましょう。では、そのような傾向を持つ老人に席を譲るのがモラル足りえるのはなぜか。老人の人格や老人が尊敬に足る人物であるからではない。いまや、蓄積した経験でもない。とどのつまり、我々が共通に老いるからではなかろうか?だから、老人に席を譲るのが老い逝く自分への一種の投資となる。人が苦労なく老いていくために作ってきた知恵なんじゃないかな。「情けは人のためならず。」です。年金と同じ。席を譲る老人のためじゃない。ただ、自分のためだってことを標榜するのは自尊心が保てないものだから、相手のためという立場をとる。実際、相手のためという気持ちで席を譲ることもできる。が、相手のためという発想だと、相手によるというモラルの一般性を脅かす問題に行き当たる。もちろん、互いにリスペクトする思いやりの関係が成立するならばそれはよいことに決まってます。が、グラサン茶髪と偏狭な老人では結果は見えています。また、尊重する相手に席を譲るという発想だと、老人が若者に席を譲ることをモラルの中に入れなきゃいけなくなる。それがモラルとしての一般性を持たないということは、どうやら、互いを尊重するという考え方はこの場合のモラルを生むものではないようだ。この事例を反例として、老人を大切にという、モラルを放棄し、老人に応じて態度をどうこうとか、大切にされたければ、おとなしく、弱弱しい年寄りになれ。しまいには込んだ電車に乗るななんて立場をとるのは、どうかと思う。まさに、モラルハザードですね。個々の事例を元にモラルを判断していく危うさです。私を含め、判断する側が相当怪しいものですから。意見の種類、それぞれの立場の多さを見ればモラルが一般性をなくす、モラルが存在しえないのは確実です。同じことをしても、老人は許され、若者は許されないことがあります。今回の事例が老人と若者、入れ替わっていたらどうでしょう。想像できないでしょ?(無論、年金云々の暴論は逆の立場ではいいようがないですが)少なくとも、モラルを揺るがす問題にはならない。バカな若者にモラルがないでおわる。ここに、対等の礼儀などを想定しつつも、対等ではない違いを認識している皆さんの中の矛盾が見られるのではないでしょうか。どっちもどっちっていう、思考の放棄はせっかく、こんな面白いテーマを出していただいた「らくだ」さんに失礼だとおもい、あえて老人側でぐたぐた考えてみました。若者支持が多そうなので。長文失礼します。
話の内容そのものよりも、普段席を譲ってると書きこんでる人の多さに驚き。通勤電車で捕まる痴漢はたまに見るけど、席譲るひとはほとんど見ないなぁ。僕は気がつけば譲る感じです。
老人に席を譲るのはマナーなんですかね?マナーって、座席に荷物を置かないとか、ケータイで通話しないとか、車内で化粧しないとかいう事だと思うんですが。ハンディキャップな人に席を譲るのは、マナーではなくて親切です。法律、ルール、マナー、を越えたさらにその先にある積極的な行為だと思います。
どうやら、何がかっこわるくて何がかっこいい的な話になってますが、そういうレベルの話ではないのでは?私は35で、年齢としてはどっちつかずなんですが、通りすがりの21歳さんのコメントにはかなり説得力を感じましたね。特に最後の「人の振り見て〜」に尽きると思います。
目には目を歯には歯を失礼には失礼を。本文を読んでそう思いました。わたしは敬意には敬意を善意には善意を思いやりには思いやりを。そんな日常があったらいいなと思う
老人云々ではなく座席は必要としている人にゆずるべき。この場合には、どっらもどっちと思うが、若者が反論したということにみんなの注目が集まっているように思う。お年寄りには席を譲りましょうと教えられて育った世代には意外な展開で今の若者はちょっと違うのかなとか思ったりもする。まあ、席を譲られて当然と思っている老人の厭味に、年金問題で反論するというのは双方ともレベルの低い話ではある。自分も徹夜明けで死ぬ程疲れているときに、これからハイキングに行くような老人に絶対席は譲りませんけど。いや、爆睡してそれどころではないな、だぶん。
若者の発言はまとはずれな点も多いですが、この場合は「売り言葉に買い言葉」のようなものなので、それはある程度仕方がないと思います。で、「売った」のは老人のほうですよね。こんな老人にはなりたくないなぁ。
若者のほうは会社に行く途中でしょ?まだ疲れてないじゃん。おじいさん達はハイキング帰りで疲れてるんでしょ。若者が席譲ればよかったんだよ。その若者はおじいさん達みて、ハイキングに行ってきたって分かってるんだから。おじいさんが嫌味を言ったこと以外若者がわるい。
さんざん上の方でも言われてることだけど、若者はもしかしたら2時間かけて会社に行く途中で、それまでずっと立っていて、ようやく座れたのかもしれない。そういう可能性を踏まえずに2005年04月27日 01:10のように「疲れてない」と勝手に決め付けて主張するのは想像力が欠如してると思う。
上の方でも書かれてると思うけど、若者はもしかしたら2時間かけて会社に行く途中で、それまでずっと立っていて、ようやく座れたのかもしれない。そういう可能性を踏まえずに2005年04月27日 01:10のような主張をするのは想像力があまりに貧困だと思った。
私はどちらに味方をすることもできないと思いました。老人は嫌味を言わなければいいし、若者は沸点が低すぎます。どちらも自分の利己的な感情を言葉にすることで損をしているように思えました。トゲのある言葉は人を傷つけます。私は私が我慢すれば済むことならなるべくそうしようと普段思っています。奇麗事に聞こえるかとは思いますが。
自分の尺度でしか相手のことを思えない人は〜とかよく言うけど、老人の方に賛成する人も若者の方に賛成する人も自分の尺度でしかどちらか片方のことを考えているようにしか思えないのは僕だけですか?>若者に文句を言われていたのが、自分の凄くお世話になったジーさんだったらどう思うんだろう。親しき仲にも礼儀ありですよ。今の時代を築いてきたのは老人ですが、それは欧米各国に負けじと頑張ってきたから。勝手にやってきたことに対していきなり敬えと言われるのもどうかと自分は思う。それと、敬語は相手を敬う言葉。尊敬できない人間にそんなもの使う気はさらさらありません。年取ってて有能な人には敬語を使いますが、年取ってても無能な人に敬語なんて使うだけもったいない。老人は大切にすることは当たり前時代は進んでいる、もちろん考え方も色々変わってくるのは必然。いつまでも変わらないものなんてないんですよ。
私も露骨に文句を言う老人はどうかと思う。確かに譲る気持ちは大切。でも文句を言うなら電車を降りた後でも年寄り仲間の雑談の場でも言えるわけだし。その場で露骨に文句を言うのは我慢が足りないと思う。幼稚。公衆の場であり、それなりの人生経験を積んできた世代の人なんだから、その場で文句を言うべきではないと思う。
今の日本の環境で他人を思いやるなんて期待できない。高齢者が尊敬されるべきだと思い込んでいるなら間違いだと思います。戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきたのも事実ですが、将来に期待でき無いような日本にしたのも事実…まさにどっちもどっちですね。なかなか興味ある話題でした、どうもです。
今始めて記事を拝見させて頂きました。ちょっと気になったことがあったのでコメントしてみます。もしかしたら膨大なコメントの中に同じような意見あったかな?さすがに全部見るの大変なので・・・(汗もし自分の目の前に・・・見るからにヘトヘトで疲れてる仕事帰りっぽい若者と、ハイキングからの帰りで2,3人で楽しく話しながら『疲れた〜』って言ってるお年寄り達、さて、どちらに席を譲りたくなりますか?きっとこの答え次第で若者の意見に賛同するかどうかが分かれるんじゃないかもと思ってみたりどうでしょうか
連れの女性を座らせようとするのは、若年者が高齢者を座らせるのと同じで、男性として「当然な行動」だと思いますね。髪の毛を染めている事にも現れていますが、この「若者」の行動はかなり格好悪いですね。
年金云々は別にして、老人に席を譲るか、譲らないかに関して言えば譲れるなら譲るべきと考えます。ただし、老人が若者に「譲らなければならない」というものでは無いと思います。譲る側は、あくまで好意で席を譲るのであって、好意を強制される必要はないからです。今回の場合は、老人達は自分達が老人だからというだけで好意を強制しようとしています私はそんな人に席を譲りたいと思いません。
>おじゃまします さんその車内放送はあくまで、協力の呼掛けでしかないでしょう。協力を呼びかけられたら、その通りにしなきゃいけないというのは随分と乱暴な考えですね。それとも、既に協力でなく命令です。サービスを提供する側が、客に命令するなんて…。矢張り、違反者には何らかの罰則が?まぁ、そんなわけで貴方の仰る二つの「当然」は、当然ながら、不適だと言えます。また、らくださんの描写した容姿だけでその人を推し量っても不十分で、議論の足しにもなりません。若輩の私も、然るべき時には積極的に席を譲ってきましたが、強制されて席を譲るなんて、真っ平御免ですね。
>おじゃまします さんその車内放送はあくまで、協力の呼掛けでしかないでしょう。協力を呼びかけられたら、その通りにしなきゃいけないというのは随分と乱暴な考えですね。それとも、既に協力でなく命令です。サービスを提供する側が、客に命令するなんて…。矢張り、違反者には何らかの罰則が?まぁ、そんなわけで貴方の仰る二つの「当然」は、当然ながら、不適だと言えます。また、らくださんの描写した容姿だけでその人を推し量っても不十分で、議論の足しにもなりません。若輩の私も、然るべき時には積極的に席を譲ってきましたが、強制されて席を譲るなんて、真っ平御免ですね。
普通の席だったら、譲るのは個人の意思だねぇ。優先席は弱者の方が優先的に座る席だから、譲らないとダメですね。お年寄りの中には結構譲られるの嫌な方もいますし、僕も譲った時に断られる確率が4割ぐらいはあります。さすがに、「どいてくれ」とか「近頃の若いもんは〜」などと言われたことは無いですが^^;言われたら、寝ますねw起こされても無視、暴力振るわれたら傷害罪w(マテ若者のこの言いようはハッキリと気に食わないですけど、お年寄りのやり方もどうかしていると思います。優先席で穏便に譲ってもらう、ただこれだけで丸く収まる問題ですねw(もしくは、通常席の方の善意で譲ってもらう)学生の頃は40歳ぐらいの帰宅途中と思われるサラリーマンの方に席を譲ることもありましたし、結局は通常の席では善意以上のものを求めるのは筋違いってことではないでしょうか?^^;
普通の席だったら、譲るのは個人の意思だねぇ。優先席は弱者の方が優先的に座る席だから、譲らないとダメですね。お年寄りの中には結構譲られるの嫌な方もいますし、僕も譲った時に断られる確率が4割ぐらいはあります。さすがに、「どいてくれ」とか「近頃の若いもんは〜」などと言われたことは無いですが^^;言われたら、寝ますねw起こされても無視、暴力振るわれたら傷害罪w(マテ若者のこの言いようはハッキリと気に食わないですけど、お年寄りのやり方もどうかしていると思います。優先席で穏便に譲ってもらう、ただこれだけで丸く収まる問題ですねw(もしくは、通常席の方の善意で譲ってもらう)学生の頃は40歳ぐらいの帰宅途中と思われるサラリーマンの方に席を譲ることもありましたし、結局は通常の席では善意以上のものを求めるのは筋違いってことではないでしょうか?^^;
もしどっちもどっちって言うのなら「どうしても譲って欲しいなら、幾ら出す?」くらいの嫌味に相応しい低劣な返事を返していた場合だろうな。
是非はともかくこの勝負、若者に言葉も返せず黙っちまった時点でジジイ達の負け。いや、逆切れの危険まで考えてあえて黙ったのかも。それなら最初から嫌味言うなって感じだが。本当に座りたいんなら、山登りで足を痛めたフリでも何でもすりゃいい。席を譲らないワカモノをネチっこく攻めるためにあえて言ったんだろうな。駅降りた後、ブチブチ文句言ってる姿が目に浮かぶようだわw
お年よりは、嫌味くらい言うもの。お年よりは、頑固なもの。そう考えましょうよ。どうしても悔しかったら、多少は反論を試みても良いかも知れませんが、それでも席くらいは譲りましょうよ。のうのうと反論して席さえ譲らなかった若者は、どうみても間違っている。はっきり言って、若者のほうが数倍悪い。
>そう考えましょうよ。まったく意味がわかりません老人なら他人を不快にさせる嫌味を言ってもいい権利というものがあるのですか?最初から丁寧に譲って欲しいと申し出ていれば、こんなことにはならなかったはずです。
>>そう考えましょうよ。>まったく意味がわかりません寛容という言葉をご存知でしょうか?私はそれを言っているのですが・・意味が解らないようでしたら、もうけっこうです。
席を譲らなくてはならないというルールが明文化されていたら譲る。されていなければどんな弱者だろうと倒れそうな老人だろうと譲らない。杖で殴られたら警察に被害届を出す&慰謝料を請求する。
う〜ん、嫌味を言われたから譲らないってのもどうなのかなあ。感謝されるために、善行をするというのは利己的な考えだろうし。若者の年金の話題でもそうだけど、余裕のある対応を心がけたいね。
>>ケイさんネット上では遠まわしな表現は勘違いしてしまうことがあります。文面だけでみれば、老人は嫌味くらいいうもの。寛容になりしょうよっていうとり方もできれば、嫌味くらい言うものだからこっちが不快になってもガマンしましょうっていうとりかたもできます。文字だけのやりとりなら、なおのこと寛容という言葉を文面にいれるべきかと。自分はやっぱり一方的に不快にさせられた相手のために、親切な行動をとらなければいけないのかと思います。世の中は聖人だけではありません。
うほー。コメント数すごいですね。らくださん、はじめまして。2chから来ました。普段からご老人や身体の不自由な方、妊婦さんなどが近くに立っていたら席を譲ってますが、このエントリを読んだ限りでは件の高齢者の方々に席を譲る気にはなりませんね。好意や善意は相手が自ら示すから意味があるもので、他人に要求するような類のものではないと思います。しかも譲ってくれないかと声をかけるのでなく、譲ってもらって当然という考えを念頭に置いた嫌味ったらしい会話をわざわざ聞こえるようにするなんて品性を疑います。どんな年のとり方したんでしょうか。若い頃から中年にさしかかろうという現在までずっと思って来ましたが、こういう年を重ねただけで敬われて当たり前と勘違いしてる人が多すぎて醜悪。年をとるだけなら普通に生きてれば誰でも出来るんですがね。
このくらいで引き下がる老人は情けないと思います。電車くらいでへたれるお婆さんも鍛え方が足りないのではないでしょうか?このお話では老人も若者も陰湿ですが、それは精神、肉体の鍛錬が不十分で外的ストレスに負けてる状態から来ているのだと思います。
深く考えなくてはならない問題ですね。年配の方の気持ちになることは難しいのですが「自分の親が同じ目にあったらどうか?」ということを念頭に置くと答えは見えてくるかと思います。年齢による生物学的な体力の優劣。走行中の列車での転倒はハイキングでの転倒よりも明らかに危険度は高い。骨折からの治癒期間は若者のそれよりも長い。など補足。
年金云々を出すのは年寄りだから譲れとか言うのと同じぐらい筋違い。「ここは俺の席だ。お前はジャイアンか?」と言え。
譲らなきゃダメ人間みたいなことを言って人を脅すのはナンセンスだと思う。勝手に他人の人格を盾にとって議論するのは気分が悪いので止めて欲しい。確かに今までそれが道徳だって信じられて認められてきたのは本当だと思うけど。これからも信じていくかってのをここで議論してるんだし。
忘れないうちに、ネタですが、実話を投入。私の知り合いのお爺さんが居ます。技術者です。九州男児です。その人は技術開発の関係で、カーボンの杖に色んな音を段階的に出すことが出来る杖を持って電車に乗るそうです。で、座りたい時には、若者の前でそれを鳴らすそうです。一回目で退かない場合、第二段階の音が用意されているらしい。最大で5段階まで用意してあるとの事。メーカに作らせた特注品らしいです。初めは爆笑しながら聞いていましたが、よくよく考えると、この時点で老人達の共通価値観まで疑いたくなってきたかも。ま、この話はネタとして聞いてくださいませ。無論、実話ですがw
敬うことと、電車で席を譲るかどうかは別問題でない?そもそも相手が敬うに足る人物か、電車で乗り合わせただけの人をどうやって判断するんさ。老人ってだけで敬うって人は本当に敬ってるんかな?って気がするわ。老人が若いころ頑張ってきたおかげで今の日本がある云々とか言われたって、それが今席を譲る理由にはなりえないわ、私には。私にとっては、単に相手がしんどそうだから席を譲る。それだけのこと。年齢は、そのしんどそうかどうかという判断基準の一つとしてるだけ。席を譲る譲らないは本人の意思にゆだねられるもので強要されるものではないし、ルール化されるものではないと思うよ。若者も席に座る権利を有している以上はね。
>zさん最初で最後のコメントだそうですが、>走行中の列車での転倒はハイキングでの転倒よりも明らかに危険度は高いというのに少しひっかかりを覚えます。一概にそうはいえないと思います。
すみません、昼間からROMってたのですが、自分の経験も伝えたくなってしまいました。かなり遅い時間の帰宅(残業のため)で、たまたま座れたので寝ていたら、婆さんに肩を叩いて起こされて「どきなさい」と言われたことがあります。他の日の終電で(やっぱり残業で)、脳貧血を起こして座り込んだら、若いサラリーマンの方に席を譲っていただいたことがあります。…チャラ男はどかなー?とも思いますが、どーも「若者派に1票!」になってしまいます。
>>「自分の親が同じ目にあったらどうか?」私は自分の親であろうとマナー違反にはかわりないと思います。むしろ親だから治してもらいたいです。たらればの話になりますが、もし行楽の帰り電車で自分の親が横にたっていて、この老人と同じように嫌味を言い出したら。と思うとみっともなく感じます。むしろ転倒しそうと予測できるのなら、なおの事、電車を一本遅らせるか、もしくは優先座席にいくかという選択肢もあるように思えますが。
こないだ見た、似た風景を紹介します老人でなく、障害者の方なんですけど。場所は電車のホーム。進行方向からすると最後尾車両が止まる位置に車椅子に乗った方が電車を待っていました。そこに人の良さそうな駅員さんが走って来ました。手にはホームと車両の間を橋渡しするための板(ボード)をもっていました。そして電車がホームに入って来る。すると、いきなり障害者の方がホームの中心方面(10両編成の4両目の止まるあたり)に向かって車椅子を進めだしたんです。最後尾のところから乗車すると思って一緒に待っていた駅員さんは一瞬「え?」っとなって車椅子を追うはめに。多分、降りる駅のエレベーターの位置などを考えて都合のいい車両に乗車したかったんだと思うんですが、予告なしに行動された駅員さんはひどく狼狽していて、必死に車椅子を追い掛ける後ろ姿は可哀想でした。老人も障害者もそうですが、そういう方の為に国がお金を出したり、世間が親切心を発揮するのは当たり前だと思っていますが、それを「当たり前面」されると気分が悪いものです。乗車するのに手伝ってもらうんだから、少々都合が悪くてもいいじゃないですか何両目に乗ったって。移動するなら一言「すいませんが...」と言えないものでしょうか。「席を譲らなかった若者」は、穿って見ると開き直ってるようにも見えますが、老人のあからさまな態度がどうも鼻につきます。老人や障害者を敬う気持ちのある人間は本来、「感謝しろ」とは思ってませんが、もうすこし、「かけてもらった情け」に対する「恩」を考えてみてほしいし、そうする事は彼等が人として豊かになる事だと思うんですが。。。
「イヤミ」と「開き直り」の対決でしかないですね。どちらかが正しいなんてありえない。それよりも、この若者の言うことが「正論」であるように信じてしまう人がいる(多い?)ところが日本の先行きの暗さを感じさせてしまう。と思いきや、トラバの方は若者批判の方が多いようで、やっぱりアイデンティティーを持つと意見って変わるのね。
若者が選挙に行ってない、と決め付けてる人が数名いますね。髪が茶色いだけで、どうして投票してない、って言い切れるんでしょうか?どちらかと言うと、私は若者寄りです。善意や好意を強要するのはダメでしょう。ましてや、愚痴愚痴と嫌味を言われたら、若者も反論して当然です。先に嫌味を言い出したのは老人の方なんですから。しかも、この老人、わざと、この若者をターゲットにしてそうですし。最近の若者はなってないから、わしがガツンと言ってやる、とか思ってそう。まぁ、想像ですが。
座ってた人が実際に何を言いたかったのかは分かりませんが,自分が読み取ったところでは1.山歩きに行ってきた=席に座らないといけないほど身体的な弱者ではない2.社会に対する貢献度では,行楽<仕事3.山歩きに行った金=自分が払った年金 (年金収入があったので行けたという意味)4.自分は貰えるか分からないのに,年金を払っている5.シルバーシートという譲る為の席があるのに使っていないという点を主張している感じですね自分流に言い直せば「自分がまともに貰えるかも分からないのに土曜出勤までして払った年金で,[元気に山登り]したうえに,[準備されているシルバーシート]にも行かずに,遊んできただけの自分(達)のために,自分(達)が貰う年金の為に働きに行ってる人に席まで譲れと言う人に譲る席はない」となりますでしょうか。(長いな)他人が働いた金で遊びに行っておいて,疲れたから席譲れと言う「若者」がいたらどう思うかという感じですねちなみに,「座席が[ほぼ]埋まり」ということはバラバラに座れば3人座れたんじゃないかという疑念が。。。疑念が当たっていれば,3人でおしゃべりする(じいちゃん立ってばあちゃん座って)為に二人に対して嫌味を言っていたという疑惑が出てきますね。自分の意見としては座席は必要な人に譲るものであって,このじいちゃんばあちゃんは必要だとは認めないので譲る必要はない。譲ってもらえないからといって嫌味を言う人間には,譲る価値がない(むしろ譲るほうが害悪)ので譲るべきでない。という事になりますでしょうか。by himajin
未来の仮定で悲観するのってどうよ?「今のまま」進んだらって前提だろ?だったら、今動いているそのシステムにどうして今の世代が熱心になれないのか?自分の未来を本気で考えているなら、納税の義務を果たしているなら、抗議するのは当然の権利だろう?それでも熱くなれない、馬鹿にするというのなら、そういうシステムに身を任せたって事で何も文句は言えないだろうさどこに抗議すれば確実に100%抗議が反映されるか具体的に教えて下さい。抗議の矛先が若者は分からないんですよ。確実に反映されない抗議なら抗議するだけ無駄。という考えです。確実に反映されればもちろん抗議するでしょう。今の日本はそういうシステムとはとても思えません。反映されないのが分かっているから抗議すらしないのですよ。そこを勘違いしてらっしゃる気がします。ちなみに俺があんたみたいなジジイになったらという言葉は、普通にそれしか思いつかなかっただけかと。別に未来を悲観的に持ち出したかった訳ではなく、その時思いついたお年寄りに伝えやすい表現なだけだったのではないでしょうか。
ちょっと考えてた、というか疑問に思ってたんですけど「お年寄りを敬う」って常識なんでしょうかね?根本的な部分に疑問なんですよね。何て言うか、私自身にはそんな概念ないんですよ。小学校の頃、道徳とかで言われるたびになんか変な感じでした。敬われるべきは、その人の立ち振る舞い次第だと思ってるんですが、この記事やコメント読んでたら、改めて年齢と敬意の相関性を考えてしまいました。
仮に事例研究的に採点すると「おじい:0点、若者:30点」くらいですかね。最初読んだ時点では、お年寄りの行動は問題外としても、兄さん ”それをいっちゃおしまいよ”です現在30代後半の自分はこれまでずっと上の世代の傍若無人ぶりも見てるし、最近電車に乗るとリュックかついで迷惑なふるまいしてる年配のグループを見かけるので、ギャフンとなったのには正直少し愉快な気持ちもあります。それでもなおココロの収まりが悪いのは、”30点”の若者の意識とコメントの反応。なにか今の10代20代の人たちには「自分たちは時代の被害者」という感覚があるのかなとも思ってしまいます。上の世代が積み重ねてきたツケが自分たちに回ってきてるというふうに…自分の損得や勝ち負けだけを基準にして、今回の記事について、ただ”ザマアミロ””痛快”だけで思考停止してしまったら、何十年かしたときに立場が入れ替わるだけで何も状況が変わらないような気がします。もうどうしようもお年寄りの固いアタマは変えられないとしても、それに対抗してこちらも同じような行動をしてたら、次に痛い目に逢うのは自分たちかもしれないです。余談ですが、お年寄りが遊んだり孫や子供にお金を使ってくれてるからこそ、我々の給料がでてるのかもしれません。間違っても年金で遊んで楽してるくせになんていえません。大事なお客サマなのだから、席を譲っても罰はあたりません… (って、無理があるなあ)しかし、これだけコメント・TBがつくということは無関心でなく、未来も明るいのかな?
らくださん、はじめまして。公共交通機関を常に利用する者として感じるところがあり、書き込ませていただきます。個人的には、こういう場面に出くわした場合必ず席を譲ります。言われる前にやります。老人は労わりましょう、年上は敬いましょう、そう教えられて育ってきた所為もありますが、それ以上に先達を敬えない自分は厭だからです。誰の為でもない、自分の為です。後ろめたさを感じながらの、自己弁護の為の詭弁はなるべく避けたいからです(うわぁ後ろ向き)。因果応報。この青年も恐らく30年後40年後同じ状況に出くわすでしょう。その時は勿論立場が逆になっているでしょう。もしその時に「最近の若者は」と言う風に怒ったら(或は少しでも思ったら)即死刑と心の中で思いますw少なくとも、彼にはその資格は無いと思うので。 俺はスマートな人間になりたいので、席を譲ります。遠慮される事も多々あります。その時は「お願いですから」と譲ります。そして、それは俺なりの相手に対する敬いの気持ちの表現でもある訳です。それでも断られた事もありますが、それはちっとも気にしません。少し残念な気持ちになるくらいですか。まあ、こういう状況を作り出す前にそれを回避しなかった若者がスマートではない、と思います。彼が言われる前に席を譲れば、何の問題も無かったのは明白なんですから。起こった結果に対してではなく、何故に起こったのかを考えれば何も難しい事はないです。
移動も出来ないような満員電車ではなく、人がちらほら立っている程度の状況なら、若者のシルバーシート行けよって割と正論だと思うんですけど。もちろんどの場所であろうが席を譲るのが好ましいのでしょうけど、嫌味を言われてまで席を譲る筋合いもないですし。席を譲るのは座っているひとの権利で、義務であるとは私は思いません。多くの人がおっしゃってるように老人が一言素直に「譲ってください」といえば良かったんじゃないでしょうか。
もう多すぎるほどのコメントついてますけど、コメントせずにいられません。あくまで「好意」であることを忘れて、「マナー」だから「当然」と考える人がイマドキの年寄りに多い事を常々残念な事だと考えておりました。決まり事の理由を一度自分の頭で始めから考えてみることをしない人。こういう人が今の日本あまりに多すぎます。他人への迷惑を考えないのは、何も若い人ばかりではないということです。
老人が偏見から嫌味で席を譲らせようとしたことに若者が反論するところまでは賛成なんですが、内容がお門違いなのが痛いですねこれではどちらも頭悪いと思われて仕方ないかと「気がつきませんで失礼しました仕事で疲れていたもので……遠まわしに愚痴を言わず直接言っていただければすぐに代わったんですが^^」くらいにしておけば多くの賛同が得られたと思うんですがw
年寄りに席を譲るのは揺れる車内で立ってると危険だからでは???別に楽をさせるのが主目的ではないだろうに
若者の反論は的外れぎみですが、そもそも老人がはじめから嫌味などを言わず、席を譲ってくれるように声をかけていたらこんな議論にはならなかったであろうことを考えると、老人に非があると思います。自分は普段から席を譲りますし、こんな状況になっても譲っていたと思います。でも、しばらくは不快なままで過ごすことになったでしょうし、他の乗客にもそんな思いを抱かせたのではないでしょうか。
そもそも公共の場で大声で嫌味を言う時点で、この老人のマナーがなってないと思います。この後的外れであるにも関わらず若者の反論に対して老人が黙りこくったということは、老人も自分に(ある程度)非があると考えたのでしょう。もしこの若者が注意せずに黙って席を譲ったら、そしてそういう人々の対応が積もっていったら、この老人は他の人にも同様の態度を取り続けていくと思います。『老人だから無条件に敬う』という態度は『老人だから無礼でも大目に見なきゃ』ということに繋がります。そのうちこの老人は席を譲ってもらえなかったら(嫌味を言ってても譲ってもらえるのが当然だと思って)逆ギレするようになるでしょう。そんな状態になる前に注意することの方が、大事なんじゃないでしょうか。放っておく方が老人のためになりません。>>あいもさん>髪の毛を染めている事にも現れていますが、この「若者」の行動はかなり格好悪いですね。とのことですが、髪の毛を染めてるという外見だけで判断することの方がよほど格好悪いと思います。
先日、2歳の娘を抱いてデパートのエレベータに乗った。ここに出てきたようなチャライにーちゃんと、年寄り3人組が先に乗っていた。手がふさがっているのでボタンを押せなくて困っていると、すかさずにーちゃんが「何階ですか?」と聞いてくれボタンを押してくれた。正直、外見とのギャップにびっくりしたが、本当にありがたかった。で、年寄りたちは、ずーっとぺちゃくちゃしゃべってるだけ。結論 外見で判断するな結論 都市部では暗黙のルールがあり、そのルールを知らない人をせめてもしょうがない。結論 若いか年寄りかではなく、いろんな人間がいる
こういうお年よりの発言はお年より > 若者という力関係で、席を譲るがあたりまえとでも思ってるのかな?嫌味ではなく、尊敬、いたわってももえらないと嘆くならわかるけどね。金回りがよくお年よりは楽できるシステムを作ってきた反動がお年よりにも若者にもでてきてるのかな?
はじめまして。偶然この記事を拝見させて頂き、自らも頻繁に電車を利用する身として非常に心に残るお話でしたのでトラックバックさせて頂きました。巧く言えませんが、「いたわられる事」と「常に自分が優位に立っていられる事」とを履き違えている年配者って多いですね。一概にこの若者の行為が正しかったかと言われれば判断が難しいですが、何となく彼の言い分は理解できます…。
若者たちの言い分の方が正論だと思います。でも、ちょっと言い方がきつかったですね。老人は女性達を座らせてやりたかったのでしょうし。ただ、老人の方も嫌味という形ではなく、素直に「席を譲ってくれませんか」と頼めば良かったわけで、そういう意味では、どっちもどっちというところでしょうか。敬老精神の観点からいえば、席を譲る譲らないの問題ではなく、大勢の前で先達に恥を掻かせることに躊躇いのない若者という意味で、若者たちの方にも不快感が残ります。
どっちにも非があると、自分の中では結論した。ちなみに自分の場合、お年よりは車内に入ってきたときの様子を見てから判断している(杖を突いているか、顔色が優れていないか等)。妊婦や幼児連れには、問答無用で席を譲っているが(立っていると危ないのがデフォ)w
全く、こういう高齢者は、年をとっているのを免罪符にしようとしている馬鹿にしか見えない。(弱者を装って利権を貪っている連中を連想してしまう。)こういう馬鹿は、年齢を重ねている分、幼稚園位の子供以上に性質が悪いと思う。若者の言動も、もう少しソフトに言えばよかったのではとも思ったりもするが、馬鹿にはその位の事を言った位がちょうどいいのかもしれない。(それに、この世代の人々は、バブル〜バブル崩壊時期に会社である程度の役職についている世代だろうから、若者の言動が全く的はずれとは思えない。戦後直後はまだ幼稚園位の年齢のはずだから、戦後の復興にもたいして貢献していないだろうし。)年齢に応じたモラルと知恵を持ち合わせた人間が敬われるべきで、この高齢者みたいな人は軽蔑の対象となって当然だと思う。
敬老精神ってのは老人を敬うって行為。しかし例に挙がっている彼らに敬意を払う必要があるのだろうか?いや、聖人君主なら無礼に対してでも敬意を払うだろうが阿呆な私にはとてもとても。つーか、マナーの悪い客ってジジィババァの方が多いんだよなぁ。実際暴力行為とかで逮捕されてるのって50以降の年齢目立つし。
こんな話に正論なんてあるわけないじゃないか。つうか、若者の話が筋が通るなんてアホな話があるか。こないだ中国で起きたデモや暴動していた奴らと同じ主義主張だということがなしてわからないか。生まれが違えば、おまえらもデモしてる側の人間になってるっつうの。年金をあーだこーだいうなら、その老人に言うのではなく、選挙で一票投じる。街頭にたってそのことを演説する。なんでこれがわからんかなー。若者は単に喧嘩売られて買っただけだろ。要はは口がうまいだけで、中身が空っぽ。あと、老人が語ったのはその人間の一般論であって、そうかもしれないしそうじゃないかもしれないって、それだけの話。アホかと。
若者の意見には同意できる部分もあったが、それでも譲らないのはまた問題かな、と。自分の場合、この手のトラブル(「年寄り扱いするな!」も含む)を避けるために相手に気づかれる前に席を立って(少し離れた場所へ行く)、「あ、丁度席が空いた」と思わせるようにしてる。まぁ、いつも上手くいくわけじゃないし感謝もされないけどね。あ、あとシルバーシートにはまず座らないw
>>通りさんえっと、どこが本題から外れていて、揚げ足を取っているのでしょうか?というか、若者の発言こそ揚げ足取りとは思いませんか?それとも、若者の話に中身があると思いますか?ただ表面的なことを羅列しただけではないでしょうか?この話は、別にどっちが悪いって話でも、正論はどっちだって話でもなく、単なる喧嘩ですよ?そもそも、60代の人間を老人として議論しているのが有り得ないんだけどもね。
なんつーか、屁理屈だね。目の前に年寄りが居るってわかってるんだからさ、言われる前に黙って席譲れって。最初っからそうすりゃ互いに気分が良いものをそうしないから嫌味のひとつも言われる。公共の場で目上の人間立てる道も知らないガキは自転車使うなり自分の車使うなりしとけ。
>2005年04月27日 11:22休日出勤やら年金やらを席を譲らない理由として挙げてるのは無意味だと思います。浅はかです。それは確かです。しかし、私が本題から逸れてると感じたのは、若者が反論した内容についてここで突っ込むことに意味があるとは思えないからです。若者は席を譲らなかったんです。それは、年金や休日出勤について不満があったからではないはずです。彼は譲る必要はないと彼なりの判断基準で決めて譲らなかったんでしょう。それはもしかしたらイヤミにカチンときたせいかもしれませんし、もしかしたらもともと席を譲らないと決めているのかもしれません。「彼の反論=彼が席を譲らなかった理由」だったなら、彼の反論に対して批判はされるべきだと思います。けれど、このケースでは、彼の反論が席を譲らなかった直接的な理由とは考えづらいのではないですか?だから、若者の反論に対する冷静なツッコミには違和感があります。
>公共の場で目上の人間立てる道も知らないガキは>自転車使うなり自分の車使うなりしとけ。同じことが老人にも言えそうですね。公共の場で人に礼儀正しく助けを求められない老人は、タクシーを使うなりしてスマートにやるべきです。
誰も突っ込まないのでひとつらくださんが書かれた文章から噴出する意見や感想は読んでいて納得するもの、そうでないものありますが楽しく読ませていただきましたで、突っ込みですが老人や若者の人格や普段の生活、電車内の状況に言及した意見は意味がないと思いますよ老人がほんとに年金もらってるのか?若者がほんとに仕事に行くのか?なんてわからないし、シルバーシートがすでにほかの老人で埋まっていたかもしれないなんてこともありますし、若者がいやみを言われて当然な態度をしてたかもしれませんしでも、こういう世の中に毎日転がってそうなネタでこれだけ意見が出てくるのは、逆に悪くないことだと思いましたこのらくださんの文章からだと老人はいやみなやつだと思い、若者に言い負かせてどうするよ、席も結局ゆずらねぇのかよと思うし、まぁ老人逃げて席を守ったんだからある部分は若者が勝ちなんだなで、らくださんは今の世の中そんなものかと思ってるんだなと自分に驚いたとどちらかというと私の興味はそこに寄せられたコメントやトラックバックにあったりします
自分、グラサンの青年に激しく同意です。自分、グラサンの青年とほぼ同世代だと思います。フレックス出勤のリーマンです。今日、電車で今から遠足と思われるお子様連帯(5人程度)と遭遇しました。座席は埋まり、立っている人がチラホラ状態で駅に滑り込む急行列車。お子様達は座ってました。停車駅で乗り込む自分とその他大勢の人たち。席を譲る気配の無いお子様達。(自分的にはお子様にも座席にも興味なし。)興味が沸いたのは、お子様連帯のうちの1人の発言。”譲ってやれよ”。立派な発言なのですが、そのニュアンスは、自分たち以外の大人全員を哀れむような言い方。渋々立ち上がり、席を譲るお子様達ですが、誰一人としてその席に座る人は居ませんでした。皆同じニュアンスを感じたんだと思います。(数分後、一連のやりとりを知らないと思われるオバサマ達が座りました。)恐らく哀れまれた大人の1人な自分ですが、別にその子達を養ってるわけでもないのに、”お前に哀れまれる程落ちぶれちゃいねーっ!っつーか、あからさま遠足モードなんだから、ふつーとりあえず立たねぇ?”とか感じた自分が、ちょっと情けなく思えました。
譲って当然的な発言を嫌味っぽくいわれれば、正当な意見でも反発したくなる。若者とはいえ足が不自由なことだってあるし。ただ、そこまでの話なら若者を支持するけど、それを「土曜出勤で・・・!!」などと自分の都合でいわれると、正しい正しくないは別に「カッコわりぃ」と思ってしまう。土曜出勤など仕事関係でムシャクシャしてたとこへの嫌味で思わず切れた・・というところでしょうか。ちなみに自分は席を譲ることはせず、辛そうな人が前にいたら無言で扉の付近や隣の車両に移る。本当にただ席を譲りたいのであれば、わざわざ「どうぞ」なんていわなくても、座りたければ座ってくれます。これなら「ワシを年寄りあつかいするのか!」と怒られることもないですし。当然、譲ってもらったとも思わないですけど。ただ、離れた人には席譲れないし、こんなの「なんかいいことしてる」的な自己満足でしかありませんけどね。別に「席を譲るべき!」と思ってるわけではないですが、巡り巡って自分が年をとったとき、席を譲って貰えるとうれしいと思うし、そういう時代であればと思う。
みんなの感想を読んでいたらちょっと俺も言いたくなった。結構前の話しなんだけどさ学校の帰りたまたま電車に乗った時のことなんだけど、その日は結構空いてて、たってる人もそんなに少なかったんですよ。車内は普通に化粧してた女子高生とかシルバーシートで馬鹿笑いしてる柄の悪いお兄ちゃんとか携帯で大声で話してるおっさんとかがいて、マナーが良い方とはお世辞にも言えない感じだったと思う。俺は普通に寝てた。しばらくして、なんか怒鳴り声がするなと思ったら、乗車口の近くに座ってた女子高生を60ぐらいのじいさんがものすごい剣幕で叱り飛ばしてたんですよ。「最近の若いもんは年寄りに席も譲らない」「女の癖にマナーがなってない、嫁にいけない」「スカートの丈が短い」まぁ延々と(俺的にかなりどうでもいいと思われる)くだらない理由で喚いていて、怒鳴られてる女の子はすでに泣きそうだったんだけど、周りは結構知らん振りしてたと思う。まあそれは俺もなので人のことを言えない訳ですがwすしたら女の子からちょっと離れたところに座ってた20くらいのお姉さんが、じいさんに声かけたんですよ。「私は立つからどうぞ。でも相手選んでわめかないで次からはシルバーシートに行け」的なことをもう少しさらりと言っていたと思う。確かにその時シルバーシートにはガラの悪そうな奴が座っていたし、怒鳴られている女の子はちょっとおとなしそうな子だったから、じいさんも相手選んで言ってることはわかった、でも俺にはそんなこと言えなかっただろうとおもう、周りの人もたぶん俺と同じような感じだったんじゃないかな。誰かが注意してくれればいいとは思ったけど、自分がその誰かにはなりたくないって言うかんじだった。その「誰か」だったお姉さんはすごく勇気があると思う。その後、じいさんはまだなんかぶつぶつ言ってたみたいだけど、席を立ったお姉さんも実は杖を持ってて、足がちょっと悪いみたいでした。俺もちょっとかっこつけて席譲ったりしたかったんだけど、それよりも先にシルバーシートに座ってたガラの悪い兄ちゃん達が「どうぞ」ってすげぇ素直に席譲ってたんで俺負け組みw化粧してた女子高生とかが化粧道具仕舞ってる時に、中年のおっさんは「最近の女は生意気だ」とか相変わらず空気読んでない大声で電話してましたよ。俺は、じいさんや中年のおっさんよりも、席を譲った兄さんたちや携帯とか化粧道具仕舞ってた女子高生の方がずっと大人だったし、弱者とひとくくりにされる人の中にもお姉さんみたいな強い人がいるんだと思う。そんなわけで発言的には茶髪の若者を支持、人はホントに外見じゃないよ。ただ言葉は選んだほうがいいと思うけど。それだけ若者のほうの落ち度かな?長いうえあんまり関係ないことでごめん。
>32歳俺も似たような経験があるよ。明らかにガラの悪い兄ちゃんがいてさ。そこに腰の曲がった婆さんと付き添いのオバさんが乗ってきた。結構混んでたんだけど、その兄ちゃんは何も言わずに席を立ち、横にあったドアにもたれかかった。付き添いのオバさんが兄ちゃんのとこにまで行ってお礼を言ったんだけど、兄ちゃんは「いや、すぐ降りるから」ぶっきらぼうに一言だけ。俺と同じ駅で兄ちゃんは降りたけど、そこは終着駅。見た目じゃないなと思ったよ。
そんなに座りたかった老人のかたは、始発にいくなりシルバーシートにいけばよかっただけじゃないの?そんなこともしないのに若者に愚痴をいう資格があるのかな?年寄りの傲慢が増えてないか最近・・・
>32歳俺も似たような経験があるよ。明らかにガラの悪い兄ちゃんがいてさ。そこに腰の曲がった婆さんと付き添いのオバさんが乗ってきた。結構混んでたんだけど、その兄ちゃんは何も言わずに席を立ち、横にあったドアにもたれかかった。付き添いのオバさんが兄ちゃんのとこにまで行ってお礼を言ったんだけど、兄ちゃんは「いや、すぐ降りるから」ぶっきらぼうに一言だけ。俺と同じ駅で兄ちゃんは降りたけど、そこは終着駅。見た目じゃないなと思ったよ。
まあ、今回の場合、少なくとも老人側には同意しかねますな。あのような露骨な嫌味を言えば相手の気分を害するのは当然ですし、ましてや分別のある人ならそれくらいわかるでしょう。若者を支持するわけではありませんが、今回の結果は老人の不遜な態度が招いた自業自得といえるでしょうな。
はじめて書き込みさせていただきます。若者のきもちはわかりますが反論の仕方に問題がありますね。ここで年金問題云々は関係ないですし土曜出勤なんて彼ら老人の時代にはそもそも土曜は休日ではなかったんですから。(職場によって差はあるだろうけど)なんか論点ずれた気が・・・・・(汗『老人=敬うべき』という考え方が間違った解釈で広まってるのも問題だと思います。『老人=敬うべき』という考えは老成した人は多くの知識と経験の持ち主だから尊敬しようという意味で老人だから敬わなければいけないということではないんですよね。そういう意味では老人も傲慢だったと思います。若者だから席を譲らなければいけないというものでもないし、老人だから譲ってもらって当然というのもどうかと思います。また、自分もそういう括りを使ってますが『若者』とか『老人』とか『男』とか『女』とかそういう括りってある意味人間個人を無視していると思います。人にはそれぞれ事情がありそこに年齢は関係ないと思います。老いた結果体が弱くなることもありますが若いから健康とも限りません。初対面の他人の事情を察しろとまでは言いませんが、お互いもう少し思いやりがあればこうはならなかったのではないでしょうか?
はじめて書き込みさせていただきます。若者のきもちはわかりますが反論の仕方に問題がありますね。ここで年金問題云々は関係ないですし土曜出勤なんて彼ら老人の時代にはそもそも土曜は休日ではなかったんですから。(職場によって差はあるだろうけど)なんか論点ずれた気が・・・・・(汗『老人=敬うべき』という考え方が間違った解釈で広まってるのも問題だと思います。『老人=敬うべき』という考えは老成した人は多くの知識と経験の持ち主だから尊敬しようという意味で老人だから敬わなければいけないということではないんですよね。そういう意味では老人も傲慢だったと思います。若者だから席を譲らなければいけないというものでもないし、老人だから譲ってもらって当然というのもどうかと思います。また、自分もそういう括りを使ってますが『若者』とか『老人』とか『男』とか『女』とかそういう括りってある意味人間個人を無視していると思います。人にはそれぞれ事情がありそこに年齢は関係ないと思います。老いた結果体が弱くなることもありますが若いから健康とも限りません。初対面の他人の事情を察しろとまでは言いませんが、お互いもう少し思いやりがあればこうはならなかったのではないでしょうか?
本題と関係ないけど、どっちもどっちって実に日本的だな。自分の意見は曖昧にして、双方の悪いところををあげつらっていい子ぶるの。このケースはともかく、実際に自分の意見が他者と対立したら、その場の感情に流されることだってあるだろうよ。
そのお年寄りに席を譲るべきでしょう。その若者はただの屁理屈野郎です。屁理屈に惑わされて感心する必要はまったくありません。しかもお年寄りに言われる前に譲るべきです。一般常識の無い人と思います。
>>29歳さん自分はバンドマン系長髪&黒服&サングラスが基本なんですが、前にお年寄りに席を譲った後、俺が降りた駅で追ってきて「いやー感動した!日本も捨てたもんじゃない!(ちょっと誇張)」と言われました。見た目イカツイと逆に効果的wま、この問題は難しいですね。今の裕福な社会を支えてきたのは確かにシルバー世代ですが、年金問題等の社会悪を作成&放置してきたのもシルバー世代です。身体的弱者としてお年寄りを労るのは当然ですが、この話のような老人を尊重しろと言われても…ふつうに無理ですね汗
こういう爺さんにはなりたくないね。譲って貰ってあたり前ってのがまずおかしいし。グラサン兄ちゃんが実は視覚障害者だったり、聴覚障害者だったらどうするんだろう?まぁ兄ちゃんの反論もアレだな。「すいません、とても若くてお元気そうに見えたもので^−^」俺ならこうかな。
何で、若いお兄さんはそんな簡単な事もわからなかったんでしょうか?お年寄りに席を譲るなんて、子供でもわかるのに…こんな人が周りにいなくて本当に良かったです。いたら恥ずかしくて、一緒に電車にも乗れません。屁理屈こねる男ほど見苦しいものはないです。
>kenkenさんの言うところの一般常識と言うのをちょっと聞かせてほしい俺が思うに弱者=老人ではないと思うし、大昔にやった道徳の授業じゃないがこういうのこそ「譲ってくれてありがとう」「譲らせてくれてありがとう」の相互関係で成り立つもんだと思うわけよ?それは「譲らせてやる」っていう態度の老人とそれに腹を立てている若者には当てはまらないし、そういった奴に何も言わないで席を譲るのは一般常識じゃなくて只の甘やかし、変な思い込み、被差別意識を助長する行動だと思う。弱者の立場だからってなんでも許されるほどこの世の中甘くねえぞ?俺はこの間まで松葉杖ついて生活してたけど、病院で席を譲ってくれたのは病院を寄り合い所と勘違いして席を占領してた爺婆じゃなくて、結構具合が悪そうだった中学生だった。お前の言う一般常識で言えば、この場合爺婆は席を譲らなくていいことになるがそれこそどうなんだ?
俺が思うに、とかって主観はどうでもいいです。老人は弱者である、と定義されているだけ。実際若者より身体的能力が劣るのは老人ですし。無職が偉そうにほえても空しいだけですね。ネット上のマナーすら理解出来ない人間が、一般常識を語らないでもらいたいんですが。ここは2chじゃありませんよ。一時の義憤に駆られてお前呼ばわりするような、社会常識に欠ける人間は自分の居場所にお帰りください。
老人に席を譲るのって常識なんだろうか?そのへんの認識が人によって違うと思う。人によって違うと常識とは言えない。一部の人の意見でしかない。
私はご老人を見かけたらいつも席を譲っていますが、「ありがとう」の一言を返してくれる方は2割ほどです。感謝されたくてやっていたわけではありませんが、席を譲ってもらったら感謝の一言を述べるのが年齢にかかわらず「人」として当然ではないのでしょうか。この記事にあるように、こちらが気づかないうちにねちねちと席を譲らないことを罵られたり、席を譲ってから「やっと立ちよった」と吐き捨てるように言われたこともあります。私の話ではありませんが、座席に座ろうとした女性のお尻の下に杖を投げ入れ席を取ろうとした老人を見た事もあります。世の中では若者が席を譲るのが「義務」であり、老人が座るのが「権利」だと捉えられているような気がします。私は「権利・義務」なんてものではなく、日本人の美徳としての「譲り合いの精神」こそが大事なのではと思います。若者が席を譲らないのは、感謝の気持ちも持たない老人にひとつの原因があるような気がします。実際、席を譲って笑顔でありがとうと言われ、嬉しい気持ちをもった方はたくさんいると思います。そう言う経験があればいくらでも席を譲ろうという気になるもんです。モラルを持たない一部の老人に若者のモラルの低下を批判する資格は全くないと思います。
以前に友人に聞いた話ですが・・・比較的空いている電車で友人が優先席に座っていたところ、乗ってきた老人女性にいきなりビンタされ、「そこはお年寄りの席だから座っちゃダメ!」みたいな事を言われたそうです。まあ、他が空いてるのに優先席に座ってた友人も悪いのですが、どういう精神構造をしてたらそんな行動に出られるのか???でした。>無職が偉そうにほえても空しいだけですね。>ネット上のマナーすら理解出来ない人間が、一般常識を語らないでもらいたいんですが。相手が無職だとそうやって卑下するのが貴方のネットマナー、一般常識ですか。そうですか。言葉遣いが気に入らなかったからといって叩くのは上で議論されている若者と老人の「喧嘩」と相違無い。見苦しい事この上ない。
>>2005年04月27日 11:02>年金をあーだこーだいうなら、その老人に言うのではなく、選挙で一票投じる。街頭にたってそのことを演説する。なんでこれがわからんかなー。やってるかも知れないじゃん。何故その若者がそれをやっていないと決め付ける?というかね、幼稚園から大学まで(現大学生)ず〜っと電車通学してる俺の意見はね、やっぱり若者が正しいよ。いや、老人が正しくないと言ったほうがイイか。若者の主張の内容(年金うんぬん)はともかく、こんなあつかましいジジイに席を譲る必要はない!と、声高らかに言いたい。「席を譲るのが当然」なんて思いこみ、その思い通りにいかないと怒り出すなんて人は最初から電車に乗らないでください。本当に席に座らなければ辛くて仕方ないなんて人には電車という移動手段は過酷すぎます。タクシーでも何でも乗ってくださいね。^^「年寄りには席を譲るのが当然」なんてのは、年寄りの視点からしかモノを見てない全く自己中心的な物言いだね。何故年寄りに席を譲らなければならない?自分よりも目上の人だから?歳をとるだけなら病気や事故さえなければ誰でも出来ます。身体が弱いから?年寄りじゃなくても身体の弱い人はたくさんいます。そういうコトも考えずに最近のナンタラはとかわめき散らしてる老人は見ているだけでムカムカしてきますね。実は最近の年寄りが一番やっかいだったりして。年寄りだろうが何だろうが、席を譲るべき対象は「弱者」なのです。年寄りイコール弱者ではありません。現に、席に座っていたお年寄りが、辛そうにしている若者に対して席を譲るなんて光景を何度か見てきました。これが「席を譲る」というモノの真のあるべき姿ではないでしょうか。老人は過去の功労者だからと言う人もいますが、そんなコトは何の言い訳にもなりません。若い世代は現在の功労者です。今の年寄りがいなければ私達若者の生活が成り立たないのと同様、若者がいなければ年寄りの生活もなりたたないのです。別にそこの点について尊敬しろという意見は成り立ちません。それぞれの世代で、それぞれやれることをやっているだけのコトです。
一般常識なんて言うけど、常識は自分の中にあるもの。いわば唯識でしょ。「年寄りに席を譲る」というのは一般的に推奨されている概念であって、強制力があるものではない。譲られることを当然と思っている年寄りこそ問題。個人常識の上に社会的通念や習慣が乗っかって人間の社会行動を生む。だから、一般常識をはき違えて公衆の面前でイヤミを言った年寄りの方が、オレの個人常識の上では非常識だね。
最近は「男女平等」「ノーマライゼーション」なんて言葉が流行ってるけど、その意味を履き違えてる人が多すぎる。「男女平等」は一部のあほなフェミニストによって「女性優先」「レディファースト」に置き換えられているし、「ノーマライゼーション」も一部の老人やNPO団体などによって「障害者優先、老人優先」に置き換えられている。この老人も勘違いしてたんじゃないかな。「世の中はノーマライゼーションだ。俺らは優遇される世代なんだ」って。
このコメント欄における議論こそが、現在の日本の状況、価値観や考え方の多様化を表しているようで面白いです。家にお年寄りのいる家庭に育った人や昔ながらのしきたりなどを大切にする家庭に育った人は、「お年寄りに席を譲るのは当然」みたいに思われるでしょうし、身近にお年寄りと接する機会の少なかった人は、「若者の意見に賛成」と思われるかもしれません。要は、現在の日本において、核家族化の進展や論理主義的思考の一般への浸透といった、社会状況の変化が生じていて、それにともなって、いろんな価値観や考え方を持つ人が出てきたということなのだと思います。ですから、ひょっとすると、若者と老人の言い分のどちらが正しいかという議論よりも、むしろ、今の日本には、昔と違って、いろんな考え方をする人がいるんだということを理解して、お互いに摩擦が生じないように努めることの方が重要なのかもしれませんね。
お年寄りだからとか、譲る譲らないとか関係なく、若者の発言は全く筋が通ってないですよ。正論なんてトンでもないです。
ボボコフさんに同意です。たまたま通りかかりましたが、詭弁を正論と思いこんでしまう愚かな人の多いことに若者と呼ばれる世代のダメさ加減を再認識しました。「みんながやってるから」とかいう言い訳のレベルと大差ないかと。そういう自分も若者ですが、ここで老人に席を譲る必要はないと言っている人達は、自分が老人になったときに譲られて怒る類の老人になるのでしょう。現代の若者の想像力の欠如の著しさを改めて知るいい機会でした。
先達を敬う、先祖を供養する、というのは永遠普遍の道徳心で、これは儒教に限らず何処の国も共通に持ってる美徳です。時代が違う、そんな時代じゃない、こんな日本にしたシルバー世代は尊敬できない、非常に感情的な残念な意見ばかり。引き換え理論派は金を払ってるんだからとか、平等の権利だとか、検討違いな事ばかり。「譲って当然」「譲ってやってる」お互いに相手に期待して、見返りを求めるから無用な摩擦が起こるんです。私はバスを良く利用します。バスはステップが高いし、揺れも酷く、健常者も立っているのが一苦労です。歩く事もままならないお年寄りが、シルバーシートに辿り着くまでも、大変なのです。それでも、席を譲る人は大変少ないです。お年寄り同士でも席の譲り合いがあります。あれは見ていて切ないです。自分が年寄りになった時、そんな日本に住みたいとは思いません。だから俺は席を譲ります。親切の押し売りじゃありません。相手の気持ちを自分に重ねれば、おのずと解ります。人のために譲るんじゃないんです。自分の為です。ここで、若者がどうだとか、年寄りがどうだと言ってる人の感覚が解りません。解りたくありません。
弱者(老人に限定されるわけではない)に席を譲ることは常識だけど、弱者の定義は人それぞれだから弱者でないと判断すれば席を譲らないってこともあるんじゃないか?俺はハイキングできる老人は弱者ではないって思うから自発的には席譲ることは無いと思う。まぁそれでも席空けてくれって言われればどくけどね、ただこのケースみたいな嫌味の場合は正直譲りたくない
先日、知り合いのおばあさんが友人に会いにいくため電車にのられた時の話。走行中、電車が揺れ、少しよろけそうになったらしい。すると、それに気づいたスーツ姿の若い人が「よかったら、座ります?」って言ってくれたらしい。それで礼を言って、お言葉に甘えて席に座らせてもらったと。これから仕事に向かわれるところ申し訳なかったなあ、とも。そして電車から降りる時、その方にお礼を言うと「あ、はい。」とそっけないけど優しく笑顔で言ってくれたらしい。でも恥ずかしかったのは、降りてから窓ガラス越しに目にしたもの。その方が席に座ろうと席の一歩手前まで行かれた時、ドアからすごい勢いで入ってきた自分と同年齢ぐらいの同姓の人が、座りかけようとしていた彼を無視してサッと座り、若い方は何事もなかったように、前のカッコウに戻り立ってらしたことだったらしい。
毎日満員電車に乗らない人は語る資格ないよマナー悪い年寄りをあんまり見かけないだろうし電車が日常の人と時々の人は感想違うだろたまになら譲れる人も、毎日出来るかな?自分より弱者は必ずといっていい確立で乗ってるよ
>自分が老人になったときに譲られて怒る類の老人になるのでしょう。何故そうつながるのかワケが分からないのですが。まあ例えそうなったとしても席を譲らない人にたいしてこれ見よがしにぐちゃぐちゃと嫌味を言う類の老人よりはいくらかマシに思えるが。
> 身近にお年寄りと接する機会の少なかった人は、「若者の意見に賛成」と思われるかもしれません。ひとくくりになさらぬよう。> 電車の座席はほぼ埋まりちょっと探せば座席はあったが、バラバラになるのがイヤでおしゃべりしたかったのではないのかね?おしゃべり>座る、という図式から固まっていたのであれば、それで満足すべきであり、声高にイヤミを言うべきではないね。ふたり立っていて座席状態が以下なら、率先して動くが、まばらに空いている状態で団体客に席を作ってあげるほどお人よしではない。座りたければ別々にどうぞ、ということ。空俺空客客客客→空空俺客客客客目に見えぬハンディキャップを抱えた人間もたくさんいるし、すべてをケアすることはできないが、目に見える範囲であれば、できる範囲で手助けをしてあげたいと思う。俺自身、骨折で松葉杖で過ごしていたときはいろんな人に助けられたしね。勘違いしている人が多いようだが、これ(席を譲る云々)、『マナー』のハナシじゃないのよ。件のじいさんは確かにマナー悪すぎだけど。あと『シルバーシート』って、これも勘違いしがちだけど、意味としては優先席だからね。健常者が座ってはいけない、ということではないのよ。どこに座っていたとしても本当に座席を必要としている人がいたら座席を譲ってあげられるように、みんなが心がけていれば不要なのよね。まぁ、勘違いする人がほとんどになってしまうほど精神的なプレッシャーが強いみたいだから、ある意味成功かもしれないけど。俺は普通に座るよ、空いてたら。色が違わなくてもすべての座席はシルバーシートと同様だと認識して生活してみることをオススメするわ。優先座席制度そのものを廃止した路線もあるようだしね。ちなみに、最近はリーマン生活してるけど、車内で見かけるマナー悪は、若年層より中高年層の方が多い感じ(都内)。オッサンでも、不良っぽいコゾウでも、親つきの子供でも、俺は注意するけどね。『年寄り』とか『若者』とかで論じるのは意味がないよね。『年寄り』には問答無用で席を譲るべき、って人が多いのにはビックリしたけど。齢を重ねようが小学生だろうが、悪いものは悪いし、いいものはいい。コミュニケーションやマナーってのは世代対世代のものではなく、人対人じゃないかね? 年寄りに囲まれて育った俺だが、無礼な年寄りにはひとかけらの敬意も抱かないし、労わりもしないよ。件のじいさん、イヤミを聞こえるように言った時点でダメ。茶髪でグラサンではなく、スーツ姿の40男がそこに座ってたら同じことを言ったかな?PS.見た目で判断しちゃダメよ、ホント。見た目を軽蔑する者は、彼自身、軽蔑されるような言動をする場合が多い。
>若者の発言は全く筋が通ってないですよ。後半はそうかも知れんけど。「山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたんだろ?」はそこまで的外れでもないと思うな。「俺は遊びまくってて疲れてんだ。お前は俺より体力がありそうだからそこをどけ」って言われて納得できます?
選挙行けよって言ってる奴。この若者が選挙行ってないとは書いてないぞ。行ってないにしても不満言うたびに選挙行け言われてもそんないつもやってるものでもないだろ。どっちかって言うと、デモの方が効果あるんじゃね?ちなみに俺は若者支持。どんな場合であれ年寄りの社会的弱者って立場を盾にしたエゴに付き合う道理はない。身内でも。
これはただのイヤミの言い合いに見えて仕方ないです。老人の方へ、「若い者は…」発言はもう過去の産物のような気がします。フリーターやニートを社会的に議論するような部分に代表されるように、若い人の価値観は今どんどん多様化しています。「学校→サラリーマン→定年退職→年金」の構造は、年金制度の問題を抜きにしても若者たちの常識ではなくなりつつあります。若いときに頑張って老後楽するというのが「あたりまえではなくなろうとしている」ことをまず理解して欲しいです。というか、「ゆずっていただけませんか?」と言えばよかっただけの話じゃないでしょうか。若者へ、年金の話は国の方へ、土曜出勤の話は会社の方へ言ってください。イヤミを言う相手を間違ってます。シルバーシートの所はまぁよしなんですが、「お年よりには敬語まではいかなくともせめて丁寧語ぐらいは使いましょう。」いくらカッとなったからってこのくらいの配慮はあっても良かったと思います。公共の場なんだから。一般的に老人の方が体力は弱い(これは生物学的な話)。だから、席を譲ってあげる。こういう思いやりの気持ちって日本古来からある文化だと思うんですけど、それさえ価値観の多様化によって少なくなるってのは個人的には淋しい話です。
私は祖父母と暮らしていたし介護職員ですが、こう言ったマナーの悪い相手に席を譲るのは不快だと思います。 先日バスの中でも似たようなことがありました。 満員のバスの中で高齢の男性が若い子供連れのお母さんに強引に席を空けさせようとしていました。 ずいぶん大きな声で厭味を言っていた男性は、子供が泣き出すと「お前らにはバスに乗る資格がない」とまで言い出し、車内は非常にいやな空気になりました。 ですが、そのすぐ後の停留所で乗り込んできた男性(厭味を言っていた男性よりも遥かに高齢)が、すぐに件の男性を見つけて一喝したんです。「お前は子は宝だと言う言葉を知らんのか」 等と怒鳴られた男性は、どんな顔をしていたかまではわかりませんが、次の停留所で人を押しのけるようにしてバスを降りていきました。 同じ停留所で降りる予定だったらしい親子が礼を言って席を譲ろうとしていましたが、男性は「健康のために立ことにしているので」 と、丁寧に断って傍にいた女性に席を勧めていました。 ああいった事のできる方はすばらしいと思いますし、本来敬うべき高齢者の姿ではないでしょうか? 歳をとると周りが見えなくなるとは良く言いますが、現実にそういった高慢な方は職場にも大勢います。 私の祖父母は他人に厳しくする前にまず自分に厳しい人達でしたが、ああいった方々がいったいどういった教育を子供や孫にしているのだろうと思うとぞっとします。
>一般的に老人の方が体力は弱い(これは生物学的な話)。だから、席を譲ってあげる。こういう思いやりの気持ちって日本古来からある文化だと思うんですけど、それさえ価値観の多様化によって少なくなるってのは個人的には淋しい話です。古来からの良い風習を、まず老人が実践してないのだから仕方ない。言いたいコトは分かるが、昔からの風習を若い世代だけに押し付けるのはやめてもらいたい。いつの時代も「最近の若者は」とか言ってるのが良い例。
無用な人間間のトラブルを招いたのは老人。その後の若者の反論は正論であろうが詭弁であろうが関係ない。そこを勘違いしてる人が多すぎます。>>モジョジョジョさん興味深い意見ですが、無用な摩擦をおこさないようにするには言葉が必要だと思います。何も言わなければこっちも気づかないときや、わからない事もあります。意思疎通のための言葉というものは、特にこのような場面では大切かと思います。黙っていては伝わらないことなんてたくさんあります。席を譲った若者のどうぞ座ってください。譲られた老人のどうもありがとう。たったこれだけの言葉で無用な摩擦は減るはずです。親切に対して見返り(お礼)を求めるべきではないという道徳的考えですが、そういったコミュニケーションがあなたの言う住みやすい日本の第一歩かと思いますよ。
老害は老害であるという自覚が必要、そこからの生死は個々の判断。数十年前の固定観念を話し始める老人は到底現代の若者に理解はされないであろう最大の問題は老いれば老いるほど変化に鈍感になるという事だ変化できない人間は拝金主義では無用である
老人の嫌味はまずいです。金も時間もあるんだから。。。急いでいるならグリーンに座ってほしい。東海道線、JR快速に付いてますよね。急いでないなら、座れる電車を待て。(朝の始発電車には、座れるまで待ってる人、大多数でしょ。座りたいんだもん)俺の場合、赤子を抱いた時はそうするし、親父を乗せる場合もそうします。本気で座りたいなら、確実に座ろう!嫌味は周りの空気まで悪くする。だから、若者も言わなくてもいい事まで言っちゃった。かわいそうに!車内携帯禁止+車内嫌味禁止
老人の嫌味はまずいです。金も時間もあるんだから。。。急いでいるならグリーンに座ってほしい。東海道線、JR快速に付いてますよね。急いでないなら、座れる電車を待て。(朝の始発電車には、座れるまで待ってる人、大多数でしょ。座りたいんだもん)俺の場合、赤子を抱いた時はそうするし、親父を乗せる場合もそうします。本気で座りたいなら、確実に座ろう!嫌味は周りの空気まで悪くする。だから、若者も言わなくてもいい事まで言っちゃった。かわいそうに!車内携帯禁止+車内嫌味禁止
そういったコミュニケーション=席を譲った若者のどうぞ座ってください。譲られた老人のどうもありがとう。のことです^^;雑文申し訳ないです。
>一般的に老人の方が体力は弱い(これは生物学的な話)。だから、席を譲ってあげる。こういう思いやりの気持ちって日本古来からある文化だと思うんですけど、それさえ価値観の多様化によって少なくなるってのは個人的には淋しい話です。価値観が多様化する中で、無条件に「老人に席を譲るべき」という考え方をする人は少なくなるかもしれませんが、必ずしも「立っているのが大変な人に席を譲る」という思いやりの心が失われることになるとは限りませんよ。価値観の多様化した社会においては、「老人だから〜」、「若者だから〜」という単純化した主張では、多くの人の理解・共感を得るのは難しくなるのだと思います。(均一な価値観を有した社会では、こういう単純化した主張の方がわかりやすく、かつ、それによって問題も生じなかったのだと思います。)しかし、別の人が指摘していたように、人と人との関係・コミュニケーションによって、本質的な意味で共通の認識(社会的常識や合意の形成)が造られていくと思います。例えば、「立っているのが大変な人に席を譲る」という思いやりの精神は、ほとんどの人が共有するものですし、そうした共通の認識は、価値観の多様化によって失われるものではないと思います。「老人だから席を譲る」という若者は減るかもしれませんが、その代わり、「立っているのが大変な人に席を譲る」という若者が増えているのではないでしょうか。
先日、私がバスの座席に座っていると、おばあさんが乗車してきました。席を譲ろうとしたらおばあさんは「いえいえ、結構です」と何度も言いました。私は失礼な事してしまったかなと少し恥ずかしい気持ちになりました。何駅かしておじいさんが乗車してきました。そしていきなり私の頭を殴りました。「中学生だろ、若いくせに老人に席を譲らないか!」のような事を早口で言ってきて、私はあまりにもびっくりしてしまい何も言えなかった。このおじいさんは自分が譲って欲しくて怒っているのかおばあさんが私の横に立っていたから怒っていたのかよくわかりませんでしたが、おばあさんがオロオロして「違うんですよ、この子はゆずってくれたんですよ」とか「私が断ったんですよ」とか言ってくれました。おじいさんは何も言わずに後ろの方へ行ってしまいました。おばあさんが何度も私に謝ってくれました。おばあさんは悪くないのに・・。私もその時は驚きと怖さで固まってしまっておばあさんにお礼を言う事もできませんでした。おばあさんが断っても、譲ればよかったのか、それともそれは余計なのか、押し付けがましいのか、最近は変にビクビクしてしまい立っているか、座るとしても一番後ろの端っこにしています。私からすると、おじいさんにはっきりと言い返せたこの青年がかっこよく思えてなりません。自分は固まるだけで何にも言えなかったから、情けなかったから。乱文すみませんでした。
どっちを支持するのも避難するのも個人的な自由意志だね。コメントに思い切り反論している人もいるけど、意見や意志の押しつけはファッショだ。個人個人が今回のエピソードについて考え、判断すればいいんじゃないの?
職業柄、常に老人と一緒にいますが、この若者の意見は的を射ていると考えます。この若者も、老人がいやみなど言わなければ、こうはならなかったのでしょう。
立ってるのが苦痛である様子がありありに窺える老人であれば、無条件で席を譲ります。譲らなくても大丈夫そうであれば、座ってるでしょうね。嫌味なことを露骨に言う老人にムカッときて、露骨に返したんでしょうけど、たぶん若い人には自分たちもいずれ老人になることを想像できないため、年寄りときたら、という感情なんでしょう。若者たちも、もっともらしい反論をしているつもりでしょうけど、それすら、自分たちを「正当化」するための理屈なわけで。目の前にほんとに「困ってる」人が居るときは、人間としての本能から自然に手を差し伸べるが「常識」だと思います。まあ、この場合の老人たちがそれに値するかは・・・
年金の件で老人に文句を言うのは筋違いであり、選挙に行け、としたり顔で説教している人たちへ。老人たちは、選挙権を行使して OR 行使しないことにより現在の年金制度を直接作ってきました。それに対し、若者は選挙権を手にして日が浅いと思われ、自分の意志をまだ政治に反映できていません。従って、若者が現状の年金制度に対して老人に文句を言うのは、ある意味正当ではないでしょうか?年金制度の問題は昨今になって判明した物ではなく、ずっと以前から指摘され続けてきたことなのですから、明らかに中高年の有権者全員の責任であり、若者が選挙に行かないからでは決してありません。もちろんその年金制度を変えるには選挙権の行使が必要なのは当然ですが、その労(消費税UPなど痛みを伴う物であることは十分予想されます)を取らされる恨み言を老人に言いたくなるのは、しかたないのでは?(自分も含めた)中高年は、その責任をはっきりと自覚すべきです。
「席を譲らなかったこと」が嫌味につながったのであって、「老人の嫌味」で若者が席を譲らなかったわけではない。単に、若者が席を譲らない人物であっただけ。そして、譲らなかった相手がたまたま、そんな人物だったということ。(これをやられたら確かに譲れなくなってしまう。)だだ、事柄の順序を考えると老人の人格や行動云々を譲るかどうかの判断や、思考の材料にするのはちょっとピントがずれますね。この場合は老人が老人ですので若者への賛同が生まれたり話がややこしくなっていますが、結局、「お年寄りには席を譲りましょう」が、無条件には受け入れられなくなっている問題を示す事例なんでしょう。強制されなければ…とかいう世の中はいやだな。だって、みんな年取るんだもん。自分が年取ったとき想像してみてどう思います?時間帯ずらして乗ったり、タクシーを使う自分がリアルですか?先の老人のようにはならないだろうって言うのと同じくらいリアルに考えられます?立場に応じた行動や振る舞いっていう儒学道徳をすて、キリスト教的な倫理の担保を持たない「個人主義」の部分だけを採用してきた日本の倫理をどう保つか。難しいなあ。「海と毒薬」を思い出します。昔にもどれってのは明らかに間違いだし、どうしていくかは僕らが何とかしてかなきゃなんない問題ですね。長文失礼。
論点は三つですな。1:電車の座席に誰が座るべきか(どんな人を優先的に座らせるべきか)2:席を譲ってもらうときの対応の仕方3:老人は現代日本社会において優遇されるべきかどうか1は人間が皆平等という観点からすれば、電車の乗客の中で、肉体的精神的に疲弊している人間から順に座るべきですな。これから仕事があるという事情も考慮すべきかは微妙な線ですが。老人は家に帰るだけだから我慢しろよとも言える。2は老人若者関係なしに、礼儀は尽くすべきだと思う。席を譲ってもらうのに横柄な態度は社会人として恥ずべき。嫌味を言っても周りを不快にするだけ。3は難しい。道徳的には老人は敬うべきと言うのが社会のコンセンサス。ではなぜ老人は敬わなければならないのかということも考えなければならないと思う。一つとしては老人は社会的弱者であるから、もう一つは現代社会を築いてきた先人であるから、の二つの理由によると思う。以上の三点から考えると、私は若者の主張に同意したい。それは2の対応の仕方が重要だと考えるから。乗客の中で誰が疲弊しているかと言うことは、外見だけからは簡単に判断できない。その為、席を譲って欲しいと思うならば、自分たちが疲れていると言うことをきちんと説明し、譲ってもらえるようにお願いすべきだからだ。それを老人敬うべきだという横柄な態度で臨まれれば、反発するのは当然。若者の反論にも甘いところはあるが、老人が傲慢なのだから因果応報。若者は別に老人から席を奪ったわけではない。そのまま座っていただけ。その席をどうしようが若者の自由。シルバーシートがあるなら、そっちを探すべき。
だからこれはどっちもどっちだってば双方正すべきところはあるじゃないかどっちにも賛成しきれないなと、前半を流し読みしただけでコメントしてみた
はじめまして。興味が湧いたので、コメントを読ませて貰いました。私としては、やはりどちらにも賛同はできないなというのが、結論です。何度も出ているように、席を譲って欲しいならその旨をきちんと伝えるべきだったと思います。嫌味を言われたからといって、その反論はどうなのかな?と思います。以前、松葉杖をつくほどの捻挫をした事があるのですが。席を譲ってくれたのは、もう70歳にはなるだろうお婆さんでした。他の座っている方々に、そのお婆さんより年上の方はいなかったように記憶しています。今でもあのお婆さんの、綺麗な笑みと優しさは忘れられません。仕事帰りで疲れていたし、本当に感謝しております。ただ流石に、哀しい気持ちにもなりました。(何で他の方が譲ってくれなかったんだろう・・・)席を譲る、譲らないはその人の良心・善意によるものです。消極的である私には、他人に声を掛ける・・・という事に勇気がいるのですが・・・。バスで、他の席が空いている状態で、席を譲った事があります「他の席が空いているのに何故?」と思った事がありました。その方は私の疑問を察したのか、「あそこの席のように、座席の足場が高いと、足が上がらなくて座れないんです。ありがとう。」と言って下さいました。私には何という事はない足場ですが、駄目な方もいるのだと、改めて自分主体の考えだけではいけないのだと、思わされました。もっと他人の事を考えて行動が出来るようになれればいいのになと・・・この座席の件を読んでいても思いました。
初めに僕はこの素晴らしい議論へと発展させるきっかけを作った老人と若者そして「きっかけ」を形にしてくださったらくださんに拍手を送りたいと思います。このコメントの数々を読ませていただき、非常に考えさせれました。初め、若者の考えをすごいなと感じたり、その後、一体何が問題であったのだろうと必死に悩まされたりしました。僕は嫌みを言われたら、小心者ですので心でぼろくそに言いつつ、黙ってその場を離れたでしょう。そしてこのなんとも言えない不快感を赤の他人へとぶつけさらなる問題の種になったりもしたかもしれません。自分の意見は人それぞれです。それこそ今までもさんざんに議論されてきたように、様々な意見があって当然です。それを人に押し付けたらあの老人と若者とにたようなものですけど。長文失礼しました
私も若者の意見に賛成です。自分の主張を言えたのは立派です。そして考えさせられました。以前、バス停で一番先頭に並んだのですが時刻表を見る振りして、割り込みした60代位の派手なおばさん。文句を言いたかったけど我慢しました。そして80代のおばあちゃんが無言で私の前に割り込みました。何で私の前に?先頭のおばさんの前じゃないの?と思い、すごくイヤな気分になったので睨み付けてしまいました。何か一言あれば、こちらも気が晴れますが「私は譲られて当然」といった感じで、こちらを睨み返してきました。文句を言っても仕方ないので我慢しましたが。電車の中でも…おばあさんに、膝の上に荷物乗っけられ、終いにはカバンぶつけて来たので退いたのですが何か一言あっても良いじゃない?と思う行動です。その若者は自分の意見をハッキリ相手に伝えたので、立派だと思います。
>時間帯ずらして乗ったり、タクシーを使う自分がリアルですか?タクシーはともかく、時間帯をずらしたり、早めに並んだり、何十分か電車をやり過ごすのは普通にみなやっていることですが。始発駅から乗ったりすることも。座席を確保すると言うことは楽なことではないのです。
コメントを最初の方から読んできましたが、若者に賛成という方は本質的な部分を指摘しているのに対し、老人に賛成という方は若者の言ったことの細かい論理の欠けくらいしか指摘してないような気がします。人によってさまざまな考えがあるものだとは思いますが、はじめから「若者が悪い」とか決め付けないで、一度そういう考えを捨ててから、もう一度このストーリーを読み直してみてはどうでしょうか。茶髪にサングラスが気に食わない方もいるようですが、「若者」の私から見れば茶髪もサングラスもただのおしゃれで、むしろ黒髪よりかは茶髪の方が印象がいいような気もします。相手の見た目だけで判断せずに、もっと本質から考えてみてはどうでしょう。
老人に席を譲るのが当然だと思い口汚く嫌味の言葉を吐く老人も、その場とは無関係な事を持ち出して老人を口撃する若者も、どっちもどっちだと思います。 この件については、老人達には良い薬だったとは思いますが、多少理不尽であっても他人への思いやりを優先できる人間でありたいです。
年配の世代が高度成長時代に苦労をしたからといったような考え方には非常に懐疑的です苦労はどんな時代の人でもしない人はしないし、する人はするものです
他人に何かして欲しければ態度に示す。そして「すいませんが〜お願いします」「ありがとう」を忘れずに。老若男女に関わらず人間としての常識。良い歳してそれが出来ないのは恥かしい事。
どっちが良い悪いでなく、この若者、社会性なさ過ぎでしょ。仕事に行く自分のほうがエライと考えてる時点でアホ丸出し。ジイさんは連れを座らせようとした、ただの頑固ジジイなわけで。
老人は席を譲ってもらうというサービスを受けたいと思うのだったらそれに見合った対価を支払うべきなんだよ。 俺ならどんなに疲れてても一万もらえば譲るよ。
どこの誰かも分からない老人を敬えっていうのは無茶。席を譲るのは当たり前とか心のそこから思ってるなやつは多くないと思う。とかいいつつ私は席を譲ることもあるわけですが、それは席を譲った自分を褒めてあげたいだけとか、結局自己満足なんですよね。打算ですよ。
一見すると世代間の軋轢のように見えますが、冷静に考えると、「非常識な」老人と、ちょっと突っ張った若者との交流、という感じがします。年寄りにだっていろいろいる。数年前、電車の中で会社の同僚と年金では我々が馬鹿を見る、というような話をしていたら、ドアの近くで立っていた老女が申し訳なさそうな、穴があったら入りたいくらいの感じで縮こまっているのに気がついたことがあります。失言だったなあ、と反省しています。
空いていた座席に座る権利は若者、高齢者、障害者、妊婦の関係なくあり、その権利を善意(タダ)で譲って貰おうというのならばそれなりの言い方が必要になる。善意を当然の事と勘違いしているジイさんが若者に聞こえるように厭味を言い、憤慨した若者が売り言葉に買い言葉で日頃の鬱憤を含めて厭味を言い返した。善意を常識、マナー、道徳という言葉を使って強要しようとする人がいるという事が問題だと思う。厭味部分を議論することは意味がない。
若者に賛成ですね。でも私個人は、席は老人、社会的弱者に譲る派です。電車に乗ってて一駅ごとに乗って来る人をさりげなくチェックしておいて、声を掛けておかしくない範囲にそういう対象が居たら必ず席を譲るようにしています。たとえ一度、それを断れても次の駅で別の老人や障害者、妊婦等が乗って来た場合はその方に声掛けて譲るように……かくゆう私自身が外見上は健常者ですが内臓疾患で障害者一級持ってるんですが、立てないわけではないので。ともかく席を譲るのはその人の善意次第でいいんじゃないでしょうか?知り合いの中には、『いちいち気を使うのが嫌だからそもそも席に座らない』というやり方をする人も居ますが(笑)
この老人の世代は、図々しいのが多いんですな。いわゆる「オバタリアン」の世代。20年ほど前ですが、7人掛けのシートに5人が座っており、私の隣に2人座れるくらいの隙間があったんです。そこにオバタリアンが3人「尻合いの仲ね。ホホホ」とかいいながら座り込んできたのです。当然、そのオバタリアンの隣にいた私の所がむちゃくちゃ窮屈になりました。この話を読んでその時のことを思い出し、私に、この若者の勇気があったらなあ、と思いました。
私はこのケースでは若者支持です。確かに老人はいたわるべきですが、いたわられる側はそれに見合った(謙虚な)態度を示すのが譲ってくれる人に対する礼儀だと思います。優先席でもないのに嫌味を言ってまで座ろうとする無礼者の老人に席を譲る筋合いはないです。席を譲るのは自発的な行為であって強制ではないですから、逆に若者に嫌味満点に言い返されても仕方がないですね。自業自得。
まあ先にケンカ売った老人が悪いわな。「席を譲っていただけませんか?」譲ってもらえたら「ありがとう」これだけですんだ話かもしれないのに。60年以上生きてきて何してんだか...
若者が、登山帰りの3人の年寄りに嫌味を言われる前に席を譲らなかったことは(1)よろしくない。(2)状況を考えると、別に問題ない。上の(1)、(2)のうち(1)だと思うなら、嫌味を言わせる原因が若者にあったことになり、若者がいけない。(2)だと思うなら、嫌味という形で人を不快にさせた老人がいけない。ということになるような気がします。ここを読んでると、老人の嫌味も若者の反論も共にそう、まともなものではないと、ほとんどの人が認めているような印象を受けます。そうなると、この問題はその言葉の中にではなく、若者が席を譲らなかったことについてどう考えるかということに帰着するように思えるのです。ちなみに、こんなことを言っておきながら実は私は若者の反論がそう的外れに思えないので、若者を支持しちゃいます。
若者支持で、若者の態度はよくないが、老人の嫌味はどうかと。あと、私は中央線使ってるんですけど、休日出勤(夜勤明け)で、高尾山帰りの人が電車の中で座ってるんですよ、私が今回の若者と同じ状態になったら文句は言わないと思うが絶対にどかないと思います。
どうでもいいんだけど、椅子?席?って「座るため」にあるんだよね?「老人が座るため」に設置されているわけじゃないんだよね?これ読んでたらわからなくなってきた。シルバーシートは別として。
お年寄りは、嫌みを言うぐらいなら、「すいませんが、連れに席をゆずってくれませんか?」と言えば若者も譲りやすいと思う。譲ってもらうんだからそれくらいの気は使ってほしい。
心情的には若者に賛成です。今までの社会の基盤を築き上げてきた老人は敬うべきだと思います。しかし、この老人達のような最低限の礼をわきまえない人を敬えというのも無理な話です。「疲れているので席を譲って頂けませんか?」等、若者に言えば少なくとも年金云々の発言はしなかったはずです。
「高年齢だから」自動的に優先させろとかいう人をひとまとめにしたコミュニケーションの取り方をすべきかどうかで意見が分かれるところみたいですね。年齢優先、男女優先、学歴優先、人種優先みたいなのは差別に繋がるからね。年齢差別、男女差別、学歴差別、人種差別。この老人は「人をひとまとめにした意見」を言っているし、グラサンの若者は「個人個人に事情があるって話」と「ひとまとめにした世代間の格差の話」という二つの視点からの話をしているということから、年金の話をすることで、ほら、こういうひとまとめにした意見はコミュニケーション上ではバカに見えるでしょ、個人個人には事情があるんだからっていう論法のイヤミだったのかなと受け取ったのだが。
嫌みったらしく言った部分は老人が変。山登りする元気があるのに電車では座らせろ?テ若者の意見には賛成。ダケド年金とか持ち出してくるのは小さい人間だゎ。
このブログ、今日初めて読んだのですが、本当にいろいろな要素が絡んでいて一言では言い表せない気分です。一般論では席を譲るのが当たり前なことです。ただ、この若者の主張が間違っているのか?いや、年金の話とか真剣に考えたとき、この若者が話していること全てを否定できない自分がいます。今の日本社会の歪みが凝縮されていて、本当に考えさせられます。
>3人の高齢者は凍りついたように黙りこくり、次の駅で降り>ていった。ほかの車両に乗り換えたのかもしれない。この時点でどちらの言い分が正しいかは決まったんじゃないかな?老人に対して、若者はきちんと自分の意見を述べた。それに対して反論があるのなら老人は反論すればいい。何も言えなかったということは、その老人自体が自分の非を認めて、相手の意見を全面的に受け入れたということだろう。「老人がシャイで自分の意見を述べる勇気がなかったんじゃないか」または「人との言い争いを好まず、あえて自分の意見を言わなかったんじゃないか」って?そんな人間が、目の前で大声で嫌味を言うかい?第一、嫌味は言えるけど、面と向かって自分の意見をいうことはできないって人としてどうよ?>「年寄りに席を譲らないこと」を必死で正当化してい> る若者にも馬鹿じゃないの?と思う。こんな意見の奴もいるようだけど、席を譲らなかったんじゃなく、非常識な老人をきちんと諭して、反省の機会を与えてあげたとは考えられないんだろうかもしここで若者が黙って席を譲ったりしたらこの老人は益々増長して、他でも他人に迷惑をかけまくるよ。PS.私は老人でも若者でもない中年です
老人が先制攻撃してきたから若者が反撃したんだろ。ジジイが悪い。どっちも悪いとか言ってるやつは、自分はバランス感覚があると思ってるうぬぼれやだな。
「老人だから」席を譲られて当然だとかは個々の考えがありましょうが、この老人には「相手に席を譲ってもらう」ではなく「無条件に席を譲らせることができる」という驕りに近いものがあるのが原因。嫌みに対する口げんかだと思えば、反論が正しいかどうかはさておき、主張が的はずれな方向に行ってもやむを得ないと思います。
別のサイトから来たのですが、なるほど考えさせられますね。まず思ったことは、老人は真っ向から「譲ってください」と言えば良かったんじゃないでしょうか。遠回しに言うからこそ反感を招いたのだと思います。それと若者に対してですが、何もシルバーシートは「優先」であってそこにしか座れないわけではありません。「優先席」と言う物に対しても考えさせられる記事です。
年齢は関係ない。単純に、初対面の人に嫌味をたれる非常識さに正直言って驚きます。人に物を頼むのなら、それなりの態度ってものがあるでしょうに。
青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。答えは簡単でした。席ぐらい譲りましょう。お年寄りは「身体が少なくとも弱い体質です」から。年金などは、身体の問題の二の次にしましょう。例えば、海で溺れている少女がいたとします。あなたは「なんで溺れたんだ!」って自己責任を問うのでしょうか。それよりも、まず救急隊などを呼び、助けますよね。つまり、救助を第一に。その他の問題は二の次。という結論です。人間としてどうでしょうか。申し訳ありませんが、最後、わたしたちは、このHPの作成者の心の狭さにまで、討論し合いました。
今の若者はめちゃくちゃ働かされてますよ。そんな状況だから、山で遊んできたじいさんに座らせる必要は無い。いまどきの年寄りは優雅に遊んでいるように映る。私はこのあいだ老人に目覚し時計の使い方を教える機会があった。何度も礼を言って頭を下げていった。人間として見習いたいと思った。
モジョジョジョさんへ忠告>先達を敬う、先祖を供養する、というのは>永遠普遍の道徳心で、これは儒教に限らず>何処の国も共通に持ってる美徳です。>時代が違う、そんな時代じゃない、>こんな日本にしたシルバー世代は尊敬できない、>非常に感情的な残念な意見ばかり。「永遠普遍の道徳心」などと無意味なことを言わず、なぜ「先達を敬う」のが美徳と思うのかなぜ「先祖を供養する」のが美徳と思うのかきちんと自分の頭で考えて、理屈として自分で理解するべきだと思うよ。でないと将来、悪徳宗教に騙されるよ。教祖様のいうことは無条件に正しいってね。私の考えは無条件に「先達を敬う」「先祖を供養する」というのは美徳でもなんでもなく、単なる思考の停止。なぜかを考えれば、例外も発生するし進歩もある。
「お年寄りを敬いましょう」が「お年寄りは敬わなければならないし、お年寄りを敬うのは当然」という様に変換され世に広まった。その様な世の中で生きてきた年寄りの一部は「年寄りは敬われて当然!」と勘違いし「席を譲られて当然なのにこの若者は!」という間違った観念を得るに至った・・・かも。
件の年配の男性は、同乗者の女性がいたこともあって気が大きくなってしまっていたのかもしれませんね。女性の前で下手に出て若者にお願いすること。これは、上の世代になるほど案外難しいことなのかもしれません。世代間のギャップが影響を及ぼしている可能性もあります。少し前の話になりますが、わたしは祖父から一通の手紙をもらいました。そこにはお前が何を考えているか今はさっぱりわからないといった内容が書いてありました。久しぶりに実家に帰省してすぐのことでした。そのときのわたしは暗めの茶髪に化粧をしていたように記憶しています。祖父は直接わたしに言えなかったので手紙をよこしたようです。血のつながった親戚ですら外見を重視するのですから見知らぬ人であればなおさら、とも考えられます。とても悲しいことではありますけれど。上の方でも書かれていたことと思いますが「年齢・容姿に関係なく相手を一人の人間として尊重すること」これができていれば今回のようなことは起こらなかったのでしょうね。しかし、残念ながらそれは大変難しいことですよね。でも年配の方には、人生の先輩としてもっとしかるべき対応を取ってほしかったです。嫌味といった形でしか言わなかったのは言わなかったのではなく言えなかったとも考えられます。はっきり言うことは実はとても勇気のいることですし年配の男性には「退いてくれ」とはっきり言うことも下手に出ることもできなかったという考え方もできます。あくまで想像の域を出ませんが。でもたとえどんな理由があったにせよあえて相手を不快にする発言をしかも公衆の面前で行った人間に賛成はしかねますね。長々と失礼いたしました。
年寄りに席を譲るのは結構だが、年寄りは「黙れ」ってルールが欲しいね。こっちが徹夜徹夜で言葉も出ないほど仕事で疲れきっているのに、ベチャクチャベチャクチャくだらない事を大声でわめきたてる年寄りに迷惑する日々。他人に迷惑をかけるのに年齢の差は関係ないですからね。年齢だけで「敬わなければならない」とか「お年寄り」というのは、年功序列、終身雇用が崩壊した現代社会ではナンセンス。年齢が上だから、というだけで特権階級を手に入れようというほうが甘い。むしろ、高年齢化が進むおかげで年金問題、医療費問題など、社会全体に迷惑をかけてる事を認識して謙虚になるべき。
私は電車で老人に席を譲るかどうかは自分の状態で決めています。相手の老人は明らかに遊び(山登りなど)に見えても関係ありません。自分の体調やその日電車に乗った(乗っている)理由で判断しています。相手の状態や体調までわかりませんから。例)自分が遊びに行く理由の場合は無条件で譲ります。(仕事柄、平日休みも多い)自分が夜勤明けでひどい偏頭痛があり、吐きそうなほど体調が悪い場合、相手がどんなにつらそうでも、今の自分よりはマシと判断すれば、何があっても譲りません
老人の方が悪いと感じますね。老人を敬うのは若者より長く生きて結果として若者より人間ができてるからでしょう。心の狭い若者と同じような行動をした時点でその老人は敬うべき老人じゃない。無駄に年取って衰えただけの子供ですよ。
薄れつつあるとはいえ、未だ年長者を敬うという慣習のあるこの社会に属している以上、若者は高齢者に席を譲るべきでしょう。また、元気そうに見える高齢者といえども、加齢による身体の退行的変化は必ずありますから、自分の体の調子が悪くなければ、若者は極力高齢者に席を譲るべきでしょう。
俺がこの若者の立場だとしたら、先ず譲らない。ていうより、若者てだけで偏見の目で見るような偏屈爺さんを敬う理由が無いしね・・・
そもそも若者が席を譲らないのが悪い!って言う人がいるけど、マナーとかモラルとかは人に押し付けるものじゃないってことがわかっているのだろうか。「近頃の若者はダメだ!」と、よく耳にするが、今の私たちの年代だっておじいちゃんおばあちゃんっ子が多いし、老人軽んじて見てはいない。髪を染めるのも、ピアスもファッションの一部で、年寄り世代でいうモボモガの条件みたいなものだろう。とはいっても、同年代でもどうしようもないなと思う馬鹿な20前後が多いのは認める。ほんと若者の恥だね。
>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。わーすごーい高学歴の人が30分も話し合ったんだからこれが正解だね
>>名無しの方若者と言えど、土日出勤やら労働法無視の先人達の悪い慣習のせいで、元気そうに見えても、精神、体力共に不健康な場合は普通にある訳ですが?正しくは高齢者じゃなく、体力的に余裕が無い人に座席を譲るべきでしょ?例え、身体障害者でも元気なら譲る必要は無いし。
心が狭いといわれるかもしれませんが、あえて気になったので突っ込ませていただきます。ゼミで話をしたという学生のかたへ。基本は確かに席を譲ろう、で良いかもしれません。しかし、例はすでに内容をはきちがえたものになっていませんか?『たら、れば』の話になりますが、もし、この電車で、お年寄りがイヤミではなく、真正面から素直に譲って欲しいといっていれば、この若者は素直に譲ったかもしれない(舌打ちはしたかもしれないし悪態はついたかもしれないけど)。しかし、老人達は(原文から察するに)表立っては言わず、大きな声で聞こえるように嫌味を言った。それによってその若者のみならず、周囲まで不快にさせた老人達に落ち度は無いのか。年金云々は若者の落ち度としてもです。私はお年寄り全般に席を譲る必要は無いとは言いません。むしろ、基本的には譲るべきだと思います。ですが、この老人達は物事の順番が間違っており、それに対して疲れていた若者が精神的に追いこまれてキレた、という事なのでしょう。席を譲るのはモラル・気持ちの問題が第1だと思います。もちろん譲られる側も、自分はよくても次にその人が出会う人が大丈夫とは限らないのだから、不要と思っても快諾(座ったら立つのが大変だという人もいるのでその場合は別ですが)をしてもらいたいです。幼子にそういう道徳を教える為にも。『譲って当然』『譲られて当然』ではなく、やはり物事に対して、他人に対して、謙虚な姿勢を忘れない事(若者もお年寄りも)が大切なのではないでしょうか?尚、私自身も膝が悪く、電車では踏ん張れない為、何処かに寄りかかるか座るかしないと立っていられません。つり革では安定できません。ですが、比較的調子の良い時は混雑時手すりに掴まっている事さえできれば年配の方に席を譲ることもあります。強要されたとしても。しかし調子が悪く杖をついている時に走って電車に賭けこんできた年配の方に、若いんだから、という理由だけで席を譲るよう強要された経験があります。その場を助けてくれたのは隣に座っていた別の年配の方でした。年配の方でもいろいろいらっしゃるのです。話が脱線しました。学生の方には是非とも机上の議論だけではなく、さまざまな弱者の立場に立った討論をして欲しいものです。頭でっかちになってしまっては本当の意味での生きた素材も無意味になりますから。(HP作成者の心の広さ狭さなどを議論する前にそこから発展したケーススタディを提案できなかったものかという、大いなる疑問が指導者に対しても生徒に対してもありますが。)
要は売り言葉に買い言葉だよね。品性のない売り言葉にはやはりあえていわずもがななことをいっちゃうんだよね。そうそうひとる間抜けなコメントを発見。「「あんたたちの年金を作ってやっている」発言について。老人は年金を積み立てたからもらう。これは当然の権利」いまどき国民年金は自分が「積み立てた」お金を受け取れる制度だなんておもってるやつがいるんだなーと。まあ一人で勝手に老後の「幸せな年金生活」を夢見ていてくださいよ。やれやれ(嘆息)
>>要は売り言葉に買い言葉だよね。同意します。人に悪意を向ければ、悪意で返される事も当然覚悟するべき。その年でそれがわかってない訳があるまいよ。
敬われるのが当たり前と考えるバカが含まれている世代と、赤の他人には関わらないのが当たり前な世代との話なような気がするあと、年寄りは社会を建て直し、日本の経済的繁栄の礎を築いたから偉いとか言ってる人がいるが、その人たちが今の日本の悪しき部分を作り上げたわけでもあって偉くも何ともないだろうと思う
それとこれはいつも感じる事なんだけどさ、混んでる場所で他人の迷惑を考えないような歩行の仕方するのは圧倒的に中高年の連中だね。特に老人は道を譲らないと、あぶなかっしいので取り扱いに困るんだけど、そこの所自覚してやってる老人居ない?
>「老人は年金を積み立てたからもらう。>これは当然の権利」今貰っている世代がどれだけ得し今払っている世代がどれだけ損する仕組みになってるか知ってますか?それを作り上げたのもそのままになってるのも原因は老人の世代にあるわけですが?
私は毎日電車通勤です。大学の時は片道3時間半。はっきり言って座席を確保できなかったらかなりしんどいです。でも、座れない時だってあります。よっぽど疲れてる時とかは、次の電車を待って絶対座れるようにしたりとかもあります。(私の場合は終点からなので並んで次の電車を待てば座れるのです)そんな私でも、「譲ってもらえませんか?」と言われたら席を譲ることぐらいできます。でも、「最近の若者は〜」みたいな感じで言われたら。。絶対譲らないでしょう。ハイキングできるなら、立つこともできるんじゃないですか?と、私も言いたくなるでしょう。疲れてるのはみんな同じです。どうしても座りたいのなら、各停で帰るとかできるじゃないですか。
青学レベルは低学歴だよ教授の出身校書くあたりでコンプレックス感じまくりじゃない青学って公言することは恥ずかしいこともわからん馬鹿な小僧だな
若者の「年金」発言について少し筋違いという意見もありますが、若者の心情を率直に表しているだけで、「その場」でのコミュニケーションとしてはおかしくないと思います(売り言葉に買い言葉気味ですが)。そういう感情・理由があるから「譲る必要はない」といってるわけです。誤解ないように願いますが、「理由」があっても「行動」に責任を取らなくていいわけではないです。議論するなら、老人・若者のそれぞれの「理由」「行動」をきちんと評価、理解をすべきではないでしょうか。どんなに時間を使って検討してもそこが欠ければ、主観的意見ばかりで議論にならないと思います。まあ議論の余地なく「こうあらねばならない」という意見あれば別ですが
席を譲るかどうかなんてのは善意の問題なんだから外野がぎゃあぎゃあ言う問題じゃない。みんながみんな心が広い訳でもないのだから譲らない人がいようとそれを責める権利なんか誰にもない。
ところで起きて仕事に向かう途中運良く座れてぼーっとしてたら突然嫌味が聞こえてきたと言うことだとしたら、若者の非はぼーっとしてたことだけになるのかな?私は普段電車でいすに座ったら本とか読むから目の前に老人がいてもしばらく気づかないこともあるんだけど、それでいきなり嫌味を言われたら立つ気なんかなくなってこの若者みたいになるかもしれない。まぁ口下手だから無視するだけだろうけど。
席を譲るかどうかなんてのは善意の問題なんだから外野がぎゃあぎゃあ言う問題じゃない。確かにその通りだね。世の中全てに対して、まぁ今回は誰かに席を譲ればありがとうって言ってくれるだろうし。いろんなシュチュエーションで、その「ありがとう」って言ってもらえるようにすればいいんじゃないかなぁ?みなさんがおっしゃてるのはぜーんぶ正論に見えますし、人それぞれな訳で。。人からありがとうって言われたいって思えるだけでも心は幸せな気がしますね。笑ってる方が気分いいし。
>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。答えは簡単でした。うーん、ちょっと違うような気がします。なぜ、このケースについてこれだけの議論が発展しているかというと、単にモラルやマナー、常識がどうこうといった話ではなくて、「老人に席を譲るというのはもっともなことだと思うけど、若者の立場にも共感できる点があるぞ。そもそも、若者は何がなんでも老人を優遇しなくてはいけないものなんだろうか?」と感じる人がたくさんいるからだと思います。学問の場で議論されるのであれば、単にこのケースについての表面的な是非の議論にとどまらず、その背後にある「このケースが示している本質的な論点とは何か」、「このようなケースが生じるにいたった背景は何か」についての議論があってしかるべきだと思います。そういうのが、大学で求められる、アカデミックな思考法というやつではないでしょうか?
老人は「譲ってください、お願いします」と低姿勢にお願いするのが嫌だった風にしか見えない。自分の方が偉いんだから、こんな若造に頭を下げるなんてもっての外だと思ってる様に見えるよ。そのくせ逆切れされるのが怖くて直接はいえない。
大学のゼミで討論したという方へ例えが悪いんじゃないかな?理論だけは正しいかもしれないけど少女の生命=助けなければならない。電車の座席=ゆずらなければならないって両方を=でむすぶことはできないでしょ。生命の問題とモラルの問題を現実社会で一緒にしちゃったらダメだと思うよ。それに譲るべきっていう討論結果がでたみたいだけど老人が人と人とのコミュニケーションをする上で嫌味をいう事には触れてる?触れてるのならせっかく大学のゼミで討論するんだから席をゆずるにあたっての不快感の実験とかやらなかったの?例えば学食が人で一杯の時に、ゼミに所属している席に座って食事している生徒に対して、目上(教授や年上)の人達に「あーここの席はやくどいてくれないかなー」と延々言い続けた時、座っていた側の人間がどのように不快を感じるかっていう実験とかね。HP作成者の心についての討論なんて全く必要ないと思うよ^^;
若者に「体調が悪いので席を譲って貰えませんか」と丁寧に言われたら、あなたはどうしますか?若者に「俺疲れちゃって座りたいんだけどさぁ〜 だれか『やさしいヒト』は席を譲ってくれませんかねぇ〜」と自分に対してイヤミを言われたら、あなたはどうしますか?高齢者に「体調が悪いので席を譲って貰えませんか」と丁寧に言われたら、あなたはどうしますか?高齢者に「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい」とイヤミを言われたら、あなたはどうしますか?私は、丁寧な方には礼を持って対応します。無礼な方にはそれ相応の対応をします。分別のつく年齢でありながら『頭の中がガキ』である人間を私は軽蔑します。敬うことなんてさらさら無理です。
2005年04月28日 02:20の者です逆に大学で大学で討論したっていうだけでどのような内容の返信が何通帰ってくるか、など計測、実験してそうで怖い(笑)最近の大学生って頭いいやつも多いからな〜。でも、こういったものから集計をとったり研究をするのも面白いんじゃないかな?外国人の視点とかも集めたりすると面白いかもね。こういった問題には学生は是非、ゼミでHPを開設したりして研究してもらいたいかも。意外にこの内容で本を出したら結構売れるかもね。今回、討論したというゼミの大学生人には、まぁ専攻にもよるけど、こういった話題が出るってことは心理学とかかな?こういった問題にどんどんとりくめるように頑張ってくださいね。
どっちが苦労したかとか疲れているかとかは量れない。電車の席は座るためにあるもので、最大限に使うには早い者勝ちが一番。老人も金が有るんなら金でどいて貰えばいいんじゃね?
ケンカを売った老人に、ケンカを買った若者。座席を譲るべきとかそういう話とはちと違うよなあ。理性的にケンカに応じた若者の勝ちじゃないの?
>>青山大の3年の方>人間としてどうでしょうか。申し訳ありませんが、最後、>わたしたちは、このHPの作成者の心の狭さにまで、討論し合いました。実際に「席をゆずらなかった若者」について討論していたのに、最後「このHPの作成者の心の狭さにまで、討論し合」っただけならまだしもそれをわざわざこのHPで公言することに驚きましたあまり言いたくないですが、人間としてはまともではない印象を受けます”心の狭さを討論”って具体的にどんな討論だったんでしょうか。もしも、まったく心が狭いねこの管理人は、そうだねそうだね、まったくだ、では結論は心が狭いってことで、ちゃんちゃん♪というようなものなら尚更です。
ジジイが性悪なのは分かるが、ドキュソ擁護してる奴って結局は権利だの何だのって、四の五の抜かして優先席以外じゃ席を譲ったりしないんだろうな。戦後日本のサヨ思想にどっぷり浸かったアカの詭弁だな。それと、学歴コンプレックスの多いことwどこの大学だとしても叩きの対象になるんだよね。もし東大と言ったとしても「東大生ってこんなレベル低いんだ」とかいくらでも言えるしw
>やぶき 2005年04月28日 00:17>例えば、海で溺れている少女がいたとします。例えが極端過ぎです。本件のケースとは次元もシチュエーションも違いすぎます。>という結論です。人間としてどうでしょうか。ご立派ですね。>申し訳ありませんが、最後、わたしたちは、このHPの作成者の心の狭さにまで、討論し合いました。見ず知らずの方のほんの少しの文章から、その方の全てを推し量ることができ、その方への人格批判までなさるとは、青学生の方は素晴らしい人格者揃いですね。>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。答えは簡単でした。13人+教授の議論の集大成がこれか。人として〜と言いつつ人格批判を行う矛盾、これいかに。話を膨らませ過ぎだしwww低脳青学諸君おめでとうwwwwwこの膨大な意見の書き込みの中で1・2を争うお馬鹿意見wwテラワロスwwwwww・・・釣られたか?w
これはお互いに言える事かもしれないけれども、「若者が悪い」、と激しく批判してる人に限って”当然”、”常識”、”絶対”、”どう考えても”と言った自分の主観の押し付けをしている感じがします。まぁ全部、と言うわけでは有りませんが・・・。話は少しずれますが、日本は絶対悪なのは当然で世界の常識でどう考えても批判されるべきだと言う考えで固まってしまっている何処かの国を思い出させます。まぁその考え方事態を持つのは個人の勝手ですが、反対意見を完全に拒否して一つの考え方に固執するのは建設的では無いと思います。今回の事件では、お互いに良い所と悪い所が有ったと私は思います。若者が老人の悪い態度を批判したのは良い事ですが、自分達の態度も悪かったのは良くなかったと思います。老人は女の友人を席に座らせてあげようと思ったのは良い事ですが、ああ言った不遜な態度をとったのは批判されても仕方が無いのではないでしょうか。もし私がその若者だったとしたら、自分の調子がよっぽど悪い時で無い限りはおそらくは譲って居たと思います。あ、もちろんその老人では無く老女の方々にですけど(笑)それにしてもこの様な事件にこんなに沢山の人が興味を持っているのが嬉しいですね〜。いろんな人の意見が見れて為になります。最後に。若者支持の皆さん。お互いの思いやりは大切だと思います。あと老人全員がああ言った自分勝手な訳ではありませんよ。絶望しないで下さいね^^老人支持の皆さん。たとえ過去にどんな事があっても、今して良い事と悪い事は別問題だと思います。それに老人達は彼らなりに頑張って生きています。弱者とすぐに判断するのは彼らに対して失礼では無いでしょうか?長文失礼しました。
>青山大の3年です。文学部です。(略)文学部の割には、随分と現国弱そうだな(笑私も脳内で、パチンコ大学卒の教授と12人の妹達と話し合った結果、答えは簡単でした。五十歩百歩公共の場で大声で嫌味を宣ってしまった御老体にも非はあるし、老人相手に被害妄想満載の俺イズムをぶちまけて追い払ってしまった若者もそれは同じであろうとどっちが50歩で、どっちが100歩か、決めたい人だけ満足するまで論議すれば良い。
>>コリモクさん>>どこの大学だとしても叩きの対象になるんだよね。ゼミって言ってるくらいだから大学3回生なんだろうけど(最近は1回でもやってるとこあるけど)この出来事を客観的にしかみてない。当事者の視点にならなければ、わからないことのほうがたくさんある。この大学生がどのように討論したのかはしらんけど、短期間でもいいから↑にあるように実験なりしないとね。客観的にただ議論しただけの内容で説得力のある意見が語れるか。って言えばそうじゃないでしょ。それにたかだか90分で解決できるレベルの話ではないし、HP作成者の心とか本当に関係ないことに対して議論している。内容があまりにお粗末。実社会がこんな議論の内容なんて、面白くもないし役に立たないよ。あと真剣に話をきいてもらいたいのならwっていうのは使わないほうがいいと思いますよ^^
なんか卵と鶏の話みたいな印象を受けた。道徳、思いやりが先か侮蔑、嘲りが先なのか。そりゃ、嫌味言われたりすればアアン?な感じにもなると思う。人間だもの。逆もまた然り。人間だもの。
俺は道徳なんてくそくらえ派だな。老人邪魔社会にいらねー。先人の貢献?なにそれ?しったことか。譲るとか譲らないとかうぜー。座席は早い者勝ちなんだよ。ちんたらしてんじゃねー
私は”この老人”には譲りませんね。傲慢は罪です。何か事情があっても、「そちらの勝手」と言うのが世の中。何かして欲しい場合は、まず自分が気持ちよくして貰える様に動く、当然の話ですよね。何もしないで結果だけ欲しがるのは、甘えであり怠慢であると思いますが、如何でしょう。>学生の方に関して自分の場合だけかも知れませんが、学生・教授って高学歴な程、世間知らずの人が多い印象を覚えていますが、どうでしょう。同じ価値観・同じ環境の人が、自分と違う価値観・環境の人を論じて、実のある結論が得られるとお考えでしたら、それで結構ですが・・・働いてからもう一度考えてみたらいかがでしょう。私も老人になってから考えてみる余裕を持ちたいですね。
この話と直接は関係はないのですが電車関係で・・・ 僕は通学で長時間電車を使いますが、ホームで電車待ちで長蛇の列が出来ている中、電車が来たのを見計らって前の方、中には先頭に割り込む人をよく見かけます。その人達は僕が見てきた限りでは大抵というかほとんど中高年、高齢者です。その非常識な割り込みでその人達はなんとか席に座れたという事もよく見かけます。そしてその為に僕も含めてちゃんと並んでいた人達が座れなかったという事も。 皆さんの意見を読ませて頂いたところ、高齢者は敬って当然という感じの人が多数おられましたが、僕には到底高齢者を無差別に敬い席を譲ろうという気が起こりません。もちろん高齢者が全く敬えないという訳ではなく素晴らしい人は本当に素晴らしいと思います。それはともかく、高齢者は敬って当然、という人達はこういう理不尽な事をされてもその人達を敬え、そして席に座れなくてもその高齢者が社会的弱者だから仕方ないと思うのでしょうか?言葉が悪いですが、僕にはそういう割り込みをする人達はルール・マナーがさっぱり理解出来ていない頭がいかれた人にしか思えません。。。 と偉そうな事を書きながら僕自身多分一度も席を譲った事がありません。。。上記の事は不満ですがそれでもここで読ませて頂いた事を糧にしてこれからは出来るだけ譲るようにはしていきたいです。 駄文、しかも論点ずれ、すみませんでした(__)
「化粧」注意され電車に接触させる 22歳女逮捕 駅のホームでマナーを注意され、相手を電車に接触させて重傷を負わせたとして、警視庁渋谷署は二十七日、傷害の疑いで、東京都目黒区大橋、飲食店女性従業員、小田嶋晃生(あきみ)容疑者(22)を逮捕した。 調べでは、小田嶋容疑者は、同日午前十一時三十五分ごろ、渋谷区広尾の東京メトロ広尾駅のホーム上のベンチで、川崎市内の無職女性(65)から「こんなところで化粧をするんじゃないわよ」などと注意されたことに腹を立て、背後から女性の肩を強く揺さぶってふらつかせ、入線してきた電車の先頭車両に接触させて、胸や腕の骨を折るなどの重傷を負わせた疑い。 小田嶋容疑者は「化粧用のスポンジで汗をふいていただけで、本当は化粧をしていないと女性に言おうとした」と供述しているという。 (産経新聞) - 4月28日2時49分更新
> 青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。答えは簡単でした。答え、なんて存在しないし、90分程度で結論が出るなら、こんなにたくさんの方が興味を持ち、意見を書き込むことはありません。こんな簡単なこともわからないんですか? かわいそうに。> >学生の方に関して> 自分の場合だけかも知れませんが、学生・教授> って高学歴な程、世間知らずの人が多い印象を> 覚えていますが、どうでしょう。小学校〜中学校〜高校〜大学〜教員、というように、学校しか経験したことがない方は、大雑把なくくりで申し訳ありませんが、世間知らずで一般常識に欠けるケースが多いですね。いつも思っていることですが、教育者への教育がずさんすぎ、一般社会人としては合格点を与えることのできない教育者に教育される子供が成長し、悪循環へと陥っているのではないでしょうか。どの過程であれ教壇に立つのであれば、最低三年間は一般の会社なり役所なりで教育と無関係の就労を行わせ、世間一般に通用する常識を身につけさせることなどを義務化して欲しいものです。一見まともそうに見える学生さんよりも、一見チャランポランに見える歌舞伎町の夜の住人たちの方が、常識をわきまえていますし、しっかりと自分の将来や社会のことを考えていたりしますね。これはたまたま私の知り合った方だけの例外かもしれませんけれど。仕事をしていくうえでは、プライドだけしかない無能な一流大学出の新卒よりも、柔軟性のある中途採用の方が臨機応変な対応ができたりするので好きですね。申し遅れましたが私は高卒ですので、大学で行われていることについては詳しく存じておりません。普通に生活できておりますので、老後の楽しみとして通うことはあるかもしれませんが。本題から著しく外れてしまいまして申し訳ございません。団塊プラスアルファの世代、ちょっとタチが悪い方が多いですね。マナーとは人間関係の潤滑油ですから、年長者が率先して意識せねばなりません。席をゆずられたら「どうもありがとう」とニッコリ。聞こえるようにイヤミを言うのは非常識極まりないですし、老人を労わるのは当然と『私個人は』思っておりますが、そもそも60歳台は老人とは言えません。もちろん個人差はありますが、譲る必要を感じるような外見ではなかったのでしょうね。
はじめまして。私は今妊娠しているのですが、以前電車で優先座席に座っていた時、いかにもこれからハイキングを楽しんできますというようなお年寄りの団体が乗ってきました。そしてその人達は私の目の前に来て「老人に席を譲れ!」というような事を言ってきて、仕方なく席を譲りました。その後、高校生の男の子が私に席を譲ってくれて大変助かりました。正直最近のお年寄りは図々しいです。そりゃあ私も妊娠する前は年寄りがいれば自ら席を譲りましたよ。でもこんなお年寄りばかりだと「年寄りを大切に」なんて糞食らえだと思いました。私は若者を支持します。最近のお年寄りはあまりにも態度が悪いと思いました。
すべて理詰めで片を付けるという風潮には怖さを感じます。理屈は万能ではないので。議論の方向によっては盲信と同じくらい危険な状況に陥る危険があります。同時に、老人に席を譲って「当然」という意見にも怖さを感じます。何が当然かは個々の人が考えることで、やはり何か納得できる理由がないと席を譲る必要なありません。席を譲ることは親切であり、積極的なものです。決して自然な行為ではありません。
ニューヨーク在住ですが、この手の話で議論が起きたことを聞いたことがありません。NYの地下鉄では譲る方、譲られる側、もっと、スマートです。まったくコトが当たり前のように進行して、正直言って、このお話で議論が起きる事自体、日本自体が抱え込んでいる問題の根の深さを見せつけられた思いです。
若者を支持します。ご老人は頼めば譲ってもらえるかもしれないのに全く他人の若者を批判する様な事を言うのは失礼にもほどがある。全く自分たちの事しか考えず周りの事を考えてないように思えます。図々しいです。と言ってもやはり良いご老人もいますので全員を批難するわけではありません。やはり、辛そうな方には何も言わずに立ってあげる事はした方が良いと思います。今の世界と較べて平和な日本を作ったのはご老人とかなのですが、今の子供大人を作り上げたのもあなた達なんだと自覚して欲しい。年金も若者は長期に渡り払って、将来はもらえないとか年金制度が崩壊とか心配することを掻き立てられて払わない人は批判されて。それでもらっている・もうすぐもらえる人は若者に子供を作れとか言って、過激な事を言うと馬鹿じゃないですかと言いたいのが本心です。そんな国の老人にお金を与える方がどうかしていると思うくらいです。若者は言い方ってもんがあるだろ。と言いたいですが同意する考えなので流そうと思います。
>という結論です。人間としてどうでしょうか。>申し訳ありませんが、最後、わたしたちは、>このHPの作成者の心の狭さにまで、討論し合いました。こういう発言をする人は、自分は心が広いと思ってるんだろうか?ちなみに、私の心の大きさは可変です。もしかしたら、もっとも心の狭い人間かもしれないですが…(笑)
私は基本的には老人や体が悪そうな人には席を譲る。 でも若い私だって具合の悪い時やしんどい時もある。 このお年寄りも座りたいなら「座りたいから座らせて」って言えばいいし言っていいと思う。そんなグチグチと言う位なら。 海外では例え身障者でも「HELP」と言わなければ手伝ってもらえないみたいだし…。
直接、今回の件とは結びつきませんが、私は年齢は関係ないと思います。体調の悪い若い人。すこぶる健康な老人。それでも老人に席を譲らなければならない?年をとっていたら優先的に座れるのではなく、年をとってくると、体力的に弱い人が増えてくる、だから老人には・・・といわれるのです。私は、老人でも元気そうな人には席を譲ろうとは思いません。あくまでも対等と考えます。しかし、付き添いがいないと足下がおぼつかないような人がいると、何も言わずに席を空けます。優先座席の所には、老人、けが人、妊婦等の方の優先座席とかかれていると思います。私の中では、老人とは、”年をとっているだけで、元気な人”は当てはまりません。
すべての席において、「立っているのが大変な人」に優先権があるというのが、私の考えです。ただ、「立っているのが困難な人か否か」の判断はなかなか難しいですよね。外見からわかりにくい人は、自分で「体調が悪いので、すみませんが座らせてもらえませんか」などと発言していただくしかないのかもしれません。ちなみに、「シルバーシート」は、優先席じゃなくて、「立っているのが大変な人」専用席であるべきだと思います。揺れる車内でふらふらしつつ、人が立つのを待つのは大変ですから。障害者や高齢者が来たら立つから、それまでは座ってていい、というのは違うと思う。実際、シルバーシート着席者には、「立っているのが大変そうな人」ではなくて、若くて元気そうな人の率が高い。骨折して松葉杖生活だったとき(自ら発言する必要もないほどわかりやすく「立っているのが大変そう」な姿ですよね)、シルバーシートに座る一番元気っぽい人の前で立つ、というのを励行していましたが、席を譲ってくれる確率は50%ぐらいでした。元気そうに見えて実は障害などをお持ちの方々だったら、ごめんなさいですが。
若者支持の都内在住の22歳、男です。電車でお年寄りには席を譲るように心がけていますが、この若者には拍手を送りたい思いです。私からの提案ですが、この記事を全国紙の投書欄に投稿してみてはいかがですか。年長者が鬼の首を取ったかのように若者を批判している記事も多いことですし、掲載される可能性も大きいと思いますよ。
いっそのこと「シルバーシート」なんぞ全廃して、全座席を「優先座席」にして、一部に「疲れた若造席」を作ればいいんだ。
いっそ「シルバーシート」なんか全廃し、全ての座席を「優先座席」にして、一部に「疲れた若者席」を作ればいい。
>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。答えは簡単でした。わざわざ学歴を書く必要性が見当たらないですね。「私達は高学歴だから他の人より正しい意見が出せましたよ」ってか?>席ぐらい譲りましょう。お年寄りは「身体が少なくとも弱い体質です」から。年金などは、身体の問題の二の次にしましょう。例えば、海で溺れている少女がいたとします。あなたは「なんで溺れたんだ!」って自己責任を問うのでしょうか。それよりも、まず救急隊などを呼び、助けますよね。つまり、救助を第一に。その他の問題は二の次。海で溺れている少女は他人に嫌味を言ってる余裕はありませんよ。この少女と電車の中の老人は全く持って結びつきません。>最後、わたしたちは、このHPの作成者の心の狭さにまで、討論し合いました。随分とまあ、人間のできた方々のようで。最後、わたしたちは、文章の冒頭でわざわざ学歴について触れるこの書き込み人の人間の小ささまで、討論しあいました。
>寝たふり、って2chでのルール、「煽る奴はスルーの方向で」ってのと同意か?確かにその通りだな。嫌味を言う奴に、まともに応じてたら低脳だと世間から言われるな。でも、それじゃその老人はまた同じことを繰り返すだろよ。老人の彼も、このブログ読んでる人も、考え直す機会を得たわけよ。
この状況においては、若者の前半の部分に賛成です。いや、賛成というより、そういいたくなる気持ちがわかるということです。年金の部分については・・・こじつけだと思いますが・・。ただ、老人男性の方がもしそういう遠まわしな文句を言わなかったら、きっとこの若者もこういう発言はしなかったでしょう。きっと、誰もが見ても、見た目だけでは席を譲るような老人ではなかったのだと思います。「老人をいたわりましょう」という基本的な考え方は賛成です。若者よりも体力が落ちている場合が多いからです。でも、老人だからなんでもかんでも席を譲るべきというのは違うと思います。若者も老人もそれぞれにそれぞれの理由があるからです。もしかしたら席に座っている若者も、この老人以上に座るべき理由があるかもしれないし、それは誰にも分かりません。人間には口があり、言葉が話せます。そして、老人は若者よりも歳をとっているぶん、コミュニケーション能力には長けていると思うのです。であれば、正々堂々と「もしよろしければ、こちらの女性達に席を譲っていただけませんか?」と頼めばすんだことだと思います。そうすれば、座っていた方たちも「どうぞどうぞ」と席をゆずれるのではないでしょうか。もしそれでも席に座っていたいのであれば、それなりの理由を言えばいいだけのことです。「すみません、妊娠しているもので・・・」とか、「すみません、ひざをけがしているもので・・・」など。それをこの老人がウジウジいうから、周りが不快感を感じたのでしょう。それがきっかけだと思います。人間は言葉が話せます。その使い方次第で、人に与える印象は全然異なります。一番いいのは、当事者同士が、素直に、率直に謙虚に話をすること。まずはそういう基本ができるかどうかではないですか?それは年代には関係なく、それが人としてお互いを理解する一番の近道だと思います。そう考えると、どっちもどっちの喧嘩両成敗のような気がします。
青学?低学歴wつか文学部ってなによ。就職全滅じゃね?私大、文学部いらねー。文学部は旧帝と早慶ぐらいで十分。むしろそれでも多い。
列車の中で、誰かに席を譲って、ありがとうって言われたらとっても嬉しい。こんな風に嫌味を言われたら、私だったら、「申し訳ありません。とてもお若くて、お元気そうに見えましたので、席を譲るのが失礼かと思いました。どうぞお座り下さいませ」って、慇懃無礼な態度に出ちゃうかも知れないなー。
座りたければ、他探せ>じいさん譲りたくなければ、イチイチ反応するな>若者このくらいのコメントならすんな>自分
青学生のネタがうざい。だがそれに反論してるPosted by at 2005年04月28日 15:30のやつのネタもうざい。Posted by at 2005年04月28日 15:30のやつは、何だか青学生の書き込みが心が狭いっつう書き込みをしてんだがよ、このやつもそんなうざい青学生に反論しちゃってんじゃねえか。おめえもうぜえんだよ。というか、うえのやつも就職全滅とか余計だろ。全員うぜえんだよ。死ね。ぶっころすぞ。そういうてめえは旧帝なのかよ。早慶なのかよ。ばかじゃねえのかおめえらよ。偏差値なんか関係ねえんだよ。なにが青学だよ。ふざけんなよ。何が旧帝だよ。早慶だよ。おまえは呉智英かよ。ここは偏差値ないやつらのあつまりなんだよ。みんな馬鹿なのを承知してんだよ。ふざけんなよ。お前には関係のないサイトなんだよ。ここに書き込んだだけでよ、このHpをみただけでよお、どんなに馬鹿かって話だ。第一、このサイトの管理人がこんなやつだもんよ。はなしになんねえだろう。話してもむだなんだよ。ここの管理人はよ。前書き込んでたけどよ。小さいころに親父といきわかれたんだとよ。だからかなしいんだとよ。な。だから、話なんかしてもむだよ。こんなHPみてもむだよ。おめえ、みんなにばかにされてんだぞ。訪問者がおおいってのは、馬鹿にされてるんだぞ。そういうことなんだよ。ばかやろう。死ね
事件当時、老人男性の同行者の女性二人がどのような態度をとっていたのかが気になります。男性を諌めることも出来たはずです。また、不愉快な思いをさせた周囲に対して謝ることも出来たはずです。もし自分たちが座りたいが為に老人男性の言動を黙認していたのであれば、この女性2人が一番の悪なのではないでしょうか。
反論した若者も気分悪い一日過ごしたんだろうなー。自分がそういう場面に出くわしたら「あんたそんだけ生きてて人の気持ちも分からないのか?」と言おうと思います。
私は老人を見たら席を譲りますよ。もしも譲れなかった時にイヤミを言われてしまってもいいです。席を譲る理由は、老人は若者よりも体が疲れやすいと思うからです。自然にいたわりの気持ちが起こります。「老人だからって電車に立ってるだけで疲れてしまうとは限らないじゃないか?」と言われそうだけど、若者には、老いた体にどれだけの体力があるかなんてわからないですよね。(老人の体力を再現する装置をつけて暮らすという実験をしている学生はいましたが…)もしかしたら「私たちの想像以上に疲れているかもしれない」んですよ。その可能性があるから、私は席を譲るんです。この例にしても、電車に乗るという帰宅手段はその老人たちにとっては変えられない、仕方のないことなのだったのだろうから、「さんざん登山してきたのだから電車の中でも立っておけ」なんて私は思わないです。「登山してきたんだから疲れているだろうな」と思って最初から席を譲ります。
私は20歳の女性です。「そこまでして若者がなぜ座席に座りたいの?」という意見もありますが、私は三半規管が弱く、電車に立って乗ると、吐き気を催すことが多くあります。場合によっては倒れることも。しかし、見た目は普通の若者にすぎません。電車で「最近の若者は」の類の嫌味を言われることがたまにありますが、席は譲りません。わざわざ自分のつらさを説明していられません。寝たふりをします。若者の中にも色んな体調の人がいるのです。松葉杖を付いていなければ健康なのでしょうか。お年寄りが、足腰がつらく立っているのがつらいというのはわかります。若いものにはわからんだろうと言われても、他人のつらさは自分の定規では測れません。例えば女性なら、貧血で立っていられないこともあるでしょう。見えない部分に怪我を抱えている人もいるかもしれません。本当につらければ、頼めばいいのです。
そうですね…若者だからといって皆が皆、体力があるとは限らないですよね。私も電車の中で吐き気がするくらいしんどい時があって、その時はさすがに老人が乗ってきても、そのまま寝たふりをして座っていました。でも、座っているときも、電車を降りたあともずっと、その日一日中ずっと、心の中が辛かった…。後悔みたいなものがずっと残ってなかなか離れないんです。「あのじいちゃん、しんどかったかもしれないなあ」と思うと苦しくなってしまう。私はまあそういう潔癖な性格なんですね;そんなわけで私は席を譲りますけど、若い人がみんな席を譲るべきだとは思ってないです。体調の悪い人が無理をしてまで譲る必要なんてないと思います。電車には大勢の人が乗っているのだから、一人でも、老人や妊婦さん等に席を譲る人がいたらそれでいいと思ってます。(でも、元気なのに「譲る必要なんてないだろ」と開き直る人や、この若者のように、わざわざ刃向かう人を見ると悲しいです、個人的に…。イヤミを言われて腹がたつのはわかるけれど、せめて無視していればよかったのにな、と思いました)
>本当につらければ、頼めばいいのです。そうですよね、辛い人が皆「席を譲ってくれませんか」と口を出すならいいのに。でもなかなか言えないですよね。日本人だと、やっぱり、言うのは恥ずかしいと思ってやせ我慢する人も多いんじゃないかと思います。私も言えるタイプじゃない…。だから「この人はしんどくないだろうか?」といらぬ(?)心配してしまう…。もしも「席を譲ってください」とハッキリ口に出すのが当たり前な世の中なら、私も、頼まれるまで譲らないし、のほほんと座ってられるんだけどな…。
青山台の三年生13人と東大での教授は雁首そろえて、いったいなにを論議したんだろうかwどうにも検討違いな感じが否めない。なんか勘違いして(略
上の方の青学のゼミの人へ30人もいて、しかも優秀な(?)先生がいるのに、若者の方を理解するとかはなかったのかな。極端に言えば、青学の人ってそんなにお年寄りに席を譲ってるの?あとこのHPの作者についてあなたがそんなことを書くってのは少し非常識な気もする。あくまでも、らくださんの意見、考えなんだし。あと青学ってそんなに自慢にならないから、学歴を強調したいのなら書かない方がいいかも。
自分は、若くして椎間板ヘルニアになった経験からして、年寄りに限らず、杖をついている人には席を譲るようにしたいと思っています。元気なお年寄りには以下略。
初めてブログに対してコメントさせていただきます。まず俺としては若者に賛成です。俺は基本的に気がついたら席を譲っているつもりです。ですが嫌味を言われてまで譲る気はありません。確かに嫌みを言われても笑顔で譲れたらマヂかっこいいと思います、でもそんなすばらしい御方いらっしゃるでしょうか?俺にはとってもムリです。若者が嫌みを言われてついつい言い返した言葉にも深い意味なんて無いと思います。ただ売り言葉に買い言葉。「バーカ」って言われたから「バカって言う方がバカなんだよー」っていうのとなんら大差ないと思います。俺の中の結論としては人間として若者に対してくだらない先入観で卑下し礼を失した老人が当然のしっぺかえしを食らったってところです。それから若者に賛成してる人を捕まえて精神を疑うとか壊れてるんじゃないかとか知的障害者という方がいますが世の中にはあなたと違う意見の人なんていっぱいいるんです。そのすべてが間違っていてあなたはすべてにおいて完璧なんですか?自分の意見を自分の言葉として発するのはいいですがそれをほかの人に強制あるいはそれで誹謗中傷するのは全く持ってそれこそ論外だと思います。長くなりましたが自分としての意見を書かせていただきました。茶髪でアクセにグラサンをかけた若者より
>老人を見たら何か言われる前に立つのが当然です。それは所詮誰かに植え付けられた考え方だろ?自分の頭で論理的に考えてみろよ。座りたいなら座りたい旨を素直に伝えるべき。別に老人とか関係無く困ってるなら困ってる旨を伝える。仮に嫌味を言って席をゲットできても譲ったほうは嫌な気分になってしまう。素直に言われれば譲る方も親切をした気分で気持ちがいい。
論点がずれてるコメントを見てて笑ってしまいました。学歴とか披露するなら、責任もってメールアドレスも書きなさい。私はバス通勤なので朝は混まないですが、やっぱり夜は立つ人が出ます。年配の方には席を譲ろうと思いますが、元気な方が多いんですよね。元気だからバスに乗って街に出てるんだと思います。バスと電車では状況が違いますが、相手がその席を必要としているのなら譲れば良いし、元気なら譲らなくてもいいと思います。誰かも書いていましたが、「自分の状態」と「相手の状態」が譲る判断のポイントではないかと思います。
どう考えてもこの老人を擁護する要素がない。例え「老人を見たらまず立つのが普通」という馬鹿げた考えが常識だったとしても、その老人の目の前で座っている若者が健康体であると誰が言えるだろう?この若者は幸いなコトに反撃すら出来る健康な人物だったからいいものの、もしこれが事情により電車の中で立っていられないような身体的状態の人だったらどうするのか。これ見よがしに嫌味を言われて、その人はどんな苦痛を受けるだろう。この老人は、あまりに思慮が無さ過ぎる。無駄に年をとるとは、まさにこのコトだ。
>例え「老人を見たらまず立つのが普通」という馬鹿げた考えが常識だったとしても、その老人の目の前で座っている若者が健康体であると誰が言えるだろう?若者が健康体であったとしても席を譲るか否かは若者の自由です。席を譲った人が褒められるのは許せますが、譲らなかった人が(たとえ健康な人でも)非難されるのは許せません。
>例え「老人を見たらまず立つのが普通」という馬鹿げた考えが常識だったとしても、その老人の目の前で座っている若者が健康体であると誰が言えるだろう?若者が健康体であったとしても席を譲るか否かは若者の自由です。席を譲った人が褒められるのは許せますが、譲らなかった人が(たとえ健康な人でも)非難されるのは許せません。
最初は「どっちも小せ〜な〜」と思ってたけど、やっぱり若者に分があるかな・・・?ま、年寄りたちもいい経験が出来たんじゃないの?(遅っ)でも「年寄りに席を譲る」ってのが常識じゃないっていうのが時代を感じるなぁ。(でも、そういう人も80、90代の人が目の前で杖ついてプルプルしてたら譲るよね?)それとシルバーシートは元気な人は座らないように。具合が悪くても外見ではわからない人、言い出せない人も多いからね。もう一つ、電車の床に座る若者達!お前らはこの年寄り並かそれ以上に迷惑だからやめてくれ!ああっ・・・中年臭えコメントしちまったな(自己嫌悪)
この老人、昔はどこかの偉いさんで、ぼそっと「××がないなぁ」とか言ったら、部下の人が慌てて××を持ってくるような生活をしてたのかもね。自分より年下の人を見ると、みんな部下に思えるのかも。 としたら、あぁ勘違い。
すごい量のコメントですね。それだけ、たくさんのヒトを考えさせるテーマであるということでしょう。私は大学で社会学を学んでいたのですが、そういう見地からひとつ。一定の空間で、複数の人間が存在する場合、そこには必ず「小社会」が生まれます。(この場合、「電車内の小社会」です。)電車の中では、明文化されたもの、明文化されないものに関わらず、日常生活とは違った色々な独特のルールがありますよね?たとえば、「向かい合った人の顔を凝視するのは失礼」とか、「乗る人よりも降りる人が優先」とか、「混んでいる時には苦しくても極力詰め合って座りましょう」とか。他にもいっぱい思いつくと思います。今回テーマになっているのは、主に「老人には進んで席を譲りましょう」というルールですね。(暗黙の了解、とも言う)どんな社会でも、そこのルールに基づいた行動は「正しい行動」とみなされ、ルールを遵守しない人間は「逸脱者」のレッテルを貼られます。この場合、どっちが正しいということもなく、老人が発した嫌味、若者の反論、双方が「ルールから逸脱した行動」と言えるのではないでしょうか。(だからこそ、どっちが良い、悪いでこんなに盛り上がっているわけですね)恐らく、現場で周りに座っていた方々は、老人の嫌味にも、若者の反論にも、少なからず嫌な気分やしっくりこない感覚を感じたのでは無いかと思います。それは、いわゆる「電車でのルール(常識)」に照らし、逸脱した行動と感じてしまうからです。老人に関しては、譲ってもらう側であるのに、その人間に対して悪意を持って嫌味を言っているという点で逸脱していると感じます。いわゆる「プロ弱者」的な行動とも言えます。また、若者の反論については、少なくとも年金問題は電車内のルールには関係ないですから、譲らないことを正当化する理由にはなりません。あまつさえ政治やジェネレーションギャップも、全く無関係とは言えませんが、基本的にはルールを素直に受け入れられない「逸脱者」であると考えます。ちなみに、「逸脱=悪い」という事ではなく、「逸脱=少数派」という意味に近いです。社会には、少数派(逸脱者)を弾き飛ばそうとする作用があるということです。で、私が若者の立場ならどうするかですが、正直、この老人は悪意があるので、進んで善意を示すほど人間できておりません。この老人と若者みたいに、売り言葉に買い言葉になってもしょうがないでしょう。社会学的に云々〜と言っても、そこには人間の感情が必ず存在するので(笑)。結局は、嫌味を言われる前にさっさと譲るってのが正解かも。どのみち、席を譲るという行動は、基本的には偽善的な行動でしょうね。なぜなら、席を譲らなかったとしたら、自分が必ず後味の悪い思いをするでしょうから。(きっとこの若者も・・・)
僕中年。でも年齢は関係無く嫌な奴には席を譲らない(或いは敬わない)し、譲る相手(或いは敬う相手)は自分の良心と相談して決めるよ。もし自分がこの座っている人の立場だったら完全無視だね。読んでいるとバーチャル聖人君子大量降臨って感じですが、今の世の中そんな寝言言って生き抜いていけるなんて正直とても羨ましい。イヤミ言われまくってもニコニコしながら席譲る。若者を年寄りを心狭い呼ばわり。そんな方々の普段の生活ぶりがぜひ知りたい。イヤ単なる好奇心ですよ。見習いたいなんて微塵も思いません。
>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。ネタだな。高校生か?まさか大学生が3年生にもなって自分たちのことを生徒なんて呼ばないだろ。
>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。ネタだな。高校生か?まさか大学生が3年生にもなって自分たちのことを生徒なんて呼ばないだろ。
俺はどちらが正しいとは言えませんが老人の嫌味にもカチンとくるし若者もそこまでして座りたかったのかと思いました。他のコメントを色々見てみて、なるほど〜と思ったりそういう考え方もあるな〜など感心しながら見ていました。
この老人は賢い人間ではないな。長生きしていてこの程度の知能指数しかないのか。若者を正しいと言う気はないが、自らでトラブルの火種を作るとは何を考えているのだろうか。素直に言った方が丸く治まってよかったと思う。その方が席にも座れただろうし。老人と若者、どちらが正しいと言う気はないが、この老人はアホだね。
>若者が健康体であったとしても席を譲るか否かは若者の自由です。席を譲った人が褒められるのは許せますが、譲らなかった人が(たとえ健康な人でも)非難されるのは許せません。いや、私もそう思いますよ。しかし私が言いたいのは、もし例え若者は老人に席を譲ることが当然とされる世界であったとしても、この老人が正当化されるコトは無い、と言いたかったのです。それほどまでに、この老人の非は大きいというコトです。
このブログ見てるといろいろ考えさせられます。どっちもどっちと言えばそれまでなのですが、とりあえず自分の心情としてはこの場合「譲りたくない」でしょうねぇ。でも、そこで前のほうのコメントにあったように笑って譲ることができたらすごくかっこいいと思うんですよ。僕の場合「自分をかっこよく見せたい」っていう気持ちが「譲りたくない」って気持ちに勝ってしまいます。だから、結局笑って譲りそうです。
このじいさん連れのばあさん達を座らせたかったらしいが、そりゃカチンとくるよガールフレンドを座らせるために孫くらいの子供をどけようとしたわけだろ女の前でいい顔したかったら電車じゃなくて他の指定席のある乗り物を選べって話電車の席が早い者勝ち原則なのは当たり前個人的体験だが骨折して3ヶ月ギプスだったとき、いろいろ親切にしてくれたのは若い連中年寄りからは徹底的に無視された俺としては断然若者の肩をもつね
ってか「反論した若者=選挙行かない若者」って決め付けてる人いない?これだけ正論言えるんだったら選挙くらい行ってたっておかしくないだろうに。
昔読んだ松浪健四郎(現議員)の本で、アフガニスタンのバスでは老人が若者に席を譲ると書いてありました。理由は若者は戦場に赴き、自分達に平和をもたらしてくれるからだとか。そんな若者達を疲れさす訳にはいかないという内容でした。同じ老人でも国によってここまで考え方が違うのか!って驚きましたね。この本の影響かどうかわかりませんが、この若者と全く同意見というか同じ事を常日頃考えていました。
だいたい優先座席という物のがあるのがおかしい気がします。現在は身体に障害があるとかの人に譲るべき席なのに高齢者専用席になっている時点で馬鹿げています。しかも色・デザインがご老人用みたいな感じなのも納得いかない部分が多いです。前に脚が悪そうな高校生が乗ってきて立っているだけ辛そうなのに座っているご老人は「私は高齢者なのよ」と言う顔で堂々という座っている。こんな優先座席なら無い方がマシです。一般席でもゆったりと間隔をあけて座っている人や座席に荷物を置いてる人もみると高齢者でも無性に腹が立ちます。これから高齢者がますます増えるのにご老人に席を譲らないといけないような社会になると若者の席はないと同然になりそうです。これから社会にでる私にとって疲れて帰る電車で安心して座れないなんてとてもいやで仕方ありません。少し上の返信で「老人を見ただけで立ってあげる」と言っている人がいますがそれはこれからの事を考えると賛成したくありません。正直、お金払っているんだから毎度毎度譲るなんてごめんです。中段あたりの返信の人を見ると「辛そうな人には譲ってあげる」とこれには賛成です。これは全ての人(若者も高齢者も)に言えることだと思います。青山の人、ご苦労様です。結論だけで結構です。下手に大学名を出すと悪いイメージがつく場合がありますよ。手遅れってぽいですが(笑)
若者vs老人論とはちょっと違いますが、妊娠9ヶ月まで通勤電車で1時間半通っていた時に何度か席を譲ってくれる人がいました。本当にありがたかったです。それから、体力的に立っていられる余裕がある時は目の前の席が空いても座らないようにしています。お腹が痛い人がいるかもしれないし、頭が痛い人がいるかもしれないし。まぁ社内ガラガラなら座りますけどね。
客観的に見ればどっちもどっち。でも、自分的にはこの若者に賛成。若者の反論は間違ってると思う。でも老人の態度はおかしい。誰だって嫌味を言われれば頭にくるのはわかってるはず。席を譲ってほしいなら素直に言うべき。そうすれば若者だって席を譲らないわけにはいかないんだし。正直、自分が若者の立場なら無視する。無礼には無礼で返す。無礼をはたらくような人に対して親切にする気にはならない。老人をなるべく労わるべきなのは理解できる。でも、無条件で、老人は労わるべきだから席を譲ると言っている人は、何かおかしいと思う。嫌味にも寛容な態度で接するべきというのも、どうかしてる。そんなことじゃ真の意味で敬われるような人はいなくなると思う。たしかに若者は間違った、それも器の小ささを見せるような反論をしたかもしれない。それで、周囲の人やその老人、そして更には自分にも不快な思いをさせてしまったかもしれない。でも、老人が嫌味を言わなければこのようなトラブルは起きなかったんじゃないのか?何故最初にもっと丁寧に頼まなかったのか?真の意味で心が狭かったのはどちらなのか?原因があるからこそ結果がある。このケースだと、老人側に原因があったとしか言えない。やっぱり若者は老人を邪魔だと思う傾向にあるし、老人は若者を見下す傾向にあると思う。けど、こういう世代の壁を乗り越えてお互いが気を遣い合えるようにならないと、こういう若者と老人とのトラブルは、どちらに非があるのかはケースにもよるけど、なくならないと思う。
この爺は自分が遊んで疲れただけにも関わらず、聞こえるように声を出して席を譲れと圧力をかけたことに私は納得がいきません。そんなに疲れているのであれば、一時休憩する、空いている時間帯の電車にのるだどいくらでも手段はある。この爺は年上=偉いという考えを持った輩だろう。お国のために長年働いたのだから、今度は我々が敬われるべきだと思っているのではないだろうか。人を外見だけで判断しているのかもしれない。この老人の器の狭さに絶句する限りだ。
青学の学生さんはネタなのかな?ネタじゃないならば社会人となって通勤しても片道3時間、残業続きで家に帰ることもままならず職場の床で泥のように眠る生活をしてから同じ結論に達するかどうか聞いてみたいものです。今は地方に転勤になったので通勤の苦しみからは解放されましたが、朝から3時間もみくちゃになりながら通勤するのと、運良くその一部でも座ってくることができるのは雲泥の差ですよ。その日の健康状態などで頼まれても動けないかもしれない。ついでに、例に出されている「海で溺れている少女」ですが、生命の危険が生じている状況と日常生活における一般的状況を対比している時点で詭弁だと思います。仮に、詭弁でないというのならば、救助隊を呼ぶという行為は、私には「誰か席を譲ってください」と言っているぐらいにしか感じません。無理に対比するならば、自分で救助するという自分にリスクがある行為が「席を譲る」でしょう。ホントに大学生?
辛かった事。席を譲ろうとしたら「すぐ降りますから」と断られた。5駅後に俺が先に降りる駅に着いた。「席を譲っていただけませんか?」こう言えば8割は譲ってくれる。みんな、タイミングが無くって譲らないだけなんだよね。残りの2割は・・・ま、そういうのもいますって。
>全員座れないような電車が悪い。家畜車みたいなのを作るな! 乗るな!いいなぁ、こういう発想って。わずらわしい倫理観の相克を力でねじ伏せるわけね。これって、ある意味、工学の原点に位置するものなんだよね >JR
しょっぱな、スカッとしました。茶髪の若者が、いやみな老人をやっつけた、ということに関して。新体制が旧体制を破壊したって感じで。この際発言が正しいかどうかってあんまし意味がないですよね。そのあとの議論(どっちに賛成とか)にはあんまり興味ないのですが、マナーに関して。「社内の携帯はマナー違反」はなんかおかしいと思いませんか?いいじゃん別に。「満員の社内で全員が静かに目的地に着くのをただ待っている」のをおかしいと思いませんか?異常だと思いますよ。気持ち悪い。人がいっぱいいれば不快なことがあるのは至極当然いちいち目くじら立ててそれをやめさせようとするから、世の中にマナーがあふれちゃって、息が詰まりそうになります。まあ守ってないですけど。変なマナーがあるから、変な正論がいっぱい増えちゃってるんじゃないでしょうか。色んなことが気まずいのも、そのせいじゃないかなあ
>全員座れないような電車が悪い。家畜車みたいなのを作るな! 乗るな! 同感です.ゲタ電に代表される混んだ通勤用車両に毎日何時間も乗っていると,誰もが心と体を少しずつすり減らしていきます. こんな車内では,この話に出てくる愚かな老人と悲しい若者ばかりでなく,荒れた中年サラリーマン,かっとびOL,周囲を見ようともしない小学生などが増えてくるのも当然かと思います. 結局,最後は,怒鳴りあう人々と,無言でうつむいている人々の二群になってしまうのかもしれません.
らくださん、おじゃまします。すごい量のコメントですね。本当にいろんな方がいろんな意見を述べられていて、興味深く拝見しました。自分もコメントさせてください。・・・いろいろ書こうとしたらとてつもなく長い文章になりそうだったので、自分の中の結論だけ。。。もっと皆、「謙虚な気持ち」と「思いやり」を、大切にしようよ。
お年寄りでも若者でも、色々な方がいますよね。この方々はどちらも正論で、悪いことはないのではないでしょうか日頃私達が言えないで我慢しきっていることを、ズバッと言い合ってるところが、気持ちいいですね。どちらも、頑張って生活していて、今の自分に自信があるから、周りの人の心に刻み付ける発言が出来るんですよね事なかれ主義で、コセコセと生活している自分を見直すことが出来そうです。
>いや、私もそう思いますよ。失礼しました。普通に電車に乗って空いている席に座っているだけで非難されるような社会にはなってほしくないな、と思っている次第です。老人が乗り込んできたが為に、譲らず座っている他の乗客が非難されるようだと、老人は電車に乗るなとか、老人専用車両とかいう発想に結びつきそうに思います。携帯電話OFF車両とか女性専用車両の存在を見るに付け、安易で場当たり的な対応にあきれています。老人問題もその轍を踏みそうです。
読ませていただきました。散々他の方がおっしゃっていたように、・若者が老人に席を譲るこれって若者(譲る方)の常識であって老人(譲られる方)の常識ではないですよね。私はなるべき立つ様に、老人が来たら席を譲るように心がけています。だって自分が少し善人になった気分で心地いいから。ただ、私も足に軽い障害(っていう程ではないけど長く立つと一般的な人には無い痛みがでる)を持っていてさすがに立てない時もありますよ。疲れてるときだってありますよ。そういう時に文句言われたら・・・どくけど何か殺意を覚えます。精神的に幼いんでしょうね。さすがに本当に手は出ませんが1日不愉快な気分になり、話しの種にして愚痴をこぼします。というか本当に手が出て加害者になった人も被害者ですよね。手を出す方が悪いけど出されるようなことをした方も完全な被害者なわけがない。一般常識内での話しですけど。それに実は今の若者は今の老人の年齢まで生きられない人が数倍に増えると予測が出ているのをご存知でしょうか?怖い話しですが生活習慣、食べ物、環境・・・老人の方がそだった環境とは違うんです。小児癌の発症率が高くなっているのもそうでしょう。・・・とまぁ話しがずれてしまいましたけど、何が言いたかったかというと老人だから弱者で若者だから強者であるって常識はくずれるかも、ってことです。現に身体年齢(肌とか以外の健康面で)が60の20代とか普通にいますし。だから若者だから老人に席を譲って当然、と思うべきは若者の善意であって老人の傲慢ではないと思う。というのが私の結論。
通常では席を譲る。でも、これ見よがしにブツブツ言ってる老人や、座りたがってる素振りをわざと見せる老人は正直、どうかと思う。ちなみに夜勤明けの帰りの電車(当然昼間)では、どんなに混んでても絶対譲らない。自分の方が死にそうになっているから。
おいらは、見た目は健康だけど、スティル病という病気(リウマチの一種)で、関節痛がたまに出る。昔、電車で座っているときに、オバちゃん軍団の嫌味攻撃に遭ったこともある。関節痛が出ているときでも、妊婦が前に立ったら、出来るだけ譲るようにしている。ただ、妊婦なのかナチュラル腹なのか分からん人が多くて困る。
俺も病気持ちだ。しかし老人がくれば若いと言うだけで席を譲らなくてはならんのが現実。元気に騒いでいる老人が座り、支柱に縋るようにしてやっとで立ってる俺は若いというだけで何の気遣いも得られない。馬齢を重ねただけの老い耄れに払う敬意はないよ。
なんともスマートじゃないね。席を譲るってのは老人が(どんな格好だろうが)車内入ってきたときに起こってるべきことだろう。若者が正しい?とんでもない。老人が入ってきた時点で、何も言わずすっと立って、何事も無かったかのように友人と話を続ける。これが席を譲るって行為だ。それができない猿に文句をいう資格なんぞない。 老人の方は問題外だ。猿以下だね。論評する価値も無い。こういう連中が育てたから、こういう若者が出来上がった、って典型じゃないか。 ああ、嘆かわしい、わが祖国日本てのはこんな国になっちまったのかい。
なんともスマートじゃないね。席を譲るってのは老人が(どんな格好だろうが)車内入ってきたときに起こってるべきことだろう。若者が正しい?とんでもない。老人が入ってきた時点で、何も言わずすっと立って、何事も無かったかのように友人と話を続ける。これが席を譲るって行為だ。それができない猿に文句をいう資格なんぞない。 老人の方は問題外だ。猿以下だね。論評する価値も無い。こういう連中が育てたから、こういう若者が出来上がった、って典型じゃないか。 ああ、嘆かわしい、わが祖国日本てのはこんな国になっちまったのかい。
はじめまして。全部読んでからコメントしようとしたら、丸2日かかりましたwみなさん「老人」「お年寄り」と言っていますが、60代半ばくらいって本当に老人でしょうか?うちの父は64歳、母は61歳になりましたが、とても「老人」とは言えないくらい見た目も若く元気です。たぶん電車で席を譲られたら、年寄り扱いされてショックを受けるはず。みなさんも周囲にいる60代の人を思い描いてください。その人は「老人」ですか?
確かに老人は働いてきたかもしれないけど現在、社会を維持してるのは若者、中年毎日の労働で毎日疲れているのは若者、中年労働による疲労と言う物は何年休んでも取れないものですか?今も現役のように毎日お疲れ?病気怪我ならともかく老人も、自分達の親の恩恵を受けて石器時代のような生活をせずに済んだ訳でしょう?それで相殺じゃないか?子供の頃に受けた恩恵を社会に返しただけ。戦争による惨禍も年金と同じく政府の責任。社会や義務は関係無く「若者」と「老人」の話。倫理的、合理性での話。席は相手に自発的に譲って貰うものです。嫌味を言うのは勝手だけど、相手はどう思う?若者にとって譲る前提条件が「老人」のみではなかったのでしょう。それは合理的。でも、仮に体の弱った人にも理屈で譲らなかったら幻滅ですね。
相手がどんな人であっても嫌味を言われたら譲りたくないし、堂々と優先席・専用席に座れた時代(妊婦・赤子連れ)もあったけど、あの頃も今も譲ってもらって当たり前とは思わない。同じように思う老人もいるだろう。
はじめまして。この場合、老人対若者というよりは個人対個人の問題だと私は思います。その方がお年寄りであるとか、若者であるとか、それ以前の問題のような。要求を通すために嫌味を言うなんてみっともないと思いますし、またそれの反論に年金の話を持ち出してくるのも、論点のすり替えだなぁと思いますし。この話で「最近の老人はけしからん」とか「若者の教育がなっとらん」とかいう議論になるのは、少し違うような気がします。一人の人として考えたときに、「こいつはどうよ」ということなのでは・・・どっちもどっちだと、私は思います。
やっぱり大人数がくると醜くなって荒れる汚いものになるね。俺は老人はシルバーシートという優遇をすでに受けている。たとえ24時間働いて心身ともに疲れていてもシルバーシートならば譲らなければいけないのだ。これだけも大変な優遇だろう。老人だからというだけで譲ってもらえるんだ。たとえ大昔、老人がどんなに悪い行いをしていたとしても。それってどうだろうか?犯罪者でも時が来れば許されるのだろうか?老人になれば労わらなければいけないのだろうか?まぁ極端すぎる例だからスルーしてね。なんだか若者が小さいと言っている方々を見かけるが私はそうは思わない。いい歳こいて若者以下の態度で接されたらとても譲る気にはさらさらなれない。人にものを聞く態度と言うのは若者も老人も関係ないのではないのだろうか?ちなみに年金の話を出すのはおかしいと言うが何がおかしいのが意味不明。管理人さんの仰るとおりだし優遇されてる奴を更に優遇してそんな自分は将来過小優遇だ。日ごろの行いが良くても意味がない時代。日ごろの行いが悪くても優遇される世代。私は不平を言わずにはいられない。
ジジイ、みっともなさすぎ。人としてダメだと思う。人に何か頼むのならちゃんとした物言いがあるだろうに。んで、若者の反論。なんか悪い事してるわけでもないのに嫌味言われてムカツイタ、なんか言い返してやろうか、とそれだけなんじゃない。そう考えると相手を叩きやすいネタはああいうふうになるのではないかと。自分が悪くもないのに嫌味言われてストレスため込むのは無駄でしょ。ならば、やられたらやり返すのみ。言うべき相手が違うとは思うが、叩くための手段なので気にしない。俺ですか?あたりまえですが直接何か行ってくるまで無視ですね。偽善者じゃないし。もっともこんな風に嫌味言われたら席ゆずったりはしませんが。・・・嫌味、嫌味と書いてあるがどうだろう。弱者(老人)という名の強者による状況的弱者(若者)叩き(つまりイジメ)だと思うのだが。セクハラ、パワハラ、いろいろあるがこういうのもその一部のような気がする。
思いやりを持てという言葉だけで、片付けようとする言葉の暴力に吐き気を催した。譲りたい奴だけに譲ればいい。譲りたくないような奴に我慢して譲って、その後気分がよくなることなんてありえない。そして、席を譲るという行為はたいてい、偽善的な行為だと思う。自分が譲りたくて譲りたくてたまらないのです、というような人間がいるかもしれないが、そういった人間も、自分は譲る行為自体に喜びを感じているのであり、実際譲りたくないのに譲っている人間は「世間体」から支持されていることを一身に受けて、作られた気分のよさにひたっているにすぎない。普通の人は、席を譲りたくない。だが、世間体を気にするあまり、譲る。進んで譲る人も、結局は譲る行為自体に喜びを感じているだけなのだ。それを「思いやり」なんていう言葉によって、片付けてはならない。思いやりから席を譲ったとしても、その後、譲った本人が満たされるのは、良いことをしたという思い込みであり、自分は思いやりのある人間だと認識し喜ぶことである。あえて世間体に立ち向かい、自分の思うようにするべきである。自分が譲りたいと思うなら譲る。思わないなら譲らない。ここに世間の目なるものを当てはめるから、話がややこしくなる。道徳とは、万人にとって道徳ではないのを忘れてはならない。
正直、座りたければ、「座りたい」と言えばいいと思う。いやみを言って遠まわしに席を空けさせようとする態度があまりに子供じみている。これで、連れ二人の婆に、いいところを見せるために爺がこういう行動をとったのだとしたら痛すぎる。それに婆も、爺のおかしな言動を少しはいさめようと努力すべきだとも考えられる。もしこういう類の老人が結構多いのだとしたら、道徳をどうこう若者に求めること事態が筋違いに思われてしまう。まぁ、これは極論だけど・・・
シルバーシートの必要性をどうこう言う人がいるが、この席はどうしても必要だと思う。なぜなら、喋れないひとのうち、どうしても立っていられないヒトは、すくなからずいるからだ。これ以外にもいくつも理由があると思うし、そもそも、席を譲ってもらいたいときに直接「譲ってください」というのは気が引ける。だから、何も言わずに座れる席の存在は必要だと思う。
高齢者だから、弱者だから、十把一絡げにして「敬え」と言うのも違う気がします。結局「人間同士」なのだから、嫌な人間に敬意を払いたくはないです。相手の状況には目もくれず、ただ若いっていうだけで嫌味タラタラ言う親父も親父だし、若者の反論も的を得てはいないと思う。「年金」とか「政治」の問題は後付けの屁理屈であって「あんたの言い方が嫌味ったらしくて高齢者として敬えないから譲りたくはない」と言った方が、正直で好感が持てたのかも。
高齢者だから、弱者だから、十把一絡げにして「敬え」と言うのも違う気がします。結局「人間同士」なのだから、嫌な人間に敬意を払いたくはないです。相手の状況には目もくれず、ただ若いっていうだけで嫌味タラタラ言う親父も親父だし、若者の反論も的を得てはいないと思う。「年金」とか「政治」の問題は後付けの屁理屈であって「あんたの言い方が嫌味ったらしくて高齢者として敬えないから譲りたくはない」と言った方が、正直で好感が持てたのかも。
どっちに賛成ってんでもないですけど、この老人は頭にきますね。女性二人を座らせてあげたいと思うのは大いに結構、だが大声で嫌味はいかがなものか。 おそらく、この老人には、「席を譲らない若者」(茶髪にサングラスという、いかにもな風貌の)に対して、嫌味を言う(方法としては間違っているが、戦うということ)ことで、英雄を気取りたい(もしくは、連れの女性、或は周囲の人間の注目を集めたい)という、薄汚れた打算があったのではないかと思います。(そうでなければ、シルバーに行くか、譲ってくれそうな人を探した方が手っ取り早いわけですし)また、若者にしても嫌味で返しているので、五十歩百歩かと。(嫌味言われる前に、席譲れよってのもあるし)僕は、席は譲りませんね。黙って立って扉のとこに行くようにしてます。「どうぞ」って言って、断られると嫌だし。別に感謝されたいわけじゃないから。どちらにせよ、この爺さんには、席は譲らん!!
はじめまして。この話を読んで、いろいろ考えさせられました。上手く言えませんが、僕の考えを言わせていただきます。僕は基本的に自分中心でものを考えます。何かがあったとき、それに何を感じ、何を思うかは自分次第。そしてどう行動するかも自分次第なのです。僕は常に自分の理想を追求しています。こんな人になりたい、とか、あれができるようになりたい、とか。『困っている人に手を差し伸べるコトのできる自分』も、そのひとつです。けれど、そういった自分の『理想』が、ときに間違っていたりして、他人を困らせたり、悲しませたりしてしまうこともあります。理想の追求、その過程で手違いが起こることなどしょっちゅうですよね。で、だからこそ、それが悔しいから今度はそれを克服しようと、別の新たな理想が生まれます。また、理想が叶って、それが自分の想像と違っていたら、今度はそれを糧にする。こんな感じで、理想はどこまでいっても尽きることはありません。いろんなものを吸収し、『自分の理想の姿』を形成する。そういう意味での、『自分中心』です。ふう。なかなか上手くまとまらないものですね。とにかく、なんにしても自発的に動きたい、ということです。その方が気持ちがいいでしょ?
疲れて座りたいなら素直にそう言えば若者は席を譲ったかもしれませんね。ところでインドでは「レディースシート」というのがあり、女性がその前に立つと男性は立ち上がります。1つの車両に何箇所か設けてあるので、女性である私には嬉しい限りです。お年よりが増えた世の中、日本の「シルバーシート」の数を増やしておくのもいいかもしれませんよね。(どこからをシルバーシート対象者と考えていいのか、判断に困ることはありますが・・・)
皆さんのコメントを見てふと思ったこと。特に反対とかじゃなくて、みなさん言ってることはもっともだと思う。あと思った以上に見えない障害を持ってる人がいたってことに驚きました。皆そうなんだね、結構多いんだね。もう一つ思ったことは、老人3人に席が2つしか空けられない状況も若者が席を空けなかった理由かもしれない。3人いるのに2つしか空かなくて、じゃあ〜〜さん座ってよ、とかなんとかひと悶着ありそう。若者だって席をあける時はあったかもしれない。すぐ次の駅で降りるからそれまでは座りたいと思ったのかもしれない。強制されてまで普通席を譲ろうとは思わないのも普通のこと。嫌味を言われるまでは様子を見ていたのかもしれない、分からないけど。だって普通は文句言わなくない?年金の話しまで持ち出して文句言わないよね。文句を言わせる何かがあって、その何かは皆さんの目にもよく見えてるんだし。疲れてる若者と元気な老人なら疲れてる人が座りたいと思うのも当然。老人じゃなくても誰だって座りたいの!!普通席なんだし。
老人だからといって無条件に敬われる時代はもう終わったと思います。昔の老人は自分はもう人に負担を与えるだけの存在だ、と思い自殺していたそうです。別に老人は自殺しろ、とは言いませんが、そういった慎みが欠けている時点で、敬われる資格はないと思います。あつかましい老人は立たせておくべきです。
まあ待て。ここでコメントしている人が若者を批判する言葉はたいてい「嫌味を言われる前に老人を見たら立て」だが、この高齢化社会で60代とは「老人」だろうか?毎日数え切れない人が移動手段として使う電車の中で、60代の人間って別に珍しくないんじゃない?この判断基準によって、論議は180度変わる気がする。相手が「老人」でなければ、この若者に非は全くなかったワケだ。若者の発言の内容について言う人もいるが、相手にあんな態度をとられて冷静に正論だけを述べられる人がいったいどれだけいるだろう?そもそも、若者と「どっちもどっち」くらいにしか比較されない時点でこの「老人」の相当のレベルの低さが伺える。何のために「老人」になったのかね。自分と同等か、それ以下のレベルの相手を敬えと言われても無理なハナシ。
このコメント群、立派な「良スレ」と成り得ているのではないでしょうか。僕(20代)の意見です。若者の言い分、年寄りの言い分、若者賛同派の言い分、年寄り賛同派の言い分、どっちもどっち派の言い分、どっちつかずは認めない派の言い分、揚げ足取りの言い分、の全てに賛同します。ここまで多様な意見提示されたら、1個を選べって方が無理ですよ。むしろ本件で我々第三者にとって重要なのは、どちらかの正当性ではなく、このコメント群を上から下まで読むことにあるような気がします。
とりあえず、愛国ネチズンは「年金権」や年金制度について何も知らないことがよくわかったw「若い者が年寄りの年金を支えている」?! じゃあ、お年よりは今まで保険料を払ってきてないのか?w お年寄りが年金を受け取ってるのは、第一に今まで彼らが保険料を支払ってきた結果であり、第二に国民の権利としての「年金権」を享受しているのであり、そのことに文句を言われる筋合いは一切ないのだ。若者が将来、年金をもらえないかもしれない・・・なるほど、その心配はもっともだが、お年寄りが今、年金をもらえていることとは直接関係がない。将来の不安についての文句は、年金制度を破綻必至に追い込みつつ食い物にしてきた自民党政権や、制度に寄生した諸企業に対してぶつけるべきものだ。自分の権利が守られそうにないから、他人が権利を享受しているのをおとしめようという・・・これはまさしくアフォウな餓鬼の発想だなあwていうか、そもそも「世代間対立」っていうのは自民党のプロパガンダだろうにw そもそも年金制度ってのは積立方式でも賦課方式でも現役世代が支えるもんであってだな・・・いやいや、そもそも年金財源がヤバくなってきたのは高齢化社会うんぬんより先に、その運用の乱脈さとか、にも>かかわらず手数料収入で儲ける企業が存在することとか、そういう根本的な問題があるだろうが。いまのお年寄りにしても、年金を100%もらえてる人がどれだけいるかよ。しかるに、そういう制度の欠陥を「老人のせい」にするのが、愛国ネチズンにしてみれば「カッコイイ」わけだなwww・・・こうして自分から政治に目を閉ざし、「老人vs若者」のようなズレた論点に執着する脳奴隷ばかりだと、自民党もさぞラクだろうて(@∀@) 「脳みそ空き領域のゆとり教育」は、みごとに結実しているようだ。そういう、自分の権利も他人の権利も守ろうとしないヴォケが、年寄りになってから年金がもらえないのは、まあ、自己責任ってやつ? 犬のように道端でくたばれ。
若者の言葉の意図は分りませんが年寄りが現役の時に使い込まれた年金のツケで、老人が自己責任で犬のように道端でくたばらないように年金を払って無償で肩代わりしているんだから感謝しろ。お前らが政府に騙され失った分を俺達は分かっていても無償で補填してるんだ。て事じゃないかな?(@∀@)アサピー?釣り?
>>九郎政宗年金システムを駄目にした官僚、自民党政権共に支持してきたのは老人の世代だろ?なんで、選挙権もろくにない世代に負担押し付けて当然の顔してるんだかね・・・
。僑安綯棒は希望を素直に直接伝えるべきだし、譲られて当然という発想はおかしい。席を譲るのは善意によるもののはずです。年を重ねている=弱者ではないですし。ちなみに年を重ねている=敬うべきでもありません。さらに敬う=席を譲るではなく、いたわる=席を譲るだと思います。⊆禺圓寮覆鮠らない理由はこじつけに聞こえます。60代男性も年金は払っていたし、将来年金がもらえないのは60代男性の責任ではないですから。これは政治問題に発展する事象ではないのでは?だぢ緤未帽佑┐襪海箸任呂覆個人の問題では?。ァ屮法璽搬从」ということを考えるなら働くことの魅力を義務教育で教えれば効果ないかな?Δ蕕ださんは若者は安定した将来(年金)が約束されていないから勤労意欲がないとお考えでしょうか。私は勤労に魅力を感じていないからだと思っているのですが…。最終的に年齢とか外見とか全部関係なくて、素直に席を譲ってほしいことを伝えて譲ってもいいと思った人が譲ればいいのではないかと思います。長々とすみません。
老人を見たら、何か言われる前に立ったほうが問題おきなくていいね。っていうコメントをチラホラ見かけるけどこれから高齢化社会になるにつれ、電車を使う見た目老人っていうのは、すごい数になるように思います。そうなったときに、若い人たちは座れるんでしょうか、、、ずっと立ちっぱなし?それこそシルバー車両ができそうですね。座席は老人専用ってな感じで。
一応全部目を通した上で、自分の体験談。3年ほど前、膝の手術をしました。珍しい病気で比較的大がかりな手術だったため、しばらくまともに歩けませんでした。手術から1ヵ月後、やっと松葉杖が取れて、ふつうの杖をついて電車に乗っていた時のこと。まだまだ痛みはあり、鎮痛剤を飲んでもほとんど効かない状況だったので、唯一空いていたシルバーシートに座りました。膝が曲げられないので、不本意ながらも足を投げ出した格好になります。しかも、包帯が見えないようにロングスカートを履いていました。更に、荷物を膝の上に乗せると落ちそうになるので、必死に抑えるために座席の前の空間をかなり使っていました。背が低いので網棚には届きません。すると、後から来たオバサン(推定60代)の2人組が明らかに私に聞こえるように話し始めました。「若いのにシルバーシートに座ってる」「しかも足まで投げ出している。邪魔よねえ〜」「荷物ぐらいちゃんと持てばいいのに」おそらく私も同じ状況で杖が見えなかったらそう思っていたと思います。ここまでなら我慢できるのですが。電車が急停車した瞬間、オバサンひとりが手術したほうの足に激突。血の気は引くわ、冷や汗は出るわ、あまりの痛さに涙まで出てくるわ、倒れた杖もかがんで拾えないわで散々でした。それで、明らかに具合が悪そうなのに、オバサンはこっちを一通り睨んだ後、「ほんっとに大袈裟よねえ〜」「足投げ出してるほうが悪いんじゃない」挙句の果てには、「杖なんか持ってわざとらしいったらありゃしない」とまで言っているのです。今となっては「運が悪かった」と思えるのですが、その時はさすがにショックで家に帰って一晩泣きました。長くなりましたが、言いたかったことは、「パッと見ただけで判断してほしくない」ということです。それと、弱っている所に聞こえよがしに嫌味を延々言い続けられると、それだけで傷つきます。そんなことができる神経がわかりません。私の場合は、心療内科で治療を必要とする状況になった原因のひとつとなりました。たったこれだけのことで、と思われるかもしれませんが、実際、医者に言われたとおりのことです。電車内のいざこざはよくあることかと思いますので、常によく観察する習慣をつけ、想像力を働かせていたいと思います。そうすれば、今回のブログのお話みたいなことも減るだろうし、見えないところに疾患のある人が不快な思いをすることも減るのではないかと思います。長文失礼しました。
(´皿`;)TBNでの記事を見て来ました。面白かったです。シルバーには座りたがらないご年配の方が多いですよね。本人達も自分たちがシルバーシートを譲ってもらう歳なのかそうでないのか難しいのかもしれませんね・・。それは私たちが老人にならないとわからない気持ちなのかもしれませんね。
んー。こういうのって、譲られたら「ありがとう」、譲って貰えなかったら「残念」でいいと思う。おじいさんは、いやみを言っちゃった時点で負け。それで譲って貰っても、その行為は既に好意からのものじゃなくなっちゃってるし。若者も、いやみに年金の話で反撃しちゃった時点で負け。ストレートに、僕も疲れてるので他の人に頼んでください、でいい。お互い、素直に本音を言えばよかったのにね。
「思いやり」についてここで「思いやりを持とう」のみを言っている人の言う「思いやり」とは、老人、若者の双方に言っているのだと私は思います。老人は、嫌味なんぞを言わずに譲ってくれと言えば良かった。若者は、老人(60代が老人かどうかはさておき)が目の前に立っていたら席座りますか?ぐらいは言えば良かった。つまり、この議論の論点は(すでに何度も言われていますが)老人と若者の対比「ではない」です。要するに、双方に思いやりがあればこのような問題は起こらなかった、と「思いやりを持とう」と言っている人は言いたいんだと思います。一応言っておきますが、「席を譲りましょう」は老人には限らず、年齢・健康不健康関係ありません。この場合は、相手は子供や同年代でも良いです。立っている人を座らせてあげる、これが「思いやり」ではないでしょうか?まあ、そんな聖人君子みたいな人はなかなかいませんが^^;また、譲ってもらったときに、しっかりとお礼が言えるのも「思いやり」だと思います。 「礼を持って礼に答える」そういう意味で、あえて私も言います。”できるだけ”「思いやり」を持ちましょう。
二日ぶりにみたけど、まだ盛り上がってますね。酒飲んだ勢いでw>>Posted by at 2005年04月27日 11:03自分で正論はないといいながら、大上段からの物言いwしかも、1行目の自分の言葉を2行目では忘れてなぜか若者叩きにwその後まったく根拠もなく、理論としても成り立ってない愚痴を並べた挙句の最後の捨て言葉w全ての言葉がこいつ自身に当てはまるwいったいこいつが何歳かわからないが、そこそこの歳食ってる気がする。こんなのが普通に生活できるんだから、日本もやばいなあw>Posted by なんだかなぁ at 2005年04月27日 22:42てか仕事行くあんちゃんのほうが偉いだろwおまえはニートが一番えらいと思ってるのか?w歳を食えば偉くなるってのも考え直したほうがいい。労害撒き散らしてるのもそこらにたっぷりいるんだしw歳を食って謙虚さを学ぶ人は敬われるべきだが、こんなあほはさっさと退場していただきたいものだ。あと、年金もらって働かなくても生きていけるのは、この老人が偉いからではなく、年金の制度自体がおかしいから。この若者は間違ってることはなにも言ってない。でもまあこの状況で出すべきじゃなかったとは思うが、この老人はいままでそういうこと考えもしなかっただろうから、結局はよかったと思うけど。老人擁護の発言は、どれも脳が足りないのかなという意見ばかりだなあw今の年金制度がどう正しいのか、この老人のどこを敬えばいいのか、そこらを説明してくれないと、脊髄反射で「老人を敬うんだ」っていう御託だけじゃ、儒教が腐ったどこぞの国の人と話してるみたいw
おもしろいすね。オレは最初から座らない。譲る、という行為自体苦手なんで。電車ではほとんど座ったことがないです。ガラガラなら別だけど。初めから座らなければ、その分誰か座るんだからそれでいいや。
老人が乗ってきた時点で席を立つべきって言ってる人は電車が止まるたびに乗ってくる人チェックしてるんでしょうか・・・。自分は言われれば譲りますけど、何も言われなければそのままです。電車だってタダじゃないんです、みんな金払ってるんですから、若かろうと座る権利はあります。年寄りだろうが若造だろうが誰だって何かすれば疲れるんですよ。確かに老人の方が疲れやすいかもしれませんが、その老人は若人と同じことをしていて疲れたわけじゃないので、この場合に譲るための「疲れ度」の比較対象にはならないと思います。遊びで疲れるのと仕事で疲れるのとは全然精神的に違うものがありますし。まあこの兄さんは出勤中みたいですから丁寧にお願いされれば譲ってあげてもいいとも思うんですが。あと、若人の発言は譲りたくない理由じゃなくて、嫌味に対する応酬なんじゃないかと思います。もし丁寧に「譲ってくれませんか」って言われて断る時には同じことは言わないと思います。(それでも同じことを返すならどっちも悪いです)年金の話も老人に関係ないとは言い切れないと思いますよ。若人が投票権を持つ前に、老人たちが投票したり、支持した人たちが今の年金制度を作ったわけですから。「年金払ってやってる」って思っても不遜じゃないです。「積み立ててる」のは書面上の話で実際は今若人が支払ってる年金って老人の受給にまわされてるわけですし。長文失礼。
若者、老人両者共にちゃんと運賃を払って乗車しているんでしょう。つまりあれだ、JRが客の分だけ席を用意してないのがわる(ry
年齢関係なく、常識を守る人と守らない人はいます。経験と知識と「常識」がある老人は尊敬すべき存在なのは変わらないと思います。経験と知識があれば「常識」を強調する必要が無いはずですが。また別の話ですが、世の中の賃金体系に文句だけを言ったって始まらないでしょう。自分が政治を動かそうとしない限り変わらない世の中のままだし、そこにメリットデメリットもありますし。今後の日本について若者の言う悲観的な将来もわかるけども、もっといい面もあるだろうと思います。現在の主要な政治家たちは40〜60代であり、自分たちの世代の都合しか考えていないという三流の日本政治を変えようとするためには何をするべきなのでしょうか?それはまた別の話で。兎にも角にも、今回の記事には年代も政治背景も関係ないと思いますよ。ただ常識がある人間と無い人間の差があるだけだと思います。お年より「優先」席、なだけで、お年より「専用」席じゃないって事で、僕も反論したことがありますのでw
論点がずれてきてるなもう一回冷静に本文読み直せこれだけじゃあんまりなので個人の意見としては、老人が”悪い”
ここで爺様の方も「バカモン!孝行は儒学のイロハなるぞ…」と一喝すればそれはそれで面白いのだが。それはそれとして、勤労青年の方がこれは正論!あちらも座りたければタクシーにでも乗ればいいのであって、病院帰りならともかくハイキング帰りじゃ”体弱い”とは理由にならんよ。だが、妊婦さんや目に見えて分かるお年寄りには譲ろうねと…。
なにが >年寄りが現役の時に使い込まれた>年金のツケで、老人が自己責任で>犬のように道端でくたばらないように>年金を払って無償で肩代わりして>いるんだから感謝しろ。>年金システムを駄目にした官僚、自民党政権共に支持してきたのは老人の世代だろ?だw その内容を言ってみろ。言えるもんならな。だいたい「改革」なんてのは、誰がそれを言ってるかによって内容が180違うこともザラ。「税制改革」が消費税導入、「健保改革」が国民負担増とイコールだったように、「改革」という言葉でナニを意味しているかが問われているわけだが、「ゆとり脳」野郎にはむずかしいかな(@∀@)
どっちが正しいとかというのとは別の視点で見るために、内容そのもの、また年齢という要素もはずして考えてみました。A:聞こえよがしに面と向かって言えない。心理的に、プライド、虚栄心が大きく働いている。B:公的なバッシングにひどく傷ついた。相手を特定して、自分なりの筋道をたてて意見を言った。未熟すぎるAに対してBがしたコミュニケーションは「説教」に近い。AがBのリスペクトを得るのは最初の段階から失敗していますから、リベンジは非常に難しいですね。
一通り読ませていただきました。見た目20代後半の38歳男です。この老人はいやみという言葉の凶器を振りかざした。若者はこれを振り払うため反論した。というだけです。若者の切り返しの内容は、とっさのことであったろうし、深く思慮された内容ではないでしょう。でも、このいやみをやめさせるという効果はあり、目的は果たした。電車内で意味不明なことをぶつぶつ言っていたりする老人、最近多いような気がします。正直怖いです。このケースは言葉のやり取りだけですんで良かった。正直、自分に向かってきたら、反論するだろうし、暴力等実力行使してきた場合は応戦すると思います。ちょっと話し外れているかもしれませんが、僕は結構社内暴力の被害にあっているので、こういうことを考えてしまいます。席を譲るかどうかの話については、真に席を譲らなければならないのは、明らかに辛そうにしている人がいる場合だけと考えます。老人だから無条件に譲るというのは、老人にしたって座りたくない人もいるでしょうから、意思表示ない限りこちらからゆずったりはしません。逆に、明らかに怪我や妊婦など座ったほうがよさそうに見える場合、譲ることは在るかもしれません。しかし、それは、車内を注意してみている余裕があるときです。なお、東京の場合ですが、通称シルバーシートはあくまでも優先席であって、すいている時や、優先されるべき人がいない場合は、別に普通の人が座っていても構わないそうです。といっても、我が物顔で座っている普通の人も多いんですけどね。若くても体調が悪くて座りたい時はあります。かく言う僕もHIV感染で内部障害の3級所持者です。普段は普通の人と変わらないと思いますが、まれに体調が悪くて、優先席を利用することがあります。まだ、そういう辛い状態の時に老人からの席よこせバッシングはされたことはありませんが、そういう場面に出くわした時は、どうか助け舟を出して欲しいと思いますし、逆に見かけた時は仲裁に入りたいと思います。
「若者なんだから立つのが当たり前」という人は、「外務省は外国の日本人のトラブルを解決するのが仕事、イラク3邦人誘拐に必死で尽力するのは当たり前」と言ってたプロ市民と同じ人だろね。そういう人は、どのような目的で、という問題を忘れている。たとえば、殺された奥参事官は現地のために必死で尽力していたが、イラクの3人は物見遊山と功名心で、ろくに準備すらしていなかった。これが同じであるわけがない。この場合、若者はハードな仕事の帰り、じいさんは遊びに行った帰り。これも同じなわけがない。
お互いにある自己正当化の思想に吐き気がした。老人は若者が席を譲るのを当たり前だと思っていて、わざわざ嫌みったらしく聞こえよがしに言う。対する若者は、年金原資作ってんのは俺たちだと居直る。どちらも自己を正当化している。もしこれが世の中の実相的な現象ならば、いつからこんな我が儘な人が増えたのだろうとすら思ってしまう。我々が期待したマナーは、互いに譲り合う光景である。老人に席を譲るべきであるというマナーは、本質的に親切心から出るものであって、お年寄りを敬う気持ちが根本にある。だが、親切は義務ではない。「べきである」といっても、それは個々人の良心の問題なのである。こうした個々人の良心がよりよい社会の文化を築く根本なのだ。従って、決して自己正当化とは相容れないものなのである。何故ならばより良く生きるためには、自己批判性が不可欠であるからだ。例えばこのケースであれば、あとあとお互いに、若者は「ちょっと言い過ぎたな。老人に席を譲らなかったのは事実だから、今度は率先して譲ろう」とか、老人なら「若者だって仕事もあるだろうし疲れているかも知れないから、あんな事は言うべきではなかった」などという反省を経るならば、この経験をより良い社会にと生かすことが出来るはずだ。私は、今回のケースが「若者よ良く言った!」という評価を得ていることに強烈な不快感を覚える。私たちはそんな我が儘・自己正当化人間が大手を振って生活している社会を望むのだろうか。
我が儘・自己正当化はヒトとして、というか生命体として根元的な原理でしょう。その上で、自己批判性(?=親切心)を発揮するのは社会生活を円滑にする為の人としての知恵です。常に自己批判的であろうとすると脆弱な個体になってしまいます。 理想論はともかくとして、現実には主に自己正当化するが時々自己批判(?=親切)をするというのが健全な姿と思います。 今までの風潮として、逆差別に見られるように、常に自己批判的であるのが美しいとされ、他人にもそれを求め、時に強要してきた社会がより自然な姿に戻ろうとしているのでしょう。これこそ社会の自己批判的姿です。 多くの人は、席を譲るな、といっているのではなく、席を譲って当然という風潮を嘆いているのだと思います。
まだ、社会の「いろは」も知らぬ身ですが、世の中の老人に一言。年取る前に電車に乗らずに済むくらい金貯めとけよ。正直、老人が電車に乗ってるのを見ると、それだけでこっちが悲しくなってくる・・・
御年寄りは大事にするべき。いたわるべき。でも、こっちにも選ぶ権利ぐらいあるよな。いたわりを強制する、されて当たり前だと思ってる老人には絶対に席なんかゆずらんよ。
若者偉いぞ!この問題もそうですが、電車やバスで待っている時、横入りする奴って、ほとんど年寄りじゃないですか?それも降りる人がいても、空いてる席に向って突進!年寄りには俺達に文句言う前に、自分の事をもう一度見直せ!と言いたい。
誰が今の日本を作った、とか、誰が今の年金を払っているんだ、とか、全く関係無い。恩着せがましいのはヤメロ。要は、電車という乗り物の中に、人間という生物(なまもの)が乗り込み、それぞれの目的地へ向かっているというだけだ。そりゃあ誰だって座りたいだろう。立っているより楽なんだからな(立っている人は、まだ余裕があるか、もしくは我慢している。後者が大半だ)。年寄りには優しくすべき。これはマナーであり、社会規範だ。ないがしろにするべきではないが、しかし、よく考えて欲しい。誰に、座っている若者を退かし、老人を座らせる、という権利がある?これは傲慢ではない。老人、若者、という前提があるにせよ、その権利は誰にも無い。何故なら、若者にだって事情があるのかも(あくまでも、かも、だ)知れないからだ。徹夜明けで、ものすごく疲れているのかも知れない。また、目には見えないが、怪我をしているのかも知れない。病気で、立っていることも、辛くて出来ないのかも知れない。座れたことに、真に安堵を感じているかも知れない。この点に於いて、風貌は全く関係ない(若かろうが、茶髪だろうが、サングラスしてようが、疲れてる時は疲れてるし、怪我もするだろうし、立っていられない時もある。人間だからな)。そしてこれは老人に対しても言えることだ。ハイキング行くくらいだから、元気そうに見える、と言えば言えるかも知れないが、実は以前から疲れやすく、電車のような密室状態の場所で長時間立ち続けるのは、普段の何十倍も疲れるのかも知れない(ハイキングなら、疲れた時は座って休めるわけだし)。ならば電車で立ち続けるのは困難だから、座りたいと思うのも必然だ。これは別に馬鹿にしているわけではない。年をとれば、自然に疲れやすくなる。これは自然の摂理だ。誰だって、そうなる(ここから老人は大切に、っていう考えが生まれてるわけだ)。こう言った双方の事情は、見た目には気付きにくい。というより、はっきり言って分かるわけがないよな(分かればエスパーだ)。ならばどうしたらいいか?自分の状態を正確に把握出来るのは、自分自身を於いて、他に存在しない。見た目や外見だけでは、その人の本当の状態は分からない。それなのに、若者は席を譲るのが当然なのに、と考えることが、傲慢なのでは?(相手のことを一度でも考えたか?)ましてや、「最近の若者はマナーがなっていない…」と本人に聞こえるように言うのは、言語道断だ。頼みもせずに「頼みも聞かない無礼者だ」、と相手を非難するのと同じ。相手のことを考えていないにも程があると思わないのか?それとも相手の苦労や疲れを知っていて言ってるのか?座らせて欲しいなら、嫌味を言ってる場合じゃないだろう。そんな言葉は喉から出て来ない。口から出て来る筈がない。本当に、切実に、絶対に、座りたいのであれば、今、必要に迫られているのならば、おのずと、頼む姿勢が生まれてくるのではないか?その気持ちが通じれば、その緊急性が通じれば、相手も嫌味を返すことはなかったろう。そこで初めて、会話が始まるいうものだ。その時に、若者が年金がどうとか下らないことを言うようなら、まず周りの人達はその人間性を疑うし、その場合は、若者が一方的に悪い。それにそんな時は、他の人が席を代わってくれると思う。相手がものを考えずに嫌味を言ったから、言われた者も嫌味で返した、ただそれだけのように思えてならないのは、私だけか?そもそも今回の老人が、嫌味を言い出したのは、何のためか、だ。二人の女性を座らせるため?それは(私個人は)違うと思う。いい格好を見せたかったから、が、理由の気がしてならない。何故なら、本気で二人の連れの体を心配し、気遣うが故に、座らせて休ませたい、と感じての行動なら、やはり嫌味は出て来る筈がないからだ。その気持ちが本物ならば、自然に「どなたか、座らせて下さいませんか?」、という言い方になるだろう。その確たる誠意が見い出せなかった上に、座る者(若者のことだが、ここで若者であることは関係ない)の品性を傷付けるような発言をしたから、若者も、相手を傷付ける物言いをしてしまったんじゃないか、と思う。これは、誰が悪いわけじゃない。ただその老人に、ほんの少しの思慮と、ちょっとの配慮が足りなかっただけだ。電車という、閉鎖的な密室で、不特定多数の人間が集まる場に於いて、最低限の礼儀は絶対に必要だ。それは、誰しもが持っている(筈の)人間性から端を発するもので、全ての人間に対して言えることだ。この人間性とは、人間が人間である為にあるもので、老人限定のものではない。ましてや、若者を縛りつける為にあるのではない。よく考えてみて欲しい。全員が座りたいと思っている。その中で座る者を卑下することは出来ないし、座る権利を軽々と主張することは出来ないだろう。誰しも我慢をしているその中で、それでも、貴方に座る必要がある時は―座っている者に立つ、という行為を強要する、という事実を忘れずに―頭を下げるべきだと思う。これは、座る者が偉いわけからするのではない。立ってもらおうというのだから、お願いする、という意味で、頭を下げるのだ。この礼儀を忘れた時、人は傲慢になる。しかしこの礼儀さえ忘れなければ、誰かに気持ちは通じると思う。でも、頼まないと誰も立ってくれない社会は少し寂しいし、自分で立っていられるな、と思ったら私は立っているように務めます。でも疲れてる時は務めないかな。
>誰に、座っている若者を退かし、老人を座らせる、という権利がある?これは傲慢ではない。老人、若者、という前提があるにせよ、その権利は誰にも無い。何故なら、若者にだって事情があるのかも(あくまでも、かも、だ)知れないからだ。 退かす権利がないのは、若者に事情があるかもしれないから、ではない。元々誰もそんな権利を持ってないからです。権利、とまで言うと大げさですが、着席は早いもの順が根本原則。着席した人が自主的に席を放棄した場合にのみ他の人が座ることができる。それだけです。あくまでも自発的な行為に限ります。 大抵は下車するので順送りに周りの人が着席しますが、例外的に下車しない場合でも他の人に譲ることがある、というだけのことです。 事情がなければ退かしてもよい、という考え方は危険です。
>誰に、座っている若者を退かし、老人を座らせる、という権利がある?これは傲慢ではない。老人、若者、という前提があるにせよ、その権利は誰にも無い。何故なら、若者にだって事情があるのかも(あくまでも、かも、だ)知れないからだ。 退かす権利がないのは、若者に事情があるかもしれないから、ではない。元々誰もそんな権利を持ってないからです。権利、とまで言うと大げさですが、着席は早いもの順が根本原則。着席した人が自主的に席を放棄した場合にのみ他の人が座ることができる。それだけです。あくまでも自発的な行為に限ります。 大抵は下車するので順送りに周りの人が着席しますが、例外的に下車しない場合でも他の人に譲ることがある、というだけのことです。 事情がなければ退かしてもよい、という考え方は危険です。
年金だの嫌味だの、社会的弱者&強者だの、老人は大事にしろだの・・・そんなのはどうでもいい。上記は、どれも的外れも甚だしい。敬うということは、キャッチボール。まずは自分が相手を尊敬するというボールを投げて初めて相手からの返事が来る。はなっから、相手を敬えていないような人間が、社会的な権利だの席だのという資格なし。年よりは頑固だから〜という意見もちらほらあるけど、頑固なら何してもいい訳ではないのは至極当然。余談だけど、このBBSで俺は席譲ってるぜ〜と言っている人で、どれぐらいの人が有言実行しているのやら…ネットだから何言っても問題ないので、こんな時だけ偽善者ぶってるようにも見えるな。
外見がチャラチャラしていたりしていても、悪なんてほんの一握り。良い人もたくさんいる。実際に一緒にいても気持ちが良い。少し自分の世代と違う格好をしていたり、ニュースで若者のマナーや道徳心の欠如を報道していたりするだけで、「最近の若者は・・・」「若いくせに・・・」こんなことは絶対に言って欲しくないし、ましてや、自分の両親、祖父母、そして、高齢者になったときの自分。決して言いたくない。だけど、老人のことばかり言ってもいけない、こちらからも、自分の体調も良くて、座席を必要としている人がいたら、黙って立ち、席を譲れると良いなと思う。最後に、「情けは人のためにあらず」な社会になると良いなと思う。 人に情けをかければ、それは自分に帰ってくる。互いに思いやり、互いに助け合う。そんな社会にしたい(なってほしい)と思う。
今の年金制度に不満があるなら、政治を知れとか立候補しろって言う人いるけど、今の年金制度を作ったのは老人たちなんだから若者が年金に対しての不満を言うのは当然じゃないかい?老人は数十年も政治に参加してるのに、若者に「不満があるならお前達がなんとかしろ」ってのはかなり無茶なことだと思います。
以前、昼間のJRで座ってウォークマン聴きながら本を読んでたら(語学のテキストで、そのリスニングテープ聴いてた)突然ひざをたたかれ、前を見たら、おばあさんが「席を替わってください」とおっしゃった。反射的に立ち上がると、おばあさんは丁寧にお礼を言って座った。シルバーシートは元気そうな人がお喋りに興じていた。きっとおばあさんは、この人たちに話しかけることができず、勉強してる私を親切な人だろうと思って頼んだんだろう、と思った。このおじいさんも、ちゃんと頼めば、よかったのになぁと思いました。なんかずれてるかもしれないけど、思い出したので。。
私ごとで恐縮ですが、少し似たような体験をしたことがあります。地下鉄に乗った私は、乗ってすぐに体調が悪くなりどうしても座りたくなったので、普通の席が満席でしたのでしょうがなくシルバーシートに座りました。その時シルバーシートは左から私(20代)・50代前半のような中年男性・老人 で、4人掛けでしたので中年男性は真ん中で幅を取って座ってるという状態でした。(足を広げていた)次の駅で老人が乗ってきたのですが、譲ろうにも私は具合悪く立ちたくなく(これがわがままなんでしょうか)、中年男性さえ詰めれば座れるのでそのままにしていました。そうしたらその男性が私に、席を譲るよう強要してきたのです。かなり乱暴な言い方でした。おまけに「早くどけろ!」と私の肩を強くどつきました。それで思ったのですが、シルバーシートという存在を私は理解してなかったのかなぁと。若者はどんなことがあっても座ってはいけない場所なのだろうかと。妊婦やケガ人はひと目見たらわかりますが、体調不良の人はやっぱり座るべきじゃないんでしょうか。たんなる中年男性の早とちり(私が健康だと思っていた)でしょうけど、私はその横暴な態度に腹が立ちました。「おまえが詰めればええやんけ!」と言ってやりたかった(笑) 人をどつく元気があるなら。「俺は正義の味方だ」というようなえばった言い方と態度は、私じゃなくても感じ悪いですよね。他の中年の男性の方には申し訳ないのですがこういうマナー問題で暴力的(言葉も)なったりするのは中年男性が多いです。時代を支えてきた功労者ではあると思いますが。昔でいう「オバタリアン」の方がずっと親切だなぁ。
>>サングラスの理屈に老人が勝てなかった、それにしたってこの爺さん格好悪いな。もう、儒教的な道徳は時代に合わないって事かな?
社会的弱者には、席を譲ってあげよう。このじいさんは、頭が弱い弱者だから、席を譲ってあげようねw。冗談はここまでにして。双方ともに、情状酌量の余地無し。老人は席を譲られて当然と思った爺さんは、そもそも大きな勘違いをしている。席は「譲ってもらう」のだ。想像してみろ、自分の孫に、小遣いもらって当然と思われて、挙句、嫌味言われたらどうだよ。(色々無視した喩えですまん)先の人たちも書いてるけど、譲る行為は善意であって強制じゃないが、弱者には手を差し伸べてやるほうがいい、それは当然。だが、手を差し伸べてもらって当然と思い(思うのは勝手だが)その理念に基づいて行動した時点で、その行為に正当性は無い。弱者は、弱者であるが故、時折、重荷となる。それを肝に銘じて、「慎み深い弱者」を心がけるべきである。と、思う。一方、若者。爺の嫌味(これを言った時点で、爺にまったく正統性は無い)に対して、年金を作ってやってるだの、焦点のぼやけた、短絡的な、単なる暴言とも取れる発言をしている。反論するなら、もう少し、理論立て手筋の通った反論しろよ。嫌味言われてる間に、色々考えられただろうに。さもなきゃ黙っとけ。相手の傲慢な態度に腹を立てたんだと思う(それとも、単に、嫌味に切れただけか?)が、年金を「作ってやってる」とか言ってる時点で、おまえの主張に正統性は無い。と、自分は考えた次第であります。(駄文ですまん)
大変面白く読ませて頂きました。少し話がズレるかも知れませんが、私が小学校のとき、図書館においてあった本で、これもまた電車の席での事ですが。登場人物は\覆忘造辰討い觴禺圻⇔っている松葉杖をついている人Nっているサラリーマンの三人で。簡単に言うと、座っている若者に、サラリーマンがお説教をして、松葉杖をついている人をそこに座らせるという話なのですが、考えさせられるのはそこからで、話は3人の視点から描かれてまして。サラリーマンの視点だと(若い癖に座って! 俺が注意してやる! 今日は良い事をして気分が良いな!)大雑把に言うとこんな感じで。座っている若者の視点は(肉体労働で今日は滅茶苦茶疲れた……、立つのは無理だ……)で。最後に松葉杖の人の視点は(席を譲ってもらえるのは嬉しいのだけれども、怪我の関係で一度座ると立つのにかなり困難、しかももうすぐ降りる駅なのに……)って感じのお話で、子供心に考えさせられました。あらゆる物事は、色々な切り口、視点が存在しているので、「これが答えなんだ!」と決めるのは考えを放棄しているようで好きになれません。今回のケースは、どちらにも思いやりが足りなかったという事かなぁと。長文失礼。
対象を個人から、集団に広げてしまうと、まるで関係ないのに無性に腹が立ってしまう場合がありますね。この場合、60代男性は、席に座っている若者を”現代の若者”と一括りして、逆に座っている若者も、立っている60代男性を”優雅に余生を過ごす老人”と纏めてしまっています。そうすると、自分の中にある”現代の若者”や”優雅に余生を過ごす老人”に対する悪感情が、ようやく出口を見つけたように一気に噴出してしまうから恐ろしいですね。この場合ならば、現代の若者は〜というよりも個人を特定して(嫌味はいけませんが)発言すればいいわけで、若者のほうも年金云々の話ではなく、そんな嫌味を言われて腹が立った事を言えば良いと思います。最後に、上の方でゼミで話し合ったという方。日常の出来事を、非日常に置き換え、なおかつ生命に関係することにまで発展させると、もうそれは話題が変わりすぎてしまい、議論の論点が逸れてしまっていると思われます。この場合は状況を置き換えるのではなく、様々な目線で分析したほうがよろしいのではないでしょうか?
前の仕事では、通勤電車に乗る時間が長かったので、比較的空いている車両を選んだり、混まない駅まで一駅戻って乗ったり、座れるように工夫していました。 こういうときは自分からはほとんど席を譲りません。せっかく快適に通勤するための行動をしたのに、譲ったらもったいないからです。もちろん、立っているのが本当にきつそうなお年寄りや、小さい子供を連れて大荷物を持った女性など、主観的に見て、大変そうだから仕方ないなと思って譲ります。 休日などに電車に乗るときなら、ちょっと年配の人がいたりすれば自分から普通に譲ります。感謝してもらえれば悪い気はしませんし。 でも、どちらの場合であっても席を譲ってもらうのが当然だという態度でこっちを見てくるような人には譲りません。そういう人間は嫌いだからです。 そのときの気分や状況や自分の好き嫌いで、自分から席を譲ったり譲らなかったりするのは悪いことではないと思います。そのときは他の乗客が席を譲ってあげるでしょうし。 私という人間は聖人君子ではないのでそんなものです。 ところで、書き込まれたコメントを見ていると、「敬老派」で若者に対して、妙に攻撃的な書き方をしているものがわりと多いのが印象的でした。 今回の話では若者は、失礼なイヤミを言われたことに対して言い返したわけですが、「敬老絶対主義」、「イヤミを言われても寛容な態度を取るのが正しい」という変な「常識」を盾に、若者の反論の内容の揚げ足を取るのもちょっとかわいそうです。 あと、理詰めで負けそうになって、「理屈・理論が絶対的なものになっている現代は怖いと思います」と返すのも何か違う気がします。
TBさせて頂きました。私の記事のほうにも書いてありますが、こちらにも掲示させていただきます(一部を変えて)問題はどこなのか、年寄りを敬えというのは正しいのか、それを利用して付け上がることはどうだろうか、年金システムがおかしい政府が問題なのか、選挙に行かない若者が悪いのか、etc...問題を出していけばきりがない。またこれら関してそれぞれがそれぞれ問題を取り上げコメントすると、そもそもその人の持っている価値観や前提、論点が違うから不毛な争いも起こってしまいかねない。これを議論する上で大切なのは、今までの歴史的事実や若者の発言・老人を敬え等の先入観をなくして、人間として正しいことをしたかを議論するべきだと思う。当然、人間としての経験が多い老人が正しいはずなのだが、これを見ているとそうは思えない。
負けそうになったかどうかは別にして...。ホントに人の行動を理詰めで規定し、そうして当然とか、そうするべきといってしまう社会、あらゆる行動に万人を納得させるだけの理由を要求される社会は怖くないですか?
初めて書き込みします。10代の若者です。この話はやっぱりどっちも悪いいんじゃないかと思います。席を譲って欲しいがためにいらぬ愚痴をこぼす老人、その老人に対し、自分が生産的な世代であり、今の老人たちの生活を支えている、というのを理由に反論する若者。どっちが正しい、正しくないというのは分かりませんが僕は両者のモラルによる物だと思います。老人には席を譲ってもらうに値する正当な理由があり、それを元に話をしているのならば問題ありませんし、その場合は、若者は席を譲るべきであろうし、逆に老人が「自分は年寄りで、席を譲ってもらうのは当然である。」というような考え方ではでは、若者は席を譲る必要はないと思います。ただ、「若者は老人に席を譲らなくてはならない」という義務があるわけではありませんし、逆に「老人には必ず席を譲ってもらえる権利がある」というわけではありません、やっぱり個人個人が席を譲る・譲らないということに対してどんな思考を持ち得ているか?という問題になるのではないでしょうか?今回はこの事に対する考えの違いがこのような出来事を生んでしまったのでは無いかと思います。だらだらした文章になってしまいすみません。
私は40代の男です。まだまだ元気だと自分では思っています。通勤は2時間近くかかりますが、運動不足を補う(医学的に効果があるのかどうかわかりませんが)ために、電車に乗ってもあえて立っています。(私の利用する駅は始発駅なので、2・3本電車を待てば確実に座れます)そんな私ですが、3年ほど前、急病を患いました。生死の境をさまよい、2ヶ月の静養ののち復職しました。このときは、半年ほどの間は、とても立っていられる状態ではなく、席が空けば必ず座っていました。なにしろ、立って通勤するだけの元気がないのですから。でも、傍目にはそんな風には見えなかったでしょう。私は、体格が大きく、見た目が頑丈ですから。当時は、見た目と違って中身はがたがたでした。再発したら、次は命の保証をしないと医者に言われていたぐらいです。らくださんのブログを見て、賛否よりも、その立場になってみないと気がつかないことってあるんですよ、っていうことが言いたくて書き込みしました。人間の優しさって何でしょうか?まとまりのない文章ですみません。
私はどちらに賛成、反対などというものは不毛だと思います。今は社会情勢の変化に基づく道徳の転換点ですから、過去の道徳基準では物事が計れなくなってきているからです。「御年寄りを大切に」、というものが古今東西正しい概念ではないという根拠として、例えばモンゴルを中心とした草原の騎馬民族は、馬に乗れなくなった老人は「ごみ」同然に扱ったそうです。厳しい草原で生きてゆくためには年寄りに構っている暇など無かったのでしょう。中国人はそれを見て、騎馬民族をますます野蛮だと思ったそうです。中国を中心とした儒教国家では、親への「忠」がもっとも大切にすべきもの、つまり「お年よりは大切に」へとつながるわけです。農業地域では、長く生きている人のほうが気象や作物についてたくさんの知識があるので、大事にしようという風潮になったのではと思います。日本はまだ儒教の影響が残っていて、「お年よりは大切に」を当たり前だと、そしてそれが良い風習だと思っている人がたくさんいるようですが、時代と場所によって、或いは社会情勢によって、それは変わっていくものだと思います。今の日本は社会の転換点といわれていますし、人口の4分の一以上を老人が占めるわけですから、ただ「御年寄りを大切に」では通用しなくなるでしょう。新しい道徳の指針が必要とされていると思います。失礼しました。
シルバーシートってやっぱり老人優先、というか、年配のヒト優先の席なのか?じゃぁ、50歳と60歳がいたら60歳が優先されるのか?俺から見たら50歳も60歳も両方シルバーって感じなんだか・・・良くわからん
まあ若者の面前でああいう事言うのが凄いわ。この老人実はテクで使ってたのか?老人に席譲るかどうかなんて座ってる方の自由意志であって(これは譲るベキ、という話ではないと思ってたんだが、よっぽど見ててヤバイなという時とか、自分に余裕があるときとか、あくまで座ってる側の自由意志つか、気分次第なんではないか極論)。まー、お年寄りを大切にすべし、というスローガンで、その具体的行動が「席を譲る」しか思い浮べる俺は駄目人間かもしれないけど。周りに知り合いの年寄りつーのがいない。ただ老人の年金はその若者よりも、老人自身が稼いだ割合が高いと思う。
悪法も法、という。若者は言い返しながら席を譲ればさらに面白いかったかもしれない。果たして老人はその席に当然のように座れたのだろうか?お年寄りに席を譲ろう、とよく聞かされるけれど、老人に有利なこういった精神性を育ててきたのは今の老人達だ。今の若者は政治に興味がない、政治家は無能だと言うけれど、さてそんな政治や社会も若者が受け継ぐまでは老人のものだった。そして若者を育てたのも、また老人だ。老人側を責めるように書いてしまったが若者側に非がないとはいわない。ただそういう観点も持たないと、社会のスケープゴートとして誰がいつ狩りだされるかわかったものじゃないだろう。
「年金の話は関係ないだろ」との意見が多いようなので反対意見を。積立て型で「自分の納めた額」を後で「自分に支給される」なら問題なし。しかし、今の老人は明らかに「自分の納めた額」より多くの年金を受け取っている。この差額が無から産まれる訳はない。その差額の分は若者が将来貰うはずの年金に皺寄せがいくことになるつまりは今の老人の悠々自適な人生は、今の若者の老後の蓄えを犠牲にすることにより実現されている。この自覚が老人にあれば、若者に感謝の念を抱くことはあってもこのような無礼な態度を取ることはできないはずだ>話は簡単で、「席を譲るべき老人がいたら、譲ってくれって言われる前に立つ」ハイキングにでかけるほど元気な、たかだか60台の老人が「席を譲るべき老人」ですか?>ハイキングした後って若くたって辛いよね、仕事は辛くてもいかないといけません。でもハイキングは辛かったら、行かなければ済む話です。
どっちが共感できるかと言われれば若者の方です嫌味を言おうとは思わないけど嫌味を言われたら文句言い返したくなりますから正しい正しくないで比べるなら両方正しくないと思うけど最近の若者は確かに怖いです外見で判断するのは良く無いけど茶髪でグラサンを付けてる若者なんて尚更怖いです直接言いにくいのは解ると思いますでも聞こえる声で嫌味を言ってるって事は直接言うより刺激させると思うんですが『直接言った訳じゃないから反論も来ないだろう』なんて考えがあったのかもしれませんが直接言わずに回りくどく席を譲るのが当たり前と言われて自分を省みようなんて思う人珍しいです席を譲ってあげよう!と思うのはその人の気持ち次第ですしその後の若者の反論の内容については嫌味に対して畳み掛けるように返すよりは丁寧な言葉で言った方がよかったと思います同じく畳み掛けるように言われた文句で自分を省みようと思う人は珍しいですから間違った事をしてても目をつぶったり納得できない嫌味を言われて素直に退くのは優しいさや思いやりとはまた違うと思いますと言ってもヘタレな俺 嫌味言われたら退いちゃうかも・・・
あー コメントが付いていたのでまだやっとるのかと見に来ました。 凄いことに…なってますね。 みんな暇なんだねー。らくだ様におかれましては、無理なきようユルリとなさいますように。 興味本位にトラバしてしまい失礼しましたですよ。初期はこんなに突撃が続出するとは思わなかったなぁ。
全部読むのに二時間かかりました。らくださんも大変だなぁと思いつつ個人的な意見を。事の発端は間違いなくイヤミを言った爺さんにあるでしょう。登山帰りで疲れているとか儒教思想とか言う前に、公衆の面前でこういうイヤミを言うのは大人としてどうかと。相手が茶髪にグラサンの若者(=軽そうに見える)だから言った…という風に思われるのも(相手がヤーさん風だったら若者でもイヤミなんか言ってないように思われる)、相手を選んでるくさくてなんだかなぁって感じ。若者の反論の仕方も(そもそも論点がズレてるし)悪かったは悪かったですが、休日出勤してるとこに更にイヤミを言われて、思わずカッとなる気持ちも分かるな。機嫌が悪いとその場に関係ないことでも、日頃の鬱憤をぶちまけたくなることって誰でもあるような。経済成長とか年金がどうのっていうのは(私も払って貰えなさそう世代なので言いたいことはあるけど)、この問題自体とは論点がずれてるような気がする。爺さんは婆さんたちにええとこ見せたかった、若者はたまたま疲れてて機嫌が悪かった。ただそれだけなんじゃないかと思う。老人と若者っていう構図だから儒教とか年金とか絡んだ話になったのかなと。心臓が悪くて〜というコメントがあったけど、私も体調が悪くて本気で死にそうなときに、老人にむりやり立たせられたことがあった。逆に老人に譲ってもらったこともあった。ただやっぱり、見た目が老人だから弱い=大事にされる「べき」、若者だから強い=ないがしろでオッケーっていう固定観念は、やっぱりどうかと思う。立場に甘えすぎている老人は確かにいるよねー。長文ごめんなさい!
年金についての指摘があるようなので、ひとつ。年金には、積立方式と賦課方式の2つがあります。二つの方式には一長一短があります。どちらが優れていると言うものではありません。積立方式は、自分が積み立てた分だけ貰うという公平さがあるが、経済情勢の変化やインフレに弱いという安定性に欠きます。対して賦課方式は、経済情勢の変化やインフレには強く安定的な老後の保障があるが、世代間の公平さに欠くという欠点がある。公平さと老後の安定とはどちらか一つしか得ることが出来ないのです。日本の年金制度は修正積立方式といって、積立方式と賦課方式の間を取っていますが(悪く言えば玉虫色のどっちつかず)、実質的には賦課方式に近い制度になっています。つまり、公平さは初めから目標とされていないのです。老後の為に年金を払いましょうという政府の主張自体が本質を誤ってなされています。
私見を言えば、国家が提供する年金は賦課方式でよいと思います。それは、政府として老後の安定を保証することが当然だと考えられるかです。積立方式の年金は民間の生面保険会社でも提供できます。老後の生活を豊かにしたいと思うなら個人的に年金を積み立てれば済む話です。不祥事が続出している社保庁にわざわざ委ねる必要はありません。汚職の温床を増やすだけです。
コメントの量がすごいですね!!参考にして頂ければと思い、最近あった出来事を書きます。先日、友人(女の子)とたまたま駅で出会い家が同じ方向なので一緒に帰ることになりました。彼女は見た目は健康そうな感じなんですが、足に障害があります。電車に乗ると車内に一つだけ席が空いており、彼女が座りました。(私は前に立っています。)二駅目の駅で、お年寄りの方が乗ってきました。車内はサラリーマンの方が多く、私と友人が最も若かったと思います。電車が発車すると、隣に座っていた中年女性が「あんた、若いのに席ゆずりなさい!!」と彼女にきつく言いました。大阪のおばはんという風貌の方で、声も多きかったので車内でかなり注目されました。老人も困惑した感じでしたが、何より彼女が一番辛かったと思います。中年女性に「彼女、足に障害があるんです」と言いたかったですが、彼女が望んでないと思い、私たちは隣の車両に移りました。お年寄りが座ったのかはわかりませんし、中年女性の方も善意でされた発言だと思いますが、正直かなりムカツキました。人は見かけで判断してしまいますよね。難しい問題です・・・
コメントの量がすごいですね!!参考にして頂ければと思い、最近あった出来事を書きます。先日、友人(女の子)とたまたま駅で出会い家が同じ方向なので一緒に帰ることになりました。彼女は見た目は健康そうな感じなんですが、足に障害があります。電車に乗ると車内に一つだけ席が空いており、彼女が座りました。(私は前に立っています。)二駅目の駅で、お年寄りの方が乗ってきました。車内はサラリーマンの方が多く、私と友人が最も若かったと思います。電車が発車すると、隣に座っていた中年女性が「あんた、若いのに席ゆずりなさい!!」と彼女にきつく言いました。大阪のおばはんという風貌の方で、声も多きかったので車内でかなり注目されました。老人も困惑した感じでしたが、何より彼女が一番辛かったと思います。中年女性に「彼女、足に障害があるんです」と言いたかったですが、彼女が望んでないと思い、私たちは隣の車両に移りました。お年寄りが座ったのかはわかりませんし、中年女性の方も善意でされた発言だと思いますが、正直かなりムカツキました。人は見かけで判断してしまいますよね。難しい問題です・・・
コメントの量がすごいですね!!参考にして頂ければと思い、最近あった出来事を書きます。先日、友人(女の子)とたまたま駅で出会い家が同じ方向なので一緒に帰ることになりました。彼女は見た目は健康そうな感じなんですが、足に障害があります。電車に乗ると車内に一つだけ席が空いており、彼女が座りました。(私は前に立っています。)二駅目の駅で、お年寄りの方が乗ってきました。車内はサラリーマンの方が多く、私と友人が最も若かったと思います。電車が発車すると、隣に座っていた中年女性が「あんた、若いのに席ゆずりなさい!!」と彼女にきつく言いました。大阪のおばはんという風貌の方で、声も多きかったので車内でかなり注目されました。老人も困惑した感じでしたが、何より彼女が一番辛かったと思います。中年女性に「彼女、足に障害があるんです」と言いたかったですが、彼女が望んでないと思い、私たちは隣の車両に移りました。お年寄りが座ったのかはわかりませんし、中年女性の方も善意でされた発言だと思いますが、正直かなりムカツキました。人は見かけで判断してしまいますよね。難しい問題です・・・
やはり譲ることが義務でない、皆お金を払って利用しているのだからあとは個々人の判断によると思います。そういった事からすれば、個人の判断を譲らせない方向に持っていく可能性がある悪口を言ってしまった老人の行動は悪かったと思います。また若者がとった反論の内容も悪かったと思います。ここは無視して座り通すかきちんと老人の犯している間違いを正すかではないといけなかったと思います。マナーを問題にするならこれは老人側に非があると思います。普段の鬱憤を出してしまった若者のマナーも悪いですが、そんな愚痴に年金の話題を出すぐらいの考えがあれば、老人が席を譲って欲しいと頼めばしぶしぶにせよ席を譲るぐらいのマナーはあると思います(というか思いたい)明らかに足取りが安定していないような人であれば自然と席を立つ人だっているでしょうが、自分がすぐに譲られないからといって文句だけを言うのは何か間違っていると思います。以前バイトの帰りに席が埋まりちらほら人が立っている電車で座っていたときのことですが、ある駅で乗ってきた老夫婦は車内を見回し、空席がないことを確認すると座席の前ではなく車両中央にある棒につかまり立っていました。しかしそのお婆さんの手をよく見るとなんと包帯を巻いています。それが切り傷か怪我かかぶれかはわかりませんが、少なくとも手にダメージを負っている老人が席を主張するでもなく棒につかまり立っているのです。それでは危ないのではないかと席を譲ったところ、「ありがとう」とお礼を言われました。そういわれればそれ以上の心配は余計なお世話と少しいい気分になり、隣の席が空いた時に座るよう進めてくれた老夫婦にお爺さんこそ座ってくださいと譲ることが出来ました。言葉1つでこういう連鎖も起こります。結局降りるまで私は立ったままでしたが降りる時にまた声をかけてくれたことでただ座って帰ったとき以上の何かを得られた気分でした。情けは人のためならず、時には何か逆の反応を受けることもあると思いますが、その一言のコミュニケーションがあると、また譲ろうかなという気持ちにもなり、結果として別の老人などが席を譲られることになるかもしれません。だからこそお互いがもっときちんとコミュニケーションをとる事が必要だったのでは無いでしょうか。席を譲る動作もコミュニケーションの1つです。今回の議論で心に残ったものはいい方向に向けて欲しいものです。ちなみにコメントでたまに見かける、ぶたれた、殴られた、大声で怒鳴られたなどは犯罪行為だと思うのですが・・・
うーん・・・。それでも自分の子供には「老人には席を譲れ」と教えるなぁ・・・。もちろん、判断は彼らに任せるが・・・。
若者の言っていることはちょっと見苦しいですが、お爺さんたちはかなりアレすぎます。こんな人たちに譲らなくてもいいと思うのが人情でしょう(若者の言葉は反論と言うよりもキレただけという感じですが・・・)。ですが、この記事にこれだけトラックバックがつき、コメント(私もその一人です)がついていると、やはり私は怖くなるのです。ここに書いた人たちは、こういうアレなお年寄りじゃなければ譲っていたというけれど、本当にそうなのかな、寝たふりとか絶対にしないのかな、と。私は脚に障害を持っており、片杖は手放せませんが、席を譲ってもらえることはほとんどありません。1時間の通勤をほとんど立ちっぱなしで過ごしています。体重とバランスを脚ではなくつり革で支える(ほとんど懸垂ですが)ぶん、右腕の筋肉や握力はかなりつきましたので、悪いことばかりでもありませんが、やっぱ揺れるとドキドキします(倒れたことも何回かあります)。たぶん外見がキモいのでしょう(笑)だから譲ってくれるひとがいると本当に嬉しいです。私が言いたいのは、あくまでケースバイケースだということなのです。私も障害者になる前ならば、この若者の気分(意見、とはあえて言いません)に同調したでしょう。しかし、いま実際に「がんばって」電車に乗っている身に置かれてみると、お年寄りがイヤミを言いたくなる気持ちも分からなくもないのです。まあ、私もまだ若者とは言える歳であり、高度経済成長を支えたお年寄りとはぜんぜん違うのですが。外見は若く、健康そうでも実は病を患っていらっしゃり、それゆえ他者に強要を受けたりして嫌な思いをした方のコメントもいくつか拝見しました。つまり、やっぱりケースバイケースとしか言い様がないのです。ケースバイケースである以上、私は老人や私と同様の障害者を見たらさっさと席をゆずることにしています。そうすればそれが「最良」でなくとも、自分のできる範囲では「最善」にはなるからです。イヤミを言われたり、また相手がどれだけ苦しんで立っているか考えてモヤモヤしたりするより、そういうことはとりあえず考えないで、多少辛くてもつり革にぶら下がっていたほうがナンボか精神衛生上よいからです。私は障害を負ってから、逆に席をゆずるようになった人間です。それは私が弱い者の身になってみてはじめて弱者の気持ちがわかったからでしょう。障害を負う以前は学校や仕事で疲れきったき、譲りたくないばかりに寝たふりをし、それにあまり罪悪感を抱くこともありませんでしたが、いまはお年寄りや障害者を見ると、どれだけ辛いか想像ばかりしてしまい、とても嫌な気持ちになります。以前の自分を考えるとほんとうにひどい人間だったと思います。若者が自分の「気分」を時代的な倫理に一般化し、それとまったく同じことをまた、しかもさきに老人がやっていました。同様に、これもまた大きな社会道徳の話ではなく、単に「こういうことがあった」ということでしかないというのも忘れないでほしいのです。そんなことはもちろん、こんな長文で言われるまでもなくみなさん分かっていらっしゃるとは思いますが、この記事自体をまた別の「一般化」と捉る人があらわれるのが怖いのです。この場合だったら私はどうしたでしょう?確実に私は老人がイヤミを言う前にさっさと席をゆずっているでしょうから、老人がイヤミを言うこともなかったでしょうし、それゆえこの老人がそんなイヤミを堂々と言うようなアレな人間であることも知らずに終わったでしょうね。人は外見からでは判断でない以上、ほんとうに辛い人がいるかもしれない以上、私は相手がたとえハイキングの格好をしていても、席をゆずるでしょう。最良ではなく最善を目指すのが「道徳」というやつなのではないでしょうか。イヤミを言われた後だったら?さっさと席をゆずる以上、この設定は成り立ちませんが、まあぜっったいに、こんなアレな老人には譲らないでしょうね(笑)
文中の青年は遊び人と思われてむかついたんだろうが、婆も3日遭難して命がけで帰ってきたのかもしれない。見た目で判断するのは良くない。イクナイ。しかしコミュニケーションを取らない事で問題を解決しようとするのはもっとイクナイ。なので率直な婆は一定の評価が出来る。青年には拍手を送りたい。
席を譲るのは必ずしも「当たり前」ではないと思う。「譲らなかった若者には思いやりが欠ける」という発言をして若者を非難している人を多数見受けるけれど、「譲ること」を強制したら、それって「思いやり」じゃなくて「義務」になってしまうように思う。「譲らなければならない」という正義感は間違いじゃないけれど、それは「思いやり」じゃなくて「義務感」だと思う。あるいは「正義感」。「あ、あのお婆さん、大変そうだな」と思った時点で席を譲れば、それで充分であって、それが「思いやり」だと思う。最低限、それが出来るのなら、この若者に非はない。それが出来る若者かどうかは、もちろん、分からないけれど、この時点で若者の「思いやり」の欠如を嘆くのは、間違った正義感だという印象を受けた。
昔、バスに乗っていたときの話。多分、塾の帰りなのであろう小学生ぐらいの女の子が座っていて、私はその隣りに立っていた。一生懸命、宿題の算数をやっているらしく、間違いだらけなので面白く見ていたのだったが、ある駅で老人が乗って来た。いつも元気でよく喋るお婆さんである。満席だったので、お婆さんは吊革につかまって立っていた。そしたら何が起こったか。いきなりバスの運ちゃんが放送。「赤いランドセルのお嬢ちゃん。お婆さんに席譲ってあげてね〜」おいおい。これってどうなんだろう。明らかにバスの運ちゃん、やりすぎではないかと思った。折角、席に座れて、宿題をやれて、一生懸命になっていて、そこでイキナリの攻撃。彼女は慌てて立ち上がった。結局のところ「思いやり」も押し付けてしまったら台無しということ。小学生なんだから立て。宿題ぐらい家でやれよ。そうなのかな? 私はそうは思わない。ごめんなさい。関係ない話題なんだけど、ちょっと思い出しただけ。
らくださんが書かれている「お年寄り」も「若者」もどっちもどっちですね。でも、コメントに書かれている意見を見ていて思ったことですが、私は優先座席というもの自体がおかしいと感じています。優先座席ではないから、自分より弱い人に譲らなくてもいいという考え方がはびこっていませんか?どんな座席であれ、自分より弱い人には座席を譲るべきではないでしょうか。年寄りでハイキング帰りでも、嫌味をいえるくらい元気なら座席に座る必要もないとは思いますけど。もっとも、若者でもヘトヘトになったり、見た目は健康でもそうでない人がいるので、あくまでも「自分より弱い人に席を譲る」のは、本人の自己申告で周りがとやかく言うべきじゃないでしょう。「情けは人のためならず」という言葉かあまりコメントの中にないように思えますが、私はこの言葉はとても大切だと思います。もちろん本来の意味でということですが。自分が弱っているときに席を替わって欲しいのならば、健康なときは弱い人に席を替わってあげるべきでしょうね。
この若者が老人になったら、なんて言うのかが気になるな。この手の人間は、自分が歩いていれば歩行者優先だといい、車に乗っていれば通行人が邪魔だというタイプだし。大方自分が年を取ったら、小賢しい戯言で相手を丸め込んで、席にふんぞり返りそうな気がするけれど。他人にした事は全部自分に返ってくる。もちろん、この若者が「俺は年を取っても席を譲ってもらわなくて結構」と思っているのならまた話は違ってくるけど。
> 他人の立場を知ろうとし、とか大層ご立派なことを仰る割に他人の事情を一切考慮しない意見を押し付けるヤメ蚊殿がキライです。押し付けるなら、単純に押し付ければ?オレのように。小中学生・高校生は座るな。あとは臨機応変に。オレがガキの時分は、ガラガラの車内でも座席に座らせてもらった事はない。ガキを甘やかすなよ。ケータイについて的外れなことを書いている輩がいたが、自分自身の体内にペースメーカー埋め込んだうえでいくらでもくっちゃべってくれ。たぶん死ぬけど。礼には礼を、無礼には無礼を。当然だ。無駄にとはいえ年をくっていれば、因果応報という言葉くらい知っているだろう。ちなみに、最近は老人の定義として75歳以上や70歳以上という年齢が基準として考えられるようになってきているらしい。障害がある場合や個人差は考慮に入れていないが、まぁ、妥当だと思う。弱者は率先して労わろう。時分が弱者になってみたときに、労わられる有難さを身にしみて感じることになる。元気なら、せいぜい有難がってもらおう。誰かに労わりを強制するな。労わりたいならテメェがやれ。偉そうに説教たれる前に、テメェが席譲れば? ってババァ、結構見るねえ。オッサンでもコゾーでも、年齢問わず、最近イヤホンの音漏れがウゼー連中多い。気づいたら注意するけど、それこそ自ら率先してボリューム絞れ。あとワキガのヤツら、病院行ってくれ。朝から気分悪くなると一日ツライ。公共の場で過ごすなら、周囲への気遣いってのは絶対に必要だと思うぜ、オレは。自らの欲せざるところを人に施すなかれ。それがマナー。簡単だ〜ね。
結局は売り言葉に買い言葉。老人の言い方が悪いに尽きる。あんな言われ方して、もしも席を譲ったのなら若者自身がとても惨めになっただろう。若者は勢いで言ったんだと思う。
うーん。どっちもどっち。。若者の言ってる内容は、一老人にぶつけることじゃない。八つ当たりもいいとこだし、席を譲らない理由にはならないと思う。(彼が席を譲ることについてどう考えてるか知りたい)でもたぶん、老人に対する不満じゃなく、社会や将来への不満が売り言葉に買い言葉で、咄嗟に出たのではないか、と推測。国に対して個人が無力なことへの苛立ちかな、なんて。あ、敬語は使うべき。見ず知らずの、まして老人に対していきなりその口調はないのでは?と思う。老人は、『若者は元気なんだから席を譲るべき』という前提の元に話しているけど、外見に表れない障害や体調についての配慮は皆無なのが気になった。また、嫌味という方法をとることで、若者に恥をかかせよう、不快感を与えよう、という悪意が見えたり。配慮を忘れずに直接意見すれば、結果は違ったのでは。確かに、お年寄りは現代日本を築いてきた功労者だし体力ない人が多いのは事実で、労られるべき存在だと、思う。私が若者の立場だったら、嫌味を言われる前に席を譲る。でも、特権を無条件でを武器として使ったり、相手を不快にさせるやり方で主張するのは、どうだろう。言動って感情に左右されやすいものだし、彼らの背景もわからない。状況だけ見て善悪を決めるなんて、すごく難しい。私が書いたことも、個人的意見でしかないし。ゼミで討論したって人がいたけど、成績がいい人たちの出す答えが必ずしも正しいとは、私は思わない。頭良いけど狂ってる人も、たくさんいるもの。道徳観って、本当に人それぞれなんだなあ。。
pay forward ということを言う人がいるけど、それはむしろ老人に対して言うべきことでしょう。嫌味を言ったから言い返されたのであって、頼めば譲ってくれたでしょう。若者が頼まれたのに断ったなら誰も若者を擁護しないだろうし、その場にいたほかの誰かが譲ってくれたはずですよ。嫌味を言った老人には誰も譲らなかった。若者が怖かったせいかもしれないけど、やはり老人の特権意識に腹が立ったからでしょう。言われる前にすすんで譲れ、なんてのは自意識過剰も甚だしい。人にはそこまで求めておきながら浅ましく嫌味を言う態度に腹を立てたのです。たぶん若者も。
仲間の女性二人を座らせてあげたかったにしても、高齢者組の男性の態度がこれでは譲ろうと言う気にもならないかな。褒められた事じゃないけど、ここまできっぱりと言い返せる若者が少し羨ましいかも。自分は余程のガラ空きでもない限り座らないようにしてます。こんな些細な事で気分を害したくないですし。
「言われる前にすすんで譲れ、なんてのは自意識過剰も甚だしい」とのことですが、普通、席を譲るときって、言われる前に譲りませんか?少なくとも、個人的には、言われてから譲った経験は一度もないし、そういう様子を見たこともない。席を譲った経験があれば、言われる前に譲るのが一般的な方法だということは分かると思うのですが…。
>ヤメ蚊さん>一般的な方法であっても、>言われる前にすすんで譲れと譲られたい側が思いこむことは違いますよ。相手が「譲るべき人」と判断でき、自分が「譲りたい気持ち」であればすすんで譲るのが一般的でしょうが、この老人が「譲るべき人」であったかどうかというのは上のコメントでも意見が割れていますよね(ヤメ蚊さんは「譲るべき人」と仰っていますが)。また、目に見える不自由さと目に見えない不自由さがあり、後者は(譲って欲しい旨を)言ってもらってから譲っているパターンも多いと思います。私個人の見方としては「見た目元気そうな老人」も後者に当てはまりますね。以上のことから一般的な方法であっても、普遍的な方法とは言えない以上、全てのケースには当てはまらないと思いますよ。あと、ここで若者に同調している人は、老人に席を譲る必要はないと言っているのではなく、「譲って欲しい」と言わずに厭味を言う老人に若者同様ムカッときたという意見が多いように思います。>状況として、本人達が譲って欲しいと願っているわけでしょ?当然、譲るべきですと仰いますが、これも言われなければ(この場合直接ではありませんが)わからないことで、「想像力を働かせなかったこと」を責められる人はいないのでは。「善意で譲る」ことはとても良いことですが「善意で譲らない」ことを「非」であるというのは、感覚的に理解できませんね。
どなたにあてたコメントについて、どなたから再度コメントをもらっているのか分からない。これでは、文脈から離れたところからのコメントをいただいたり、文脈から離れたコメントを返すことになりそうですね。少なくとも、批判的コメントをつけるのであれば、そのあたりが分かるようにしていただきたいところです。老人がいきなり大きな声で嫌みを言い出したのでしょうかねぇ。個人的には、その前に何か老人から譲って欲しいというような言動があったと考えるのが通常だと思いますが…。疲れたとか、足が痛いとか、どこそこ駅につけば空くよ、などと言ってみたり、アイコンタクトをしてくるとか…。その段階で、譲ればいいのではないでしょうか。もし、老人が電車に乗ってくるなり、いきなり、大きな声で、嫌みを言ったという設定であれば、その設定は、特殊な設定だと思います。らくださんの事案も、らくださんは途中で気づいたのだから、大きな声で嫌みを言うまでになにがしかのアクションがあったと考えるのが通常ではないでしょうか。
2005年05月02日 21:40のコメントを書いたものですが、ヤメ蚊さんの一連の書き込みを読み引っ掛かりを覚えたのでコメントをしたものであり、それ以前にコメントされた方とは無関係です。誤解を与えたようで申し訳ありません。ヤメ蚊さんは想像力が素晴らしいのはわかりますが、らくださんのお話を読む限りは、>大きな声で嫌みを言うまでになにがしかのアクションがあったということはわかりません。>アクションがあったと考えるのが通常ではないでしょうか。と仰いますが、私個人の意見としては「通常ではない」と思います。少なくともそこに何も書かれていないことを根拠にして話を進めるのは変ですよ。想像力を働かせるというのは本当に素晴らしいことですし、それを根拠に善意を持って行動する(席を譲るなど)ことも素晴らしいと思いますが、残念ながら私はそこまでの想像力は持ち合わせていません。そしてヤメ蚊さんほどの想像力を持ち合わせた人は少数派だと思われます(今までの自分が出会った中ではそうです)。自分と同じ程度の想像力を持った人間は世の中にいかほどいるのか、という部分にも想像力を働かせてみてはいかがでしょうか。個人的には、ヤメ蚊さんほどの想像力と善意を持ち合わせている方が少しでも多くなればとても良い世の中になるとは思うんですが(私も努力はしたいと思います)。しかし逆にいうと、老人自身も想像力を働かせていれば「この若者も足が悪いのかも知れない」と思い厭味を発することもなかったのかも知れませんね。
「高齢者」「若者」とひとくくりにするのは、それぞれの集団内でその性向は正規分布するのでは、と個人的には思います。想像力の個人の能力にも個体差はさるのではないでしょうか。今回のエピソードは、もしかすると各正規分布の端っこにいる者同士のデキゴトであったかもしれないのでは。今回のエピソードのおふたりは、いずれもアサーティブなコミュニケーションを行わなかったために、結果として心理的なしこりを残したのではないでしょうか。…そう考えると、最初に非アサーティブな発言を行った方が先に非があったといえるし、また、話しかけられた方もそれに対して、アサーティブであろうとする努力を行わなかった、ということでしょうか。
みなさん小難しく考えすぎな様な気がしてならないのですが。。。この場合って、喧嘩吹っかけた老人に非があるってことでお終いじゃないですか?老人だって、譲ってもらいたくて嫌味言ったというよりは、譲らない若者が憎たらしくて言ったんだろうし。そんな言葉かけられたら、怒りがこみあげますよねぇ?ままま、感情の問題なので、一概には言えませんが。嫌味言われても譲るって方はそれでいいと思うし、一般論としてそれを良いとか悪いとか議論したくはないですねぇ。。。
自分の隣に座っている彼女が、寝ている私を起こして、「ねぇ、この老人たち、座りたいみたいだから、代わってあげようよ」というか、それとも、「ねぇ、この老人が言っていることは腹立たしいから、何か反論してよ」というか。どちらを彼女にしたいと思うかっていう価値観の違いでしょうかねぇ。私は、前者を彼女(あるいは彼)として好ましく思う人の方が多いのかなぁという感覚だったのですが…。違うのかなぁ。
あぁ、やっと読み終わった。大量のコメントを読んで、多種多様な考え方を目の当たりにしてすごい良い経験をさせてもらったなと思いました。らくださんと、また皆さんに感謝です個人的には”100%・絶対・当然”といった事柄はありえないと思うんです。良いこと、悪いこと、その時の状況やらを差し引いて考えて人は「こっちの分が悪いのかなぁ」などと判断してるんじゃないでしょうか沢山の意見の中に、自分の主張を(正しいと)断定してる方がいましたが他を認めないということは、真に言えば否定してるんですよね。それは見る人に良い印象を与えない訳ですから(断定に対しての)否定的な意見も出てくるわけで・・・こうして考えてみると、電車の中の小社会もコメントの中の小社会(?)も、通じるものがあるのかも知れませんね。話は逸れますが>青山大の3年です。文学部です。ゼミで13人の生徒と、東大出身の教授と90分話し合いました。ネタだな。高校生か?まさか大学生が3年生にもなって自分たちのことを生徒なんて呼ばないだろ。このコメントにはハっ!とさせられました。釣りだとは思ってましたが「生徒」と「学生」の微妙な差に気がつくとは!自分では気がつかない、違った着眼点を持っている。そんな人が居るということを、改めて感じさせられたように思います。
>ヤメ蚊さん何か先のコメントからだいぶ論点がずれましたね。まあ皆さん仰ってることですが価値観は本当に多様ですね。自分の価値観としては「代わってあげようよ」の彼女はゲームやドラマの中のキャラには求める人格ですが、正直ずっと一緒にいると疲れそう。「反論してよ」(までいかなくても無視する等)の彼女の方が一緒にいてラクそう。とか思ってしまいました。そして、どちらが多数派かはあまり重要ではないと思います。中間の意見(どちらも彼女にしたくない・若者、老人ケンカ両成敗)というのも必ず存在するわけですし、多数派だから正しいというわけでもないでしょうし。私としては、今のところこのコメント群の中で割と多数派と思われる(大まかに言えば)、「若者の反論も格好悪いが、先にケンカを売った老人に最も非がある(よって若干若者寄り)」というスタンスです。>ももじさん確かに断定的な表現は反発を生みやすいですね(何しろこのお話の老人も若者も断定的な言い方をしているところに発端しているとも言える)。無論、この世には議論の余地などない絶対悪、絶対善というものがあるのでしょうが(尤もこれらの有無から意見が分かれることがある)、そんなことはこのお話のケースとは関係薄いように感じますし。しかし断定的な意見も含め、どれもこれもとても興味深いコメントであると感じました。文章力がないものでつい毎度長文になってしまい申し訳ありません。
個人的に、このブログの内容よりも、「お年寄りに席を譲らない」ことについて、賛同されている方が多いことに愕然としました。時代は変わったんだな、と。わたしも「お年寄りは大切に」と教わった世代です。不可抗力はありますが(ほんとに疲れてて眠ってたりとか)、お年寄りに席を譲るのは当然だと思っています。今回の話で、「(お年寄りに)嫌味を言われたから」とか、「優先席があるから」とか、「年金を払うのが(若者の)自分たちだから」とか、それが席を譲らない理由なんて悲しい。今の年金を作っているのは若い人かもしれないけど、今の日本を支えてきてくれたのは、お年寄りの世代の方々だと思う。それが分かってれば、お年寄りに対する親切って自然と出てくると思うんですが。
全部読むのに時間かかりました。私の意見としては、反論の内容は的外れな部分、正しい部分あるが、若者の対応は正しいと思います。この後席を譲っていたら最高だったのですが。老人は座りたいといっているので、ここでは譲ろうという人もいますが、譲ること自体は素晴らしいことだと思います。が、まずは是は是、非は非だということを言うべきかと。老人は労わるべきということ自体に異論は全くありませんが、それ以上に良いことは良い、悪いことは悪いと言うことの方が重要だし、言えることが理想的だと思います。多くの人が言うように、この老人の態度は非難されるべきものかと。あと、老人には席を譲って当然で、ここで譲らなかったこと(およびそれを賞賛する人)が正しくないという方もいますが、ここで書いている方の大半は「この」老人に対してであって、世間一般の老人に対してだと思います。その違いは大きいかと。最後に、私は席は老人のものではなく、立っているのがつらい人のものだと思います。(通勤時間が長いなども含め)故に自分の方が辛くないときは積極的に譲れる社会がいいとは思いますが、自分の方が辛いときにまで譲ることを強要する社会にはなって欲しくないと思います。あ、ちなみに私は大学生です。
>個人的に、このブログの内容よりも、「お年寄りに席を譲らない」ことについて、賛同されている方が多いことに愕然としました。お年寄りだからというだけじゃなくてハンディがあったり体調が悪い人も含めて、立っているのが自分よりつらそうな人には譲る、というのが多数派の意見でしょう。席を譲りたくないんじゃない。「病気やケガをしてても、年寄りには無条件に譲れ」という傲慢な意見には従えないだけ。>わたしも「お年寄りは大切に」と教わった世代です。私もそう教わりました。でも、実際に席を譲る大人って少ないでしょ?言行不一致な大人が多すぎ。そういうのを見て育った若者世代が席を譲らないからって、文句は言えないと思う。コメントで「私は席を譲る」と発言した皆様、有言実行でお願いします。
どっちも子どもじゃないかな?考え方とかが。お年よりの言動は稚拙だし、若者も反論してなおかつ席を譲らなかったのは度量が小さいと思う。言い返さず席を譲れるのがベストかな。反論するにしても、最後にはやはり席を譲って欲しい。それが大人の対応でしょ?(・・・しかしやっぱ実際こんなことされたら普通はむかつくよな・・・)お年寄りだって大の大人なわけで、嫌味なんて言わない方が人間関係円滑になることぐらい分かってるだろうに・・・。分かってなかったらご愁傷様、分かってて言ったならやはり子ども。双方幼い。あえて口語的に書かせてもらいました、そっちのほうが俺の気持ちがストレートに表現できそうだったから。ちなみに俺は大学生です。
私は、あきらかに座らないと辛いだろうと思われる方には席を譲ります。で、昨日の話。山手線で入り口側に立って携帯をいじっていました。ある駅で、目の前に老人が立ち私の携帯を払い「電源を切れ!!」そこで私は(ここシルバーシートそばだったのか・・・)と思いつつ「すみません」と、言い電源を切ろうとしました。が、なんだかその乱暴な態度がおかしいと思い「いきなり手を出してきたらびっくりするでしょ」といいました。(強くない口調だと思います)老人は「こっちは命にかかわるんだ!外に出ろ!」たしかに、言ってることわかります。でもね、口があるじゃないですか。人間には言葉ってものがあるんだから、口で言えばいいのに。。。と思いました。こちらとしては、外に出る義務もないので車外にでませんでしたが....確かに、シルバーシートそばで電源をきらずに携帯を出していじっていた私に非があると思います。でも、マナーをお互い守れないからトゲトゲとしたやり取りになってしまうんだなと反省。私事で長くてすみません。
若者を非難している人はほとんどこの老人が元気だったという点をまるで無かったかのようにスルーしてるね、若者の政治的発言云々よりそっちのほうが重要じゃない?
はじめまして、読ませていただきました。この若い人は(っていっても俺より年上ですけど)ただ自分の譲りたくないという欲望で老人の方に意見したんですよね。それってとってもすばらしいことなんじゃないかっておもいます。でも老人の方もやり方はまずかったもののお連れの方への好意でやってしまったものです。だからどっちが悪いとかいえるもんじゃないとおもいます。 第一「席を譲る」これは好意でするものであって絶対しなくてはいけないものではないです。だから席を譲るのは老人の方の「席を譲って欲しいな」という思いと、譲る側の「あ、席譲ってあげようかな」という双方の思いが重なったときに生まれるもんだとおもうんです。だから譲る側もそう思わなかったらしなきゃいいし譲られたい側も催促するようなことを表に出さないでいいわけですよ。 もちろん相手の気持ちなんてそうそうわかるもんじゃないので断られることもあるとおもいますがそれは双方の思いが重ならなかったということで受け入れればいいし断るほうも失礼にならないように断ればいいと思います。えー、中学生のくせになんか生意気なこといってるかもですがコメントさせていただきました。しかも700人目?キリがよくていいかもw
やっと読み終わりました。この様な場面に遭遇したときは(と言ってもイキナリイヤミを言われたときですが)まず席を立って相手を座らせ見下しつつ仕返しの口撃をしようと思いました。政治の話なんて難しいことは持ち出しませんが。大人気ないですね。ちなみに私は小さな子連れにしか自発的に席を譲ったことがありません。怪我人や妊婦を見かけたことはまだありませんし、立つのが辛そうなのに電車を利用している御老人も幸いながら見かけたことはありません。要求されれば席を譲らないわけにはいかないと思いますが、分別のある大人でしたらきちんとお願いくらいできますよね。普通は。席を譲られても「いえいえあなたこそお疲れでしょうから、お気持ちだけ」と見栄を張り、再度進められてから「それではお言葉に甘えまして、ありがとうございます」そう言えるほど心も体も健康な老人に私はなりたい。
年寄りだからって何でも優遇されると思ってるのはまちがいだよ。若者より所得が多いのに、年寄りだってことだけで、税金の控除や医療費の軽減などいろいろと優遇措置がある。守ってやらなければならないのは弱者であって、弱者のふりした偽物は守る必要はないんだと思う。
こうやって複雑になると、みんなナーバスになって、シルバーシートだけ過疎になるんだな。満員電車なのに、シルバーシートだけ空席。そんなんなったらやだな。ここコメントみてて、ああ自分は若いけど、体調悪くてぶっ倒れそうなときは、席をゆずってもらうようお願いするのもありなんだなと、初めて気づいた。
お年寄りに席を譲るべきかどうかは、人によって意見が分かれますけれど、この老人のような人に自分が出会ってしまった場合、どうすればよいかを、自分なりにかんがえて書いてみました。確かに老人の横柄な態度には腹が立ちますよね。でも若者の言い方では第三者がいやな思いをします。老人のような横柄な人間は、どんな場所・時代にも存在します。こういう人間、特に老人には何を言っても無駄だと思われるので、どんなに腹が立とうとひたすら下手に出るのが一番だと思います。しかも穏やかで丁寧な言い方で。この場合なら例えば、「すみません、土曜出勤で頭がボーっとしていて気が付きませんでした、しかも自分にはあなた方が席をお譲りするほどのお年だとは思えないほどお若く見えて」といって、席を譲る。この際サングラスをはずし、疲れてちょっと困ったような顔をするとなお良し。本当に席を譲れないような場合はその理由をこれもまた、「できればご婦人がたにお譲りしたいのですが…」と前置きして、丁寧に述べる。横柄な、しかも若者をひとくくりにしてしまうような老人の言うことには、正面きって対峙するより、相手を持ち上げて、周りを味方につけつつ対応するほうがよいと思います。こういう老人に限って自分は若いといわれたがりますし、丁寧な対応で、他の、茶髪でサングラスに偏見を持つ人たちも見方が変わるでしょうし。若者が反発してしまうのもよくわかるけれど、一部の、しかも赤の他人の老人に対して、まともに張り合うのは賢くないと思います。理屈がとおっていても、言い方が悪ければ人はなかなか味方についてこない。これはこの場面以外の、例えば仕事でも当てはまりますし、日本よりも理が通ることを好む、アメリカでも同じです。相手がどんなに馬鹿だと思っても、周囲に反感を与えないように対応する、そして自分の身近に居るお年寄りと、老人の態度について話す。非常識だと、同意してくれるお年よりも多いと思いますよ。
議論の中の発言で“当然”なんて言葉は使うなよ。(言うまでもないってならいいけど)この若者はイクナイって言うコメントはほとんど理由が理由になってないよね。
若者のこんなにもダッサイ行為と、ずれまくった詭弁に同調してる人が結構いるのに唖然。何で「かっこ悪ぃ」って思わないの???このガキもそこまで自分のポリシーに自信あるなら、何を言われようと堂々と座ってりゃあいいと思うのだが。そのほうがよっぽどまし。確かに老人の嫌味は褒められたもんではないが、譲って欲しいならちゃんと頼めってのもどうか。ちょっと考えてみて欲しい。「すみませんが席譲ってください」って何の抵抗もなく言えますか?老人は元気だったとか若者を弁護してるのもいるが、どうやって他人の体力や疲労度を客観的に判断するの?そんなこといいだしたらいつ席譲るの???確かに、見た目屈強な若者だが実は義足だとか、顔はふけているが体力は旺盛とか、見た目で判断なんかできない場合もある。でもそんなこと言い出したら切りがない。だからこそ「老人に席を譲る」ということをマナー化したんじゃないの。俺は仕事でお前は遊びとかってズレすぎ。じゃあこの若者は席を譲るときに互いの疲労度や体力、電車の利用目的をいちいち討議してから譲るのか?結局こんなみっともないこと言い出すガキンチョはどんな場合でも自分から席譲ることはないと思うよ。仮に老人が嫌味をいいだしたのが事の発端としても、老人が嫌味を言い出すまで若者は黙って座ってたわけでしょう。それに、そんな嫌味を言われたって「これは気がつきませんで」って一言言って席立てばいいんじゃない?そのほうがずっとかっこいいよ。道徳とかを持ち出す気はない。だが、大人の男としての「かっこよさ」を追求する気がない、理解すらできないって人が多いってことなんだろうなとは思う。醜い日本人増殖中ですな。
>道徳とかを持ち出す気はない。だが、大人の男としての「かっこよさ」を追求する気がない、理解すらできないって人が多いってことなんだろうなとは思う。醜い日本人増殖中ですな。「かっこよさ」の概念、どのような言動がかっこいいか、は個々人で違います。あなたが「一言言って立つ」ということがかっこいいと思っていても、私は「老人の態度の悪さを言及して立つ」ことがかっこいいと思います。そのような違いがある中で自分だけの良さを適用して「醜い日本人増殖中ですな。」というのがあなたにとっての美しい日本人なのでしょうか。いままでのコメントをある程度読めば、どれほど人の価値観が多様化しているのかは十分わかります。そのことを念頭に置いた上で発言なさるとよろしいかと思います。
>ノブそりゃあハイキング帰りだから明らかにその辺のお年よりよりは元気でしょ俺だったらその状況下にいれば立たないな。
老人の立場をサラリーマンに例えるならば…「昨晩飲みすぎて朝起きるのが辛いから仕事を休みたい」なんて事を平気で言う人間がいたとする。いやいや、ちょっと待てよと。飲みに行くのは勝手だけれど、仕事に支障をきたすほど遊びまわるのはおかしいのでは、って皆さん思いませんか?なんかうまく言えないんですけど、好きでやってることのつけ(帰りの電車が辛いのは明白であること)が回ってきてるだけなんだから多少は我慢しろよってことです。若者の考えに全て賛同しているわけではありませんが、もし自分が同じ立場(自分の疲労具合にもよりますが)ならこの老人には進んで席を譲ろうとは思いません。
>ノブ氏老人擁護派の意見の中では筋が通っている方だと思うけど・・・最後の一言で台無しですね。自分と意見が違うというだけで「醜い日本人」呼ばわりすることの方が「かっこ悪ぃ」と私は思います。
土曜日の夕方この車両に乗り合わせた人たちの中で最も疲労していたのはもしかしてこの高齢者たちだったかも。 だがこの3人が乗車してきた時点で、周囲の人は誰一人として席を譲ろうとしなかった。 若者の言説はそういう人たちの心理を見事に代弁しているような。
>土曜日の夕方この車両に乗り合わせた人たちの中で最も疲労していたのはもしかしてこの高齢者たちだったかも。その通りかもしれないし、当の若者だったかもしれないし、その他の誰かだったかもしれない。つまり、考慮する意味が無い。
体力的に疲れてた疲れてないの判断ではなくて、この問題は心の問題だと思う。心に余裕があれば、誰であろーと席は譲れると思う。どんないやなヤツでも。そんな時代になって欲しい気持ちもある。
私の父親も60半ばの年齢ですけど まだまだ老人ではないですよ。月5回は片道2時間車運転して真鯛釣りに行ったりして 信じられないほど元気です。父の同年代の友人たちも 釣り パチンコ 海外旅行 山登りと遊びまくりです。定年してまだ数年なんで体が余りまくってるだとおもいます。
私は、お年寄りが目の前に来たら迷わず譲る人間です。譲った時「あーあ、折角座れたのにな」って思うこともありますが、それが当然の行為だと思うのです。でも、席を譲るっていうのは譲る側の人の裁量しだいなんでしょうね。席に座ってる人にもいろいろいるでしょう。席が空いていたから座ってる人、これから仕事にいくから疲れたくない人、仕事が終わって疲れてる人、など。ただなんとなく座ってる人や、座りたいから座った人、座れるように頑張った、配慮した人、これら全員に譲る、譲らないの選択があると思います。そこで譲られる側の人間が、どんなアプローチをして席を譲ることを求めてきても(アプローチしないも含む)最終的に譲ってもらえるかは、譲る側の気分、親切、思いやりにかかってると思います。お年寄りが目の前にきただけで譲るという人もいれば、この若者のように、嫌味まで言われても譲らない人もいます。結局は譲ってもらう人は人の善意をあてにして譲ってもらうわけですから、譲ってもらえなくても、アンラッキーだった、頼む人が悪かったぐらいに思ってほしい。そこで、譲ってくれない人を攻撃するようなことはあって欲しくないですね。人の尊厳うんぬんを無視した文で、すみません、そこまで考えられないorz最終的に言いたいのは私は席を譲る裁量の良い人間デス!っていうことです(オイ
>ココロノ氏、alu氏確かに「かっこよさ」の基準は人それぞれであり、その意味で私の表現は適切でなかったかもしれません。なぜあのような表現になったのかと、改めて私のコメントを読み返しますと、「道徳とかを持ち出す気はない」と言いながら、「モラルがないことのかっこ悪さ」という「モラル」と「かっこよさ」という二つのテーマが交錯した論旨になっていると反省させられました。確かに単なる行為の「かっこよさ」に焦点を当てて論ずるなら「私はこういう若者かっこ悪いと思います」と言えば済む話で、そんなものは人それぞれ。お前に醜いなんぞと言われたくないと思われるでしょう。ですが、モラルというのは人それぞれの価値観でいいというものではありません。私は「相手を慮ることができず、的外れな自己正当化を図る行為」を「インモラルで醜い」と感じたわけです。「インモラル=醜い」ということに異論はなかろうかと思います。「インモラル=かっこいい」が通用するのは映画や小説の中だけで十分です。勿論、モラルというものも各人が完全に合致したものではあり得ないし、また、私がそれを決めるものでもありません。ましてや人に強要する気もないし、できるものでもないでしょう。その上で、「相手を慮ることができず、的外れな自己正当化を図ること」が「インモラルで醜い」と感じたということを述べた訳なのです。この様な反感を買ってしまったのも、私のコメントが感情に駆られた醜いものであったことによるものと思います。その点につきましては素直に反省しており、また管理人様にも申し訳なく思っております。
>05月04日 08:50発言の方ハイキングにいくから元気というのは安直すぎるし、さらに言えば、電車に乗ってどこかに出かける老人なんて、たいてい元気といって差し支えないんじゃないでしょうか。私はこの若者が普段から「俺は仕事だから、疲れてるから」と心の中で自己正当化させて席を譲ることはないだろうなと思い、あのようなコメントをしました。結局「元気そう」とかいいだしたら切りがないということです。別に元気な老人に席を譲ったって構わないじゃないですか。それが人生に於いてどれほどの損失になるんでしょうか。中には「私は大丈夫」と言って遠慮する方もいますし、それこそが真の譲り合いの精神なのかもしれません。老人擁護派と括られてしまいましたが、私としては、この老人を擁護する意図も意思もありません。若い人であっても事情はさまざまですし、自分に恥じるところがなければ、堂々と座っていればいいと思います。席を譲る方だって自分が座っていたいのは当然で、譲られて当然と思っているなら大きな履き違えです。
体が相対的に弱いのだから譲ってほしいという年寄りの言い分はわからなくもない。しかし自身の願望を他者に強制するという子供じみた行為で揉め事の発端を作った老人がどうやっても悪い。尊敬の念に関しては若い世代が現在の老人世代に敬意を払わなくなってきているのは事実だろう。だが、それなら年寄りは今の若い世代に何をしてやったのだろうか?高熱を出している子供に病院の順番を一度でも譲ってやったことがある老人が一体何人いるだろうか?現在の日本や暴利とも言える年金制度を支えるのに必死な勤労者に、感謝の念を向けたことが一度でもあるだろうか?無様なゆとり教育という名のダメ教育を、当時無力な子供に過ぎず選択の余地のなかった今の若者世代に押し与えてしまったことを、一度でも悔いたことがあるだろうか?尊敬は人に押し付けるものではなく、自らの行為で獲得するものである。それを獲得できないのはやはり自業自得であるといわざるを得ない。
俺としては、若者にも賛成はあまり出来ないが、年寄りにだけは絶対に反対だ。そのじいさんには敬う価値がない、無駄に年取って自分は偉いと勘違いしてるだけのクズだ、俺は人に敬意を払うほうだと思う、自分より優れた人や、立派な人、自分の理念を持つ人、道徳を弁え人を敬える人、そして立派な高齢者。極論を言えば俺はすばらしい10歳には敬意を持って接するし尊敬もする、でも自己中心的で高慢な100歳を助ける気は微塵もない第一、今の若者を作ったのはあんたらだろうに・・・。
席云々についての感想としては、何にせよ席は譲るもんであって奪うモンではないな、と。どんな正当な理由があれ、他人が占有していたものを奪うってのは、やられる側としては不快なんじゃないでしょうか。で、お年寄りさんに対しての認識について。コレ読んでちょいと感じたのですが、今のちびっ子とか若者がお年寄りと触れ合う機会って果たしてどれだけあるんでしょう?少なくとも、3世代同居と言うのがヒジョーに難しくなっている今日この頃。『大切にしましょう』とか教える前に、お年寄りや体の不自由な人の存在を根本的に分かってないと、この問題は何も解決せんと思うんですが。
上の「宮本」は私の祖父の書き込みです。申し訳ありません。代わりに私が打たせてもらいます。‘私(祖父です)たちの世代が今の時代を作っているなどと本気で考えている人間は私たちの中にはそういない。別に後々の世代に楽をさせてやろうと思ったわけでもなく、自分たちのためにやったことで、それは今の世代の人たちと変わりない考え方だ。それを他の年代が知った風な口をきいて『高齢者は大切にしろ』というのは聞いていて不快だ。 仕事をしている若者は問答無用で偉い。真面目に(かどうかは解らないが)働く人間に対する発言をもう少し考えるべきだと思う。’だそうです。ここからは私の考えになるのですが、「素直に 席を譲ってくれ、と頼めば良い」という意見に反対です。祖父を見ていて思いますが、席を譲ってくれなんて言える年配の方はそうそういません。件の高飛車なおじいさんだって間接的に嫌味を言うことしかできないのです。「譲ってくれ」と言われなくても譲る気持ちがうれしいです。どうせなら良い気持ちで下車できるようにしたいですね。長文失礼しました。
少し似たような事があったので、話させてください。以前、疲れて電車で寝ていた時でした。ふと目が冷めると近くに60代位の3人組の老人が居ました。周りを見ると空いていますが座るとバラバラになってしまう状態でした。でも、私が譲れば少し席同士が近くなるような状態でした。「この席どうぞ」初めて席を譲ったのでとても緊張していたのを良く覚えています。「どうも」というと、すぐに座りました。私は少し離れて立っていると「あの子絶対寝たふりしてたよね」「きっと良い人ぶってるだけさ」「全く、コレだから最近の子は…」等と聞こえてきました。「あの子」と言っていたので本当に私かは分かりませんが、とても辛かったです。この事があってから席を譲ることが怖くなってしまい。「お年寄りを大切にしたい」と、思っていても出来なくなってしまいました。それは私の心が弱いだけかもしれませんが。譲ってくれるのが当然と思う老人には賛成できませんし、今回の若者のように言うのも私は賛成できません。だからと言ってどうすれば良いかは、上手く言えませんが。
なにやら、若者の行いが「ベスト」だったかどうか、という話になることが多いようですが、マナーというのは「最低限」やらなければいけないことを定めるものでしょう。老人が乗ってきたら自主的に譲る、それはベストあるいはベターであって最低限ではありません。譲ってほしい年寄りは優先席へ行く。優先席に座っている若者は譲る。それが最低限でしょう。若者が自分から積極的に席を譲らなかったのは迷惑行為だろうか。老人が公衆の面前で若者に嫌味を言ったのは迷惑行為だっただろうか。迷惑かどうか、というボーダーラインで考えたほうが物事がはっきりする気がします。「どっちもどっち」という人もベストかどうかで人を批判しているんでしょう。でも自分の行いがベストじゃなかったからと言って、電車の中で赤の他人から罵られるような世の中はどうかと思います。相手が誰であれ、嫌味を言うこと自体が不道徳でしょう。人に注意するなら最低限、不道徳でない言い方をしなければいけません。はっきり言って迷惑なご老人ですよ。一言、声を掛ければ済むことなんだから。「お兄ちゃん悪いね、連れが疲れちゃってさ」と。人の席を譲ってもらうんだから「最低限」それくらいはすべきでしょう。迷惑行為をしてしまって若者に怒鳴られたのは自業自得というものです。
老人をみたら言われる前にすすんで席を譲る。...と言い、実践されている方、立派だと思います。どうかその行動に胸を張ってお続け下さい。 ただし、他人に同様の行動を求めたり、同様の行動を他人もして当然と考えたり、同様の行動をしない他人を非難したりしないでください。 他人を非難した時点で、この老人達と同様、単に傲慢な人になってしまいます。
『やっと読み終わりました。』ってコメントが多くなっているなぁって思っていましたが、今その皆さんと同じ気持ちになりました。私の考えは、『人に何かして欲しい時は、素直に頼む』ってことです。頼むことが出来ないのに、自分の期待通りの結果が得られるなんて、ただの思い上がりでしょ?家の頑固おやじや、会社のバカ社長が「んっ」とあごで他人を使ったり、「おい」だけで物事をすまして来た奴らの勘違い。「プライドが邪魔して」って言う人もたまにいますが、人間が出来てないのに、「俺は偉いんだ」って言ってるのを公言しててみっともない。電車の席を譲るって言うことに限らず、言われる前・頼まれる前に、率先して人に何かしてあげればいいのですが、それは肉体的・精神的に余裕のある時にできる事だと思います。例外としては相手が同じ境遇にあると思われる場合はですかね。この肉体的・精神的な余裕については、人それぞれの価値基準があると思います。「若者、言われる前に席譲れ」な意見の人は、自分が肉体的・精神的な余裕を失った事が無いか、あっても忘れているんじゃないかなぁ。ノブさん>「老人に席を譲る」ということをマナー化マナーはマナー化するもんじゃありません。ヤメ蚊さんペイフォワードって最初言ってたから、しっかりした人かなって思ってましたが、痛すぎ。ペイフォワードの内容と全く違うし。ラクダ氏のブログの内容読み切れてないし。>声を挙げてまで座りたいというなら一言もいってませんが。>普通、席を譲るときって、言われる前に譲りませんか?譲らないときだったんですね。>大きな声で嫌みを言うまでになにがしかのアクションがあったと考えるのが通常ではないでしょうか。kさんと同意見です。書かれていないことに対して云々。って言うか、読み直してみるとヤメ蚊氏自分の意見ころころ。ヤメ蚊氏のブログでみたけど、これで弁護士・元新聞記者なんて...w
中途半端だったので補記を。ノブさんマナーはマナー化するもんじゃありません。マナーになるんです。ほかの人たちもマナーマナーって言い過ぎな気がします。「ルール・マナー・モラル」理解して使い分けを。
困ったワタシの対処法。 基本は立つ 「譲ろうかな,どうしようかな」と考えるのが面倒なので。数十分立っていようと死ぬわけないし。 座るときは絶対に譲らない 立ってるはずのワタシが座るのにはそれなりに理由があるので(疲れてるとか眠いとか),座ったら譲りません。「じいさん,アンタ以上にオレは疲れてる。だから他の人に譲ってもらってくれ」。 車内が空いていて座ってみたら混み出した等々 このときは最初からルールを決めておきます。「今日は譲るor今日は譲らない」。このルールを使い出してからは悩むことがなくなりました。社会のモラル,マナーとは適当に折り合って,あとはオレ流で。
長文になりますが。私は、この老人の、考えることを放棄して、とりあえず文句いっときゃ何とかなるんじゃないかっつー態度に対して反発。 一方で、若者非難派の人たちで、どーせグラサンかけてる茶髪の若造は席などゆずらないだろうと最初から決めてかかっているように見えること。何故? 勿論「じじい調子にのんな」の側面があるだろうことは否ないと思いますが、若者の意見は電車内のマナーよりももっと社会における基本的なルール、公共の場で人物の特定が可能なようなやっかみを第三者に対しても聞こえるような声で喋っていたことに対する一種の諌めであり、同時に老人という免罪符に依拠する事無く、自分達もまた同じ社会の一員だということを自覚してTPOわきまえてくれよといっているようにも見えました。もちろんこれは私の主観的な希望も若干含まれていますが。 それから、老人には席を譲るのがマナーと、まるで一種の刷り込まれた強迫観念のように意見を具申する人たちが結構多いのにびっくりしました。社会的通念やマナーを遵守することは確かに重要ですが、愚直にそれを反芻することもまた思考を放棄しているだけのように見えます。 つーか、「多様な価値観」が標榜され、新聞でも毎日のようにそんなような台詞が踊る中で、実際には一つの価値観に固執しつづけ、他の価値観を許容できず、排斥しようとする人もまた少なからずいるんだろうなあと思いますた。ちなみに、私は主観的判断で足腰に負担がありそうな人や病気がちの人には積極的に座席を譲るようにしています。この老人に座席を譲るか? ・・・多分Noでしょう。ゆずることで共にHappyになりたいですもん。義務じゃなく、自分が、「あ、いいことしたかも」と思えるタイミングでやりたいです。
やっと読み終わりました。どっちもどっちのような気がしますが、どっちかというと若者側につくかな。譲る譲らないの問題ではなく、老人の態度に関する問題ですね。譲る譲らないの問題なら、私なら譲りますが、この若者が譲らなければいけないってワケでもないと思います。ついでにこの場合、私なら、おじいさんが大声で嫌味言った後「頭痛がひどいので少し静かにしてもらえませんか」と言って譲りません。
若者応援派『老人』というのを盾にして攻めるって、いやらしいですね。そういった人の行動を見て育った子供が、今の家庭を築いているんですよ。子供を殺す事件が多くなるのもちょっと納得。
自分への反省も込めて一言・・・老若男女、自己主張と称し自己中心的な人の多い昨今の風潮そのものだなと感じました。自分のしていること、言ってることが自分にとって都合のいいことに過ぎないことに気づかないんですよね。注意すると反対に怒られるので引いてしまいますが・・すべてに通じることですが、それぞれが少しづつ謙虚になれたら、まるく収まのではと思いますね。
40代目前男。連休中、寝ちゃった子供を抱えてたら大抵誰かしら席を譲ってくれたよ。皆ありがとう。6日は出勤。帰りに私が立ってる前の席が空いたら隣に立ってたおばさんが目を泳がしたからどうぞ。その後さらにすいたんで隣の隣ぐらいに座ってたらおばさん降りるときに会釈してった。いえ、そんな。ずっと前に、私の前が空いたんで座ったらその駅で杖ついた人が乗ってきたからすぐ立ったこともあるよ。まぁそんなもんだ。#一応譲るときには「座りますか」と聞くことにしてるけどね。いったん座ると立つがの大変だったり、膝を曲げるのがつらい人もいたりするから。遠慮だけで「結構です」と言われても、言葉通りに受け取ることにしてます。まぁ、席を譲る譲られるってこと自体はそんなに大した話じゃないね。
こんにちは。はじめまして。ブログの内容に惹かれ、TBさせていただきました。この問題はいろんな人の意見がありますよね。私はどちらにも問題があったように思います。そして、どちらの気持ちも分かる気がします。立場、状況が違えば、その時々の対応も違ってくると思うし...難しいですよね。すみません。こんなコメントしか出来ませんが...これからもブログ、楽しみにしてます。
「年金云々は的外れ」というコメントが目に付きましたが、果たしてそうでしょうか。 誤解も多いですが、現在の老人は自分の年金を「積み立てたもの」をもらう訳ではありません。つまり、極論すれば40払って100受け取る状態であり、残り60は今時点で年金保険料を払っている人達が負担しているのです。一方で、昔は受給する人が少なく、拠出する側の負担も今よりもずっと小さかったはずです。ですから、今の若者が年金を支えているというのは紛れも無い事実です。 また、この若者の発言は政府に言うべきという意見ですが、これも適当ではないと思います。若者が言ったのは、「俺たちは働いて老人達の年金の原資を出している(という出し手優位の思想+犠牲感)」に加え、「自分の将来は目の前の老人達のように遊んで暮らせない(嫉妬+憎悪)」という複雑な感情の組み合わせであると読み解けます。若者の反論のロジックとしては、まず自分の優位性を出して相手の高齢であるという優越性を封じた上で、自分の本当の主張(働いて疲れてるんだから座らせろ)を出してくるという構成であり、咄嗟な割にはなかなか秀逸であると感じます。 ここで私が言いたいのは、年金の話がロジック的に有効であったのは、老人達がまさにその受益者であったということを自覚していたであろうという事であり、こうした意見表明を受けた事が無かったのではないかということです。ですから、社会的に無自覚であり非礼な老人達には、年金の話をすることがむしろ効果的ではないかと思います。
私は譲るって人が結構いるねぇ。でも募金とかしないんじゃない?苦しんでる人が見えないからねぇ。人間らしいねぇ。
どういうふうに言い返したらいいかと考えていたら、あるCMが思い浮かんだ。「サル、ぞうりを用意せい!」「それがひとにものを頼む言い方なの?」
はじめまして。先日読んだ時から気になって気になっておりましたが、勝手ながら自分のブログにリンクさせて頂きました。わが家は自営業なのですが、菓子屋という商売柄日中は高齢のお客様が多いです。そして、腰の低い方もいれば、「年寄りなんだからして貰って当たり前」という態度の人もいます。極めつけは、「あなた、子どもは何人?もっと産んでわたしたちの年金を支えてちょうだいよ」と言われたことがあって、わたしは思わず「あんたの年金増やすために子ども生んだんじゃないよ!」と言いたくなってしまいました。要は、みんな自分を中心にものごとを考えてるってことですよね。こんなふうに言ったら、相手がどう思うか、感じるかなんて考えない。でもわたしだって、はっきりではなくちくちく嫌みっぽく言われたら、何でも素直には行動できないタイプです。客商売だからサングラスの彼のようには返せないけれど、わたしは拍手してしまいました。同じような高齢者と暮らしてると、言いたいことも言えなくて汲々としてしまう自分を感じます。将来のことも真剣に考えなくてはいけないのに、先送りしてしまうのは政府と一緒です。日々悶々としつつ過ごしてます。
たいてい年寄なんて嫌味ったらしいもんだよ。年寄の嫌味にいちいち目くじら立ててもしょうがないと思うけどなー
「ひろぶろ」と言うブログでこの記事見つけて読ませてもらいました。私の祖母は83歳です。母上が他界してから9年間、現在に至るまでずっと家事全般をこなしてくれてます。父上は自営業の大工さんです。作業場はいつも汚く、ちょくちょく祖母が掃除してます。時には50キロちかい木材もかかえて運んでます。昔から「目上の人」には敬意を払うよう親から教育されてきました。でも、そんなこととは関係なしに私はこの83年間生きている老婆を「たくましい」と思います。ちなみに私はまだ22歳です。「人の対して敬意を払う」、「察しと思いやり」は日本人としての侍としの美徳だと私は考えてます。
私の身内に対照的な老人が二人いるんですが、一人は松井銀行さんのお祖母さんのように謙虚で働き者で主婦の鑑だと言える人。一人は家長制度によって他人が自分に何かしてくれるのが当然だと思って育ってきた人。席を譲ってもらえて「やれ、ありがたい」と相手に感謝をするのは前者で、席を譲られたり気を使ってもらえてもその思いやりにさえ気づかないのが後者。それでも世間的には「老人」という一つのカテゴリーに括られちゃう。なんだか失礼な話だよな。ちなみに前者のおばあさんは、世間の老人を敬えなんて風潮があるまでもなく尊敬してるし大好きだけど、後者は身内でさえ(だからこそ)擁護できない部分が多々あるよ。人間性に年齢は関係ないと思う。特に一対一の遣り取りの時はね。
この記事を読んでどんな行動が正しいか分からなくなりました…自分はまだ10代です。自分は今まで何も考えず席を譲ってきました。目の前にお年寄りがいると、座っていると罪悪感が湧きでてきて、疲れていても座っていることが苦痛に感じるのです。幸運なことに今までは感謝されることしかなかったのですが、ここにある様々なコメントを読むと複雑な気持ちになります…よくある日常での光景でもすべき行動は難しいものですね。外面に見えない障害などを持った方については、あまり認識していませんでした。自分も外見重視の浅はかな人間だったと思います。ここで気が付くことが出来て良かったです。
初めまして。やっと読み終わった。素直な感想としては、いい年したじぃさんが女の前で良いカッコしようとしてんだから、察して席譲ってやろうぜぇ(ニヤニヤってとこでしょうか。ま、直に「席譲ってくれ」言えないような男性と一緒にいれる女性に、私はアリエナイヨ!と言いたいですが。同性として。うん、年齢は二の次でいいや。年金の話は、単純に飛躍しちゃった若者のイージーミスなのですっ飛ばすとして、取りあえずこの二人には、「うんうん、席を譲らなかったB君も悪いけど、ちゃんと席譲ってって言えなかったA君も悪いよね。はいどっちもごめんなさいしようね」と言ってくれる保母さんが必要だと思った次第。
昨日見たよ。それ程混んでいない昼間の電車、電車を待っていたのだが、お年寄り4人組がやって来た、電車の扉が開くと周りのみんなが並んで待っているのに堂々と横入りをして空席を目指して突入!、2人くらいが入れる隙間に3人が入り込もうとするので、座っていたスーツ姿の若者が立つハメになったのだが、彼右手に包帯を巻いていてたった場合はつり革に捕まることは出来なさそうだったが、老人(ばばあ)達は、「いあやぁそんなつもりじゃないんですよ、座れマスよーお兄さーん」っと歩き去る若者に叫び掛ける・・・、気まずくなった若者は隣の車両に移っていったが、あの老人達にはちょっとむかついた。電車の乗るときから社会のルールを無視し、ケガをしている人間を押しのけでまで席に座ろうとする、大変元気そうな老人たちだった。家や近所では甘やかされて生活してるのだろうが、たまには老人達にも分別をわきまえるようにキツイ言葉と態度は必要だと思った。
よっしゃー!「やっと読み終わった。」と言える。この前モノレールかなんかで、席にすわってたおばさんが、年配のおばあさんに「すわってください」って言ってまして、おばあさんが遠慮すると「いや、私のほうがまだ若いから〜」と冗談めかして席を譲ってました。心地良い譲り方だとツレと一緒にえらい感心しました。関係ないけど。おれは席を譲らない人ですが、一応少し書かしてください。席を譲るのは義務と明文化はされていない事から、自由と判断して。席を譲るのは、恩にきせたいからじゃなく譲りたいから譲るんですよね?逆に席を譲らないのも、本人が譲りたくないからです。両方ともしたいようにしてるのに、譲る人が「譲るべきや」って言うのは、おかしくないですか?(本当に極端な)極論を言えば、体調を崩してそうな人に席を譲らないのも自由じゃないですか?老人の言った嫌味は、らくださんの反応から周囲の気分を害していたと思われます。また反論しない事から意識して嫌味をいっていたのではないでしょうか?席を譲らないのは迷惑ではない、と言うことを考えると責められるべきは、老人だと思います。若者の言ったことは、前半はそれほど無茶ではないと思います。後半は分からないですが。
東京駅や上野駅のような始発駅で数分すれば次の電車が入ってきて難なく座れる場合は、老人だろうが絶対に譲る気は無いな〜。途中駅で老人が乗って来た場合は、譲るが・・・
blogでコメントするのは初めてなので,粗相があったらご容赦くださいませ。 いたく考えさせられる話だったので,トラックバックさせていただきました。
僕も先日感じたことをひとつ。 僕は通勤でバスを利用するんですが、いつもバスが来るまで10人以上は並んで待ってるような状態なんです。で、とある身体に障害を持つ方がするするっやってきて、さりげなく列の先頭に立つんです。見た目に明らかに障害を持ってることがわかるので、元先頭の人も何も言わなかったようですが。あれは人間として正しいのかと強く思いました。また、「そうでもしないと座れない」と障害を持つ人が思ってるのかもしれないし、実際にそうなんだろうと思ったりもして、ちょっと複雑な気分を味わいました。 また、別の日には腰の曲がったおばあちゃんがやっぱり先頭に横入り。で、これは中年のサラリーマン2人にこっぴどく怒られてました。「そんなにあわてなくてもどこにでも座れるやろ」って。その日は空いてた。「そないに怒らなんでも」とかなり気の毒でした。 結局、「自分のことばかり考えて行動するな」ってことでしかないんでしょうね。
今、初めてこの記事を読みました。とても考えさせられました。コメント量が多すぎるのでらくださんが印象に残ったというみさんのコメントをまず探して読みました。更に考えさせられました。以前、どこかのHPでスーパーの駐車場の障害者用スペースに健常者が駐車している事に対して論議している記事があったのを思い出しました。そこにも見た目には分からない障害者の方がここに止めるなと文句を言われて苦しかったというコメントがありました。でも文句を言った方も障害者の方を思って言ったのだと思うし、悪くないですよね。もし文句を言った人が後で相手が障害者だと知ったらとても申し訳ない気持ちでいっぱいになったと思うし。話がそれてしまいましたが個々が常識を持って行動すればその老人や若者、周りにいた人を嫌な気持ちにさせずに済んだんじゃないでしょうか。互いに思いやりを持っていれば…。今回のケースだけで考えると嫌味を言った老人の方が悪いとは思います。私がその若者だったら何も言わずに席を立ったでしょうね。「どうぞ」も言わないで。嫌味を言うのも言われるのも気分悪いのでその場にいたくありませんから。
これに関しては徳の無いじいさんの行動が自分にはね返ってきたような感じがします。自業自得だと思います。
損得感情で納得がいかないならまだまだ働ける元気な老人から仕事を譲られていることを想像してみれば良いと思う。
この記事は普通の人が読むと「乗り物の座席」や「世代間の格差」っていう風に感じるのですね。(8日?の雑誌の取材の申し込みの記事より)私は趣味で少し登山をしますので、あの記事を読んで感じたのは、「高齢者登山者の非常識さ」という風にも感じました。(多分登山をしている人しか感じない)昨今の高齢者の登山ブームにより登山者の8割が高齢者となっているらしいです。私自身の体験や、登山本などを見る限りでは、彼らは山の中でもその行き帰りでも周りに迷惑をかけること甚だしい。夏の遭難件数に多大な貢献をしている、かと思えば、帰りの電車でもこのように周りに迷惑をかける。この記事のように帰りの電車で迷惑をかけるというのは割とよくある話みたいです。もちろん全ての高齢者登山者が、というわけではありませんが、ブームによるにわか高齢者登山者の急増で、彼らの登山者らしからぬノーマナーが目に付きます。山の中だけでなく、下界でも気をつけてほしいです。家に帰るまでが登山なのですよ。会社に勤めてみると分かりますが、土曜日に出勤をするなんて、平日も相当な残業をしてなお終わらない仕事があるがゆえの土曜出勤の筈。そんな若者に向かって、チクチクと嫌味を言って席を譲りなさい、などと・・・人として恥を知りなさい!って思いました。しかもシルバーシートじゃないのに。登山云々さしおき、一人前の人間のつもりなら礼儀正しく頼むのがすじというものだ。激務に疲れている若者がささくれ立った気持ちで言い返すのも無理からぬことだと思います。若者は老人に、「あんたたちさぁ、甘えてんじゃないの?勘違いしてんじゃないの?」って言いたかったと思います。私には若者の気持ちが良く分かりました。
厭味爺さんは連れの婆さんに「ほら、あんなスカしたにぃちゃんもワシがちょっと言えばすぐに席をどくんじゃ。わひゃひゃひゃひゃ」・・・ってトコを見せたかったんじゃなかろうかと。座ることが目的なんじゃなくて、車内で一番席を譲らなさそうな人を相手に「ワシは勝ったんぢゃっ!」ってトコを見せたかったんじゃなかろうかと思うんですが。だからわざわざ一番退かなさそうな人の前で厭味攻撃。自分は老人だから、きっと周りの目もあって相手が反撃してくる事は無いと思っている確信犯。そこに自分の反論能力を超える口撃を喰らったもんで硬直してすごすご退散。最近こういう労害な人、増えてますね。あ、だいぶ趣旨から外れたコメントになってしまいました。スミマセン。
老人が(誤解を恐れず書くなら)老人であるという事を利用して席を譲ってもらおうとするのはアリだと思う。が、それを口に出したのは迂闊だったし、八つ当たりっぽい反論ではあったものの、それで相手を黙らせてしまった若者は一枚上手だったんだろう。両者とも悪いとは思うが、自分が思ったのはその程度。
ジジイも被害者ぶっているし、グラサンも別の意味で被害者ぶっている。被害者ぶりでグラサンが優位に立ったものの、そもそも被害者ぶること自体がむかつく行為なので、よく考えるとグラサンもむかつく。俺は座るために20分は余裕を見て、電車を2〜3本見送り、前もって優先席がどの乗車口にくるか把握し、そこは避ける。そこまでやって座った後に件のような老人が来たら文句の一つも言いたくなるわな、年金云々はしないけど。ただ、電車暦もそろそろ10年を超えるが、そういった奴に遭遇していないのは偶然か?
もう4年くらい前。転職したてで疲れがたまっていたせいか、 帰りの電車で気分が悪くなり、座り込んでしまった。 と、目の前の席の男の人が即座に席を譲ってくれた。 友人と談笑中だったのに、一瞬後に「どうぞ」と立ち上がってくれたアナタ、 本当にありがとう。カッコよかった。 それから月日が経ち、先週のこと。 帰りの電車で席に座っていたら、目の前の通路に座り込んでる若い男の人。 お友達連れなので「酔っ払い?」と思ったら、 気分が悪くなってしまったらしい。 もちろん席譲りました。これであの人の恩を別の形に返せたかな。
初コメントです僕はこの若者の気持ちは良く分かります僕自身も大学生ですが、若者は政治に無関心とか考えが甘いという意見は変だな、と思います。若者は老人にいったかもしれませんがその言葉には他のいろんな問題に対しても言った言葉ではないでしょうか。この若者はよっぽど深く考えてると思います。僕の友人も働いてますが「どうせ政治に文句言ったって俺らみたいなのには見向きもしないんだから」と言ったことがありました。政治や社会の不備を一番感じているのは今現在働いてる若者が一番感じていることなのじゃないでしょうか
初コメントです僕はこの若者の気持ちは良く分かります僕自身も大学生ですが、若者は政治に無関心とか考えが甘いという意見は変だな、と思います。若者は老人にいったかもしれませんがその言葉には他のいろんな問題に対しても言った言葉ではないでしょうか。この若者はよっぽど深く考えてると思います。僕の友人も働いてますが「どうせ政治に文句言ったって俺らみたいなのには見向きもしないんだから」と言ったことがありました。政治や社会の不備を一番感じているのは今現在働いてる若者が一番感じていることなのじゃないでしょうか
はじめまして。なんだか興味深いので、30前の一意見として書かせて下さい。以下長文すみません。この記事を読む限り、若者否定派です。かといって「席をゆずれ」じゃないです。席をゆずるゆずらないは、個人の自由。そこで、開き直った事とその内容について、疑問を持ってます。気になったのが「老人には席を譲る。但し、態度の良い老人に限る」というスタンスの人。現実は天使のような老人ばかりではないです。問題は、態度の悪い老人と対峙したとき、その事実も踏まえて、どう行動するのがいいのか?その一つの手掛かりとして、以下のコピーがあるわけです。「お年寄り・体の不自由な人には席を譲りましょう」このコピーはあくまで、若者(あるいは健常者)に対しての、指標です。お年寄り側の、遊んでいるor仕事している状態、体力の有る無しは関係ないです。また、お年寄りの性格がどうこう(素直なのか、ひねくれてるのか)というのも、関係ないです。お年寄りの意識改革が必要なら、別な所でやるべきであって、ここで持ち出す話題ではない。で、この指標に従うかどうか。それは、個人の自由なんです。別に義務でも何もない。法的罰則があるわけでもない。現実論を言えば、実際目の前でこんな嫌味を言われたら、私もほぼ確実に席をゆずる気は無くなるでしょう。しかし、ここで逆に開き直って、「今の世代の俺達若者は云々、それに対してあんたら年寄りは云々」と反論したり、「お年寄り側にも、お願いする態度が必要」なんて言い出すのが、どうなのかなと思うんです。あくまで自分がどう行動するか。席を譲らないと決めるのも自分で、その結果を享受するのも自分なのに、相手(老人)に何かを要求しようとしている所はなんか違うかと。余りにも嫌味がうるさいと思う場合は、老人に限りません。電車内での迷惑な私語と同じように対応すればいい。ひたすら無視でもいいですし、「うるさい、黙れ」でもいいですし、席を譲る為じゃなくて、うるさいのから逃げる為に、席を移動してもいいんです。それだって別に、個人の自由です。もちろんこのコピー自体を疑う事も可能ですが、誰かが、「総合的に見て、若者より老人の方が体力的に疲れやすい。だから、若者は老人を労わって席をゆずるべき」と思ったからこそ、このコピーができたんだろうなぐらいは思ってもいいのかと。
興味深い記事ありがとうございます。考えたことは「既成概念にとらわれず、自分の頭で考え、自分で判断せよ」ということかな。禅問答ですいません。
登山と電車じゃ、使う筋肉が違います。登山は自分の意思で「動かす」ものですが、電車は自分の意思と違う動きをするものに対して「耐える」ものです。若者擁護派の方へ、骨の弱くなった老人や体に障害のある人には、それは間違いなく負担であり、辛いものだということを分かってあげてください。バス待ちの列に割り込む話がありましたけど、バスの揺れって健常者ですら耐えるのが大変なほどなんですよ。
この老人達も傲慢な事を言わず、「すいませんが〜」って頼めば良かったよね。遠回しに嫌味を言う図太さがあるなら、変わって頂けませんかくらい言えると思う。
記事出た当初に見て『どうでもいい』と思ったんですが、賛否両論出ているようなので私も少しだけ・・・。全体を見て思ったんですが、『どっちが悪い・どっちが間違い』って事が問題に成っている気がしますが、それ以前に席って“譲る”物なの?私はそれ自体が厚かましく思います。途中でもチラホラ出ている気はしますが・・・。私は必要が有ると判断したときには何も言わず席を立ちます、しかしそこに誰が座るかは“私が決められる事では有りません”。優先席ならば話は別にも成るかもしれませんが、お年寄り・身体の不自由な方に『席を譲る』というのは“習慣”でありそういった方々に“権利”が有るわけでも、健常者に“義務”が有るわけでもありません。私が立って空いた席にお年寄り等を差し置いてグラサンにゴールドの馬鹿者が座ろうとも、そいつが非常識なだけで別に法を犯した訳ではないのですから誰も声高に文句を言う権利はないんです。逆に屈伸運動が苦痛になる方も居るわけで、そういった方にしたら「どうぞ」なんて言われてもありがた迷惑にしか成らないのですよ。善意の強制力ってヤツですね。だからこそ私は何も言わず、そ知らぬ顔で席を空けるだけです。後は席周辺の人間がそういった馬鹿者を座らせないようにさり気無く邪魔するとかすればいいんですよ、でなきゃもう一人誰かが席を立てば済む事です。本当に必要なのは皆が少しで良いから他人の心を汲む事なんじゃありませんか?だからこそ、今回の事例で言うならば『譲るの譲らないの行ってる時点でどっちも間違い』ではないかと思います。年金の話とかジジイが嫌味とかはそれこそ何の関係も無し。どういう場合ならば・・・とか、お年よりは無条件に大切にとかって言うのもよっぽど的外れだと私は思います。
私は目の前にいわゆる「弱者」と呼ばれる人が立っていたらできる限り席を譲ります しかし、席を譲る前にぐちぐちいやみを言われたら腹が立ちます。(それで譲るかどうかはその現状におかれてみないとなんとも…)今回の件は両者ともどんな事情が背景にあるのかわからないのでどちらにも賛成できません。わかっている情報だけで意見を言うとと老人は50〜60半ばでハイキングの帰りのような格好←このくらいの年齢でで元気な人は山ほどいる、しかし若者よりは体力は減っている人も山ほどいる若者は茶髪、一人はグラサン←多分体力のある人は老人より多いのだろう、しかし確かに老人より体力のない若者がいるのも事実 老人は若者の前で他の人に聞こえるくらいの大きさで愚痴を言った←これだけ元気なら立っていられると思うんだけど…若者はその愚痴に対して反論を言った←反論できるくらいなら立って(rその反論の内容は 1、ハイキングにいけるのに立っていられないのか←見た目しか情報がないのでハイキングに行ったかどうかはわからないので微妙に的外れ 2、これから仕事←まだ体力は使ってないかな 3、あんたら老人の年金は自分ら若者が払っている←確かにそのとうりだと思うし共感もできるのだが今回の事は的外れ 4、うちらが年取ったら年金はもらえない←同上 5、座りたかったらシルバーシートに行け←シルバーシートでなくても席を譲るのがマナーです老人はその後電車を出て行った←その愚痴は嫌味を言いたいだけ?それともその若者が怖かったからか?どうも若者の方が悪い気がするまぁ老人もわざわざ茶髪の若者のところで愚痴を言うのは明らかにその人から席を譲ろうという気がしてならないし…結局マナー(特に今回のような件)は強制するものでないし、一人一人が老人が立っていたら席を譲る、(この若者だけでなくそれ以外のこの場にいた乗客の人も)老人もいくら総合的に見れば弱者だからって愚痴は言うべきものではないなんか長文のうえ、今まで出てきた意見と同じような意見でスミマセン
柏木さんに同意します。が、あえて加えるなら、頭で考えて判断するだけでは足りない。譲るべきかと問うなら、譲るべきだと私は思う。譲らなくていいか、ということなら、譲らなくてもよいと私は思う。しかし、べきとかべきじゃないとかを強く意識しつつ、それだけを行動の指針とはしないところに人の生き様は確立する。この一件を大の大人の生き様2つと見るなら、通じもしない惰弱をさらけ出したのは老人のほうです。「いまから仕事なら、今は全然疲れてないんだろうが。どけ」とでも言えたなら見事なのだが。相手の反撃を受けて立つ気骨も、非があれば認める度量もないなら、厭味なんぞ言うな。縁もゆかりもない相手に噛み付いといて一合で尻尾を巻いた負け犬が。去ね老匹夫。
やっと全部読んだ・・・これは小説か!?もう頭の中ではいろんな価値観が飛びかい、脳みそはミックスジュースでーすでも自分だったらどうするか敢えて言うなら、「文章からでは判断できん」という感じですかね・・・
>文章からでは判断できん同じことが言えます。圧倒的に情報量が少なすぎます。従ってどちらが悪いのか等と論ずるに至らない。この少ない状況の中で書き込みをしている中の多くは自分なりにこのシチュエーションを頭の中でデザインし、それに対して反応している事だけ。(当たり前。勿論私も)しかし、本当にこのような状況が明日突然何の前触れも無く訪れたら本当に「このように対応する」と言う冷静さで対応できるものだろうか。過去に徹夜明けの事、不覚にも座ってしまった。まどろみの中で突然膝の上に何かが置かれた。心底びっくりして顔を見上げると60代の女性で品の良い身なり。しかし、そっぽ向いているの。「あぁ、気付きませんでした、どうぞ」「あそっ」自宅に帰って冷静になったとき、「これ頂けるのですか?」と言えばよかったと思った。後になればこんなもんね。
私はこの話を聞いて、これは捏造だなって思いました。らくださん、、、ネタがないからってこんな作り話は良くないですよ。普段、なにげに思っていることを、さも現実のように記載するその根性が気に入らない。真実を知っているのか、あなたと神様だけですが、、、、
>なにげに思っていることを、さも現実のように記載するその根性が気に入らない。*素敵に自爆中を発見*真実は彼の書き込まれた文に書かれているあたりがもう素敵すぎ
いやー、もう何年か前になりますが横浜市営地下鉄が全席優先席になったばかりの頃です。空いている電車だったのですが、どやどやと5,6人のばあさまたちが乗ってきました。そしたら全員並んで座りたいらしいのね。たしかに、空いてはいるのですが全員一緒に並んでは座れません。その集団はどやどやとどこかのシート(何人か座っている)の前に移動しました。一人が「この電車ね、全部優先席だから好きなところ座っていいのよ」と大きな声で言いました。既に座っていた人たちはそそくさと席を空け、めでたく1シート、全員並んで座れるようになりました。
管理人さんお疲れさまです。とある場所でリンクを見かけてやってきました。いやー、全部目を通すのしんどいですわん。私自身は、よっぽど気が向いた時でもない限り席を譲るなんて考えられません。また、60代ぐらいの方を年寄りだと思うつもりもないですね。高齢者アルバイトで再雇用されてる人と一緒に仕事してますが、はっきり言ってまだまだ現役で元気です。たぶん、席なんか譲られたら怒るんじゃないかな。そんな感じで、自分の中にある60歳像でそう思うだけですが、私もやっぱり60歳ぐらいになって席を譲ろうとしてくれる人が居たら断るかな。ここのコメントを読んでますますそう思いました。高齢者を一概に弱者と決めつけ、見下し、席を譲るのが当然と連呼してる方々、果たしてここを高齢者の方が見ていたら席を譲ってもらいたいと思うでしょうか?馬鹿にすんなと怒るんじゃないかと思います。そんな気持ちで席を譲ってもらって嬉しいと感じますか?ただ席を譲れば偉いわけじゃないんですよ?病気で弱ってる人、本当に高齢で立っているのも辛そうな人、妊婦さん、大きな荷物を抱えてる人、そういう人を見て「大変そうだから席を譲ってあげよう」という優しさとはまるっきり異なる物です。高齢者を弱者と見下しているに他なりません。社会的弱者・弱者などを必要に連呼する人達に私は賛同しかねますね。まあ、若者の怒りの矛先も違うだろって思いますがね。上の方で誰かが書いていた「すみません、席を譲らなくてはならないほどの御高齢とは思いませんでしたので」はかなりいいと思いました。
ハイキングできるような元気な人は、60だろうが70だろうが、老人ではないだろ老人っていったらこう、腰も曲がって、歩くにもあまり足が上がらなくて、すり足様に歩ってる様な人のことだろ?んな人には席譲るが、元気なヤツには譲らんでもいいよ年齢的には老人と言われている世代でも肉体的、精神的には老人じゃないだろ嫌味なんか言うのは言語道断だぜ自分に都合よく大人と子供を使い分ける女子中学生じゃねーんだから、まだまだ若いと思ってるくせに調子に乗って、席に座りたいからって、都合よくヨボヨボの年寄りなったりしないでくれよ
18歳ですが、私なら問答無用で席を譲る。何故なら将来自分が年寄りになった時に若者に譲って欲しいから。若いんだからそのくらいのゆとりを持っとけ。
個別に見れば、老人の嫌味な発言はとても席を譲って欲しいという風には思えませんし、若者の老人の過去の努力を無視した少し身勝手な発言も行き過ぎと思います。しかし、総合的に見れば、老人が座れないからといって嫌味な発言をしたことに端を発していますから、原因は老人にあるのでは、と思います。本来席を譲るという行為は、思いやりで席を空ける人間と、それに感謝する人間で成り立っていますから。「すみませんが、すこし立っているのが辛くなったので、席を譲ってもらえませんか?」の一言で何も起きずに済んだはずです。この老人は図にのりすぎです。
ま、こーゆー「譲る」ということを勘違いしてる老人世代がこういう勘違いな若者世代を作ってきたわけで。他人に迷惑をかけない、他人に親切にしてあげるということがふつうにできていればシルバーシートなんていうシステムや弱者には席を譲ってあげましょうなんてアナウンスは不要なんだよね。高度成長のころに古き良き日本の姿はどっかへ消えてしまったような気がする。それはどの世代の責任?#もっとも件の老人はまだ老人というには若すぎるように読めるのだが。
若者も老人も素直じゃない。 まず老人。二人の女性を座らせたいなら、はっきりそう言えばいいだけです。 次に若者。電車で老人に席を譲る。これは日本社会における暗黙の決まりごとなのでは?それを無視し、自分の行為の正当化として年金の話を持ち出したとしか思えません。 また、年金の話はまったく別問題ではありますが、私はもっと老人達に社会貢献できる機会を与えるべきだと思っています。子供も然り。 全国民が日本社会を支える柱となる、そんな社会を実現していきたい。
すめらぎさんの「思いやりの心」が正解だと思います。宗教と教育の一貫性の無さ。保守的なくせに何でも取り込みたがりやの日本人を象徴していますね。老人の方は小さい頃に『年功序列』を叩き込まれ若人は『実力主義』で育った。『税金が老人のために使われている。』という視野の狭さ。おそらく10年後には年金をきちんと払っているという事が『信用』という資格になるでしょう。実際に大手の金融機関では審査の対象になると聴いたことがあります。結局マスコミによる闘争心を煽るその場その場の放送に洗脳されているにすぎない。人を思いやる気持ち『真心』をもって過ごせば問題など起きないはずである。
つーか60ぐらいだったら働けるだろと。年金受給資格を75ぐらいに引き上げて、働かせろよと。60やそこらで年寄り面すんな。少子化で年金原資を支える層がどんどん減っていくんだからよぉ。75歳超え、もしくは医師の診断で年金受給資格を決定するようにして欲しい!ついでに横から抜き取って無駄遣いする奴は地獄へ堕ちろ。郵政民営化なんてどうでもいいから、そっちを何とかしろよ小泉!なんて、ここで吠えてもしかたない話だが。それはさておき件の老人は、席を譲られるのが恥だと思え。自ら自分を老いぼれの弱者だと宣言するな、プライドを持て。
実は今日このblogを知った者ですが同じような経験したことあります。おそらく私のとった行動が正解だと思います。徹夜でそれも10時まで残業した仕事の帰りのバスの中、座って居眠りしてた私に「最近の若者は…」と同じ様ないやみ言ってくるおじさんは延長戦になったプロ野球を見に行ってて疲れてると言う。だからこの若者の気持ちわかります。でも私のとった行動は席を譲りました。譲った後にそのおじさんにいやみを言ってやりました。まぁ眠気覚ましってのもあったんですけどね。だからその若者も一端席を譲ってから言えばよかったんですよ。あっ私40歳越えてるんですけどそのおじさんは私を予備校生だと思ってたらしいのです。人を見る目のない人間が日本を支えてきたとはおもえませんよね。というか、なんで予備校生?大学生じゃないの?なんで大学合格してないと決めつけてたんでしょうね?今はその事のほうが腹が立ってますけど。バカっぽいんでしょうね、私。
読み飛ばし推奨後から読む人が大変だから無用なコメントはしないほうがいいと思いつつコメントしてしまう。若い兄ちゃんにはかなり共感できる。席を譲って慇懃にいやみを言ったほうがかっこいいと思いながら読んでいたけれど>若者は言われて寝たふりをすればよかったのに。こんな風にして、ユーモアで自省させるほうがかっこいいと思った。無神経な不良老人が自省しなさそうな気もするけど。俺も無神経なことしがちなので人の振り見て〜だな。
とあるトラックバックからやってきました。ふとした出来事から、とてもよい議論が多くされているようで、普段は他人である人達がそれぞれの意見が集まって議論を交わす事が出来るというインターネットの長所を見た思いです。ありがとうございます。さて、この若者も高齢者の方もどちらも我が強い人の様に見えますね、どちらの意見も、さも当然のように話している印象が強いです。自分達の信じているものに甘んじて、他人のことを考えていないといったところでしょうか?自分の感性にオタクになっている印象です。人それぞれ個性があるのに、全ての人が同じことを考えて当然と思う、その感性に問題があるのでしょうね。もし、相手のことを考えるならば、憮然と要求するという行為も自分を正当化する行為もしないのではないでしょうか?思いやるとする行為、「助けを請うという態度」と「相手の状況を推察するという行動」がそれぞれに欠けていますね。これが、社会や政治の責任とするならば、若者を教育していく年長者の責任になります。そんな、年長者にならないように私達若者は考えて生きたいものです。できれば、相手を思いやる社会をもっともっと、構築していきたいものですね。私の意見を書かせていただき、ありがとうございました。
誰かに席を譲る時って、すんごく色々考えてしまいます。自分の脳内のツッコミ小人(by中村うさぎ氏)が「いま自分を良く見せようとしただろう?」とか「まわりから『あいつカッコつけやがって』とか思われたらヤだな」とか「席譲ったくらいで善行したつもりになってんじゃねえよ」とか「そんなことグダグダ考えるお前は自意識過剰だバーカ」とか(これがずっと続きます)。譲ろうと思って譲れる確率は、5割以下です。譲る譲らないの反応は逆でも、サングラスの人のようにハッキリしてる人が羨ましいです。
高校生の時(学生服)に、禁煙席で向かいに座ってきたジジイがいきなりタバコを吸い出したんで、雪が降ってる真冬だったけど窓を全開にしたことがあったなぁ・・・
遊びに行くことと仕事をすることには何の違いもないし、年金も(払っていると仮定すれば)払っていることに何の差もない。単に嫌な奴同士の会話でしかないと思いました。明確に規定や価値観が設定されていないから譲り合いとか、親切って行為があるわけだし。
や、やっとコメント読んだorz時間が無いと読めない量になってきてる(笑色々と考えさせられる記事で論議がされてますねーともあれ、先のコメントでどなたかも書き込まれて居られますがコミュニケーションの問題が一番出てる気がしますね。言葉は感情を露わにするので言い方1つで捕らえ方も大きく違いますし。何かを頼むときとかだけでなくありがとうやごめんなさいの意思を伝えるときも自分の言動に注意したいと思った記事でした。
ご勝手ながら、自分のMixiの日記でも紹介させていただきました。ぼくは、若者のほうを支持します。 老人の方の「言い方」というか「やり方」が、元々の原因だったんだと思います。 イヤミ(しかも周りに聞こえるくらいの大声で)なんて言わずに直接言えば、席を譲ってもらえたかもらえなかったかは別としてこんなことにならかったかもしれないです。
サングラスかけてる若者は頭が変。茶髪だからダメ。って意見があって笑った。どれだけ時代錯誤なのかと。年寄りは譲られる席に移動しろ。って意見も結構キツい。その移動を惜しむから立つのが普通だし。つか、満席のシルバーシートに移動する。という行為を考えると、何かおぞましいものがある気が。そもそも、このハイキング帰りのオッチャンが本当に社会的に呼ばれる「老人」なのか、という点に触れてない。(いや、読み飛ばしてるから絶対かはともかく)で、老人擁護意見に・老人には席を譲るべきだ。が良く見受けられる。老人とは何なのかの定義が曖昧すぎる。言及してないとかありえなくね。いくつか考えてみた。「自身の事を老人だと認知した人」というのは社会的としたら不適切不適合。「客観的事実から判断する」例として、年令が一定を越している。白髪(或いは禿)である。等。これは、前者は外見で判断できない。後者は、趣味の類の可能性がある。「各人が主観的に判断する」と考えた場合、今回の若者は目前のオッチャンを正しくは「老人(達)」であると認知しなかったのだろう。ちなみに、私もこの意見を用いている。私個人ならどうするかと言えば、いくつか意見が挙がっているが「無言で譲る(席を立つ)」。これの善悪はともかく、不都合が起きる可能性は極めて低い。―それを第一条件に考えるあたり、自身が現代の若者だとも実感するが。ちなみに、若者の意見は「正論」だが「道徳」では無い。という意見には眉を顰めるしかない。間違った日本語って読み難いのですが。辞書を引くという行為を知らんのか。「正論」道理に叶った意見・主張。「道理」人が行うべき正しい道。(道とは道徳思想の総称。)正論ならば、それは道徳的にも容認される意見でなければならない。否認される主張ならば、それは正論では無く持論である。よって、老人も若者も持論によって発言した。と、この記事を読んで私は考えた。
最近私はこういうパターンが多発している老親の人を見て、なんか疲れます。1.席に座りたくて、ホームの列を当たり前のように割り込む人。 2.譲ってくれそうな人を必死な顔で探す人。特に乗車マナーの悪いJR西日本で多い><マナーの良い電鉄では、ほとんど無いです(南海電鉄はマナーがとてもいい!)それぞれの電鉄の雰囲気によって人格の変化があって。 でもちょっと笑らけますね!
何とか読み終わりました。。。とても考えさせられる議論ですね。私は若者に賛成です。若者の年金云々の意見はいささかトンチンカンだとは思いますが・・・思いやりのない人に、思いやりを持つほど私は人間できてませんので。私も以前同じような事がありました。小さい頃から親にお年寄りに「席を譲るように」と教育されてきたので、普段なら近くにお年寄りがいればあまり何も考えずにすぐ席を立ちます。その時は23才と若かったのですがひどい胃潰瘍を患い、食べたものはおろか、飲んだ薬まで吐く程体調が悪く、3日間で100回以上嘔吐を繰り返していた時でした。自宅療養中でしたが、点滴で栄養をとるしかない毎日で3日間ご飯を食べていないので部屋からトイレへ立つ力すらないほど。でも4日目、検査の為電車で40分かかる大きな病院へ行かねばならずとある私鉄に乗りました。(ちなみに私は免許がありません)いつもなら絶対に座ることのない優先席ですが、その日は空席が他になく、後ろめたいとは思いましたが立っていられず優先席に座りました。電車の中でまた嘔吐すると困るので、到着まで寝ていようと思い寝ていたのですが・・・突然頭を思い切り平手で叩かれ目が覚めました。するとそこには70才くらいの老人が立っており、「この中(優先席に座ってる人)でおまえが一番若いんだからどけ」と大きな声でいわれました。確かにそこは優先席ですが、優先席は老人が座るためだけのシートではないと思っています。優先席に座るという事は、どこか具合が悪いのだろう、と私なら思うからです。あまりに頭に来たので、「私は病気を患っていてこれから検査にいくところです。とても具合が悪いので申し訳ないけどお譲りできません」と言いました。すると老人はお決まりの「近頃の若いもんは・・・」と周りの人に賛同を求めるように言い始めました。周りの人の反応は、私を薄情な女だという目で見ていたり私が一目でわかるほど顔色が悪かったので同情的にこちらを見ている人がいたり・・・結局その老人にはサラリーマンの男性が席を譲っていました。その老人に対する反論は腐るほどあったのですが、その日の私には反論するパワーもなくそのまままた眠りました。そして目的地に到着し、電車を降りようとしたときです。その老人が私の横へぴったりつき、「あんたどうせ仮病だろ」と何度も何度も繰り返して言い続けました。そして体調が悪いとはいえ若者の私と同じペースで歩き続け、ホームのはじから改札までずっと着いてきたのです。正直「私より元気じゃん・・・」と思いました。とても不愉快だったのでなるべく早く歩いてこのジイサンから逃げよう、と思ったのですが、体調が悪かったので歩いてるウチに具合が悪くなり、最後の抵抗とばかりにジイサンが横にいるとき、思い切り嘔吐しました。がんばればトイレまで我慢できたかもしれませんがここまで嘘だ、仮病だと言われ続け腹も立っていたので、我慢せず思い切り吐きました。(汚くてスミマセン)これで信じるだろう、と思ったらそのジイサン、私を汚い物を見るような目で見てから何も言わずにそそくさと逃げて行きました。もう5年以上前の話ですが、あまりに悔しかったので今でもその時の事を鮮明に思い出します。自分ばかりいたわる事を強要し、自分の振った暴力に謝る事もなく、具合が悪くて吐いてる人間に何もせず逃げていったあの老人・・・それから優先席に座る事は2度とありません。普通の席に座っていて譲る時も、人格が出来ていない人だったら譲りたくないな、と思ってしまいます。そういう人ばかりでないのはわかっているのですが、あまりにもこの経験が衝撃的すぎたので・・・この時私は丁寧に頼まれていたら、自分が床に座ってでも席を譲っていたと思います。(基本的に頼まれるとイヤと言えないエエカッコしいなので)以上、長文失礼いたしました。
初めまして。某トラックバックから来させていただきました。私は若者の方を(全面的とは言いませんが)指示したいと思います。年金云々の問題はまた別の話として、少なくとも私だったら、この様にいきなり嫌味を言われたのでは、それまで譲る気でいたとしても、その気を削がれてしまいます。確かに、年寄りに席を譲る、と言うのは、日本の社会道徳のようなものですし、お年寄りに対して敬意を払う、と言う面でも必要な行為だとは思います。しかしながら、この老人のように「自分は年寄りなのだから席を譲られて当然しかるべきだ」という考えは間違っていると思います。何故なら私は、思いやりと言うのは相互に発動させることによって、初めて効力を持つものだと思うからです。このご老人はそういった面で第一歩を踏み外してしまったような気がしますもしも、もう少し柔らかな言い方で若者に対して何かしらの意見を述べれば若者の方も納得したのではないでしょうか。しかしながら、若者の方にもお年寄りに対する敬意が欠けていたのは確かだと思います。たとえ、嫌味を言われたとしてもそれに対してこのようなレスを返してしまうのは、良くないと思います。席を譲った上で、この男性にのみそれを言うのだったら、またちょっと別だとは思いますが・・・長文・駄文誠に失礼致しました。また、考えさせて頂ける内容の文を、有難うございました。
きっと老人は連れに座らせたいという大儀名分を振りかざして若者に文句を言いたかっただけなのではないだろうか? 面と向かって言うのではなく、わざと聞こえるようにしゃべったのは卑怯な行いだ。結局老人はウサを晴らしたかっただけ。善意を装って他人を罵倒する(しかも間接的に)この老人は大した人生を送ってない。 それに対して若者。彼に足りないのは謙虚さだ。老人の戯言に腹を立てたのだろうが、そのような理不尽な言動も甘んじて受けなければいけない時もある。この場合、席を譲る譲らないは若者の判断だが、目上の者に対して公衆の面前で恥をかかせてはいけない。ただでさえ老人は己から恥をかいてるのだから。己の正義を盾にして一個人の主張をぶつけた若者も愚かであろう。この若者に理屈はあるが道徳は無い。やはり「長幼の序」というのは大事である。余談だが、初老の方々は我々若者が思ってるよりもプライドが高く、逞しい人が多い。ちょっとした親切心から席を譲るのは、下手すれば老人の自尊心を傷つける場合があるので注意しよう。
この話を聞いて敬語のことを思い出しました。普段の生活において先輩に対しては敬語を使いますよね?外国人の友人に敬語は目上の人に使う言葉で、年齢(または学年)が上の人は自分より目上だから敬語を使うのが普通だと言ったのです。そうしたら、いくら年上でも悪さをする人や人を侮辱するような人は目上ではないから、それでも敬語を使うのはおかしいと言いました。どんなに尊敬できない人に対しても無意識に敬語を使っていた自分には無い発想で新鮮だった記憶があります。なんというか、このようなぬるま湯の環境が自分の権利を振りかざす人を少なからず作ってしまっている気がします。
こういうときに使うんだろうね、喧嘩両成敗って言葉は。 若年層を格下の人間としか考えない老人も、高齢者をいたわれない若年者も。 もっとも、弱者を労れない高齢者のには流石にブチ切れたことがある。 労災で骨折し、松葉2本を抱えて優先席に座っている俺に「若者は席を立て! ここは年寄りのための席だ!」と言われ、「何ぬかしよんんねん! ここは身体の不自由な人も妊婦の人も乳幼児連れの人も使う席やろ! 年寄りだけの席か! おまえら日本語も満足に読めんのか!」と、流石に吠えた。
「どっちもどっち」という意見の人は、チョッと間違っていると思う。言っている内容の質はどちらも同等かも知れないが、車内の空気を変えた原因は話の流れからして「年寄りの嫌味」です。若者の発言に関しては「売り言葉に買い言葉」って事で普通の人間の所業だと思います。そこを批判する人のほうが、よっぽど「心無い」というか、人間味の欠けた人に思えます。偽善的というかなんと言うか、うまい言葉が見つかりません。最終的に、嫌味を言い出した高齢者が嫌な思いをしているので、高齢者にも若者にも腹は立ちません。本文に関しては、いたって後味は良いですが、レスを読んでいると、結構後味悪かったりします。
政治的問題を持ち出す反駁の仕方は、特におかしくないと私も思います。元々「どちらがより年配か」というひとつの「勝負(取引・交渉)」(獲得利益:座席)を一方的にふっかけた(周囲に提案した)のが年配の側。つまり「相手には絶対にどうにもならない事柄」で「競争による利益獲得」をしようとしているわけです。俺が必ず勝つ土俵で勝負しようぜ、と。相手が提示した土俵で若者側が勝つには「相手以上の老人に今すぐ成る」「老人を若返らせる」といった「若者にはどうしようもない事」しかありません。政治的問題が老人にはどうしようもない事と、なんの差異があるんでしょう。この一方的な提案に対等に渡り合う(言い換えれば、対等にコミュニケーションする)には、相手と同じ「老人にはどうしようもない、自分が必ず勝つ土俵」を提示して見せるしかありません。年配側は社会的道徳観をバックボーンに、若者側は政治的経済状況をバックボーンに、それぞれ自分の土俵を出し合ったというだけですし、これが若者の凡ミスや論点ずらし扱いになるのはおかしいと思います。煽りにマジレスカコワルイ、煽りはスルー、素直に負けておけよ、というのはもちろんありますが、そこはスタイル論ですし、対等のコミュニケーションを放棄しているとも逆に見れるわけで。
かなり考えさせられる問題ですが、今回は若者を支持しますね。席を譲るというのは善意であって義務ではないのですから、お年寄りがいやみを言ってる時点でおかしいのです。
まずルールとして座席に座るのは先着順であって、モラルとして老人に席を譲るのであって、先に座って座席に優先権のある若者に老人が文句を言えば反論されるに決まっている。モラルなんてこのコメント見ても千差万別だし、モラルを人に押し付けるやつが一番どうかしてる。まあ、ただ一番多数派の意見が世の中で正当化されてるだけであって。まあ座りたいならほとんどの人が少し知恵を絞れば座れるだろ。座れないなら自分の無知が悪い。子供や障害者以外で知恵に関しての優劣なんてないからな。
厭味を言った男性にコミュニケーションの能力が欠けていただけでしょう。老人が席の前に立った時点で席を譲るべきだったという意見もありますが、近年の前期高齢者は外見はそれほど年老いて見えない方が多いので若者には、おじいさん、おばあさんではなく、おじさん、おばさんに見えていた可能性もあるので、老人じゃない(=弱者ではない)から席を譲らなくても構わないと考えて座りつづけていたとも考えられます。なのでその点で若者を非難するのは難しいと思います。ただ、若者の対応も誉められたものではないですが。青学の学生の書き込みは学生さんの書き込みではないでしょう。東大を出た教授がいて書き込みみたいなことがあるわけないだろうと。自分が学生をやっていたのは15年昔のことですが、何か議論をするときには教授が巧みにコントロールをしてあほ過ぎる結論が出ないように、かつ各自がテーマについてさら考えるように誘導してたように記憶しているんで。
日本人は他人へのお願い事が苦手な人が多いですね。軽く何かを頼む、軽く受け入れる、軽く断る…そういう事が出来ない。恥をかく事を極端に恐れる人が多いのでしょう。謙虚と言えば聞こえが良いですが、本当に謙虚な人は嫌味めいた事は言いませんし、後で「最近の若者は」などと愚痴る事もありません。「すみませんが席を譲っていただけませんか?」この一言が言えず、相手の好意を期待する(そして期待外れの場合は不満を感じたり、不満を表に出したりする)人というのは、自分が恥をかく事は恐れるが、相手に気を遣わせる事には無頓着な自己中心的な人間と言えるでしょう。
全TBを読んだわけではないので内容が被るようなTBがあったらご容赦を。自分が書きたいのは若者が年金に文句があるなら政治参加するべきなのかということです。沢山のTBで年金に文句があるなら政治参加すればいい。選挙に行けという意見があったので、それは考えが浅いと思い書き込みます。この場合の若者が何歳なのか定かではありませんが、若者が選挙権という物を手にいれる遥か以前に制度として年金政策は決定しており、今若者が政治参加することによって過去に決まっている愚かな過度に老人に優しい年金制度をすぐに改正することは不可能ですし、今後もこの年寄り達を見る限り絶対に不可能でしょう。何故なら日本は衆愚政治の国で、悪いことに現在政治的なマジョリティーは老人若しくは老人候補です。もし、政府(政権政党)が老人にとって不利になるような年金改革を行えば、その政府はマジョリティーの有権者、すなわち老人によって転覆させられることになります。その状況が見えている以上、政権の老人に不利に若者に平等になる年金政策は失敗します。また、政府は政変を望まないため、改正へのモチベーションは当然下がり改正は行われません。仮に一時的に改正出来たとしても、その政府は転覆させられますから、次にくる政権政党は同じ行動を取ることはないでしょう。つまり現状は若者にとって嵌め殺し以上のなにものでもありません。そしてマジョリティーである老人による老害によって政治参加したとしても自身の望む方向に政治を改変することなど出来ないでしょう。最大多数の幸福を目指すのが民主主義ですから、言い換えれば最大多数によるその他への抑圧、搾取を生みます。この状況での政治参加などに意味がありますか?と政治参加をすべきとのTBを書いたか方へ問いたいです。若者は(少なくとも自分は)老人の為に生きているわけではないのでとっとと海外逃亡しますw
はてさて、ここに書いている意見を自分が老齢を迎えて気力体力共に厳しくなってきた時にになっても変えない人間が何人いるんでしょうね?強い側はなんとでも言えるなあ、というのが率直な感想ですね。
はてさて、ここに書いている意見を自分が散々理不尽な厭味を言われてムカついた時になっても変えない人間が何人いるんでしょうね?傍から見ている人はなんとでも言えるなあ、というのが率直な感想ですね。なんにせよ、老年を迎えても無茶な厭味なんかを言う人にはなりたくない。と言う気持ちは、変わらないで欲しいですね。
引きこもりはわずかな分け前も欲しがるのだという話やな。まあ負け組になることがわかっちゃってるDQNの若者ははこんなもんです。
つい誰もがコメントをしたくなるエントリーですね。譲らない派です(21才)。ところで、いつも思うんだけど問題は世代・個人によって席を譲るというマナーに対しての考え方が違うこと。ジジィ死ねとか若者はこれだからとか言っても、そもそも認識が全く違うから問題はなくならない。電車・バスでこんなアナウンスを流すようにしたらいいんじゃないかって思うんだけどどうだろ。---高齢者ではない皆様。皆様の想像以上に、高齢者は電車で立つのが大変です。もし立っている高齢者の方を見かけたら席を譲ってあげてください。高齢者の皆様、高齢者に対して席を譲るのは義務ではありません。席を譲ってくれない人がいても怒らないでください。あなたが席に座るとラクなのと同じように、全員が席に座るとラクです。最後に席を譲られた人。席を譲ってくれる心優しい人に恥をかかせたくないなら、可能な限り譲ってもらってください。
凄く考えさせられました。いつも何の疑問も持たずに高齢者の方には席を譲ってきましたが、若者の発言にスッキリとしてしまった自分に驚いています。電車での高齢者の傲慢とも受け取れる態度は幾つも遭遇しています。確かに年を取るごとに身体中の関節は磨り減ってゆき、立っているだけの車内は本当に辛いでしょう。体の節々も痛いことでしょう。若い私達がいくら疲れたなんて言ったってその辛さは及びも付かないものなのでしょう。でも何故その辛さを表現するのに嫌味で相手に伝える事しかできないのか、人生の先輩であるだけに腹立たしさを覚えてしまうのです。とはいえ、この若者にも全面的に賛同できるかといえばそうでもありません。相手を不快にするためにだけ発せられたものだからです。この記事を読んでも私は高齢者には席を譲るだろうけど、それはあくまでも自分の主観で立っているのも辛そうなお年寄りだけ。ハイキング姿の元気な方には「さあ、どうぞ!」とは声をかけられません。いろんな意味で。それでも座りたいのであれば嫌味ではなく、座らせて貰えないかと頼むべきでしょう。思いやりが欲しいのは誰でも一緒なんです。
20代の頃、この若者のような目に何度もあいました。それもいつも「頼むから担架で運んでくれ」と熱望するぐらい学校の課題や卒業製作で、または仕事で何日も徹夜が続いているような、とにかく泥のように疲れ果て、立っていられないぐらい辛い時に限って。それも優先席以外で。ある日、徹夜明けの後に外回りで歩き回っていた時に、それほど混んでない山手線で居眠りをしながら腰掛けていたところ、隣の人に何度もはげしく肘鉄を食らわされました。初老の男性でした。目が覚ますといつの間に乗られたのか、すぐ前に和服のおばあさんが立っていました。つまり肘鉄は「立って席を譲れ」という合図だったようです。隣の人に言いたい事が色々頭を巡りましたが(あなたが譲ればいいのでは、なり、ここで眠らないといつ眠れるかわからないし、山手線なのだから誰でも乗ってるのはほんの数駅だしわたしも間も無く下りますとか、せめて口で言ってください痛いです、とか)、目の前のおばあさんを嫌な気分にさせたくなかったので無言で席を立って車両を移りました。またある時はやはり数日の徹夜明けで更に仕事に向かう車内で、「寝たふりかっ!」と怒鳴られました。70代ぐらいの老人でした。完全に熟睡していた私は飛び上がってびっくりしてそのまま下りる駅でもないのに下りてしまいました。後からふつふつと不快な気分が沸き上がってくるのですが、その時は怒りの瞬発力を持ち合わせていないので、いつもその場で上手に反論する事ができませんでした。何度もこういう経験があるので、このエピソードの若者に共感を覚えてしまいます。こんな風にやりこめられたらよかったなあ、と。そうしたら老人も、次からこんな無茶で失礼な嫌みを言わなくなるでしょうから。わたしはそんな感じで、いっぱいいっぱいの仕事をして、肘鉄や怒号にあったりしてそれを我慢していたら、かなり重篤な鬱病になってしまい、数年を棒に振りました。当時、通院のために電車に乗ると、それでも見た目は若くて元気そうなので「席を譲らないのか?」という視線を感じることもありました。そんなときは薬袋を取り出してこれみよがしに飲んで、そのまま手に袋を持っていました。「病気なのね仕方ないのね」と無言のうちに納得してもらう手段です。いやらしいなあと自分でも思いましたが自分を守るため…。昔元気な時はもちろんのこと、すっかり元気になった今はまた、よほどのことがない限り席を譲ります。かなり率先して譲る方だと思います。でも若くても座りたい時もあるのです。始発駅で座るために何本か見送って並んで座ることもあるのです。今は優先席に座っている若者や、老人を目の前にして座り続ける人に対しても、冷たい視線を送ることはありません。相手の立場を想像する事が欠如しているために、ぎくしゃくした事になるように思います。老人にしても若者にしても、相手を思いやる気持ちがあればスマートな世の中になるのにな、と思います。
老人を公務員・議員に読み替えて席を利権に読み替えると・・・あれ・・・あれれ?THE 老害僕にはそう見える・・・
若者派ですね。「すみませんが、席を譲ってくれませんか?」と、言えばよかっただけ。こんなことを書くと「戦後日本を発展させたののは俺たちだ」なんて老人は言い出すのでしょうけどこんな基本的な礼儀作法すらできない老人に何ができたのか?想像すらつきませんね。あっ、今すぐ日本のためにできることが一つだけありますね。
すごい事になってますね。日頃、障碍者の目から見た優先座席の話を、気軽に自分のblogに書いてますが、ここ迄凄い例を見せられると、もう少し考えて書かねばと思ってしまいます。気付くのが遅くて申し訳御座居ません。
どっちもどっちだと思います。確かに戦後の日本を復興させて、東京の焼け野原を巨大ビル群にしたのは今年金をもらっているお年寄りです。しかし、日本に700兆円を超える借金を残したのもこの世代です。(政治の問題と言われればそれまでですが・・・)私は若者と呼ばれる年代ですが、生まれた時代によってそれぞれの功罪があると思うので、一概にお年寄りの世代が称えられるのは違うような気がします。世代間のギャップというのは確かに存在します。しかし、時間の流れを伴う社会という大きな枠組みの中でお互いに支え合っていかなければこれ以上の日本の発展はないと思います。お年寄りも若者も、お互いを尊敬し合わなければいけませんね。
恥・恥・恥です。若者の言動はともかくも山へハイキングにでかけたいい歳をしたジジババがこれみよがしに放った言動は許せない。高慢ちきもいいとこ。恥を知れといいたいし、その程度だったら山になんか行くな!もう二度と山登りなんかするなっ。家で盆栽でもいじってろっ。おそらくヨタヨタした爺さん、婆さんだったら若者も席をあけたかもしれない。山に登る元気があるジジババだったらその程度のことで若者を蔑むような言動は恥ずべきである。近頃は年寄りが礼節を忘れている。戦後日本を復興させた年代の人だからなんてこの際の議論には関係ないではないか。議論をすりかえないで欲しい。それにしても管理人さんの冷静な文章と自己への姿を合わせ表現する書き方はお見事!!!今年の芥川賞の受賞はこのブログで決まりだよ。(このブログをお気に入りに登録したぜよ)
若者は年金制度に不満があるなら政治に参加したり、選挙に行くべきだというコメントが多いが、なぜこの若者が選挙に行っていない前提で物を言うのだろうか。それが一番不思議だ。
老人が嫌味を言う前に席を立てた、そうしなかったから若者に非があるとか・・・意味わからん。席を譲るのは善意であり義務ではない。譲れるべきと判断できる状況で、譲りたいと思ったときに初めて譲ればいい。この場合若者はそもそも老人達を気にかけなかったか、目には入ったけど譲らなくてもいいと判断しただけのことだろう。電車に乗っている時は常に周りの乗客の会話や態度を気にしてないといけないとか結果的に言ってる人がいることにビックリ。でもまあ個人的には老人だから譲るべきとかの考え方は嫌いですけどね。身体的な弱者には譲る気はありますが老人だからという風に理由を考えるのを放棄して盲目的に従いたいなら宗教でもやってればいいと思う。あと上の方で見かけたシルバーシートは座るべきではない、という意見ですが、これもおかしいと思いますね。優先座席であり老人専用の指定席ではない。立っている人間が複数いる状態で席が空いてるとか不自然極まりない。望んで立っているならかまわないけど、満員で動けないのにシルバーシートが空いてるとかなんというかちょっとムカつきます。シルバーシートの周り数人が座ればそれだけ間ができて、立っている人間も楽になるんだからおまえらさっさと座れ、ってね。読んでて思ったんだけど、老人が正しい、若者に非があるって言ってる人、一人なんじゃないだろうか?違うだろうけどw
老人の方が丁寧に話せば問題がなかったのかもしれませんけど、若い人の年金うんぬんも勢いで言ってるみたいな感じがしますね。まぁ私ならとりあえず席はどくでしょうけど絶対に頭にくると思います。老人に黙って席を譲るのが当たり前とか、親切を義務と勘違いしてる人でもあんな言い方されれば頭にくると思うんですけどねまぁこれは私個人の意見なんで気に障るかたはスルーされて結構ですけど。
事の発端・原因は、老人の「自分達が席を譲ってもらえるのは当然のこと」という考え方にあると思います。本当は若者の方も年金の話など持ちださず、冷静に対応できればよかったのかもしれませんが、嫌味を言われ気分を害していたと思うので、仕方がないことです。それにシルバーシートでないのなら、老人に席を譲らなければいけない「義務」などどこにもないはずです。本来、誰かに席を譲るという行為の主な理由である、人間の「良心」を老人は嫌味を言うという手段で自ら踏みにじったのですから、今回の事は自業自得と言えるでしょう。あと僕の個人的な体験で、みなさんも経験された事あると思いますが、電車でシートにあと一人くらい座れるかどうかとゆう際どい時に、偉そうに何も言わず、詰めろ、というジェスチャーだけで座ってくる老人(中年くらいの人も時々!)がいます。もちろん詰めますが、その時に当然だろ、という態度ではなく(それがもし当然の事であっても、です)、逆に「ありがとう」の一言でもあれば、こちらの気分も随分変わるのになあと感じました。
以前アントニオ猪木氏が「徹子の部屋」(か、そういう類の番組)に出た時、自分の母親の体力維持の為にあえておんぶしないで歩かせた云々って話を思い出しました。「常に楽させる事が親切ではないのだ」と、当時の私は思いました。
とりあえず老人や若者云々以前に見知らぬ人に嫌な思いをさせる事を(大声で)発言する。自分がして欲しい事の為に周りの人を巻き込んで、特定の人を悪者と決め付けて実行させようとする。人の言った事を断固として信じない(これはコメントからですが)こんなもの幼稚園児がやっちゃだめって教わる程度のレベルですよ。ヤンキーか。と思うくらい質が悪い。こんな事する人を許してばかりいたら健全な人でさえ電車になんか乗ってられなくなると思います。
livedoorブログなので正確にトラックバックできていないかもしれませんが…記事にリンクを張らせて頂きました。そしてトラックバックさせて頂きました。いろんなコメントを読んで、いろんな意見があるな、と本当に感じました。他の記事も読みましたが、勉強になりました。いろんな方の意見を鵜呑みにするでもなく、すべてを無視するでもなく、自分の意見というモノをしっかりと確立していきたいです。広い視野を持ちたいっすねー…では、お邪魔しました。
読み疲れたので結論だけ。『譲る側も気持ちよく譲りたいものです』なので私は件のイヤミ老人とか、『○○なんだから譲るべきだ』とか言う相手には譲ったことが有りません(今後も席を譲ることはないでしょう)。
はじめてこちらのブログに書き込みさせて頂きます。私なりの考えですが、素直な自分の気持ちを出せた若者の方を支持しています。年金云々より、自分の率直な気持ちを相手に伝える事ができたということはすばらしいと思います。
30代前半ですが、電車で譲られる立場にあるものです。外見上何も問題がないのですが、私自身、過去に通勤で立っているだけで10分ほどで意識が半分なくなり倒れるのが毎日でした。そのために、仕事をやめたのですが、その時のパターンとしては・突然、席を譲ってくれる・・・一番多い・ただ、私のまわりから離れるだけ・・・案外多い・最寄り駅で電車を止めて、駅員を呼んでくれる・・・たまにかな。ある3ヶ月がこのような状態で、ある週は毎日救急車状態でした。無論、倒れてるわけですから、前に座っている人の頭に強打してケガさせたことがあったかもしれません。今では、人に触れるだけでも、大変なことがおきるため、申し訳ないと思いつつ、2人分の席を占領しています。問題起きるよりは全然マシですのでそのために、混雑した電車では、連結部分を占領してそこに座っています。こういう人から言う意見ですが「どうしても座りたければ、そこの床に座ってください」私もそうしてるからこそ、実際に、お年寄りに口にしたこともあります。
私はこれから年金をくって生きながらえる老人のためのシルバーシートではなく、これからの社会を支える働き盛りの人専用のシートを作るほうがいいんじゃないかと思う。これは私が高校生の時からよく思っていたころなんですけどね
どの学年用だったのか記憶になくて申し訳ないのですが、似た内容の出来事が教科書に(ある作家のエッセイとして?)載せられていましたね。電車内に入ってきた途端、「わしに席を譲らんかこの馬鹿どもめ!」という風に辺りを睨みちらし肩を怒らせて歩いてくる老人の話です。中年である著者が大変不快な気持ちになりながら腰を浮かした時、隣席の乗客が彼の肩をぐっと抑えて一言。「癖になるからやめましょう」そこで著者はその通りだと思いなおし席を立たないまま老人が通り過ぎるのを待ちます。老人は誰も席を譲らないのを見ると、舌打ちをし、確かな足取りで、別の車両にまた同じことを繰り返すため歩いて行く。という話でした。これを書いた著者は雑誌に掲載された時にどのような感想を受けたのでしょうね。また教科書に掲載されるまでにどのような経緯でどのように評価され、掲載されたのでしょうか。こちらに反応されている現在の若者や中高齢の方はその逸話を目に入れてこられなかったのかな、と思います。同じく中高年であったはずの作家の目線から語られる疑問。正直、一昔前の論争ですね。
「おれは疲れていて、年寄りより弱いんだよ」という若者は情けないですね。その若者は年をとると強くなるのでしょうか?その若者は一生弱いままの気がします。自分が弱いという人は、親切にできるのは自分よりもっと弱い人だけです。自分が強いと思っている人は、自分より弱い人にも、自分より強い人にも親切に出来ます。(自分は強いと思っているからです)若い間だけでも自分は強いと思って生きたいものです。自分は弱いと思って生きている人、、、あなたは本当に弱くて、同情されるべき人かも知れません、でも、ほとんどの人は頑張ってますよ。家に帰ってほっとする。それが、あなたが今日1日頑張って生きた証です。
相当前にリンクはさせてもらってたんですが、私も一言。だ糞ガキに席譲ったことはありました。糞ガキって足腰弱いし、ずっと立ってるなんてムリだろうと思ったんで。そしたら親には感謝されました。てなわけで「立っていることが辛そう」な人には席譲ってます。腰曲げてるジジィババァが居たら譲るでしょう。真っ直ぐたってる人なら譲らないでしょう。腰曲げてる人でもいやみ言われたら譲らないです。↑で散々言われてますが、弱いことを盾にしてるだけですからね。あと自分も見てもわかりませんが、腰悪い人間なので、実際立ってるのは勘弁なんですよね。まぁ、老人やらの立ってるのと、どっちが辛いのかはわかりませんが、その時々に合わせます。目の前で立ってる人が倒れたときは焦りましたねー。譲る譲らないの判断って難しいです。だけどやっぱり善意から生まれる行為なので、この男性は間違いだったと思います。若者の発言は正しくないけど、行動には共感できます。ダレも読まないだろう長文でした〜。
アホかこのワカゾーは本気でこんなこと思っているのか私たちは今まで、医療や義務教育などでじいさんばあさんが払ってきた税金をいくら使っていると思っているんだ席くらい素直に譲ってやれ健康のために立たせておくとか、他人なんだから大きなお世話だって立ちたくないってだけの屁理屈にしか聞こえない私たちの世代の年金が少ないのだってじいさんばあさんのせいじゃないだろう私たちの世代の人間が子供を産まないからだろう選挙間近ですけど、こんなバカが蔓延していたらどの政党が政権を取っても日本の未来は明るくなりませんね
個人的に、こんなことが起こる一番の原因は、「電車の座席が乗客数に対してあまりにも少ないこと」だと思っています。ですが、現実的に全乗客分の座席を鉄道会社が準備するのも無理な話だと思います。よって、私は、自分が疲れていて席を譲りたくないような時は、特急・新幹線・グリーン車に乗ります。これなら、道徳的云々から開放され、席を譲る必要は一切ありません。「私の路線にはグリーン車とかは無い」という方もいらっしゃると思いますが、私は、特急・新幹線・グリーン車などの選択肢が取れる駅の近くに「わざわざ」引っ越しました。老人と若者どちらのモラルが足りなかったとかは、議論を読めば読むほど、正直判断がつきませんが、老人も若者も、感情的な争いをするより、お金を払えば確実に座席が確保できる交通手段を使うなどの自衛策をとるのが合理的だと思います。それをしないのであれば、座れなかったらあきらめるしかないのでは。善意はあくまでも任意ですから。また、座るほうも誰かに「席を譲ってくれ」と言われることも充分ありえるという覚悟を持っていれば、諦めがつくのではないでしょうか。譲りたくないなら、座りたいのなら、有料の座席に座ればいいし、ハイキングでも通勤でも、事前に下調べをして、座席が合理的に確実に確保できる手段を取ればいいだけだと思います。この国はそういう考え方になってきていると思います。
座席に座りたいのなら、確実に座れる次の電車を待てばいいと思います。仕事帰りは疲れているので(立ち仕事してます)、私はいつもそうします。
『年寄りだから』譲るのには反対です。私自身、母から「お年寄りがいたら立ちなさい」と、延々言われて育ちました。だからと言って、老人を見かけたら無条件で立つ訳ではありません。善意を権利として振り翳し攻撃するのは、間違いだと思います。善意はあくまで善意、攻撃する時点で善意を受け取る権利(今回の場合、誰かの「席を譲ろうかな」、と思う気持ち)を放棄していると思うのです。蛇足ですが。昨日、電車で座り、本を読んでいる途中、メールが来たので、携帯を操作しました。緊急のメールでないとアドレスで判断し、振動を止めただけでしまったのですが、隣に座っていた女性(4〜50代?)に思いっきり睨まれました。優先席では無いし、勿論マナーモードだし、振動はその女性に伝わっていないし(携帯は壁側でした)、何故そんな視線を向けられなければならないのか不明でした。電車内は通話不可=携帯操作するな、と極端な考えなのでしょうか。。
心臓がお悪い女性のコメント、すごく考えさせられました。あまりに沢山コメントついてるから、最初の方しか読んでませんけど。年寄りコワイ(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル心臓病は本人がなりたくてなってる訳じゃないのに。年をとっても心が豊かになれない人って、やっぱりいるんですね。どうしようもなく。私は、立ってるのが辛そうな人(お年を召した方ばかりではなく、小さい子を連れてる方とか、おなかの大きな女性とか、怪我してる方とか、気分悪そうな方とか)には席を譲りますが、明らかに元気なじーさんばーさんには絶対譲りません。嫌味言われたら、「そんな口の減らない元気いっぱいな人に譲る席はない」と言ってやります。電車の中で気分悪くなって口元押さえてたら、優しく声かけてくれ、飲み物をくれて席まで譲ってくれたお年寄りがいました。見た目おっかない若者が、小さい子に席譲ってるのを見た事があります。優しさとか思いやり、それに図々しいとかも、年齢じゃないんだと思います。人間性でしょ。
自分のしたいようにするのが一番なのではないでしょうか。いやみを言いたければ言えばいいし、反論したければすればいい。ハイキングに行きたければ行けばいいし、通勤で座りたければ座ればいい。自分のホントの気持ちよりモラルとか社会のルールとかを優先すれば、かならずどこかに不満が残る。ホントに自分がやりたいことを試して、それが通るか通らないか、それは自然に決まることです。自分がとんでもない要求をしてるとしたら、手痛いしっぺ返しを食らうということだけ認識していれば、行動もだんだん抑制されてくると思うし。
席は譲りたいひとが譲ればいいんです。お年寄りは譲ってくれたらありがたく座ればいいんです。俺は絶対自分からは譲りませんけど。絶対です。立ってるの嫌いですから。赤の他人ですし。お年寄り方は座りに電車乗ってるわけじゃないでしょう。税金とか政治とかどうでもいいです。譲ってくれたら座ればいいんです。
なんとも難しいですね。私はどちらかというと、年齢関係なく立ってるのが辛そうな人にしか譲らないのでたぶんその人たちにはその場にいたとしても譲らなかったかもしれませんね。周りにいた人たちも、そういう考えがあったから譲らなかったのではないかと思いますしね。何も、その人たちが譲る必要もなく、らくださんのように譲ろうと思う人がいたって良かった訳ですからね。そうならなかったということは、周りの人たちは譲る必要性がないと判断したのでしょう。ちなみに、私がその嫌味を言われる立場にあったとしたならば「気がつかなくてごめんなさいね。この間貴方たちよりも御高齢の方に席を譲ろうとしたら、年寄り扱いするなと怒られてしまったものですから(ニッコリ)」といってその場を立ち去るかもしれませんね。少なくともイライラは解消される気がします。
TBしました。自分は障害者と言うわけではないですが、腰と膝に爆弾を抱えているのと、バイト掛け持ち等々で慢性疲労状態なので、譲ることは一切ありません。何人かの方も仰ってますが、譲りたい奴が譲ればいいのです。譲ると言う言葉に義務の意はありません。もし席を明け渡すと言うことが義務であるのならば、譲るという言葉ではなく、強制退去だと思いますね
モラルやエチケットをやたら強調するひとたちは、心の底では自分本位に振る舞いたいのでは?でも心理的な刷り込みなのかそれができないので、いとも簡単にその欲求を満たしている人を見ると怒りにも似た感情が沸いてきて、気ままにしている人たちを許せないんじゃないでしょうか。みんな疲れているんだから、人に実際迷惑かけているんじゃない限り、電車の中くらい自由にさせてください。
正直、老人も若者も、どちらも悪くない。譲る・譲らないは、突き詰めるとどうでもよい話。こんな小さなことで嫌味を言ったり、反論したりする前に、もっと一人一人が広い心をもてばよいだけの話。最近は、年齢に関係なく「思いやる」という言葉が世の中に足りないな。でも、私は、嫌味を言われる前に、座りたそうなら席を譲るようにしている。もし、自分の高齢の両親が、同じ目にあっているのは想像したくないから。
おじいちゃん、おばあちゃん、(近所のおばあちゃんでも)との良い思い出のある人→譲るのが当たり前。良い思い出のない人(ボケ等で・)関わりの少なかった人→譲らない ・・・?身体の強さにおいて、老人=若者 なら女=男ですか?ちなみに私の譲り方は、黙って立ってできるだけ見えないところは行く、です。
僕は、残念ですが、若者支持ですね。最近のお年寄りは、何だか勘違いしてる方も多く、譲りたくありません。しかし不思議な事に、親子連れなど、小さな子供(外を見たがってる子供)には、席を譲っています。小さい子供って立ってても、外が見えないんですよね。そういう自分の経験もあったので、やっぱり席を譲ってしまいますね・・。最後の方は、違う話題になってしまいましたが、これが、僕の意見です。
素直に「席譲って」と言えずにいちいち嫌味言うクソジジィ共がウゼェ。そんでそのクソジジィ共にまたいちいち反発するグラサンがさらにウゼェ。つまり全員ウゼェ。(らくださんとおばあちゃん以外)
本日書いた日記に、友人からここのURL付きのコメントをもらって、初めて見ました。同じような状況で、3人組のおばあさんだったんですが、やたらと元気で。でも、となりのおじさんがゆずり、人を囲むように立ち、あなた膝大丈夫などとかなりわざとらしく座った人が聞くなどというプレッシャーで譲ってしまいましたが・・・。やっぱり、明らかに遊んできたとか元気な人にはたとえ老人でも譲らないよなーと思います。
この記事とTBを読んで自分なりに考えてみました。私は16歳なのでが若者は自分が疲れているトキには席を譲らなくていいと思う。だけど、そうではないトキはできるだけお年寄りに席を譲ってあげた方がいいと思う。もちろん優先席に座ってる場合は譲るべきだ。この老人の方も嫌味を言うのでわなく勇気?をだして素直に「席を譲ってもらえませんか」とでも言ったほうが若者もまだイライラしないですんだかと思う。そう言われたら私なら快く「はい。どうぞ。」というと思う。この問題はTBでそれぞれ意見が違うようになかなかなくならないと思う。私たちが年をとったトキの老人・若者の考えはどうなっているのかきになります。
どっちもどっちです。ただ、それでも若者が悪いです。相手が無礼だから此方も無礼で良いという理屈は通りません。厭味を言われる前に立てば済む話です。相手に恥をかかせる程の言葉は聞くに堪えません。厭味を言われたら立てば良い。その上で静に諭せば良い。それが大人の態度です。
この記事をはじめて読みましたが、先日『席を譲らなかった若者』の反論とそっくりな心理状態になる出来事がありました。私の場合は優先席に対する認識の違いを指摘されただけです。Mr.Zさん(2005年04月30日 12:35)のコメントにあるように、優先席は空いた車内で譲るべき相手がそもそもいなければ誰が座っていても構いません。専用席と異なり時間帯や混み具合の状況判断によって融通の利く座席です。私の利用するバスは、日中は高齢者の割合が多いのですが、夜は通学・通勤帰りの乗客がほとんどです。先日も混み具合から察して優先席を空けてとっておく必要のない状況だったため、そこへ座りました。ところが、普通席にすわった老人が「優先席だから座ってはいけない」と車内中に響きわたる声で私に指図します。静かにしてほしかったので「人が乗ってきたら直ぐ立ちますよ。」と優しく答えたのですが、その後も大きな声で厭味。なんとなく酔っ払ったような口調だったので『絡まれて嫌な気分』になりました。…牟亠△蠅膿牲个ピリピリしていたこと、⇒靴啜△蠅力型佑僕蹐泙譴燭海函△砲茲辰篤の中でまず思いついたのは「なぜ、遊び帰りで年金暮らしの老人に...(怒)」です。それ以上絡まれたなら、単に専用席と優先席の違いを説明するのではなく、ディベートモードで頭の中で思いついた事柄を辛辣なテンションで言ってやろうと正直思っていました。その後、タイミングよく知的障害をもつ男性が乗ってきました(彼はいつも、バス前面の大きな窓から景色を眺めたいのか運転手さんの側に立ち、独り言をつぶやいたり時折奇声を発したりします)。大声で絡んできていた老人は、一旦大人しくなりましたが降車際に大声「またな!」と再び威圧してきました。当然、私は無視しましたが、障害をもつ男性が自分に話しかけられたと思い嬉しそうに反応し、そのおかげで私はそれ以上絡まれずに済みました。通勤帰りの車内というものはピリピリしやすいものです。公然の前で相手の思い込みによって中傷されれば、相手の思い込みを率直に正す(若者の件なら「厭味を云わずに譲ってくださいと言えばいいでしょう」と返す)だけでは済まない可能性が高いのが現実だと思います。また、『若者』の発言について「年金の問題は受給者相手でなく政府に言え」・「ハイキングと乗り物に乗る労力は違う」というコメントがありますが、これらは単に「自分は仕事帰りでピリピリしているのに、遊び帰りで大声で絡まないでお願いだから大人しくして」という意味に過ぎないと思います。一瞬のキレた発言に対しては、状況から伝わるニュアンスだけ受け取ればいいんじゃないんでしょうか?その言葉が記事のような言い回しであろうと、溜めてはき捨てる「あ〜っ!」という一声であろうと同じ意味だと思います。
何とも感慨深いお話ですね...最初に読んだ時、年を取るならかわいく取りたいものだと思いました。その老人の嫌味の辛辣な事!恐らく彼は自分の優位性を示したいタイプの人なのでは無いでしょうか?私がその若者なら恥をかかされて沈黙を持って席を譲る事が出来ただろうか?仮にこの老人が電車の中では何も言わずにいきつけ飲み屋で例の辛辣な口調でこきおろしたのなら笑い話に出来たのではなかろうか?そんな事を考えて要る内に年金問題、先への社会不安、暗い要素が頭をよぎる。より少ない若い世代が多くの高齢者を支えていかなくてはいけないい社会がもうソコに口を開いている。もっと若者と年寄りとの断絶は広がっていくのだろうか?時代を動かす力が欲しいなど...思考が暴走しそうなのでこの辺でwこの時、2人の女性は何を思っていたのでしょう?...www
本当に考えさせられました。私のおばあちゃんも今はピンピンしてるのに、「年寄りを大事にしない」と口げんかの途中ではずっといいます。でも私も見極めますょ。足腰辛そうかとか、荷物の量とか、年齢とかずるいですけどね。正直定年過ぎたばかりの人は、私からはまだまだおじさんおばさんですょ。
>むしろ本件で我々第三者にとって重要なのは、>どちらかの正当性ではなく、>このコメント群を上から下まで読むことにあるような気がします。御意。このコメント欄、まとめサイトを作るぐらいの価値がある気がします。タワゴトにだって意味はあるからさ。「こういうこと書ける人になりたいなー」と思ったのは、>どっちが50歩で、どっちが100歩か、決めたい人だけ満足するまで論議すれば良い。の人。軽いようで深い。憧れマス。
少し前のお話です、休日の昼、バイトに向かう電車の中で怒鳴り散らすご老人を見かけました、どうやら、シルバーシート付近で立っていたのに、誰も譲ってくれないことに腹を立てたようでした、自分は席に座れず立っていたので何も出来なかったのですが、少し観察してみると。。正直座ってても譲ったかどうかは(汗駅が近づく → 静かになる走行中 → 怒鳴りだすワンカップ片手 → 酒臭いどれだけ自分が自分以外のすべて存在に、迷惑や負担を強いているかを自覚できなくなるとおわりだな、と考えさせられましたそのうち疲れて終わるだろうと思っていたら、なんと終点まで怒鳴り続けていました、そして結局何もできませんでした(弱でも誰にだってそんなときがありますよね?
自由席は座れないというリスクが伴います。座りたいなら指定席。指定席がない車両は利用しなければいいと思います。
私は朝通勤のとき、約50分の電車で座っていく為に駅に到着した特急を一本見送り並んで十数分待って次の特急に乗ることにしています。帰りは立ってても平気なんですが、自分の体調も考慮しての行為です。自分が座りたいんだもの、それは当然、と思いながら。(※ここは単にお年寄りや身体の悪い人もそうだ、ということを言ってるのではないです。)ま、私のことはともかく。ある朝、私はいつものようにボックス席の奥に座っていましたら、いつもの混雑の中、やはり山登りの体をした70代前半か半ばくらいでしょうか、女性の二人組が元気よくしゃべりながら乗ってきました。もちろん満員です。おそらくは一、二時間くらいをかけて通勤だけで一仕事、ってな様子の中年サラリーマン諸子(恥ずかしながら私も含めて)が席でうなだれているのが散見されます。そりゃやっぱりかっこわるいけどね。そんな中、通勤中のおとなしそうなOLさん?でしょうか。席を立ち、人知れずな声で「どうぞ・・・」と。したらおばあちゃん、って言うのも失礼か、と思っちゃうくらいの元気な声で「いいのいいの!わたしらは『歩く人』だから!ねっ!」って明るくおっきな声で、むしろその仕事に向かうであろう女性を励ますかの如く。しかも不思議にこのおっきな声はピリピリした通勤列車内の割にはあんまり嫌じゃありませんでした。それはどこかしら、私も含めて「仕事なんだから・・・」という、ちょっと前の男の大人の弁解に当然のように、でもちょっとした、気恥ずかしさをもたらしたと思いますし、それでいてとても嫌みのないさわやかな出来事でした。ここのお話との違いは、こちらは登場人物は両者とも男性でしたが、私が出くわしたのは両者とも女性でした。だからどうだ、という結論は特に付け足しませんが、その時ここのお話をも思い出し、ちょっと心に残る出来事だったので、遅ればせながら記しました。
僕は若者達に賛成です老人を敬うのはいいことだとは思いますけどいやみを言われると譲りたくなくなりますしハイキングする体力があるなら立ってくださいと思います寝不足で疲れてたり、学校帰りで疲れてたりと若者だって疲れるんです、つらいんですむしろ若者は肉体疲労+ストレスでハイキングより疲れてるんです座りたいならタクシーに乗ってください
お年寄りを敬うことは大切なことだと思います。しかし、本来敬うべきお年寄りの方々に少しでも「いやなお年寄り」「恩着せがましいお年寄り」がいることで、お年寄りを敬おうという気持ちが薄れてきてしまいがちだと思います。目を見張るような若者を目の前にして、嫌味を言いたくなる気持ちも分かります。そういった若者を注意する人がいる必要があるとも思います。そのうえで社会を生きていく人には「思いやり」がやはり必要ではないかと思います。人と人との関わりの中でそれは育っていくと思いますが、そういった機会が昔(10年くらい前でしょうか・・・)よりも少なくなってきている気がします。・・・この日記を読んで思ったことをコメントさせていただきました。
今の日本の老人どもは横暴すぎる老人は大切にされて当然と思い込んでいるから、この話や、コメントみたいな勘違いする老人ばかりになる。敬老精神は悪名高い儒教から来ているのだが、儒教を産んだ朝鮮なんか、どんなにひどい国か考えてごらん最近の老人は生意気すぎる。誰が、お前ら、老人に年金を与えてやっていると思っているんだ。老人はゴミ
よく「沈黙は金」という人がいるが、その後には「雄弁は銀」というのが入り、そしてその言葉が出てきた時代は精錬方法の問題で銀のほうが価値が高かった。つまりこれは雄弁であるほうがいいという言葉なのだ。だからどうだという訳ではないトリビアだが、それは別としてもなぜ若者が反論すること自体に問題があるという意見が出るのか不思議。彼らの言い分だと、嫌な奴は嫌な奴のままのさばらせておきくべきであり、その根性を叩き直すべきではない。つまり普通の人は嫌な奴を無条件に擁護しろということになってしまう。だが反論して何が悪いというのか。反論するということはつまり対等に議論する気があるということ。これで感情的であろうがなかろうが議論にならなかったのは、若者のとても論理的とはいえない反論にさえ言い返せない老人が悪いと自分は思う。若者の稚拙で身勝手な意見を、人生経験に裏打ちされた老人が論理的に論破すると言うのが「老人は尊敬されるべき」というストーリーであり、木の上から腐った柿を投げつける猿のような根性をした人間は、若かろうが老いていようがただのチンピラ。むしろその内容はともかく言い返した若者のほうに拍手を送りたい。自分は小心者なので、とてもそういうことはいえまい。文章であり匿名なのでこういうこといえるが。あと老人だから云々言う人がいるが、公共の施設の中、他人を不快にさせる態度と言動を取る。これは悪いことだと誰もが思うのではなかろうか。過去がどうあれ年代がどうあれ、自覚していようがしていまいが、悪いものは悪い。そうじゃないのか?
この若者は偉い!最近の老人は横暴すぎる尊敬されて当たり前だと思い込んでいる昔は、老人は自ら姥捨て山に行ったものだ今の老人は、謙虚という言葉を知らないようだな老人どもは恩知らずの野良犬以下だ!
まだコメントが増えてるのがすごいですね。老人はゴミさん。孔子の出身地はどうだか知りませんが、儒教は中国が起源だったと思いますよ。また、敬老精神は欧米でも見られるもので、儒教のみに限りませんし、今回の事例は常識を逸脱した敬老精神を前提に、老人が文句を言っているのであり、これをもって敬老精神が間違っているとは言いがたいのではないでしょうか?年金はほぼ賦課方式なので、どうとも言えませんが・・・。まあ老人に限らず、経済的・社会的弱者と言われる人々であろうが、健常者であろうが、親切にされて当然。という態度が見られることは、確かにおかしい事ですよね。
もしよかったら僕(若者世代)の話を読んで下さい。ある日の夜、会社からの帰路で、いつものように電車に乗って席に座りました。発車する時には、立っている人がたくさんいるほど込み合いました。運悪く目の前に酔っ払いの中年男が向かい合わせで座りました。そして僕にこう言いました。「おい!お前あの人に席を譲れこの野郎。これが読めないのか!優先席だぞ」僕は無視しました。確かにあの人には譲りたい…しかしなんで脅迫されてまで譲らなければならないのだ?しかも最悪のマナー違反者である酔っ払いに。酔っ払い男は譲れ!譲れ!と叫び、しまいには僕を足で強く蹴り始めました。僕は疲れていたし、面倒なのは避けたかったので無視し続けました。もちろん、その男があまりに大きな声を出していたせいか、電車内で注目を浴びていました。すると、ある男性がその男に注意してくれました。「うるさいぞ、周りの人に迷惑だ」と。すると事態は急展開し、酔っ払いとその救ってくれた男性との喧嘩になりました。うるさいと注意したその男性には周りの数人が加勢し、最終的には酔っ払いはある駅で無理矢理降ろされました。その後、僕は酔っ払いがあの人に譲れ!と言って指していた女性に席を譲ろうと思って、その人に目を向けましたが、「いいんですよ、気にしないで。怖かったでしょ、大丈夫ですか?」と言われました。皆さん、酔っ払いは痴漢と共に電車内での最悪の迷惑行為の1つだと思います。鉄道会社は、酔っ払いを電車に乗せないようにして取り締まって欲しいです。僕は携帯の通話は個人的に迷惑ではないと感じています。あくまで、「大声でしゃべる」ことが迷惑なのです。音を発生しているという点で、携帯での通話も隣にいる人とのおしゃべりもイヤホンからの音漏れも変わらないと思います。大音量にしない、それを守って欲しいだけなのです。弱者に席を譲ることは、マナーとしてあっておかしくないです。しかし、第三者が強制的に座っている人をどかして他の人を座らせるのはおかしいですよね。
一年以上も前の内容ですが、たまたま拝見する事になりましたが、なるほど関心、と思ったのは自分も年金を納めても貰えないだろう可能性が高い年代だからでしょうね。うちの年寄りもそうですが昔は遊んでても仕事しても年上は敬われる存在で当たり前だったんですから。自分の時がそうだから従えと言われても「ああ、そうですか。」なんて思えない。正直、「してやったり!!」って感じで気分のいい話だ。それにしても文章お上手ですね。
昔の老人は、自ら姥捨て山に行く謙虚さがあったものだ。今の老人は横暴すぎる屍に与える金はない老人は年金を与えてもらっているのだから感謝しろ老人はゴミだ
好意の強制は鬱陶しいね。そんなに座って帰りたいならタクシーを使えばいい話。年寄りを敬えだの大事にしろだのなんだのとよく言うが、その人が敬うに値する人間か、大事にしたいと思う人間か、判断するのは自分だ。少なくとも自分の思い通りにいかないがために、嫌味を撒き散らすような性格の破綻した人間を、大事にしたり尊敬しようなどとは毛頭思えない。人の好意を否定する気はないけれど、それを当たり前を思うのは筋違い。
昔の老人は自ら姥捨山に逝く謙虚さがあった。今の老人は、自分の要求が何でも通ると思っている。人生の先輩だから・・・とか年齢が上であれば偉いと勘違いしている。今の老人は汚物である老人は、車を運転するな。老人は、電車に乗るな。老人は、バスに乗るな。社会に迷惑をかけるな
2005年の日記を偶然見てのコメントです。最初の日記とコメントをザーーーーーッと見たのですが、そもそも、今時60代半ばまでや50代の女性は老人ではありません。中高年です。ですから、若者と老人というくくりで比べるのは違うと思います。この話の場合、喧嘩をしていたのは、中年の女性を座らせるために嫌みを言った中高年の男性2人と若い男性。3人組は老人ではありませんので、当然、優先席の対象にはなりません。若者も反論したければ、一言、「あなた達は、老人ではないでしょう。」と言えばよかっただけです。50代からもう老人だ、と思っている年の若い方は、身の回りにいる60代に半ばまでの人や50代の女性に一言訊いてみてください。「50代や60代半ばまでって、もう老人だよね。」と。「50代以上から老人だから電車では席を譲っていたわってくれ。」と言う人は、まず、いないと思います。もしかしたら、席を譲って嫌な顔をされた人は、老けている50代や60代前半に席を譲ってしまったりということもあるのではないかな、と思います。(老け顔の団塊の世代の部長が電車で席を譲られてショックを受けた旨を飲み会の愚痴で訊いたことがあるので・・・。)
2005年の日記を偶然見てのコメントです。2それから、通勤(特に帰り)時にワンカップ片手に酔っぱらって「席を譲れ」とからむ困ったさんは、ずーーーーっと前からいます。夕方、傷病中で病院帰りの私がからまれた時は、どうみても30代のサラリーマンに譲れ、酔っぱらったおじさんに要求されました。理由は、「男は一日仕事をして疲れているのだから、女は立ってろ」という内容だったのを覚えています。この分だと、そういう困ったさんは、30年後もいなくならないかもしれないので、気にしないことだと思います。そういえば、あの時周りにいて、見て見ぬふりをしていた20〜30代のサラリーマン達は、今、50〜60代半ばなわけか・・・。
この記事を教材としてつかわせていただきます。道徳の時間にです。子どもたちと共に考えたいと思います。秋に授業をします。これだけたくさんの方々が,これだけたくさんの思いをもっておられるように,教室にいる子どもたちも同じだと思います。もちろん,答えをそれぞれが自分で見つける授業です。しかし,子どもたち自身に,今後「生きる力」「生きていく力」として何かしらの示唆を与えられる授業になるように,私もがんばりたいと思います。たくさんの意見を読んでたいへん参考になりました。ありがとうございました。
敬意や善意で成り立つはずのものへ強要含まれれば成り立つはずが無い電車の列に並ばない、携帯使用、老人と見られる人間の方が多く思います敬意や善意がもてない相手にはやりたくないのが人情じゃね??
俺のじいちゃんは酒乱でよくものを壊したり、いきなり理由もなく殴ってきたりしたなぁ。だから4年前に病気で亡くなったときは、人の死に直面したことで悲しかった反面、めちゃくちゃスカッっとしたよ。この記事を読むと、そのじいちゃんのことを思い出して無性に腹が立つ。思い切り蹴り飛ばすとスッキリするんだろうなぁ〜
単純に若者が悪いと思います。人間として終わっている。だいたい年金がどうだ休日出勤がこうだと他人事のように語ってますけど、他ならぬ自分の国、自分の仕事の問題。何でもかんでも世代や社会のせいにする考え方が間違っている。ましてや一生懸命働いてきたお年寄りがレジャーを楽しむことにさえ難癖をつけるなんて最低!土曜も働くのが普通だった時代を考えてみもしない無知、無教養、怠け者の自堕落人間、日本に必要ないダメ男ですね。日本から出て行きなさいと言いたいです。
若者には賛成できませんが、老人には反対はできます。10代中盤の私ですが、貧血持ちのため譲るというより譲られてしまうほうが多いですね。
これから死ぬ老人がガタガタ言うんじゃねぇ!文句があるなら電車にもバスにも乗るな!それが嫌なら姥捨て山へ逝け!
老人が嫌味を言ったことでこじれた事は事実ですがこの老人を若者を一括りにしているし、若者は老人を一括りにしています。やっている事はどちらも一緒です。押し付ける気はありませんが個人的に言いたい、「情けは人の為ならず」将来譲って欲しかったら譲りましょうよ。
とてもショックを受けました。私はまだ学生ですが、意見が割れてしまったこと自体がショックです。私は論議の必要なく「当たり前」のことをしなかった若者に非があると思います。若者が社会問題である「年金」を口にしたことで、これほど話題になったのだと思いますが、原点は「年寄りの方(…障害者等も含む)には席を譲る」です。相手の方が不満を口にされたとしても、そのようなことを言わせてしまった己を省み、「当たり前」のことは「当たり前」として素直に行動してほしいと思います。もっと言及するなら、「年金問題」という社会問題を口にされたため、この「当たり前」のことを見失ってしまった周囲にも問題があります。あの場面で誰一人席を譲らなかった…このことにもショックを受けました。周囲の方のフォローで、状況は大分変わったのはないでしょうか?結局「悪者」にされたまま、車両を移動するか降りるかせざるを得なかったお年寄りの方が大変気の毒です。私は将来、教師になりたいと思います。その際、やはり「お年寄りの方には席を譲ろう」と教えたいです。相手の方が不機嫌であっても、自分の中の非を見つめる生徒を育てたいです。本当に良い社会かどうかは、弱者がどれだけ気持ちよく生活できるかだと思います。今、こうした道徳や倫理感が揺らいでいる日本は、砂上の楼閣であると感じた事件でした。若者も大切に扱われていないのかもしれません。でも、それ以上に障害者や高齢者は大切に扱われていないと思います。
色々な考え方があるようですが、りんごさんの意見を拝見して、子供の目線って大事だと思った。子供って素直だから、大人より物事の善悪がはっきりわかってるよね。ウチの子も海で花火した後、他の人たちがゴミをそのままにしているのを見て「悪いことしてる人たちがいる」って。だから私、その人たちの分まで持ち帰りました。ふと、恐ろしくなった。子供が駄目になるのは、大人たちは自分の利己的な主張ばかりするからなんだろう。若者の主張は単なる屁理屈。しかも、一瞬「それもそうだ」と思わせる社会背景を盾にとったもの。だかららくださんも流されてしまった訳だけど、それで良かったんだろうか?誰かが、あの車内で筋を通すことができたら…と残念に思う。20代と30代は疲れ方が違う。40代と50代は疲れ方が違う。登山後のお年寄り。仕事前の若者。どちらが疲れていただろうか?いたわりの心がなくなるのは悲しい。しかも、お金を絡めているところがさもしい。赤信号を一人が無視して横断すると、周囲のモラルも下がるという。「みんなで渡れば怖くない」だ。このブログを読んだ同僚は、得意げに専業主婦に席を譲らなかった話をした。こうやって、社会のモラルは崩壊していくのだろう。
座りたいなら素直に「座りたい」と口にすればそれですむ。わざわざ悪口を言ってどくように促すのは老人だからといっても許されない。
まず、根としては、「弱者には席を譲る」という気持ちってあります。おじいさんが、口で相手に自分の言いたい事頼みたい事を直接言うということが出来ればよかったのではないかなと思います。老人の発言は嫌味で、目の前にいる人に話しかけないで、遠まわしに言い人の行動を強制しようとするという態度。私は気にいりません。この若者の気分が悪くなるの分かります。他人に直接ちゃんと自分の思ってることを伝えるっていうコミュニケーションがないところが気になります。若者に非があるだけには思えません。
皆さんいろいろな意見をお持ちですね。このテーマに対しては答えはないわけですから、考えること自体が答えだと思います。ただ、こういう時はコメント内に「常識」とか、「道徳」という言葉は使わない方がいいと思います。それ自体の定義が曖昧なので。
この問題は「敬老精神(道徳)」と「実利(今、どちらが社会に利益を与えているか)」の対決ですね。ブログの場面においては、周囲も席を譲らなかったことで「実利」が勝った、ということでしょう。後味悪いですね。高齢者に席を譲った方が、余程気分が良かった。このように双方に100%正しいと言えるだけのものがない場合において、「人」としてどちらを優先するか、という問題をつきつけられたのでしょう。それにしても、ヒドイ状況ですね。きちんとした対話がない。ここまでコミュニティが破壊されていたら、どうしようもないんじゃないんですか?そして、このような状況は、単に電車の中での老人だけでなく、様々な場面に存在すると思います。教員や警察官など、まさしく老人の立場の存在じゃないですか。
初めまして。嫌味を言った時点で、老人に非があると思います。何も言わないで席を譲ってもらうのを待っていたほうが、連れの方の好感も上がったような気がします。この記事にTBかけたいと思っていますので、よろしくお願いします。
口は悪いけどその若者は自分の意見をもってるし筋がとおってると思う。どうしようもないほど困ってる人でも無いのに、労わりを強要するのは卑怯で醜い行為だと思う。優しくされて当然っていう傲慢な考えは敬老とか思いやりを侮辱してる。
若者は、老人が残した借金を背負わされており、老人は若者に借金を残した罪がある。後世に借金を残した無能な老人は後世に残す借金の反省をしていない何が「敬老精神」だ、これから死ぬ屍の老人が生意気言うんじゃねえ!文句があるならバスにも電車にも乗るな!年金を若者から与えられている乞食老人の分際でガタガタ言うんじゃねえ!乞食老人の分際で、敬老精神がないだの不平を言う老人は、とっとと姥捨山に逝きやがれ!老人は姥捨山に逝くのが昔からの日本の伝統だ!最近は、横暴な老人ばかり担った。今の老人は、年金を与えていただいている若者に感謝すらできない汚物だ!これから死ぬ老人がガタガタ言うんじゃねぇ!文句があるなら電車にもバスにも乗るな!それが嫌なら姥捨て山へ逝け!
うーん、老人だろうが若者だろうが周りに人が大勢いる中で嫌味を言うのは人として間違ってると思いますね。。そんな人に席を譲りたくなるかどうか考えたらわかりそうなものなのに。そうやってずっと嫌味を言って若者に嫌な思いをさせつづけながら生きていくよりはこの若者が言ったことが正しいかどうかは私にはわかりませんが老人にとって嫌味について考える機会になっていたらいいなと思いました。
単純に喧嘩両成敗の反面教師じゃねーか。何故老人が敬われるのか?この老人は、その理由を放棄したからしっぺ返し喰っただけ。一方で若者、心情は分かるが理論武装し過ぎだろうに。年を取るということは、それだけ経験豊富となって対応の仕方をより多く心得ておくことが必要になる。そうやって培われた知恵こそが、敬意の根本的な対象となるの。更には個体数として絶対的マイノリティーであることが条件。数が多いと希少性は損なわれるだろう。「身体能力としての弱者だから」というのは筋違いだよ。体の弱い人に対して気遣うべきなのは当たり前だけど「老人だから体が弱い、だから大事にしましょう」を絶対視し過ぎて社会福祉を偏向させてきたから、今の少子化に繋がったわけでさ、世代交代の妨げになったと言える。若者は大人気なさ過ぎ。土曜出勤のくだりなんて、他人からは確かめようのない個人的なことだから反論できなくて当たり前だし、年金云々は規模が大き過ぎる話だから、偶然絡んできた爺には酷だろう。指摘できるのは「嫌味で皆の機嫌を損ねたこと」だけで充分だったんじゃないか。
私は20歳ですが、善悪を判断できるほどの情報はないと個人的に感じました。話から判るのは、1.老人が自分たちに席を譲らない若者に対して、多大な悪印象を覚え、友人を通して間接的に大声で罵ったこと。2.それに対して若者はなんらかの憤りを感じて年金などの話で老人を攻撃したこと端的にこれだけだと思います。状況整理を勝手にしてみると老人は席を譲らない若者に対して、間接的に罵る行為を選択しましたが、憤りを感じてしまいこの行為によって若者が席を譲るとはよっぽどのいい人でない限り考えられないと感じます。老人も考えればそれがわかると思いますが判ってか判らずか、席を譲ってもらうことよりも自分の中の相手に対する憤りを放出することを選択しました。それも肉体的に強い若者に対して劣勢を感じてか、友人を通し、大声で発言することで数を味方につけようとしています。自分たちの考え方が正しいと。それに対して若者は何らかの憤り(自分を攻撃されたことに対する単純な反感かもしれないし、常識を守ることが当然という老人の考え方に対する反感かもしれない)を感じ、年金の話を持ち出して攻撃して、不快な老人を撃退しました。老人の行為そのものはとても陰険で考えなしの行動だと思います。一般的にはこの老人は「若者に対してマイナスイメージを持ったちょっと性格の悪い老人が一般常識を盾に若者にあたっている」と感じるかもしれません。でも、これだけで老人を悪く見るのは良くないと思います。なぜなら老人に対してこの行為だけではそれ以上のことがわからず、想像によるところが大きくなるからです。もしかしたら別の考え方をしていたかもしれないし、仕方のない事情があったのかもしれません。若者についても同じ意見です。若者がどういう意図で席を譲らずに、不快な老人に対して年金の話で攻撃したのか。年金云々の話は全く関係のない話だと思います。完全に推測ですが、老人たちには「若者の二人は仕事」「自分たちは遊び」というところに引け目を感じたのかもしれません。また若者もそこまで理論武装する背景には、自分の行動に対する対する僅かながらの迷いがあったのかも知れません。(道徳的に自分が劣勢であることや、自分の行動は間違っているかもしれないという迷いを吹っ切るためのはっきりとした物言いかも)しかし、若者の老人に対する理論攻撃はやはり過剰で、この老人だけに限らず全ての高齢者において、攻められて痛いところであり、老人と同じ憤りを解決するための相手を貶める攻撃だと思います。つまりお互いにお互いのことを考えずに、自分の主張したいことも曖昧な状態で、感情のままに言葉をぶつけているだけじゃないでしょうか。私はやはり善悪の判断はつけられないと思います。しかし、これを通して自分ならどうするか、自分の中ではどう行動するか正しいか、を考えることがとても大事だと思います。私の中では老人なら憤りを抑え、素直に席を譲ってもらえるよう頼むか、素直に空いている座席、シルバーシートを目指して移動する。老人に席を譲るという自分の考えを主張したいのであれば、回りに助力を求めず若者と話し合うのが正しいと思います。また若者は、老人が入ってきた時点で席を譲るか、老人を観察して譲る必要があるか考えるべきだと思います。老人から発せられた言葉に対しては、相手の考え方に抵抗を覚えるならば年金や仕事に関する話ではなく、自分の考え方を主張すべきだと思います。長くなりましたがこれが私の考えです。
TO:りんごさん>とてもショックを受けました。私はまだ学生ですが、>意見が割れてしまったこと自体がショックです。恐ろしい…多様な意見の交換を認めない立場の方ですか?最近の若い子は頭が固いんですね(笑)教師になりたいとのことですが。この世にはたくさんの立場や考え方の人間がいる。それは分かってますか?「倫理」なんて言葉を使ってますが、イヤミを言うことも倫理に反することです。一体、生徒に何を吹き込むおつもりなのでしょう?多様性や議論の発展を認めない方はどこかのファシズム国家にでも亡命してください。
老人vs若者についての話だが、肝心の老人側からの意見がないな。私は5年前に定年を迎えた【老人初心者】だ。その立場から言うと、圧倒的に若者が正しい。 理由は以下のとおり。 (1)若者は働き、老人は遊びから帰ってきた。どちらが席に座るべきかは明白。 遊んで帰ってきた側には、どうしても座りたいのならほかにいくらでも手段がある。 (2)老人は若者に“座らせてくれ”と頼むのではなく、間接的な中傷によって無理やり周囲に“席を譲らない奴がいる”という雰囲気を醸成し、若者を追い出そうとした。そんな卑怯なやり方が通ると考えるほうがおかしい。たとえば逆に考えたらどうだ? 若者が立っていたとして“俺はこれから仕事に行く。席を譲れよ”などといったら論外だろう。 老人の行動はそれと同様だ。これは弁護するほうが難しい。 若者の反論は的外れかも知れないが、老人の無礼に対するには十分な効力を持っているのも確かだ。(事実、老人は反論できなかった) それから“年寄りには席を譲りましょう”という言葉は確かに美しい理念だが、絶対視もおかしい。 よい若い者が、宗教団体の教えのごとく盲信すること自体、すでに【考えること】を放棄している としか思えん。まったく嘆かわしい。まったく最近の若者は・・・ 上のほうでは、教師志望の学生がそれを主張しているが、私に言わせればとんだ偽善だ。 少なくとも私は、そんな【弱者】などという立場に押し込まれるいわれはない。 席を譲ってほしいときにはそう頼むし、座りたければ老人ならではの知恵を働かせる。 そもそも長い年月を生きてきた老人だからこそ、知恵や教養、経験や徳といったものを積んできているのであり、それを生かして円滑にことを進めるべきだ。 平たく言えば、席を譲ってください、お願いします、ありがとうございますと頼めばよい。 更にいえば、“譲られる老人”であるより“疲れた若者や病人に譲る老人”でありたい。 それができてこその【徳のある老人】だし、私はそうありたい。 ともかく私は、勝手に【弱者】呼ばわりされることには我慢がならない。 私は保護観察の必要な絶滅危惧種ではない。現役でこそないが、常に社会とかかわりを持ちたいと思っている。善意、いや【偽善】の押し付けは真っ平ごめんだ。 そもそも、そんなもの【無自覚な強者による滑稽な自己満足】だよ。 そもそも若者なら若者らしく堂々としていればいいのに、なぜそんな良い子でいたがる? 一見でわかる老人には席を譲っても、ぱっと見でわからない病人には譲らない・譲れないんだろ? その矛盾になぜ気がつかない? その矛盾を解消する手立てはただひとつ。今後、一切席には座らないことだ。 美しい【自己満足】をもつ諸君の代わりに、その席を少しでも必要としている人間が座る。 なんともすばらしいじゃないか? 長々と説教くさくなってしまったが、これも老人特有のことなので許してほしい。 ご清聴ありがとうございました。以上
↑60才以上の老人を施設にぶち込むのでは無く戦争の最前線に送り込みましょう。 あいつらは感謝の気持ちも無く介護か面倒みて貰って当たり前と思っている(怒) 愚痴や文句垂れてるんなら国の為に散りなさい。
Excerpt: ムンムンムムーン♪今日はTBしておこう。らくだのひとりごとああ、若者の意見はある種正しいと思ってしまった。高齢者に席を譲るのが道徳として良いのだけど遊びに行く人に譲るってどうなんだろう?損得勘定にして...
Excerpt: [らくだのひとりごと]席を譲らなかった若者席を譲らない若者について嫌みでも書いてあるのかと思ったら、そういうものではなかった。
Excerpt: 席を譲らなかった若者「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。 電車の座席はほぼ埋まり、車内には立っている人がちら...
Excerpt: 席を譲らなかった若者この記事を読んで思うことは年寄りの言動。直接会話をせずに嫌味っぽい言い回しをするあたりが情けない。気に食わないなら正面から怒鳴りつければよい。思うにこの年寄り山歩きで調子に乗り2人...
Excerpt: らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者 高齢者組の男性が「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい...
Excerpt: 席を譲らなかった若者・・・もう・・・年とかそういうのを考える時代ではないと思うよ。て言うか、俺は自分を持たずにチャラチャラしてるやつも権力振りかざして威張り腐ってるやつも老若男女問わず嫌いだけど。そう...
Excerpt: 席を譲らなかった若者(らくだのひとりごと様)とても痛快な言葉が炸裂しています。あえて事象を細かくみていくことにします。あくまで私個人の考えなので、これが全てだと思わないよねさすがにね。前もって言います...
Excerpt: 今朝こんなブログの投稿を発見。席を譲らなかった若者うーん。考えさせられるね。この若者の言ってる事、間違ってるとこもあるかもしれないけどえりもこの老人には席を譲りたくはないかも。年金とかそゆのは関係ない...
Excerpt: この若者の言うことにも一理あると思うなぁ。ずいぶん昔の話になるけど、僕もシートがらみで嫌な思いをしたことがある。電車のシートに疲れて座ってウトウトしていたら、駅で30半ばくらいのサングラスをかけた女性...
Excerpt: 気になる記事があったのでこちらにTB ウチの嫁が以前電車の中であった出来事。小学生の野球帰りらしい少年4人が電車に座っていたんですと。2人は爆睡中 そこに身体弱そうで今にも倒れそうな老齢のご夫妻が乗...
Excerpt: 若者が言っていることは一見すると正論にも思えるが、そもそも年金暮らしの体制や社会の仕組みを目の前にいるじいさんばあさんの責任にするのが間違いだろう。利害関係まで持ち出していかにも「俺が払っている年金で...
Excerpt: 毎日の帰宅には電車を使っていますが、20時頃に帰っているからまぁまぁ混んでいるわけですよ。今日はなぜか片のコリがひどく、荷物を減らして席が空いたら座って寝たい気分でした〜電車に乗って、つり革につかまっ...
Excerpt: TBした話なんだけど…結構考えさせられます、別に良い子ぶる気も無いので本音で。確かにハイキング行くぞーって格好してる人で自分が仕事に行く時には席は譲れません、ましてや土曜日、休日出勤とかであるならばな...
Excerpt: 言い分が凄い。こんなことを即座に言えるやつなら認めてもいいんじゃないか。年寄り達にはこういう若者をやり込めるくらいの能力は求めてもいいんじゃないでしょうか。何が正しくて何が間違っているのか、それ自体は...
Excerpt: 先にリンク先を読んで下さい。当方はどっちもどっち派(こういう言い方は悪いけど)と思います。若者の言った事に関してはまったく正論ではないと思います。かつ、老人達の発言もどうかと思います。...
Excerpt: 席を譲らなかった若者興味深いエピソードです。「世代間の問題」というよりも世代を超えた「人間性の問題」が生んだトラブルっていう感じかな?友達のおばあちゃんを前に格好つけたかったからなのか、見ず知らずの若...
Excerpt: 昨日の電車事故は正直ショックでした。普段の移動の足はバイクですが、楽器を持ってるときとか、旅行のときなんかは電車を使うとこともあるし、というか実際先週末は電車移動でしたしね。で、僕は公共交通機関ってい...
Excerpt: こちらのブログを呼んでいたらこんな記事へのリンクがあったので、僕も年配者への席譲りに関するちょっとしたエピソードを書いてみることにした。
Excerpt: 大変考えさせられるものでした。確かに第二次世界大戦が終わって、今の日本を世界でここまでの地位に押し上げたのは高齢者の方々ですよね。そういう人たちは今の若者たち(自分を含めて)とはまったく違った環境で...
Excerpt: らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者より。なんというかギスギスしていますな。どっちもどっちというのが率直な感想ですな。私の場合は大変そうな人がいたら立ちますが、件
Excerpt: 席を譲らなかった若者 「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。 年寄りって、年をとっているせいなのか嫌味な人間の...
Excerpt: 席を譲らなかった若者 (らくだのひとりごと)すらすらと年金問題まで引き合いに出してきた若者の頭の回転の良さには感心します。そこまで言ったあと「座れよ。」と立ち去ったら、かっこ良かったのに。電車で座席を...
Excerpt: らくだのひとりごと 4月24日の記事を参照の事。人事でないこの一連の出来事に関して寄せられた沢山のコメントと、トラックバック先の記事を読んで、しばらく違和感に付きまとわれてのだけれども、結局のところ受...
Excerpt: そして、コメント欄を見ていたら「らくださんの見方への意見がない。記事の内容に関して登場人物について言うのならトラックバック使えよ」という意見があったので、あ、トラックバックってそう使うのか、と思った。...
Excerpt: この前も交通マナーは若者よりも、中年、年寄りの方が守らないという記事が出て、生活実感からも納得したけど、電車とかでも大声で携帯で喋ったりしてるのは確かに年配の人の方が多い印象あります。以前に阪急で神戸...
Excerpt: 皆さんはおじーさんおばーさんを電車とかで見かけたらどうします?私は一応譲りたいとは思っています。しかし、面白い話がありました。席を譲らなかった若者お読みいただけたでしょうか?この状況では、私も若者が正...
Excerpt: 席を譲らなかった若者というお話を読みました歳をとっているだけで優遇されるべきだというのはおかしな話ですねもともと、立っているのがつらい人に席を譲るべきであって年齢をもとに無条件に甘やかすべきものではな...
Excerpt: 席を譲らなかった若者この記事が気になったのでゲーム日記さておき書いてみる。あんましこういうことで意見書くの嫌いなんですけどね、愚痴になったり、意見押し付けとかっぽいし。ただ、まぁ、毎日通勤で思うことも...
Excerpt: トレンドで気になってみたので見てみたこちら全てのレスを読んだけど自分としては若者を支持したいそれは席を立たなかったことに対してだけ発言内容は問題外なわけだし自分は以前は譲っていたけど今は譲らないそれは...
Excerpt: らくだのひとりごとというBlogの席を譲らなかった若者という記事があちこちで話題になっているので読んでみた。現代社会の、山積みになっている問題の一端を表しているとでも言えるような出来事が、とても読みや...
Excerpt: 今日電車に乗ってて空いた席をおじさんに譲ったら荷物持ってあげようかと言われた。知り合いが近くにいないときは周り全部敵でアストロン状態なので、冷たくいいって断ってしまった。もうちょいうまくしゃべれないも...
Excerpt: あまりにいろいろなところで紹介されてるし,いろいろな人が語ってるのに今更感もあるんですけど,まぁでも……意見を一つ. 正論を偉そうに説教するおっさんに対して,なぜか例えそれが正しいと自分でも思っていて...
Excerpt: 強者、弱者について考える事の多い今日この頃。そんな中で面白いお話を見かけました。席を譲らなかった若者確かにご年配の方は敬わなければならないかもしれません。年をとると体力も落ち、立っているのも辛いかも知...
Excerpt: 先日の土曜日、友人の結婚式へ行く途中の地下鉄で不愉快なことがありました。私はちょうどシルバーシートの前に立っていたのですが、シルバーシートには30前くらいの女性が二人座っていました。次の駅で太った70...
Excerpt: 「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。 自分は電車通勤じゃないので、あまりつらさはわからないが、ときどき朝...
Excerpt: こんなサイトを発見。電車の中で、お年寄りに席を譲らなかった若者に対して嫌味を言ったら、その若者から正論に聞こえる反論が返ってきた、と言う話。席を譲らなかった若者この若者の反論は、「席を譲りたくない言い...
Excerpt: 話題になっているらくだのひとりごとさんの席を譲らなかった若者へのトラックバックです。私もらくださんと同じように、この若者と老人の中間世代ですが、この若者の怒る気持ちは理解出来ます。でも自分がこの若者の...
Excerpt: こちらの記事経由でこんな興味深い記事を発見。まずは読んでみてください。俺的な意見としては、若い兄ちゃんを支持。むしろ拍手を送りたい。でも、年寄りの爺ちゃんが言いたいこともわからんではない。むしり座らせ...
Excerpt: ちまたで「らくだのひとりごと」というブログの「席を譲らなかった若者」が話題になっています。詳しくはトラックバック先を読んでいただいた方が早いんですけど、個人の意見としては若者を支持! 言い返した内容は...
Excerpt: 電車内での老人と若者のやり取り。ついているコメントも読むとなかなか。 お互いが気分よくいられればいいんですけどね。ジェネレーションギャップは かくも厳しいか。他人という垣根はこわすことはできないでしょ...
Excerpt: プールの監視員。とてつもなくやることの少ないバイトでありんす。時給とかはナイショ。そこ公共施設なんですけど。今日はちょっとした出来事がー。冒険小説風にしてみますた。それは休憩中におきた。監視室に響く上...
Excerpt: 最近は起きるのがきつくなってきました。 起きてもずっとボーっとしてるし。 悩みすぎで使ってなかった頭が壊れてるみたいです。 友達として付き合うためにやはり理解というものが必要になってきますが、それ...
Excerpt: 電車に絡んだいろんな話が世の中を結構にぎわしている様な気がする。それこそ、先日の脱線事故のようなとんでもない話から「女性専用車両」や「電車男」まで。最近はほとんど自動車通勤なので電車に乗る事もないんだ...
Excerpt: 席を譲らない若者に嫌味を言うお年寄りと、それに反論した若者.元サイトでも議論が紛糾しているみたいですが、この状況だけを見れば「どっちもどっち」というところでしょうか.どっちの理屈も感情も、それなりに理...
Excerpt: 「らくだのひとりごと」より 若者よ、よくぞここまで言った。という気はします。さすがに仕事帰りならともかく、山登りに言ってる老人にあんま譲る気はないですねぇ・・・小さな子連れとかなら考えますが。さらにあ...
Excerpt: ネットを回遊していたらこんなもながうーむ、昔から「老人には席を譲りましょう」と反日教育の中国宜しく頭ごなしに教えられてきたわけだがなにをもって弱者とみなすんでしょうかね同世代からかやはり俺は若者のいう...
Excerpt: らくだのひとりごと:席を譲らなかった若者 すごい勢いでたくさんのコメント&トラックバックがついてるので驚いた。若者と老人の行動に関して賛否両論あるようだが、若い人の立場からすれば若者の意見に賛成するだ...
Excerpt: ちょっと話題のブログを読んだ。席を譲らなかった若者電車通勤してますが、この老人には絶対席なんか譲らないね。つーか、俺も同じ行動するわ。老人っつーだけで偉そうにしてる奴らは職業柄よくみるけど、ホントむか...
Excerpt: ネットで面白い文章を見つけた。ちょうど長文が書きたいと思っていたし、トラックバックというものもやってみたかったのでその文章を紹介するとともに自分の考えを書いてみる。なので読み飛ばしてもらっても結構です...
Excerpt: 考えさせられますね。高齢者組の男性の物言いは問題ありと思います。それはさておき、世代間格差の問題と豊かさをすでに実現してしまった社会がその後何を志向するのかという問題がこのエピソードの中心にはある気が...
Excerpt: 席を譲らなかった若者gooのトレンドランキングを覗いていたら珍しいネタが上位に来ていた。電車の中でハイキング帰りのお年寄りが席を譲らない若者に嫌味をいっていたら、逆に言い負かされたと言う話だ。自分は一...
Excerpt: 何気に他所様の日記にトラックバックするのは初めてかも知れぬ(微苦笑)ネット行脚していたら気になる記事があったので…。「電車の中ではお年寄りには席を譲りましょう」この言葉を聞かないで育った人っていないん...
Excerpt: 若者に拍手したかったけど、沢山のコメントを読んでいるうちに「う〜ん・・・」って考えちゃいました。席を譲らなかった若者あちこちで紹介されていてアクセス数すごいです。
Excerpt: ブログサイトを巡回していて、こんなブログ見つけました。らくだのひとりごと席を譲らなかった若者 という記事を読んでうなってしまいました。件名から察するに、席を譲らない若者に憤った記事かと思いきやちょっと...
Excerpt: ちょっと興味深い記事を見つけたので、ぜひ読んでみてください。らくだのひとりごと:席を譲らなかった若者僕もこれに近い経験があります。昔、電車で座っていたら、50歳近い夫婦が目の前に立ちました。その奥さん...
Excerpt: ものすごく考えさせられることだと思った。 若い衆が言うことは感情的かも知れないが非常に正論だと思う。 これだけのシチュエーションで判断するのも難しいが、こんな嫌みを言われたら「どうぞ」とも言いたく...
Excerpt: ものすごく考えさせられることだと思った。 若い衆が言うことは感情的かも知れないが非常に正論だと思う。これだけのシチュエーションで判断するのも難しいが、こんな嫌みを言われたら「どうぞ」とも言いたくな...
Excerpt: どちらが正しいか結論付けるのは難しい問題だけれどどちらかと言えば若者に同情するかな。シルバーシートの存在を未だに許せない人より。
Excerpt: 遅い昼食をすましてフラフラ2chを見てたら面白い記事をみつけた。このお話のキーワードはモラルの尺度だと思われる。 「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意...
Excerpt: 今、『らくだのひとりごと』というブログの「席を譲らなかった若者」という記事がにわかに注目を集めているらしい。この記事は、このブログのオーナーであるらくださんが電車の中で体験した、小さいけれど大きな問題...
Excerpt: 昨日、友人のれんげちゃんの日記に、このようなブログへのリンクが貼ってありました。席を譲らなかった若者私もさっそく彼女の日記からこのブログに飛んで問題の記事を読んでみました。色々な意見があるかもしれない...
Excerpt: コメントでも書かれていた方がいましたが、やはりおじいさんが嫌味を言った時点で多分心優しい若者かもしれない、グラサンのあんちゃんもピピッと対立心が芽生えちゃったのだろーなぁ。やさしくしてもらいたい時はま...
Excerpt: 席を譲らなかった若者:らくだのひとりごと より日常に密着した記事だけあって注目度が高く、かなりのコメントがついています。コメントを読むと人それぞれ受け止め方が違う感じですね。若者とお年寄り共に悪いとこ...
Excerpt: 「席を譲らなかった若者」 某所で紹介されていた日記。琴線に触れる内容だったので、思わず初めてのトラックバックをしてしまったよ。凄い勢いでコメント&トラックバックされてるけど、それだけ色々考えさせる内容...
Excerpt: お久しぶりです、ぺんぺん草です。草も草なりに忙しくて、更新できずにおりました。さて、今日は気になったお話について、述べてみようと思います。席を譲らなかった若者(らくだのひとりごとさん)何やら賛否両論で...
Excerpt: 席を譲らなかった若者ニュースサイトとかを巡回していたら見つかったので紹介を。単純ですが、考えさせる内容でした、説明は割愛。以下は私見ですので、見たい人はどうぞ(’’
Excerpt: 席を譲らなかった若者多分今もっともネット上で注目されてる記事なので、知ってる人も多いかと思います。内容は読む人によって感じ方が違うので、実際に読んでみてください。現在の日本社会のいびつさが、こんなにも...
Excerpt: 最近電車の中で不愉快な思いをすることが多いですが、これもすごい。現場には居合わせたくないですね。 どちらの言葉も寂しい。「相手の気持ちになって、考える」という思いやりをもって生きよう。
Excerpt: →らくだのひとりごと:「席を譲らなかった若者」ここで、とても興味深い話が紹介されています。多分誰でも、電車やバスで老人や怪我人、妊婦さん等に席を譲ろうとしたことがあると思います。実際に声を掛けて譲った...
Excerpt: 席を譲らなかった若者最近一部で話題のブログです。さてさて、実際に自分がこの若者の立場だったと考えてみるときっと素直に席を譲って居たでしょうね。何だか面倒事に巻き込まれた感覚に陥って「もういいや!」ぐら...
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
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Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらな…
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
Excerpt: 天国行きの電車なら乗らずに見送って….あの事故で亡くなられた方すべてにご冥福をお祈り申し上げます.自分のごく近くで起こった悲劇であるだけに,その悲しみは身近に感じています.いまさらなのですが.直接の知...
Excerpt: 席を譲らなかった若者ハイキング帰りの老人に、仕事帰りの若者が聞こえるようにいやみを言われ反論したことについて。あーうーん公衆の面前で罵倒された老人も可哀想だし若者の気持ちも分かる。もらえるはずのない額...
Excerpt: 席を譲らなかった若者というブログの記事が話題になっているようです。しかしこの若者の態度、儒教とかキリスト教とかの宗教教育がなされている国では考えられないことではないかしらと思います。宗教抜きで思いやり...
Excerpt: 席を譲ればほとんどのひとはとても喜んでくれる。 嫌な気分になるのは断られたときじゃなくて、さも当然のことのように軽く礼をされるとき。 (表現が下手なだけなのかなと後で思うこともあるけど) 日本は韓国み...
Excerpt: 席を譲らなかった若者 いつもいつも、同じ運賃支払っているんだから、何で高齢者だからって理由で席を譲らにゃならんのだ、と思いながらも、寝たふりも聞かなかったふりもできない小心者なので、電車やバスでは座ら...
Excerpt: 他人の言葉にケチをつけるのは簡単である.必要なものは・物事を中途半端に都合良く一般化する技能・憶測する技能の三つである.ここしばらく…
Excerpt: どっちの言ってることもわかるけど…。うちとしては若者側の肩を持つかなぁ。いやだって、人の好意が当然なように振舞ってる老人がイタいと思いませんか?
Excerpt: 「らくだのひとりごと」様の記事「席を譲らなかった若者」が大きな反響を呼んでいるようです。 俺も座席の譲りあいには思うところがあるので、トラックバックさせていただきました。 深く考えさせられる記事なので...
Excerpt: ・対象人物が何かアクションを起こすたびに「仄めかし」を行う。(テレビ・ラジオも例外ではない)・弱いものいじめをして楽しむ。・ネット上にまで荒らしがやってくる。・やばくなるととすぐやめる・徹底した役割分...
Excerpt: 昨日の朝学校に行こうとしてバイクの準備をしている時に、アパートの二階から女の子がおりてきた。大学生っぽい感じの。一人暮らし始めてからほとんど同じアパートの人にはあったことがないからあいさつでもしよう...
Excerpt: ここ数日、リンク数の多い記事で題名にひかれて読んでみた。席を譲らなかった若者我が家は年寄りと同居していたので、子どもたちはお年寄りに「やさしい目」を向ける。わたしなぞ、年寄りを悪く言っては、いつも子ど...
Excerpt: 席を譲らなかった若者「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」こんなセリフを言っていた、おそらく60歳半ばの男性は、きっと自分の事を年寄り、つまり老人だと思っているのであろう。目覚めても、頭が...
Excerpt: らくだのひとりごとというブログで紹介されていた席を譲らなかった若者という記事を読んで、小学生の時の苦い思い出がよみがえった。当時小学6年生だった私は、近所にあった英会話教室に通っていました。(まったく...
Excerpt: 面白い記事があった。「らくだのひとりごと」というブログの【席を譲らなかった若者】って記事。年金の話は全くその通り、うちらの世代の人間の本音です。年金なんか戻ってこないし死ぬまで働き詰め。退職金と年金で...
Excerpt: 「席を譲らなかった若者」書かれていたコメントも全て読んだ・・疲れたけれと゜・・^^;;もの凄い数のコメントにトラックバック。思った事は・・電車で席を譲るのは良いことだけと思うんがその対象は、その時々に...
Excerpt: 我が家は、横浜市営地下鉄沿線に在住しております。電車好きのチビ達が居る家庭なので、何かと横浜市営地下鉄お世話になっており、また、わたしも通勤に使っている電車です。この横浜市営地下鉄、『全席優先席』をう...
Excerpt: 席をゆずらなかった若者一般の方のブログだと思うのですが、凄いことになっています。「席を譲るのが当然」とする高齢者に対し、チャラチャラしているように見える若者の「意外な正論」。そこまで考えてる若者って少...
Excerpt: 席をゆずらなかった若者一般の方のブログだと思うのですが、凄いことになっています。「席を譲るのが当然」とする高齢者に対し、チャラチャラしているように見える若者の「意外な正論」。そこまで考えてる若者って少...
Excerpt: 席をゆずらなかった若者一般の方のブログだと思うのですが、凄いことになっています。「席を譲るのが当然」とする高齢者に対し、チャラチャラしているように見える若者の「意外な正論」。そこまで考えてる若者って少...
Excerpt: 席をゆずらなかった若者一般の方のブログだと思うのですが、凄いことになっています。「席を譲るのが当然」とする高齢者に対し、チャラチャラしているように見える若者の「意外な正論」。そこまで考えてる若者って少...
Excerpt: 確かに超〜遠まわしにイヤミ攻撃のおじいさんも感じ悪いとは思うけれども、やっぱり私はお年寄りに言うべき言葉ではないと思うし、自分の彼氏がこんなタンカを切った日には、叱り飛ばしこそしないけれど、たしなめは...
Excerpt: あるブログでこんな日記を見つけました。電車の中の話です。PCで見たら本元のサイトに行けます。ただ携帯からしか見れない人もいるんで一部をコピペしてみました。以下らくだのひとりごと様より引用 電車の座席は...
Excerpt: この「席を譲らなかった若者」と言う記事熱い議論になっていますね。すごく考えさせられました。私は割と席を譲るほうです。元気のいい時は「社会正義」のために。疲れている時は「早死にしそうな人間には冥土の土産...
Excerpt: ランキングを見ていたら、「らくだのひとりごと」というサイトさんが1位になっていました。 もうご覧になった方はたくさんいらっしゃるかと思いますが・・・。 席を譲らなかった若者っていう記事。いろいろ自分の...
Excerpt: ランキングを見ていたら、「らくだのひとりごと」というサイトさんが1位になっていました。 もうご覧になった方はたくさんいらっしゃるかと思いますが・・・。 席を譲らなかった若者っていう記事。いろいろ自分の...
Excerpt: おもしろい記事を発見しました。席を譲らなかった若者という記事です。内容的にはよくある話なんですが考えさせられました。いろんな見方があると思うが、譲ったほうが良かったと思うけどな〜。老人の発言はとても不...
Excerpt: この記事を読んで確かにお年寄りは少し余分なことを言いすぎたのではないかと思った。きっとわかいころは心のうちにぐっと我慢できたことも年をとると言葉に出るんだろうね〜どっちもどっちって感じ・・・
Excerpt: こんなブログの記事を見つけましたらくださんという方のブログですね。どの記事も興味深いんですが、特にトラックバック、コメント数が多いこの記事。らくださんが電車の中で見た老人と若者のやりとり(?)詳しくは...
Excerpt: 最近疲れているので、ブログ巡りをしても流し読みしかできてなかったのですが。。。らくださんという方のこのブログ「席を譲らなかった若者」には目が覚めました。内容は、ハイキングとかで遊んで帰ってきた年配の方...
Excerpt: 最近疲れているので、ブログ巡りをしても流し読みしかできてなかったのですが。。。らくださんという方のこのブログ「席を譲らなかった若者」には目が覚めました。内容は、ハイキングとかで遊んで帰ってきた年配の方...
Excerpt: らくだのひとりごと:席を譲らなかった若者なんだか「う〜ん」と考えさせられてしまいました。私がとてもひっかかったのは高齢者組みの男性が席を譲ろうとしない若者に「聞こえるように嫌味を言った」という行為です...
Excerpt: さっき、気になる記事を見つけたタイトルは 「席を譲らなかった若者」ハイキング帰りのお年寄りが、電車の中で、座っている若者の目の前でイヤミを言い続けて席を譲らせようとするが、土日も仕事をしてて、その時...
Excerpt: さっき、気になる記事を見つけたタイトルは 「席を譲らなかった若者」ハイキング帰りのお年寄りが、電車の中で、座っている若者の目の前でイヤミを言い続けて席を譲らせようとするが、土日も仕事をしてて、その時...
Excerpt: さっき、気になる記事を見つけたタイトルは 「席を譲らなかった若者」ハイキング帰りのお年寄りが、電車の中で、座っている若者の目の前でイヤミを言い続けて席を譲らせようとするが、土日も仕事をしてて、その時...
Excerpt: 席を譲るよう大声で嫌味を言う老人と、それに対し反論しその場では言い負かした格好になった若者。ネットを見ていて次のような記事を見つけました。こういうことがあったそうです。「らくだのひとりごと」さんより、...
Excerpt: 席を譲らなかった若者譲りたかったら譲る譲りたくなかったら譲らない時と場合でもいいし、人それぞれそもそも「優先席」というものがあること自体がおかしいわけだけど「優先席なら譲る」とか言う人いるのかなちなみ...
Excerpt: らくだのひとりごと:席を譲らなかった若者より毎日片道2時間の電車通学をしている自分には、若者の言うこともちょっとわかるかもしれない。
Excerpt: すごい、ブログの存在を知りました。 ブログの内容がいいとこんなにもアクセスする人が集まってくるようだ。適当な写真を貼り付けたような私のブログとは違って、文章で勝負して居るような気がする。 ブログのあ...
Excerpt: っていう記事を、とあるブログで読んだ。なによりそこに居合わせた本人が、一番感じた空気なのかも知れないけれど、ここに書かれたとおりの展開であったのだとしたら、私は双方共に何とも言えぬ戸惑いを感じる。年寄...
Excerpt: 「ラブホは安っぽい」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。以前に社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。 そのラブホの部屋はほぼ埋まり、受付そばの待合室には待っている人がちらほらいる...
Excerpt: うちの近所&駅周辺は大きな道やら川やらがあちこちにあるもんでエレベータ付きの橋や歩道橋が沢山ある基本的に自転車もOKのタイプが多いのだが・・・乗って・・・降りようとドアが開いた瞬間にドアのまん前に自転...
Excerpt: トラバで載せてありますが、最近の若者に対して大声でモラルのない発言をする爺さん達そしてそれに対して当たり前にしてよく出来た反論をする若者。日本をだめにしたのは今の中高年だということもわかって欲しいもん...
Excerpt: らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者凄い反響ですが、色々考えさせられる内容ですね。私は状況がよくわからないので、何とも言えないのです。想像の上で賛否両論というのは、自己分析としては意味があるのか...
Excerpt: もう夏かと思うぐらいの陽気ですね・・・・あじーーーーーこの分じゃ今年の夏はヒートかな・・・・寒いのにも弱いけど、暑いのにも弱い昔はもっと元気だったと思うけど・・・・どうなんだろう明日は仕事に出かけよう...
Excerpt: ●席を譲らなかった若者 電車で席を譲ると何だか恥ずかしい気持ちになる。決して私がしたのは悪いことじゃないのにどうしてだろう?何だかいい子ぶってるみたいだからだろうか。たまに全くお礼も言ってくれないひと...
Excerpt: まずはこちらの記事をお読みください。「席を譲らなかった若者」(”らくだのひとりごと”さんより)若者が席を譲らないことに対して、大声で嫌味たらたらだった山登り帰りの元気な高齢者に反論した若者。賛否いろい...
Excerpt: こんなのを読んだ席を譲らなかった若者確かに、老人に席を譲るというのは一般的なマナー……だと思う。いや、「だった」と過去形の方がいいのかもしれないでも、今老人はハイキング帰りな服装で、傲慢な我侭で私には...
Excerpt: 非常に考えさせられるお話だ。らくだのひとりごとこのブログの「席を譲らなかった若者」という記事。詳しくは 上ブログにて読んでいただきたい。自分の拙い文章よりも分かりやすいだろうと思う。常日頃から自分も、...
Excerpt: 席を譲らなかった若者「らくだのひとりごと」より。う〜ん、譲るか譲らないか以前にコミュニケーションの問題があるんじゃないかと思うんですよね。おじいさんの方がちょっといけないような気がするんです。遠まわし...
Excerpt: お年寄りに席を譲らなかった話題で盛り上がっています。ここはブログらしく、トラックバックしておきませう。私はお年寄りが近くに来たら必ず譲るように教え込まれた世代です。年金やら何やらとかは関係なくとにかく...
Excerpt: 先日から、こちらのサイトで電車の席を譲れと遠まわしに言った老人&譲らなかった若者についての議論が白熱してますおいらも興味深く読んでいたのですが、電車の席を譲るのっていろいろ考えることありません?おいら...
Excerpt: 今日のトラックバックはずうずうしい老人と席を譲らない若者の考えと今日日本が抱えている高齢化社会における問題点についてだよ。 で、結局の所携帯からしか更新できなくなった。 よかねーよ、だぁほ そんなわ...
Excerpt: 結論から言えば、あの文章内だけで見れば若者も悪いが、それ以上に老人が悪い。老人や障害を持つ人、妊婦や病人に席を譲るのはマナーであってルールではない。シルバーシートではルール。電車動かしてる会社の側…
Excerpt: 席を譲らなかった若者ここ数日,人気のurl。ここについているコメントを読んで,若者支持の意見の多さに驚いた。かくいう私もどちらを応援するかと言われれば若者を選ぶ。どっちもどっちで,周りを不愉快にしただ...
Excerpt: らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者トレンドランキングから見つけたこのブログ、コメント・トラバ共に結構上がっててアクセス数もすごいことになってるみたいです。コメント欄では色々と議論されてるみたい...
Excerpt: 体調グダグダなんだけど、書きたいことがあるから、書く。最近、ネットで話題のこのページ。リンク先は、席を譲って欲しい、元気なイヤミ爺さんと、正論と詭弁を交えてその爺さんを撃退した若者の遣り取り、その光景...
Excerpt: 人と人とのコミュニケーションは鏡に例えられます。嫌味を言ったら嫌味で返されるのも仕方のないことかも知れません。相手がどんな対応をしても、反撃せず角が立たないようにするのが「大人の知恵」なんでしょうが、...
Excerpt: ■おいしいとこを食い逃げしているとかね。らくだのひとりごと:席を譲らなかった若者年齢を重ねたら、それなりの経験やら体験が後進を導くよい指標になっていた..というのは昔の話で、今や技術進歩の速さで追いつ...
Excerpt: 席を譲らなかった若者という記事が話題になっている。確かに面白い。老人と若者どちらに感情移入するかが明確に別れ、主に若者に共感する人が多いようだ。確かに無礼な老人のサンプルは石を投げれば当たるというくら...
Excerpt: 席を譲らなかった若者というのが巷で話題らしい。そういえば僕も毎日通勤ラッシュにもまれているわけで、席を譲ることについて一言ぶちあげたいと思ったものの、毎日席に座れないだけでなく吊り革すら握れないという...
Excerpt: 席を譲らなかった若者が話題になっている。席を譲らない若者にハイキング帰りの老人が嫌味を言ったら、若者に「山は歩けるのに電車では立てないの?俺が働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだ」と反論され、そ...
Excerpt: 「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。 電車の座席はほぼ埋まり、車内には立っている人がちらほらいる程度。私の向...
Excerpt: 一つ前に「らくだのひとりごと」というブログの「席を譲らなかった若者」の関連記事を書いた。そのことともこの記事は関連があるように思う。 腕力には自信がない。何かの列に並んで順番を待っているとき、誰かに割...
Excerpt: 一つ前に「らくだのひとりごと」というブログの「席を譲らなかった若者」の関連記事を書いた。そのことともこの記事は関連があるように思う。 腕力には自信がない。何かの列に並んで順番を待っているとき、誰かに割...
Excerpt: 議論の内容にも思うところはあるが、 それよりもむしろ、今のこの状態こそが、ブログ設計者の望んだ使われ方なんだろうなぁ ってシステムチックに考えてしまう辺り、性根から俺はSEなのかもしれない。
Excerpt: 結構気になっていたブログのエントリーがありますらくだのひとりごと さんの『席を譲らなかった若者』 というエントリーです内容はリンク先のサイトで読んでいただくといいと思いますモカがまとめると国語力の無さ...
Excerpt: 席を譲らなかった若者 なんだかハッとする出来事。お年寄り擁護の意見や若者支持などの意見がたくさん出てるようですけど、私としては「どちらも自己中心的すぎたのでは」と思った。 両者の意見、態度には理由や...
Excerpt: 席を譲らなかった若者ちょっと考えさせられましたね。まあ、若いんだからといっても疲れるものは疲れます。若いんだから立って当然、譲って当然。老人に席を譲らんとはけしからん!って、やっぱ自己中心的な考えだと...
Excerpt: ガキだなと。先日はいろいろご指摘を受けました。それも僕のためになることばかり。人はまず、自分の思うように行かなくなると何かしらフラストレーションを溜めてそれを吐き出す場所をどこかに作ると言う事。それは...
Excerpt: ガキだなと。先日はいろいろご指摘を受けました。それも僕のためになることばかり。人はまず、自分の思うように行かなくなると何かしらフラストレーションを溜めてそれを吐き出す場所をどこかに作ると言う事。それは...
Excerpt: 読んでみました.この状況は人が集まった結果としては至極当然とも思える.このケースでは,若者は席を譲るべきだったし,老人も素直に譲ってくれと言うべきだった.と,ボクは考えるけど,この意見を他人にも主張す...
Excerpt: こっちはマジメな話題です。まずはこれを読んでください席を譲らなかった若者僕はこれを読んでサングラスさんの意見に賛成ですね年寄りってだけでその権利を使うバカとかは許せません↑のやつとかすごいダメですよね...
Excerpt: はてなのトップの下の方にでる注目のURLでもたまには見てやるかと思ってみたら、こんなところに連行された。興味ねえよそんな話し。嫌味を言う老人に若者は席を譲るべきか否かとか。矢口脱退問題と同じくらい興味...
Excerpt: らくだのひとりごとサマの席を譲らなかった若者という記事を見て、ちょっと考えたりしてみた。私は基本的に老人の方や妊婦さんには席を譲るようにしている。多分、祖父母とずっと一緒に暮らしてきたのもあるかもしれ...
Excerpt: 有名なブログなので、お読みになった方も多いでしょう。この記事を目にして以来、考えさせられました。私だったら…やっぱり譲れない時、あります。どうにもこうにも疲れて
Excerpt: みなさんは、目の前に高齢者がいたら、電車の座席を譲りますか?こあらは、都内ではその判断が微妙です。田舎では迷わず譲りますけど・・・まずは、下の引用部を読んでみてください。この記事に対して、賛否両論のコ...
Excerpt: みなさんは、目の前に高齢者がいたら、電車の座席を譲りますか?こあらは、都内ではその判断が微妙です。田舎では迷わず譲りますけど・・・まずは、下の引用部を読んでみてください。この記事に対して、賛否両論のコ...
Excerpt: かなり以前から書き込まれていて話題になった記事について。とても興味深く、コメントをたびたび読みに行ってます。私立高校の授業でも使われたとのこと、もしまだの方がいらっしゃいましたらどうぞ。。
Excerpt: 元の記事(らくだのひとりごと)ちょっと古いですが電車通学している身としては一言二言言いたいことが。全員がそうというわけではもちろん無いですが、「譲ってくれて当然。」という風にわざわざ若めの人の前に立っ...
Excerpt: やじうまうぉっちから。席を譲らなかった若者を考えてみる。ひとまず、先にそういう場面があったら、自分だったら席を譲っているだろう。ただし、自分が疲れていないことが条件で。自分が疲れて休んでいるのに席を譲...
Excerpt: 今日は会社の人に教えてもらったらくだのひとりごとというブログのとある記事を見て感じた事を書きます。仕事の昼休み中に思わず読みふけってしまいました。
Excerpt: ・席を譲らなかった若者 らくだのひとりごと とあるブロガーが居合わせた電車の中のひとコマ。自分が席に座ってる立場だったらやっぱりムカムカくるけど自分の周りのお年寄り世代を見るに若い世代を助けようという...
Excerpt: 普段の元気なときは、年配の人が乗ってきた時点で、さりげなーく席を立つ派です。 ただ、障害は明らかに目で見えるものもあれば、心臓のように見えないものもあるのです。
Excerpt: ちょっと古めのネタでなんですが、らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者が、今だに話題になっているようですね。最初これ読んで、へぇ位にしか思っていなかったのですが、改めて訪問して追記を読むとま...
Excerpt: 電車の中で席に座った茶髪の若者の前でハイキング帰りらしい初老の3人組が嫌みを言っていると、若者が言ったらしい。 あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたん...
Excerpt: 電車で席を譲らなかった若者がいたらしいです。 席を譲らなかった若者(らくだのひとりごと) 俺は若者派かなー。まあ、あそこまで啖呵を切るつもりは無いけど、あんなイヤミ言われたらますます譲りたくなくなるよ...
Excerpt: 電車で席を譲らなかった若者がいたらしいです。 席を譲らなかった若者(らくだのひとりごと) 俺は若者派かなー。まあ、あそこまで啖呵を切るつもりは無いけど、あんなイヤミ言われたらますます譲りたくなくなるよ...
Excerpt: 今日、山手線で起こった事について書こうと思う。あまり書きたいことは纏まってないけど、思いついたままに書きます。ちょっとだけ、席を譲らなかった若者に近いのかもしれないです。ちょっとだけ長いの...
Excerpt: らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者 いまさらですがなんでいまさらかというと、元記事もおもしろいんだけどコメントやトラックバックが非常に興味深くて、しばらくウォッチしていたから。フレーム化してい...
Excerpt: マナー違反を注意する行為自体、失礼なことだと思っています。マナーを守るか否かは個々人の判断に拠るからです。だから、件のエピソードに関しては全面的に若者支持。
Excerpt: 今日は敬老の日です。敬老の日と聞くと、思い出す話題があります。らくださんという人のブログに載っていたのですが、ハイキング帰りの老人が席を譲らない若者に嫌味を聞かせたら、休日も働いて年金を作ってるのはこ...
Excerpt: ネットサーフィンしてたら、こんなブログ記事を見つけました。コメントとTBの数がすごい。これに関連して、自分も昨日ちょっと気になることがありました。駅で、乗り換えの電車を待っていたときのこと。次の電車が...
Excerpt: ブログのマナーを検索していたはずが電車のマナーのブログへ行き着き、その先のリンク(トラックバック?)で考えさせられる記事を発見。・席を譲らなかった若者記事自体も目からウロコというか、驚いたというか。そ...
Excerpt: 批判、反論を承知であえて断言して書く。僕は電車内でお年寄りに席を譲らないことにしている。なぜなら彼ら(彼女ら)は、席を譲られるという行為に対して、素直に「ありがとう」と言って受け入れることをしないから...
Excerpt: なかなか興味深い話です。ちなみに私なら元気そうな人には譲らない。老人の方で毎日電車にのっておられる方なんてそんなにいなだろうから一日くらいは我慢してほしいと思うのです。それとは別に優先席の存在はあまり...
Excerpt: 先日トラックバックをいただいたぷにっと囲碁!なブログ さんの「内部疾患」「内部障害」に理解を および記事中に引用されていたらくだのひとりごと さんの席を譲らなかった若者 を拝見して思うところがあったの...
Excerpt: 席を譲らなかった若者結構面白いエピソードではある。年金問題はいろんな分野に出てますねぇ。一番トクしている人は、大して稼ぎがあったわけでもないのに、相当の年金をもらっているじいさんばあさんだろう。損をし...
Excerpt: この前パソコンが壊れてしまって、初期化したけどやっぱり直らなかったので、修理屋さんに出して直してもらったんですが。初期化したから、お気に入り登録に入れておいた数々の素敵サイトも消えてしまったので(バッ...
Excerpt: らくだのひとりごと: 席を譲らなかった若者 もう1年以上前に話題になったブログのようですが、偶然、仕事中に見つけ、読みふけってしまいました。ものすごいコメントの数。アクセス数は一日一万近くあったことも...
Excerpt: どうにも不可解なことがある。何度も書いた事はあるが、東京の人達のマナーについて。 大体の人たちは通勤通学に電車を使っているだろうが、毎日電車を使う中で、マナーについてどれだけ意識しているのだろう...
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